修羅ノ空に黒雷が走り、地響きが世界を揺らす。
その中心に、ついに“黒筆の主”が姿を現した。

その姿は、人とも魔ともつかぬ。
顔は仮面に覆われ、四本の腕を持ち、背には幾百もの巻物が渦を巻く。
その手には、“すべての裏切り”を書き記すという筆――冥筆・残幻。

「織田信長……貴様の理は、“世界”にとって異端だ。滅ぶが定め」

信長は傷だらけの体を起こし、光秀に背を預ける。

「異端で結構。余は余の“理”を成す。それが、裏切りに塗れたこの世を終わらせる唯一の道よ」


その時、黒天童子が信長に近づく。

「……お前に預ける。“焔の六道剣”の真の姿を。かつて、魔王と呼ばれた者だけが振るうことを許された、“天魔剣・煉神”」

剣が光を放ち、天に向かって咆哮するような音を立てた。
焔が龍と化し、信長の背後に浮かぶ六道輪に集う。


「見よ、“魔王の継承”だ――」

六道剣が変化する。赤黒く輝く刀身、刻まれるは“魔王”の刻印。
信長の身体に、異界の力が宿る。
その眼は、もはや人のそれではない。

「名乗るがよい。貴様は、何者だ？」

黒筆の主は、無数の巻物を開く。

「我が名は、“黄泉ノ記録者”。裏切りと破滅を司る者。この世に調和など不要――裏切りこそ、進化の証」

「貴様が理を捻じ曲げてきたのか」

「そうだ。浅井の手紙も、光秀の封印も、すべて我が筆により記された“偽り”。世界を変えるためには、裏切りが必要だった」

信長の焔が爆ぜる。

「ならば余が書き換える。貴様の巻物ごと、この剣で」


――戦、始まる。

黒筆が振るわれるたびに現れる“裏切りの影”。
信長の前に現れたのは、死んだはずの柴田勝家、丹羽長秀、果ては濃姫までも……！

「信長様……私はあなたを、討たねばならぬのです……！」

裏切りの幻影が信長を刺す。だが信長は、目を伏せずにすべてを受け止める。

「よい、討て。討てばよい。余はすべてを背負って立つ――」

六道が燃え、魔王剣が吠える。

「すべての“裏切り”よ、我が剣に集え――！」


信長が振り下ろす一撃。

それは、六つの業火を束ねた“煉神の裁き”。
黒筆の主の巻物が裂け、幻影たちが浄化されていく。

「バカな……私の“理”が……書き換えられる……だと……？」

「余こそが、新たなる“魔王”。だが、“魔”は支配せぬ。余は、導くために立つのだ」

黒筆の主が断末魔の叫びを上げながら崩壊する。

巻物が燃え尽き、黒雷が晴れる。

世界が――静かになった。


信長は剣を地に突き、膝をついた。
光秀がそっと肩を貸す。

「魔王様……」

「ふっ……呼ぶな。余はまだ、“人”でいたいのだ」

空に一筋の光が差す。
修羅ノ国が、静かに、新たな時を迎えようとしていた――