午前6時13分の君へ
終章:春の風が吹く日
春の朝は、少し眩しい。
柔らかな日差しがアスファルトに反射して、七瀬はゆっくりと目を細めた。
カレンダーは四月六日。
もうあれから一年が経った。
それでも、今日だけは“いつもと同じ時間”に、千陽駅のホームに足が向いてしまう。
6時13分。
彼が消えた、あの時間。
けれど――今日は、あの朝のようなざわめきはない。
誰も“そこ”に立っていない。声も、気配も、風のように通り過ぎていく。
七瀬は、ホームの端にそっと小さな花束を置いた。
去年よりもずっと落ち着いた手つきで。
花の名前は、ルピナス。
花言葉は、「いつも幸せを願っている」。
「わたし、ちゃんと生きてるよ」
声に出して言うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
ふと、小さな男の子が母親と手をつないでホームにやってくる。
はしゃぐ声が響いて、それに釣られて周囲が少しだけ明るくなる。
七瀬は思う。
この日常は、当たり前じゃない。
誰かが守ろうとしてくれた“奇跡”の上にある。
電車が滑り込む。
そしてドアが開く。
七瀬は、あのとき彼と話した場所――車両と車両の間の少し狭い空間に、自然と足を向けた。
窓の外に見える景色が、あの頃と変わらず流れていく。
でも七瀬は、もう立ち止まらない。
彼が守った未来を、彼がくれた時間を、生きていく。
悲しみではなく、感謝とともに。
「ありがとう、悠真」
心の中でそう呟くと、まるでそれに応えるように――
風が窓のすき間から吹き込み、髪をそっと撫でた。
春の風だった。
電車は走る。
今日という一日を、これから続く“未来”へと運んでいく。
――完。
春の朝は、少し眩しい。
柔らかな日差しがアスファルトに反射して、七瀬はゆっくりと目を細めた。
カレンダーは四月六日。
もうあれから一年が経った。
それでも、今日だけは“いつもと同じ時間”に、千陽駅のホームに足が向いてしまう。
6時13分。
彼が消えた、あの時間。
けれど――今日は、あの朝のようなざわめきはない。
誰も“そこ”に立っていない。声も、気配も、風のように通り過ぎていく。
七瀬は、ホームの端にそっと小さな花束を置いた。
去年よりもずっと落ち着いた手つきで。
花の名前は、ルピナス。
花言葉は、「いつも幸せを願っている」。
「わたし、ちゃんと生きてるよ」
声に出して言うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
ふと、小さな男の子が母親と手をつないでホームにやってくる。
はしゃぐ声が響いて、それに釣られて周囲が少しだけ明るくなる。
七瀬は思う。
この日常は、当たり前じゃない。
誰かが守ろうとしてくれた“奇跡”の上にある。
電車が滑り込む。
そしてドアが開く。
七瀬は、あのとき彼と話した場所――車両と車両の間の少し狭い空間に、自然と足を向けた。
窓の外に見える景色が、あの頃と変わらず流れていく。
でも七瀬は、もう立ち止まらない。
彼が守った未来を、彼がくれた時間を、生きていく。
悲しみではなく、感謝とともに。
「ありがとう、悠真」
心の中でそう呟くと、まるでそれに応えるように――
風が窓のすき間から吹き込み、髪をそっと撫でた。
春の風だった。
電車は走る。
今日という一日を、これから続く“未来”へと運んでいく。
――完。