もう1つの世界で君と
エイダン「…うーん、戦うんだろ?」
隣でエイダンが頭を悩ませている。
エイダン「ベッツはなんか目星でもついてる?」
ヘンドリック「俺は[漢字]走査[/漢字][ふりがな]スキャン[/ふりがな]にする」
もうすでに確定させた。重要な選択は迷いが出る前に直感で決めちまった方がいい。これはドーラの吹き込みじゃなく、俺の持論だ。
エイダン「へえ、どうせならもっと派手なのにすれば良いのに。[漢字]射撃[/漢字][ふりがな]シュート[/ふりがな]とかさ」
ヘンドリック「うっせえ、俺はこれでいいんだよ」
言葉は荒いが、声色は存外落ち着いていた。まるで自分に言い聞かせるようだ。
ヘンドリック「どうせ向こうで死ぬことになっても、こっちに戻ってくるだけだしな」
エイダン「だからって死んでもいい、とはならないでしょ」
ヘンドリック「つーか無駄口叩いてねえでさっさと決めれば?」
エイダン「…ホントに良い性格してるよベッツ」
ヘンドリック「お前ほどじゃねえよ」
エイダン「はぁ…ところで、フレディ。確認したいことがあるんだけど」
フレディ「構いませんよ」
俺は少し温くなった珈琲のカップを持って、ソファに深く座り直した。
手持ち無沙汰にカップを揺らし、ゆらゆらと揺れる液面を遠くの景色のように眺める。
エイダン「今の俺の体内チップはアナザーシティではどうなる?使えるのか?」
フレディ「生命維持に関わるものでない限りは、全て使用不可となります」
エイダン「うげっ…」
ヘンドリック「公平を期すため、か」
アナザーシティは[漢字]現実[/漢字][ふりがな]こっち[/ふりがな]で夢を潰された奴が、[漢字]もう一度夢を見る[/漢字][ふりがな]リベンジする[/ふりがな]場所だ。そこにまで外界からの格差を持ち込まれては酷薄にも程があるだろう。
ヘンドリック「…じゃあ、その分の[漢字]容量[/漢字][ふりがな]キャパ[/ふりがな]は空くのか?」
体内チップにおける[漢字]容量[/漢字][ふりがな]キャパ[/ふりがな]の把握は非常に重要だ。足りなくなれば[漢字]容量[/漢字][ふりがな]キャパ[/ふりがな]は金で買えるが、それも無限じゃない。上限を超えれば途端に身体が限界を迎えてバラバラになる。
それでも追加したかったら体外チップと専用の[漢字]容量[/漢字][ふりがな]キャパ[/ふりがな]を買わなきゃならない。目ん玉飛び出るくらい高いやつだ。しかも体外だから邪魔。相当な物好きしか買わない。
フレディ「いえ、使用できなくなるだけです」
ヘンドリック「はあ?[漢字]容量[/漢字][ふりがな]キャパ[/ふりがな]食ったままっつーことかよ」
最悪だ。俺の体内チップ[漢字]容量[/漢字][ふりがな]キャパ[/ふりがな]はもうほぼ残ってない。大学入学祝いとか言って限界ギリギリまで詰めたから。
まあ現実こっちのチップが使えないならアナザーシティ内部のチップは存在しない、と考えるのが順当か。アナザーシティの人間はチップによる格差を生みたくないはずだ。そこまで気にすることじゃないな。
エイダン「分かった。ありがとう」
エイダンの言葉に、フレディは柔らかな笑顔だけを返す。
エイダンはまた端末に目を落とす。
珈琲を口に運びながら、部屋を眺める。窓のある壁以外の面…背面は分からないが、少なくともこの部屋の2面は天井まである大きな本棚が設置されている。大量の本の背表紙を、視線だけでなぞっていく。
ヘンドリック「(有名な本ばかりだな)」
ゲーテの本を見つけ、少し目を細めた。
ここ最近なにかとラフェンを連想する自分に、どこか吐き気のようなものを覚える。
未練、執着、孤独感。
そのどれともつかないが、違うとも言いきれないのが癪に障る。全て、自分には縁がないと思っていた感情だ。
エイダン「…うん、よし」
ヘンドリック「決めたか?」
エイダンは、端末の上で指を止めた。
ほんの数ミリ。押すだけだ。それだけで、もう言い訳はできなくなる。
エイダン「決めた」
彼の指が端末に触れた。
ヘンドリック「ちなみに、何にした?」
俺のだけ教えるなんてフェアじゃない。聞く権利はあるだろう。
エイダン「[漢字]強化[/漢字][ふりがな]ブースト[/ふりがな]だよ」
ヘンドリック「へえ」
エイダン「…反応薄いね」
珈琲の入ったカップを静かに机上へ戻す。
[漢字]公平、公正[/漢字][ふりがな]フェア[/ふりがな]を求めた結果であって、別に興味があるとは言っていない。
フレディ「おふたりとも確定したようですね。では、オリビア」
穏やかな波のような声が彼女に届く。
オリビアは俺たちの座っているソファを通り過ぎ、背面の壁へ向かう。いつからあったのだろうか。彼女は部屋の扉の横に立つ。案内人の様だ。
オリビア「では、アナザーシティへの入国ゲートを開きます」
抑揚の少ない声が、客の集まらない三流劇場の開演ベルみたいに淡々と響いた。俺とエイダンもソファから立ち上がり、オリビアの方へ足を踏み出す。
オリビアがそれに合わせて扉を開く。
エイダン「…さすが。人知を超えてる」
ゲートは、思ったよりも無機質だった。門でも扉でもなく、ただ空間が切り取られているように見える。
白い枠。
俺は一歩手前で立ち止まった。
オリビア「この扉を通れば、正式にアナザーシティの挑戦者プレイヤーとなります」
エイダン「へえ、通るだけで良いのか」
ヘンドリック「だから信用なんねえんだけどな」
フレディ「形式上は通るだけです。入国手続きは簡略化されていますから」
フレディはやはり、椅子に座ったままだ。声色と同じような穏やかな目で俺たちのことを見ている。
フレディ「…そうですね、一つだけアドバイスをしましょう」
また、後出し。本当にそっくりだ。
フレディ「あなたたちはもう観客ではない。そして、ゲートの向こうは観客席ではない」
フレディ「それだけは確かです」
エイダン「…ははっ上等」
ヘンドリック「転ぶなよ、エイダン」
エイダン「ベッツこそ」
少しだけ、息を吸い込む。
一歩。
ゲートの縁に靴先がかかる。
壇上へ。