透明な真実
その日、神谷蒼は遅くまで残業をしていた。
外は雨。ざあざあと灰色の空から落ちてくる雨音に混じって、街の喧騒は少し遠のいている。彼は駅までの道を歩く途中、小さな裏路地に差し掛かると、ふと視線の先に見慣れない看板があることに気づいた。
「書肆ミナヅキ堂」
古びた木製の看板。消えかけた金色の文字。そこに灯る明かりは、静かに蒼を誘っているようだった。
彼は何の気なしに扉を開ける。ギイと軋む音。中はしんと静まり返っていた。埃っぽい空気と、紙の匂い。そして、店の奥に佇む老齢の店主が一人。
「いらっしゃい。……珍しいな。若い人がここに来るなんて」
「……すみません、ちょっと雨宿りついでに」
「それで構わんよ」
そんな会話の後、蒼は何気なく棚の一番下に目をやる。そして、そこにあった一冊の本に自然と手が伸びた。
『透明な真実』
黒革のような表紙、金の文字、しっとりと冷たい質感。著者の名はなく、出版社名も記されていない。ページをめくると、奇妙な物語が始まっていた。
「彼らは誰にも見えない。ただ“意識”だけが、彼らの存在を知覚する。彼らは透明なまま、人々の記憶に巣食い、真実を塗り替える。」
まるで記録か予言のような文体。登場人物は名前を持たず、地名も曖昧。ただ、“この町”とだけ繰り返される。
そして、蒼の目に止まった一文。
「5月12日、午後2時13分。高架下で一人の青年が自ら命を絶つ。彼の名はY。彼は“透明な人々”に取り憑かれていた。」
その日付は――明日だった。
外は雨。ざあざあと灰色の空から落ちてくる雨音に混じって、街の喧騒は少し遠のいている。彼は駅までの道を歩く途中、小さな裏路地に差し掛かると、ふと視線の先に見慣れない看板があることに気づいた。
「書肆ミナヅキ堂」
古びた木製の看板。消えかけた金色の文字。そこに灯る明かりは、静かに蒼を誘っているようだった。
彼は何の気なしに扉を開ける。ギイと軋む音。中はしんと静まり返っていた。埃っぽい空気と、紙の匂い。そして、店の奥に佇む老齢の店主が一人。
「いらっしゃい。……珍しいな。若い人がここに来るなんて」
「……すみません、ちょっと雨宿りついでに」
「それで構わんよ」
そんな会話の後、蒼は何気なく棚の一番下に目をやる。そして、そこにあった一冊の本に自然と手が伸びた。
『透明な真実』
黒革のような表紙、金の文字、しっとりと冷たい質感。著者の名はなく、出版社名も記されていない。ページをめくると、奇妙な物語が始まっていた。
「彼らは誰にも見えない。ただ“意識”だけが、彼らの存在を知覚する。彼らは透明なまま、人々の記憶に巣食い、真実を塗り替える。」
まるで記録か予言のような文体。登場人物は名前を持たず、地名も曖昧。ただ、“この町”とだけ繰り返される。
そして、蒼の目に止まった一文。
「5月12日、午後2時13分。高架下で一人の青年が自ら命を絶つ。彼の名はY。彼は“透明な人々”に取り憑かれていた。」
その日付は――明日だった。