午前6時13分の君へ
第5章:時刻、6時13分
月曜日の朝。七瀬は、再び千陽駅のホームに立っていた。
もう、日課のようになってしまっているこの場所。けれど今日の彼女は、以前のように自然体ではなかった。
心の奥に冷たい予感を抱えながら、スマートフォンで時刻を確認する。
午前6時12分。
間もなく来る。彼が、彼の“時間”が。
そしてその通り、6時13分ちょうど。
「……おはよう、朝倉」
背後から、変わらない声が届いた。
七瀬は、ゆっくり振り返る。そこには、いつもの悠真がいた。
穏やかで、優しげな目をしていて、まるで何も知らないままだ。
――本当に、何も知らないの?
七瀬は、笑顔のまま立つ彼に問う。
「ねえ、悠真。毎朝、ここにいるけど……なんで?」
「……え?」
「どうして、毎朝この時間に現れるの?」
一瞬、彼の表情が止まる。
その小さな“間”が、七瀬の胸を刺した。
「……朝倉が、ここにいるからじゃない?」
そう言った彼の声には、確かな戸惑いがにじんでいた。
「でも私、昨日は来なかったよ?」
「……そうだったか?」
「昨日は日曜だったから、私は来なかった。なのに、悠真は……」
彼の目がゆっくり揺らぎはじめる。自分の足元を見下ろし、言葉を探すように口を動かした。
「……ごめん。俺、やっぱり……よく思い出せないんだ」
「何が?」
「ここに、なぜ立ってるのか。なんで朝倉と話してるのか。最初は“また会えた”って、ただそれだけで嬉しかった。けど……」
悠真は口を閉ざした。
その静かな沈黙が、七瀬には何より怖かった。
電車の接近音が響く。駅のアナウンスが、6時13分を告げる。
ホームに吹く風が急に冷たくなったように感じた。
――この時間だけが、何かに囚われている。
彼は、まるでこの時刻に縛られて、ここに現れ続けているかのように。
電車がホームに入ってくる。
彼は、変わらない動きで扉の前に立ち、振り返った。
「朝倉。明日も、ここにいる?」
その問いかけに、七瀬は一瞬、言葉を飲んだ。
本当は、逃げたかった。
毎朝同じ時間、同じ人に会うたびに、自分の記憶と感情が崩れていく。
けれど、それでも――
「……うん。いるよ」
答えてしまった。
彼の笑顔が、どこかホッとしたように緩む。
扉が閉まり、電車は走り去っていった。
七瀬はその場に立ち尽くしたまま、スマートフォンの時刻を見る。
6時14分。
この1分間だけが、世界から切り離されているような気がした。
毎朝、6時13分になると現れる彼。
事故が起きたのも、その時間。
もしこの“時間”に、彼の魂が囚われているのだとしたら――
帰り道、七瀬はふと思いついて、あのコンビニへ足を運んだ。
新聞ラックを探す。あの日と同じものは、もう置いていない。
けれど、ふと視界の隅に、見慣れた制服の男の子が目に入った。
――あれは、確か彼の弟だったはず。
神谷悠真には、一つ年の離れた弟がいた。
七瀬は、思わず声をかけてしまった。
「……ごめん、神谷悠翔くん?」
「……え?」
彼は驚いたように目を見開いた。
「私、あなたのお兄さんと……高校で同じクラスだったの。少し、話せるかな」
少年は戸惑いながらも、頷いた。
そして、この出会いが――七瀬の記憶と、彼の“死”の真実を揺るがす大きな一歩になる。
月曜日の朝。七瀬は、再び千陽駅のホームに立っていた。
もう、日課のようになってしまっているこの場所。けれど今日の彼女は、以前のように自然体ではなかった。
心の奥に冷たい予感を抱えながら、スマートフォンで時刻を確認する。
午前6時12分。
間もなく来る。彼が、彼の“時間”が。
そしてその通り、6時13分ちょうど。
「……おはよう、朝倉」
背後から、変わらない声が届いた。
七瀬は、ゆっくり振り返る。そこには、いつもの悠真がいた。
穏やかで、優しげな目をしていて、まるで何も知らないままだ。
――本当に、何も知らないの?
七瀬は、笑顔のまま立つ彼に問う。
「ねえ、悠真。毎朝、ここにいるけど……なんで?」
「……え?」
「どうして、毎朝この時間に現れるの?」
一瞬、彼の表情が止まる。
その小さな“間”が、七瀬の胸を刺した。
「……朝倉が、ここにいるからじゃない?」
そう言った彼の声には、確かな戸惑いがにじんでいた。
「でも私、昨日は来なかったよ?」
「……そうだったか?」
「昨日は日曜だったから、私は来なかった。なのに、悠真は……」
彼の目がゆっくり揺らぎはじめる。自分の足元を見下ろし、言葉を探すように口を動かした。
「……ごめん。俺、やっぱり……よく思い出せないんだ」
「何が?」
「ここに、なぜ立ってるのか。なんで朝倉と話してるのか。最初は“また会えた”って、ただそれだけで嬉しかった。けど……」
悠真は口を閉ざした。
その静かな沈黙が、七瀬には何より怖かった。
電車の接近音が響く。駅のアナウンスが、6時13分を告げる。
ホームに吹く風が急に冷たくなったように感じた。
――この時間だけが、何かに囚われている。
彼は、まるでこの時刻に縛られて、ここに現れ続けているかのように。
電車がホームに入ってくる。
彼は、変わらない動きで扉の前に立ち、振り返った。
「朝倉。明日も、ここにいる?」
その問いかけに、七瀬は一瞬、言葉を飲んだ。
本当は、逃げたかった。
毎朝同じ時間、同じ人に会うたびに、自分の記憶と感情が崩れていく。
けれど、それでも――
「……うん。いるよ」
答えてしまった。
彼の笑顔が、どこかホッとしたように緩む。
扉が閉まり、電車は走り去っていった。
七瀬はその場に立ち尽くしたまま、スマートフォンの時刻を見る。
6時14分。
この1分間だけが、世界から切り離されているような気がした。
毎朝、6時13分になると現れる彼。
事故が起きたのも、その時間。
もしこの“時間”に、彼の魂が囚われているのだとしたら――
帰り道、七瀬はふと思いついて、あのコンビニへ足を運んだ。
新聞ラックを探す。あの日と同じものは、もう置いていない。
けれど、ふと視界の隅に、見慣れた制服の男の子が目に入った。
――あれは、確か彼の弟だったはず。
神谷悠真には、一つ年の離れた弟がいた。
七瀬は、思わず声をかけてしまった。
「……ごめん、神谷悠翔くん?」
「……え?」
彼は驚いたように目を見開いた。
「私、あなたのお兄さんと……高校で同じクラスだったの。少し、話せるかな」
少年は戸惑いながらも、頷いた。
そして、この出会いが――七瀬の記憶と、彼の“死”の真実を揺るがす大きな一歩になる。