午前6時13分の君へ
第3章:曖昧な記憶
夜が明けても、七瀬の頭は混乱したままだった。
昨夜、新聞記事を読み終えたあと――しばらくその場に立ち尽くし、何も考えられなかった。
それでも家に帰り、シャワーを浴び、布団に入って、気づけば朝になっていた。
夢を見ていたのか、現実なのか。
けれど、ベッドの中で目を開けた瞬間、胸の奥が重たく沈む感覚だけは確かだった。
「神谷悠真は、1年前に亡くなっている」
あの記事が事実なら、彼と今こうして会えていることの説明がつかない。
――いや、そもそも本当に彼なのか?
混乱したまま、七瀬はその日も駅へ向かった。
電車に乗る必要があるわけじゃなかった。でも、どうしても――確かめたかった。
もしかしたら、何かの間違いかもしれない。
同姓同名の別人だったとか、新聞が誤報だったとか――そんなわずかな可能性にすがるように。
午前6時13分。
電車の接近を知らせるアナウンスが鳴る。
七瀬はホームに立ち尽くし、彼を待った。
そして。
「おはよう、朝倉」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、やはりそこに彼はいた。
昨日と同じ姿で、同じ位置に。
微笑んで、いつものように隣に立つ。
「今日、顔色悪いな。ちゃんと寝た?」
「……うん。ちょっと寝不足なだけ」
無理に笑って答えながら、七瀬は視線を彼の顔に留める。
表情も、声も、歩き方も、しぐさも――間違いなく“神谷悠真”だ。
でも。
じゃあ、なんで。
七瀬は思い切って聞いた。
「ねえ……悠真。1年前のこと、覚えてる?」
「1年前?」
「……この駅で、何か……あった?」
彼は少しだけ眉をひそめてから、首をかしげた。
「……なんで?」
「昨日、新聞で見たの。……この駅で、1年前に事故があったって」
一瞬、空気が凍った。
電車の音すら遠ざかって聞こえるような沈黙。
けれど、悠真はゆっくりと口を開いた。
「そう……かもな」
「……え?」
「よく覚えてないけど、そんな話を聞いたような気もする。けど……それが俺と何か関係あるのかは、わからないな」
その言葉に、七瀬の背筋がぞくりとした。
“わからない”――自分のことなのに。
まるで他人事のような口ぶり。そして、言い終えたあとの、あの一瞬の“間”。
電車がホームに滑り込んできた。悠真は、さも当然のように乗り込もうとする。
けれど、七瀬の足はその場から動けなかった。
彼の背中が車内に消えかけると、ふと振り返って、優しく笑った。
「じゃあ、また明日」
そう言って、ドアが閉まる。
七瀬は、そのまま一歩も動けず、電車が発車するのをただ見送った。
心臓が、痛いくらいに打っている。
彼は、毎朝ここに現れる。
毎朝、6時13分の電車に乗って、同じように去っていく。
まるで、そこから先へは進めないみたいに。
七瀬は、自分の記憶をたどってみる。
でも、どうしても思い出せないことがあった。
――悠真の“死”を知った記憶が、ない。
同級生が亡くなったのなら、ニュースや噂くらい聞いていてもおかしくない。
けれど、彼が死んだという情報を、七瀬は昨日の新聞で初めて知ったのだ。
その事実が、何よりも不気味だった。
まるで、自分の記憶も、どこか“削られている”かのような――。
夜が明けても、七瀬の頭は混乱したままだった。
昨夜、新聞記事を読み終えたあと――しばらくその場に立ち尽くし、何も考えられなかった。
それでも家に帰り、シャワーを浴び、布団に入って、気づけば朝になっていた。
夢を見ていたのか、現実なのか。
けれど、ベッドの中で目を開けた瞬間、胸の奥が重たく沈む感覚だけは確かだった。
「神谷悠真は、1年前に亡くなっている」
あの記事が事実なら、彼と今こうして会えていることの説明がつかない。
――いや、そもそも本当に彼なのか?
混乱したまま、七瀬はその日も駅へ向かった。
電車に乗る必要があるわけじゃなかった。でも、どうしても――確かめたかった。
もしかしたら、何かの間違いかもしれない。
同姓同名の別人だったとか、新聞が誤報だったとか――そんなわずかな可能性にすがるように。
午前6時13分。
電車の接近を知らせるアナウンスが鳴る。
七瀬はホームに立ち尽くし、彼を待った。
そして。
「おはよう、朝倉」
背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、やはりそこに彼はいた。
昨日と同じ姿で、同じ位置に。
微笑んで、いつものように隣に立つ。
「今日、顔色悪いな。ちゃんと寝た?」
「……うん。ちょっと寝不足なだけ」
無理に笑って答えながら、七瀬は視線を彼の顔に留める。
表情も、声も、歩き方も、しぐさも――間違いなく“神谷悠真”だ。
でも。
じゃあ、なんで。
七瀬は思い切って聞いた。
「ねえ……悠真。1年前のこと、覚えてる?」
「1年前?」
「……この駅で、何か……あった?」
彼は少しだけ眉をひそめてから、首をかしげた。
「……なんで?」
「昨日、新聞で見たの。……この駅で、1年前に事故があったって」
一瞬、空気が凍った。
電車の音すら遠ざかって聞こえるような沈黙。
けれど、悠真はゆっくりと口を開いた。
「そう……かもな」
「……え?」
「よく覚えてないけど、そんな話を聞いたような気もする。けど……それが俺と何か関係あるのかは、わからないな」
その言葉に、七瀬の背筋がぞくりとした。
“わからない”――自分のことなのに。
まるで他人事のような口ぶり。そして、言い終えたあとの、あの一瞬の“間”。
電車がホームに滑り込んできた。悠真は、さも当然のように乗り込もうとする。
けれど、七瀬の足はその場から動けなかった。
彼の背中が車内に消えかけると、ふと振り返って、優しく笑った。
「じゃあ、また明日」
そう言って、ドアが閉まる。
七瀬は、そのまま一歩も動けず、電車が発車するのをただ見送った。
心臓が、痛いくらいに打っている。
彼は、毎朝ここに現れる。
毎朝、6時13分の電車に乗って、同じように去っていく。
まるで、そこから先へは進めないみたいに。
七瀬は、自分の記憶をたどってみる。
でも、どうしても思い出せないことがあった。
――悠真の“死”を知った記憶が、ない。
同級生が亡くなったのなら、ニュースや噂くらい聞いていてもおかしくない。
けれど、彼が死んだという情報を、七瀬は昨日の新聞で初めて知ったのだ。
その事実が、何よりも不気味だった。
まるで、自分の記憶も、どこか“削られている”かのような――。