好きなゲームで遊んでただけなのになんか閉じ込められました!?1
「よいしょっと……。ミカっ!」
翔子は、ソファーから立ち上がり、ミカのもとへ向かうと、紫色になっていたミカの腕は、すっかり元通りになっていた。
「ミカ……、良かった……」
あと少しで、ミカは完全に治る。残り一分なので、立ったまま待機することにした。
「ん……、そんなにお友達が心配か?」
「ふえっ!? いつの間に!」
気がつくと、翔子の後ろに、金髪の活発そうな男の子が立っていた。整った顔立ちの、見た目はいかにもプログラマーというような。
「あっはは! 最初っからここにいたんだけどなー、颯真から話は聞いてるよ。お友達が、魔物に傷をつけられちゃったんだってね」
「あ、はい。えっと、あなたは……?」
「ん、俺? 俺は、悟志! 向井悟志だ。君は?」
どこまでも陽キャな彼の雰囲気に、緊張が抜けた翔子は、気づかぬ内に自然体で話せるようになった。
「えっと、私は夏木翔子って言います。悟志さんは、プログラマーですか?」
「そうだよー! この培養ポッドを作ったのも俺。……そうだ、君たちってさ、何年前からここにいるの?」
「え……?」
悟志と名乗る人物が、いきなり奇怪なことを訪ねてきた。何年前? 昨日か、一昨日かの間違いではないのか?
翔子も翔子で日付の感覚が狂ってしまっていたのではっきりとはわからないが、それでも、何年というような単位にはならないはずだ。
翔子は、わけがわからないので思い切って質問した。
「えっと、ログアウトできなくなったのって、つい最近、ですよね……?」
「……なるほど。取り敢えず、お友達が治ってから話そうか。……おーい、颯真ー? もう引き上げていいよー」
悟志は颯真に大声で話しかける。
「うるっせ、バカ。今やるよ」
「またバカバカ言うー、そういうの良くないぜー」
「うっせーんだよ、ほら、そこ邪魔」
「ほいほ〜い」
そんな茶番をしながら、颯真は丁寧にキーボードを操作して、まずはオレンジの液体を引っ込めて、位置を動かしてミカを取り出せるようにした。
「……ん、しっかり治ってんな。しばらく寝かしておけばそのうち目が覚める」
「あ、ありがとうございます!」
「……気にすんな。これ以上魔物が増えても困るしな」
彼、颯真は静かにそう言うと、またどこかへ去っていってしまった。
「あ……」
「気にすんなって、ああいうやつだから」
悟志は、ぽんっ、と翔子の肩を叩く。ミカの体を軽々持ち上げ、先程まで翔子が座っていたソファに寝かせた。
翔子は、目を瞑ったまま、ピクリとも動かないミカを、心配そうに眺めながら、先ほどの会話について質問した。
「……、えっと、さっきの話、何だったんですか? えっと、何年前からいるのーっていう」
悟志は「あぁ……あれな……」と、語り始めた。
「実はな、このゲームは、少なくとも今から5,6年前に発売されたものなんだ」
「え!? それはないですよ。だってこのゲームは今年発売の……」
「違うんだ。名前を変えて、紹介の仕方を変えて、ありとあらゆる方法で同じゲームとわからなくさせているだけで、随分前からこのゲームはあったんだ」
「そんな……」
「このゲームは、定期的にログアウトをできなくしている。目的はわからないが、魔物に襲われると、襲われた人が魔物になって、他の魔物と同様にプレイヤーを襲うようになる。襲われたプレイヤーもまた魔物に、の繰り返し」
悟志は声のトーンを落とし、悲しげな様子を見せながら続けた。
「多分、魔物になってしまった人は自我を奪われているから、現実でどうなってるか分かったものじゃない」
「……」
あまりに重い話に、翔子はだんだん口を開けなくなっていく。
「俺達は、5,6年前に発売されたゲーム、『ブレイクアウト・フロンティア』っていうのを遊んでた。でも、ある日突然、『ゲーム運営の都合上、ログアウトが禁止されました』ってのが出てきて、はぁ? ってなって。友達みんなで情報を集めた結果、」
「結果……?」
突然話が切れたのが気になって、翔子は話の続きを促した。すると、衝撃の事実が明かされた。
「……魔物が出現するときだけ、ノイズが聞こえるだろ? 『ザザザ、ザーザーザー、ザザザ』って。あれさ、SOSのモールス信号なんだよ。『助けて』って、きっと、最後の最期で意識を振り絞って伝えてくれてたんだと思う。でも、色んな方法を試してみたけど、できるのは、魔物から攻撃を受けた人の治療だけ」
「そ、そんな、でも、まだ試してない方法があるかもしれないじゃないですか!」
翔子は、暗い顔で落ち込む悟志を励まそうとした。しかし、彼は首を振って否定する。
「ダメなんだ。まずそもそも、『干渉』することができない。プログラムを組めない。あの見た目通り、まさに『バグ』なんだ」
「そんなことって……」
打ちひしがれる彼を見て、言葉を失う翔子。しかし、そんなことには気にもとめず彼は話を続ける。
「ログアウト不可になったあと、毎日ログアウトできないかやってるけど、新しい人が出入りしてる時さえ解除されなかった。誰も、異変に気づいてくれない、誰も助けてくれない。……ここで、暮らし続けるしかないのさ」
「えぇ? そ、そんな。一生出られないってこと?? そんなの嫌だよ! 今からでも探そう! なにか方法はあるはずよ!」
「無理だって。俺達は、ここで5年間も暮らしてるんだ。その間、一切助けが来なかったんだぞ?」
完全に諦めきっている彼に対して、翔子は怒りに近い感情を抱いた。なぜ、諦めてしまうのか。何年も助けが来なかったとして、どうして生きることを諦められる。この世界では、何故か食事が取れる。この世界では、何故か栄養が取れる。確かに、5年間生き続けることも、可能なのかもしれない。
でも、そんなの、楽しくない。そんな人生で、終わっていいのか?
頭の中で、いろんなことがゴチャゴチャに混ざって、うまく言葉にできない。
でも、これだけは言えた。
「……あなたは、それでもいいの?」
返ってきた答えは、
「……それ以外に選択肢がないんだよ。今言ったろ? 何もかも、無駄だったのさ」
「……、無駄だなんて言わないでよ。悟志さんや、颯真さんのおかげで、ミカが助かったんだから。私は諦めない。絶対」
「……そうか。頑張れよ」
思った以上に冷めきった空気の中、一つ、場違いな声が。
「……ん、う? あれ、私、魔物に襲われて……」
ミカが、目を覚ましたのだ。翔子は心の底からホッとしながら話しかけた。
「ミカ! 良かった、目が覚めたんだね!」
「……翔子? ってうわ、顔近い近い! 私、えっと、ここはどこ?」
翔子がかなり顔を近づけていたことに突っ込みながらも、ミカは、状況が把握できず困惑する。しかし、翔子は心の底から安堵の表情を浮かべている。おそらく、相当心配していたがゆえに顔が近くなっていたのだろう。
ミカが「ここは?」と質問すると、カラカラ笑いながらはぐらかされた。
「あー私もよくわかんない! とにかく目が覚めてよかったよ! ほらっ、早く広場に行こっ!」
理解が追いつかないミカは、翔子に手を引っ張られ、されるがままに研究所から連れ出されるのだった。
研究所を出た翔子は、拳を握りしめ、一人心のなかで決意する。
(……絶対に諦めない、きっと、きっとこのゲームから生還してみせる!)
沈むことを知らない、冷ややかな太陽に向かって。