比叡山――それは信長がかつて焼き討ちした因縁の地。
いま、そこは冥と現の狭間となり、死者たちの想念が渦巻いていた。

「……ここに眠るか。余の罪と、蘭丸の想いが」

信長は静かに歩を進める。
彼の背には六道を象る輪――“煉神の焔”が揺れていた。

同行する光秀は口を開く。

「信長公……この山に眠る“魂の記録”を得れば、あなたの魔王の力は完成します。
――ですが、それは、“人”としての感情を失う危険もある」

「感情を捨てて、何が“救い”か」

信長の眼は、揺るぎなかった。


山頂に至ると、そこにはひとりの少年の姿があった。

「……信長様」

その声に、時間が止まる。

「蘭丸……」

変わらぬ、あどけない顔――
だがその瞳には深い影が差し、背後には闇の王“冥王・黄泉丸”が宿っていた。

「もう一度……あなたと生きたかった。だから、私がこの世界を作ったんです」


信長は静かに剣を抜く。

「……その想いを否定はせぬ。だが、死人の夢に“生きている者”を巻き込むな」

蘭丸の顔が苦しげに歪む。

「私は、あなたのためだけに在った！ ならば、せめて……あなたとともに、すべてを“終わらせたい”……！」

「違う、蘭丸」

信長の声が強くなる。

「余は“未来”を見ている。過去ではなく、亡霊ではなく……光の先を」


冥王の力が蘭丸の体を蝕む。

「ならば――あなたを、殺してでも、この想いを終わらせる！」

天地が裂ける咆哮。
“黄泉火”の波が信長を呑もうとする――！

だが信長は一歩も引かず、焔の剣を掲げた。

「見よ――これが、“人”として選ぶ最後の剣だ！」

焔が集まり、煉神剣が姿を変える。
それは、六道と現世を繋ぐ究極の刃――「天火ノ大剣」

信長の一閃が冥の空を割る。

「蘭丸……お前を救いたい。それが、余の“けじめ”だ！！」


冥王の姿が崩れ、蘭丸が涙をこぼす。

「……私の心は……まだ、信長様を……」

信長は蘭丸を抱きしめた。

「もういい。余は忘れぬ。お前という“忠義”を、決して」


比叡山が崩れ始める。

謙信が声を上げる。

「急げ！ 黄泉の門が閉じる！」

信長は振り返らず歩く。

光秀が問う。

「信長公……この戦、終わりましたか？」

信長は、微かに笑った。

「否、始まったのだ。余の“理”の世が――これより幕を開ける」


空が晴れた。

天と地が再び繋がる。

魔王は去った。だが、世界に残されたのは、彼が貫いた“意志”だった。