変なやつ
#1
私のクラスには、変なやつがいる。
その変なやつは毎日、スケッチブックと一対一で向き合って、
あぁ、あそこにある花瓶でも描くのかなー、なんて思っていたら、
そこにない空想の少女ばかりを描く。
そしてその変なやつは、美術部でも変なやつである。
今はあそこにある石像を描く時間だっていうのに、
その変なやつはまた、そこにない空想の少女を描いている。
私は美術部の部長だから、変なやつにいつもこう注意する。
「ちゃんと見たままのものを描いてよね」って。
そうするとその変なやつは、「…そうだよね」と歯切れ悪く返してくる。
[水平線]
ある日のことだった。
変なやつが部室にいなかった。
私は引きずって連れてくるつもりで、その変なやつの教室まで行った。
果たしてそこに変なやつはいた。
「どうしたの?部活にも来ないで。早く来てくれないと困るんだけど?」
変なやつはびっくりしたようで、私のほうを振り返って目を開いている。
そうして少し経って、やっと変なやつは口を開いた。
「ううん、今日は____そんな気分じゃなくて。」
私は普通に頭に来た。
「気分じゃないって何よ。部活動に参加したのはあんたでしょ。勝手な行動はやめてよ」
さっきより強く返してみると、その変なやつはうつむいた。
「…ん?」
ふと視界に入ったそれをしっかりと見てみる。
「___これ」
変なやつのそばに、撒かれたそれは。
[太字]いつでも教室で描いてた、あの絵たちだった。[/太字]
「これ…あんたがいつも描いてたやつじゃん、どうしたの」
思わず聞いてしまうと、変なやつはバレてしまったといわんばかりに顔を青くした。
そうしてすぐに、変なやつは話し始める。
「クラスのやつに、やられたんだ」
「変なのばっか描いてて、気持ち悪いって言われて」
私は思わずあっけにとられた。
うちのクラスに、そんなことできる人がいたなんて。
いくら変なやつのだからって、人の作品を台無しにするやつは許せない。
「ひどいね、そいつ。」
私が同情したのに、変なやつはまたびっくりした。
「何て名前なの?」
続けて聞いてみると、変なやつはこう答えた。
「____山崎守ってやつだよ。僕の幼馴染なんだ」
[水平線]
あの日から数週間が経った。
変なやつとちょっと仲良くなって、周りからはぎょっとした顔をされたりする。
ふんだ、みんなは知らないかもしれないけど。
あいつ、なかなかいいやつだよ。
そんな日にも、美術部があって。
部長な私は遅れるわけにいかないから、すぐに部室に向かった。
そうしてしばらくして、今日もあの変なやつが来なかった。
「まさかまた…」
予感は的中していた。
教室に入った時、そこには____
「お前、目障りなんだよ」
変なやつと、それを虐める悪いやつ…山崎守がいた。
「何やってんの!?」
我慢できなくて、私は教室の扉を勢い良く開けてそう叫ぶ。
二人はぎょっとしてこちらを見ている。
おびえることなく私はつづけた。
「あんたでしょ、こいつの絵破ったの。
人の作品をバカにして、傷つけるなんて最低の行為だってわかんないの!?」
守はちょっと怯えてたけど、すぐにこう返した。
「だってこいつは、翔馬は「精霊」なんか描いてたんだぜ?」
精霊。
その声に反応して、変なやつ…翔馬が顔を暗くした。
「精霊?」
「昔見たとかなんとか。うさんくせえし、子供かよ。」
じゃあ、ずっとあいつは、スケッチブックに向かって精霊を描いていたんだ。
「…それって、すごいことでしょ」
「は?」
私は不思議と、気持ち悪くは思わなかった。
「見えないものに思いをはせて、ずっと夢中になれるんでしょ?
けっこうすごいと思う」
まっすぐに自分の意見を伝えると、守はたじろいで、
「いや、でも…それは…」
なんざしどろもどろに言うので、翔馬の手を取って、その場を去ることにした。
あいつなんか知らない。
[水平線]
「ありがとう」
廊下で、翔真はぼそっとそういった。
「別に。私のクラスでいじめが起こってたのが許せなかっただけだから」
そう返すと、翔真は少し黙ってこう言った。
「[太字]かげ[/太字] っていうんだ、その精霊」
「かげ?」
「そうだよ。僕がずっと小さかったころに、一緒に遊んでくれたんだ」
そうか、それでその精霊に固執を…
ちょっとばかばかしいと思ったけれど、それをしゃべる翔馬の目からして、
嘘じゃないと思った。
「ねぇ、めぐみさん。」
めぐみ、それは私の名前だ。
変なやつのくせに、名前覚えててくれたんだ。
「めぐみさんって、ちょっとかげに似てるかも。」
そう笑う翔馬の顔に、こちらだって既視感を抱いた。
なんだかすごく昔に、コスモスと一緒に見た気がするその笑顔___
「…あ!!もうこんな時間!?」
時計は5時を指していた。もう部活が終わる時間だ。
「ごめんね、僕のせいで」
「謝らないでよ。あんたのせいじゃないから」
「…ありがとう」
申し訳なさそうにする翔馬をよそに、部活に出れなかった後悔がよぎっていたが、
「またね、めぐみさん。」
その時には頭が一瞬からっぽになって、その声だけ聞こえた。
オレンジ色に染まる帰り道、公園に咲くシオンの花が、いつもよりかわいく見えていた。
