伊達様の草の者 〜姫の巻〜
「…また、戦だわ」
幼子が、ぎゅっと母の衣を握る。
幼子の手は汗ばんでいた。
「トミ、大丈夫。母がいますからね」
父はいない。
だからその分、母がしっかりせねばならない。
母は、幼いトミを連れて、城へと向かっていく。避難するために。
「おい、そこの女! 待て!」
敵兵に見つかった。
城はもう目の前だというのに。
籠城の姿勢に入っている城は、村を守ってはくれなかった。兵も寄越さず───。
「トミ、おまえは逃げなさい。あなたは私が守ります」
トミが駆けていってしばらくすると、女の声が聞こえ、森はしずかになった。
そして、戦いは終わり、雨が降り出した。
───トミは、母が気になり、森へと向かった。
森には、死体がごろごろと転がっていた。皆ほとんど腐っており、それこそどれが母の遺体か分からなかった。
つぅ─…
トミの頬に一筋の涙がこぼれていた。
(ああ…、夢だ。…あの骸も戦いも夢)
そう自分に言い聞かせていると。
「トミ、起きてるか? 輝宗様がお呼びだ」
「はい、起きております。輝宗様ですね、分かりました」
わざわざ呼びに来たのは、栗原兵蔵。二十歳の忍びの者だ。
トミは、寝間着を脱ぎ捨てて、お偉方に会う時の服を着た。そして、伊達家の当主、伊達輝宗のもとへ早足で向かった。
「輝宗様、山々の木の葉が紅に色づき、稲の穂が─…」
「社交辞令まがいの物は良い。トミよ」
輝宗に、丁寧に挨拶しようとすると、件の輝宗にさえぎられた。
「それで…私に用とは何用でしょうか」
「実は、三春の姫君を、政宗の嫁にもらおうと思う」
政宗とは輝宗と義姫との間にできた嫡男だ。
しかし義姫は政宗ではなく、次男の小次郎を可愛がっている。なぜなら。
「姫君は、怖がりませんでしょうか…」
政宗は右目を天然痘でなくした。
いや、治る際に右目が飛び出し、機能しなくなった目玉を、重臣の片倉小十郎に切り取らせた。
気味悪がった義姫は、政宗を遠ざけた。
「きっと大丈夫だ。かの有名な坂上田村麻呂の子孫だぞ。上手くやっていけるだろう」
「そうですね…。───して、本題は?」
「そうだ。三春の姫君の花嫁行列が無事到着するまで、つけてきてほしいのだ。大事な花嫁の輿を奪われては大惨事だ」
東北の地は、とても強い武将がいて、いつ輿を奪われるか分からない状況。それは、奪われた花嫁の息子が、この場で1番よく分かっている。
「久保さま…ですね」
「ああ。母上は、輿を伊達に奪われた。そして、父との間に、私が生まれた」
「そうならないように、尽力致します!」
私は、着物の袖をめくって、力こぶを作って笑った。
幼子が、ぎゅっと母の衣を握る。
幼子の手は汗ばんでいた。
「トミ、大丈夫。母がいますからね」
父はいない。
だからその分、母がしっかりせねばならない。
母は、幼いトミを連れて、城へと向かっていく。避難するために。
「おい、そこの女! 待て!」
敵兵に見つかった。
城はもう目の前だというのに。
籠城の姿勢に入っている城は、村を守ってはくれなかった。兵も寄越さず───。
「トミ、おまえは逃げなさい。あなたは私が守ります」
トミが駆けていってしばらくすると、女の声が聞こえ、森はしずかになった。
そして、戦いは終わり、雨が降り出した。
───トミは、母が気になり、森へと向かった。
森には、死体がごろごろと転がっていた。皆ほとんど腐っており、それこそどれが母の遺体か分からなかった。
つぅ─…
トミの頬に一筋の涙がこぼれていた。
(ああ…、夢だ。…あの骸も戦いも夢)
そう自分に言い聞かせていると。
「トミ、起きてるか? 輝宗様がお呼びだ」
「はい、起きております。輝宗様ですね、分かりました」
わざわざ呼びに来たのは、栗原兵蔵。二十歳の忍びの者だ。
トミは、寝間着を脱ぎ捨てて、お偉方に会う時の服を着た。そして、伊達家の当主、伊達輝宗のもとへ早足で向かった。
「輝宗様、山々の木の葉が紅に色づき、稲の穂が─…」
「社交辞令まがいの物は良い。トミよ」
輝宗に、丁寧に挨拶しようとすると、件の輝宗にさえぎられた。
「それで…私に用とは何用でしょうか」
「実は、三春の姫君を、政宗の嫁にもらおうと思う」
政宗とは輝宗と義姫との間にできた嫡男だ。
しかし義姫は政宗ではなく、次男の小次郎を可愛がっている。なぜなら。
「姫君は、怖がりませんでしょうか…」
政宗は右目を天然痘でなくした。
いや、治る際に右目が飛び出し、機能しなくなった目玉を、重臣の片倉小十郎に切り取らせた。
気味悪がった義姫は、政宗を遠ざけた。
「きっと大丈夫だ。かの有名な坂上田村麻呂の子孫だぞ。上手くやっていけるだろう」
「そうですね…。───して、本題は?」
「そうだ。三春の姫君の花嫁行列が無事到着するまで、つけてきてほしいのだ。大事な花嫁の輿を奪われては大惨事だ」
東北の地は、とても強い武将がいて、いつ輿を奪われるか分からない状況。それは、奪われた花嫁の息子が、この場で1番よく分かっている。
「久保さま…ですね」
「ああ。母上は、輿を伊達に奪われた。そして、父との間に、私が生まれた」
「そうならないように、尽力致します!」
私は、着物の袖をめくって、力こぶを作って笑った。