変なやつ
あなたは、人間が天使になれると聞いてどう思いますか?
信じますか?信じませんか?
私はそうでした。
私_____[太字]はるひ[/太字]も。
[水平線]
気が付いた時には、家が燃えていた。
きゃはははは!という甲高い笑い声がどこかで響いていた。
その声に聞き覚えはなく、ただ本当に不快だった。
横を見る。一心不乱に、一生懸命に、家の炎を消そうとする消防士さんたち。
忙しくしたり絶望したり、表情をぐるぐる変える家族たち。
その家族の中に、お母さんだけがいない。
「ママ、どこ?」
探すふりをしながらも、齢7歳の私の頭は冷たい異議を繰り出していた。
_____母は、この火事に巻き込まれてもう帰ってこないと。
祈るふりをしながらも、私の頭は悲しい結論を下していた。
助けてくれるような神様は、いないと。
[水平線]
「パパ、大丈夫?」
火事が起こってから、私たちは一時的に住宅支援を受けて、そこで暮らした。
「うん、大丈夫だよ。はるひ、すまないね」
家を失い、母を失った父は重度の精神病を患い、こうして会話できるのが奇跡のようだった。
あまり喋りすぎるとよくないので、私はご飯だけ父のベッドの近くの机に置くと、すぐに部屋を去った。
何かしてあげたくてどうしようもないが、お医者さんがそう言うのだから間違いはない。
そうして過ごしていた日が4か月ほど続いたある日だった。
「パパ、いる?」
ドアをノックしても反応がない。
「入るね」
部屋に入ったその時だった、
「_______ぇ」
目の前で父は、首を吊って亡くなっていた。
その景色の衝撃さは、嫌でも幼い私にその事実を受け入れさせた。
[水平線]
いつの間にか、私は一心不乱に、冷たいコンクリートの地面を蹴っていた。
ただただ走っていた。息を吸うたび、猛烈に苦しくなる。
もうパパも、ママもいない。
私はどうしたらいい?
答えのない問いを永遠に自分に課す度、耐えきれなくなってこぼれた涙が頬を濡らした。
容赦なく夜の風が頬を撫でて、寒さに凍えそうになったその時。
「あなた、どうしたの?」
綺麗な女性の声がした。
優しくて、どこかママにも似た声。
「…誰、ですか…」
「まぁ、そんなに泣いて。可哀想に…あなたも、[太字]生きる場所をなくしたのね[/太字]?」
「生きる、場所を…?」
「大丈夫よ、私がいるわ。ついていらっしゃい。」
誘惑する声に、ついて行ってはいけないと思っても、
救いがほしい。助けてほしい。どうなってもいい。解放されたい。
そんな思いにかき消され、いつの間にか私は彼女の手を握っていた。
[水平線]
紫色の蛇がかたどられた装飾。
ネオンが光る以外は薄暗いこの通りに似つかわしくない和洋折衷の屋敷。
連れてきてくれた女性____道中で、名前を聞いた。「ディーテ」、という人らしい_____は、屋敷の怪しい扉を開いて、
私をそこに招き入れた。
まっすぐ歩いた先の襖を開くと、大きなフロアに机とシャンデリア、
キャンドルの明かりがきれいな場所に出た。
「ここは…」
「まだあなたのお名前を知らなかったわね、なんていうの?」
「…はるひ」
「はるひちゃん、ね。かわいい名前。」
かわいい名前、とほめられたのは一体いつぶりだろう、
もう記憶のないときの、名前を決めた母へ放った父の言葉が最後だろうか?
「ありがとう、ございます…」
「私ね、子供が大好きなの。とくにあなたみたいな、かわいい女の子が」
「ねぇ、うちの子にならない?」
その言葉に、まず先に恐怖が沸いた。
目の前の女性の目は、よく見ると蛇にもにている。
もしかしたら、殺されてしまうかも________
「…」
いや、でも_____
仮に殺されて、困るのは誰だ?
パパ?
ママ?
友達?
そのどれも、私の人生にはいないじゃないか____
なら、目の前の彼女がうれしいなら______
私を殺すことで満たされるなら______
死んだほうがいいんじゃないか?
