午前6時13分の君へ
第6章:兄の遺した声
コンビニを出たあと、七瀬と悠翔は近くの公園まで歩いた。
ベンチに並んで座ると、春の朝の空気が少し肌寒く、でも清々しかった。
「兄のこと……覚えてる人に会うの、久しぶりです」
悠翔はぽつりとそう言った。
「……覚えてるどころか、毎朝……会ってるの」
その言葉に、彼は不思議そうに七瀬を見た。
「会ってる……って?」
「……悠真くん、毎朝、あのホームにいるの。6時13分ちょうどに」
悠翔の手がぴくりと動いた。
「……兄が亡くなったの、6時13分だったんです。……ぴったり、その時間に」
七瀬はゆっくりと頷いた。やっぱり、あの“時間”に何かがある。
悠翔はしばらく黙っていたが、やがて小さくつぶやくように話し始めた。
「兄は……事故の前日、すごく変だったんです」
「変……?」
「夜遅くに、突然僕の部屋に入ってきて、妙なことを言いました。
“もし明日、俺が消えても、びっくりするなよ”って」
七瀬は息を呑んだ。
「……それって、自殺の前兆だったの?」
「わかりません。……でも、兄がそんなことを言うの、初めてだったんです。
普段は、冗談ばっか言ってたし、あんな真面目な顔、見たことなかった。……怖かった」
悠翔の声は震えていた。
「それで、翌朝……僕が起きた時には、もういなくて。駅で事故があったって知って……その時間が、6時13分」
七瀬の頭の中で、点と点がつながっていく。
悠真は、自分が“消える”ことを知っていた。
それを、弟にだけは伝えた。
そして今、彼は“消えたはずの場所”で、“変わらぬ姿”のまま七瀬の前に現れている。
「……ねえ、悠翔くん。事故の直後、悠真くんの……遺品とか、何か残ってた?」
「はい。……スマホと、手帳と、あと……」
そこで彼は、ポケットから小さな紙を取り出した。
「これ、見せてもいいかわからないけど……兄の手帳に挟まってた紙です。
僕も意味がわからなくて……」
七瀬は、それを受け取り、そっと広げる。
そこには、乱れた字でこう書かれていた。
「君がそこにいる限り、僕は消えられない」
七瀬は、思わず紙を握りしめた。
これは……私に向けた言葉?
なぜ、彼がそんなことを――。
「朝倉さん……」
「……ん」
「兄が亡くなったあの日、あなたも駅にいましたか?」
その問いに、七瀬の視界がにわかに揺らいだ。
――駅に、いた? あの日、6時13分に?
記憶をたどろうとしても、黒い靄のようなものが邪魔をする。
彼の死の瞬間を、自分の中から何かが削り取っている。
「……ごめん。わたし、思い出せない」
「そっか……でも、なんとなくそんな気がするんです。兄の言葉、あれ……きっと、あなたのことだと思う」
七瀬は俯いたまま、拳を握りしめた。
私は、あの日……悠真の“死”に関わっていた?
だから彼は、成仏できないまま、“あの時間”を繰り返してる?
もう、逃げられない。
自分の記憶と、彼の死の真実に向き合わなければならない。
帰り道、七瀬はもう一度、ホームを見上げた。
そこには誰もいなかったけれど、6時13分が近づけば、また彼は現れるのだろう。
でも今度は――ただ待つだけじゃない。
彼と“その時”に触れてみよう。
彼の本当の言葉を、確かめてみよう。
その先に、彼を解放する手がかりがあるかもしれない。
コンビニを出たあと、七瀬と悠翔は近くの公園まで歩いた。
ベンチに並んで座ると、春の朝の空気が少し肌寒く、でも清々しかった。
「兄のこと……覚えてる人に会うの、久しぶりです」
悠翔はぽつりとそう言った。
「……覚えてるどころか、毎朝……会ってるの」
その言葉に、彼は不思議そうに七瀬を見た。
「会ってる……って?」
「……悠真くん、毎朝、あのホームにいるの。6時13分ちょうどに」
悠翔の手がぴくりと動いた。
「……兄が亡くなったの、6時13分だったんです。……ぴったり、その時間に」
七瀬はゆっくりと頷いた。やっぱり、あの“時間”に何かがある。
悠翔はしばらく黙っていたが、やがて小さくつぶやくように話し始めた。
「兄は……事故の前日、すごく変だったんです」
「変……?」
「夜遅くに、突然僕の部屋に入ってきて、妙なことを言いました。
“もし明日、俺が消えても、びっくりするなよ”って」
七瀬は息を呑んだ。
「……それって、自殺の前兆だったの?」
「わかりません。……でも、兄がそんなことを言うの、初めてだったんです。
普段は、冗談ばっか言ってたし、あんな真面目な顔、見たことなかった。……怖かった」
悠翔の声は震えていた。
「それで、翌朝……僕が起きた時には、もういなくて。駅で事故があったって知って……その時間が、6時13分」
七瀬の頭の中で、点と点がつながっていく。
悠真は、自分が“消える”ことを知っていた。
それを、弟にだけは伝えた。
そして今、彼は“消えたはずの場所”で、“変わらぬ姿”のまま七瀬の前に現れている。
「……ねえ、悠翔くん。事故の直後、悠真くんの……遺品とか、何か残ってた?」
「はい。……スマホと、手帳と、あと……」
そこで彼は、ポケットから小さな紙を取り出した。
「これ、見せてもいいかわからないけど……兄の手帳に挟まってた紙です。
僕も意味がわからなくて……」
七瀬は、それを受け取り、そっと広げる。
そこには、乱れた字でこう書かれていた。
「君がそこにいる限り、僕は消えられない」
七瀬は、思わず紙を握りしめた。
これは……私に向けた言葉?
なぜ、彼がそんなことを――。
「朝倉さん……」
「……ん」
「兄が亡くなったあの日、あなたも駅にいましたか?」
その問いに、七瀬の視界がにわかに揺らいだ。
――駅に、いた? あの日、6時13分に?
記憶をたどろうとしても、黒い靄のようなものが邪魔をする。
彼の死の瞬間を、自分の中から何かが削り取っている。
「……ごめん。わたし、思い出せない」
「そっか……でも、なんとなくそんな気がするんです。兄の言葉、あれ……きっと、あなたのことだと思う」
七瀬は俯いたまま、拳を握りしめた。
私は、あの日……悠真の“死”に関わっていた?
だから彼は、成仏できないまま、“あの時間”を繰り返してる?
もう、逃げられない。
自分の記憶と、彼の死の真実に向き合わなければならない。
帰り道、七瀬はもう一度、ホームを見上げた。
そこには誰もいなかったけれど、6時13分が近づけば、また彼は現れるのだろう。
でも今度は――ただ待つだけじゃない。
彼と“その時”に触れてみよう。
彼の本当の言葉を、確かめてみよう。
その先に、彼を解放する手がかりがあるかもしれない。