その変なやつは毎日、スケッチブックと一対一で向き合って、
あぁ、あそこにある花瓶でも描くのかなー、なんて思っていたら、
そこにない空想の少女ばかりを描く。
そしてその変なやつは、美術部でも変なやつである。
今はあそこにある石像を描く時間だっていうのに、
その変なやつはまた、そこにない空想の少女を描いている。
私は美術部の部長だから、変なやつにいつもこう注意する。
「ちゃんと見たままのものを描いてよね」って。
そうするとその変なやつは、「…そうだよね」と歯切れ悪く返してくる。
[水平線]
ある日のことだった。
変なやつが部室にいなかった。
私は引きずって連れてくるつもりで、その変なやつの教室まで行った。
果たしてそこに変なやつはいた。
「どうしたの?部活にも来ないで。早く来てくれないと困るんだけど?」
変なやつはびっくりしたようで、私のほうを振り返って目を開いている。
そうして少し経って、やっと変なやつは口を開いた。
「ううん、今日は____そんな気分じゃなくて。」
私は普通に頭に来た。
「気分じゃないって何よ。部活動に参加したのはあんたでしょ。勝手な行動はやめてよ」
さっきより強く返してみると、その変なやつはうつむいた。
「…ん?」
ふと視界に入ったそれをしっかりと見てみる。
「___これ」
変なやつのそばに、撒かれたそれは。
[太字]いつでも教室で描いてた、あの絵たちだった。[/太字]
「これ…あんたがいつも描いてたやつじゃん、どうしたの」
思わず聞いてしまうと、変なやつはバレてしまったといわんばかりに顔を青くした。
そうしてすぐに、変なやつは話し始める。
「クラスのやつに、やられたんだ」
「変なのばっか描いてて、気持ち悪いって言われて」
私は思わずあっけにとられた。
うちのクラスに、そんなことできる人がいたなんて。
いくら変なやつのだからって、人の作品を台無しにするやつは許せない。
「ひどいね、そいつ。」
私が同情したのに、変なやつはまたびっくりした。
「何て名前なの?」
続けて聞いてみると、変なやつはこう答えた。
「____山崎守ってやつだよ。僕の幼馴染なんだ」
[水平線]
あの日から数週間が経った。
変なやつとちょっと仲良くなって、周りからはぎょっとした顔をされたりする。
ふんだ、みんなは知らないかもしれないけど。
あいつ、なかなかいいやつだよ。
そんな日にも、美術部があって。
部長な私は遅れるわけにいかないから、すぐに部室に向かった。
そうしてしばらくして、今日もあの変なやつが来なかった。
「まさかまた…」
予感は的中していた。
教室に入った時、そこには____
「お前、目障りなんだよ」
変なやつと、それを虐める悪いやつ…山崎守がいた。
「何やってんの!?」
我慢できなくて、私は教室の扉を勢い良く開けてそう叫ぶ。
二人はぎょっとしてこちらを見ている。
おびえることなく私はつづけた。
「あんたでしょ、こいつの絵破ったの。
人の作品をバカにして、傷つけるなんて最低の行為だってわかんないの!?」
守はちょっと怯えてたけど、すぐにこう返した。
「だってこいつは、翔馬は「精霊」なんか描いてたんだぜ?」
精霊。
その声に反応して、変なやつ…翔馬が顔を暗くした。
「精霊?」
「昔見たとかなんとか。うさんくせえし、子供かよ。」
じゃあ、ずっとあいつは、スケッチブックに向かって精霊を描いていたんだ。
「…それって、すごいことでしょ」
「は?」
私は不思議と、気持ち悪くは思わなかった。
「見えないものに思いをはせて、ずっと夢中になれるんでしょ?
けっこうすごいと思う」
まっすぐに自分の意見を伝えると、守はたじろいで、
「いや、でも…それは…」
なんざしどろもどろに言うので、翔馬の手を取って、その場を去ることにした。
あいつなんか知らない。
[水平線]
「ありがとう」
廊下で、翔真はぼそっとそういった。
「別に。私のクラスでいじめが起こってたのが許せなかっただけだから」
そう返すと、翔真は少し黙ってこう言った。
「[太字]かげ[/太字] っていうんだ、その精霊」
「かげ?」
「そうだよ。僕がずっと小さかったころに、一緒に遊んでくれたんだ」
そうか、それでその精霊に固執を…
ちょっとばかばかしいと思ったけれど、それをしゃべる翔馬の目からして、
嘘じゃないと思った。
「ねぇ、めぐみさん。」
めぐみ、それは私の名前だ。
変なやつのくせに、名前覚えててくれたんだ。
「めぐみさんって、ちょっとかげに似てるかも。」
そう笑う翔馬の顔に、こちらだって既視感を抱いた。
なんだかすごく昔に、コスモスと一緒に見た気がするその笑顔___
「…あ!!もうこんな時間!?」
時計は5時を指していた。もう部活が終わる時間だ。
「ごめんね、僕のせいで」
「謝らないでよ。あんたのせいじゃないから」
「…ありがとう」
申し訳なさそうにする翔馬をよそに、部活に出れなかった後悔がよぎっていたが、
「またね、めぐみさん。」
その時には頭が一瞬からっぽになって、その声だけ聞こえた。
オレンジ色に染まる帰り道、公園に咲くシオンの花が、いつもよりかわいく見えていた。
/ 1