気が付くと、私は彼女に向って両手を差し出し、首を見せた。
「私を殺してください」と言わんばかりに。
対し、彼女はひどく驚いて、目をいっぱいに開いた。
「…あなた…」
そうして、
私を強く抱きしめた。
「[太字]命を、あきらめちゃだめ[/太字]」
「たとえ味方が目の前からいなくなっても、探したら見つかるの」
「世界のどこかには、あなたを一番に理解してくれる人がいる」
「それにまだ出会えていないだけ」
「あなたはあきらめちゃだめ。」
背中を優しくさすりながら、私のことをけして諭さず、説教せず、
まっすぐに私を見つめてくれた。
紫色の瞳の奥に、サクヤヒメのようにかわいらしい桃色を見た。
_____もしかして、この人が________
_____[太字]わたしの神様、なんじゃないか[/太字]________
「…」
「神、様」
私の口はそうこぼした。
「……、私は救いの神様よ。よく、わかったわね?」
「え…」
「ふふ、そういう意味じゃないのでしょうね。わかってるわ。…でも、本当よ」
「望むなら、あなたを私の天使にしてあげたいと思うの」
急に何を言い出すのか、ちゃんとは理解できなかった。
けれど、
「お願いします…神様」
私はたしかにそういった。
「本当にいいの?…天使になるときには、[太字]もともとの名前を捨てなきゃいけないんだけれど…[/太字]」
「はい。…私にもう、戻る名前はないので」
「…しっかりした子ね、いいわ、分かった」
ほほに手を当てられる。
さっきまでひどく冷たかったほほは、今彼女の手でじんわりと温かくなってきている。
それと同時に、確かに何かが変わった感覚が私を支配した。
「名前は、私がつけてもいい?」
うなずくと、一息置いて目の前のひとは言った。
「サミダレ・イトラン」
「これがあなたの、新しい名前よ」
ステンドグラスの向こうに見える夜は、もう明けそうになっていた。
[水平線]
「サミダレ、どこを見ているの?」
「はっ!神様っ!?」
「ふふ、神様って、まるで昔のあなたみたいじゃない」
「あ…」
「私は、神様なんて[漢字]偶像[/漢字][ふりがな]もの[/ふりがな]より、あなたのお姉様になれたほうが嬉しいわ」
「…そうですか、…お姉様!」
「ふふ、いい子」
はるひ、昔の名前は今、
暖かい五月雨に濡れて、もういないけれど…
私は雨に濡れ、傷つきつつ美しくなるイトランなのだから、
だから、もう昔には戻らないのです。
信じますか?信じませんか?
私はそうでした。
私_____[太字]はるひ[/太字]も。
[水平線]
気が付いた時には、家が燃えていた。
きゃはははは!という甲高い笑い声がどこかで響いていた。
その声に聞き覚えはなく、ただ本当に不快だった。
横を見る。一心不乱に、一生懸命に、家の炎を消そうとする消防士さんたち。
忙しくしたり絶望したり、表情をぐるぐる変える家族たち。
その家族の中に、お母さんだけがいない。
「ママ、どこ?」
探すふりをしながらも、齢7歳の私の頭は冷たい異議を繰り出していた。
_____母は、この火事に巻き込まれてもう帰ってこないと。
祈るふりをしながらも、私の頭は悲しい結論を下していた。
助けてくれるような神様は、いないと。
[水平線]
「パパ、大丈夫?」
火事が起こってから、私たちは一時的に住宅支援を受けて、そこで暮らした。
「うん、大丈夫だよ。はるひ、すまないね」
家を失い、母を失った父は重度の精神病を患い、こうして会話できるのが奇跡のようだった。
あまり喋りすぎるとよくないので、私はご飯だけ父のベッドの近くの机に置くと、すぐに部屋を去った。
何かしてあげたくてどうしようもないが、お医者さんがそう言うのだから間違いはない。
そうして過ごしていた日が4か月ほど続いたある日だった。
「パパ、いる?」
ドアをノックしても反応がない。
「入るね」
部屋に入ったその時だった、
「_______ぇ」
目の前で父は、首を吊って亡くなっていた。
その景色の衝撃さは、嫌でも幼い私にその事実を受け入れさせた。
[水平線]
いつの間にか、私は一心不乱に、冷たいコンクリートの地面を蹴っていた。
ただただ走っていた。息を吸うたび、猛烈に苦しくなる。
もうパパも、ママもいない。
私はどうしたらいい?
答えのない問いを永遠に自分に課す度、耐えきれなくなってこぼれた涙が頬を濡らした。
容赦なく夜の風が頬を撫でて、寒さに凍えそうになったその時。
「あなた、どうしたの?」
綺麗な女性の声がした。
優しくて、どこかママにも似た声。
「…誰、ですか…」
「まぁ、そんなに泣いて。可哀想に…あなたも、[太字]生きる場所をなくしたのね[/太字]?」
「生きる、場所を…?」
「大丈夫よ、私がいるわ。ついていらっしゃい。」
誘惑する声に、ついて行ってはいけないと思っても、
救いがほしい。助けてほしい。どうなってもいい。解放されたい。
そんな思いにかき消され、いつの間にか私は彼女の手を握っていた。
[水平線]
紫色の蛇がかたどられた装飾。
ネオンが光る以外は薄暗いこの通りに似つかわしくない和洋折衷の屋敷。
連れてきてくれた女性____道中で、名前を聞いた。「ディーテ」、という人らしい_____は、屋敷の怪しい扉を開いて、
私をそこに招き入れた。
まっすぐ歩いた先の襖を開くと、大きなフロアに机とシャンデリア、
キャンドルの明かりがきれいな場所に出た。
「ここは…」
「まだあなたのお名前を知らなかったわね、なんていうの?」
「…はるひ」
「はるひちゃん、ね。かわいい名前。」
かわいい名前、とほめられたのは一体いつぶりだろう、
もう記憶のないときの、名前を決めた母へ放った父の言葉が最後だろうか?
「ありがとう、ございます…」
「私ね、子供が大好きなの。とくにあなたみたいな、かわいい女の子が」
「ねぇ、うちの子にならない?」
その言葉に、まず先に恐怖が沸いた。
目の前の女性の目は、よく見ると蛇にもにている。
もしかしたら、殺されてしまうかも________
「…」
いや、でも_____
仮に殺されて、困るのは誰だ?
パパ?
ママ?
友達?
そのどれも、私の人生にはいないじゃないか____
なら、目の前の彼女がうれしいなら______
私を殺すことで満たされるなら______
死んだほうがいいんじゃないか?
気が付くと、私は彼女に向って両手を差し出し、首を見せた。
「私を殺してください」と言わんばかりに。
対し、彼女はひどく驚いて、目をいっぱいに開いた。
「…あなた…」
そうして、
私を強く抱きしめた。
「[太字]命を、あきらめちゃだめ[/太字]」
「たとえ味方が目の前からいなくなっても、探したら見つかるの」
「世界のどこかには、あなたを一番に理解してくれる人がいる」
「それにまだ出会えていないだけ」
「あなたはあきらめちゃだめ。」
背中を優しくさすりながら、私のことをけして諭さず、説教せず、
まっすぐに私を見つめてくれた。
紫色の瞳の奥に、サクヤヒメのようにかわいらしい桃色を見た。
_____もしかして、この人が________
_____[太字]わたしの神様、なんじゃないか[/太字]________
「…」
「神、様」
私の口はそうこぼした。
「……、私は救いの神様よ。よく、わかったわね?」
「え…」
「ふふ、そういう意味じゃないのでしょうね。わかってるわ。…でも、本当よ」
「望むなら、あなたを私の天使にしてあげたいと思うの」
急に何を言い出すのか、ちゃんとは理解できなかった。
けれど、
「お願いします…神様」
私はたしかにそういった。
「本当にいいの?…天使になるときには、[太字]もともとの名前を捨てなきゃいけないんだけれど…[/太字]」
「はい。…私にもう、戻る名前はないので」
「…しっかりした子ね、いいわ、分かった」
ほほに手を当てられる。
さっきまでひどく冷たかったほほは、今彼女の手でじんわりと温かくなってきている。
それと同時に、確かに何かが変わった感覚が私を支配した。
「名前は、私がつけてもいい?」
うなずくと、一息置いて目の前のひとは言った。
「サミダレ・イトラン」
「これがあなたの、新しい名前よ」
ステンドグラスの向こうに見える夜は、もう明けそうになっていた。
[水平線]
「サミダレ、どこを見ているの?」
「はっ!神様っ!?」
「ふふ、神様って、まるで昔のあなたみたいじゃない」
「あ…」
「私は、神様なんて[漢字]偶像[/漢字][ふりがな]もの[/ふりがな]より、あなたのお姉様になれたほうが嬉しいわ」
「…そうですか、…お姉様!」
「ふふ、いい子」
はるひ、昔の名前は今、
暖かい五月雨に濡れて、もういないけれど…
私は雨に濡れ、傷つきつつ美しくなるイトランなのだから、
だから、もう昔には戻らないのです。