善と悪と2
#1
二人の少女と怪しげな少年
「三組の桐谷くんって知ってる?」
「良ちゃん以外の人間にキョーミないです」
放課後の通学路を歩いているのは良。その横で良の腕をがしっと掴み隣で歩いているのは悪夢。
今は良が通っている学校の同級生、一年三組の桐谷桜我について話しているようだ。
「桐谷くん、ワタシが教室に入るなり真っ先に気づいて心配してくれたんだよねー」
そう、良は殺傷事件に巻き込まれて一週間入院していたのだ。
それから帰ってきた良を桜我が真っ先に心配してくれたということだ。
「そんなやつ知らねーです」
「紹介してあげよっか?」
「結構です」
つーんと横を向き興味はない、と示す悪夢。
良はそっけない態度の悪夢に頬を膨らませている。
「桐谷くん、かっこいいのにー……」
桜我の整った顔立ちを思い出す。
父が外国人で母が日本人のハーフで、深緑の整えられた髪、紫色の瞳。
外見だけではなく、会話の途中に優しさが混じってくる。
噂だと54人の女子が告白して玉砕したらしい。
「良ちゃんはボクのなので恋愛する権利はありませんっ!」
仄かな恋愛感情を察知した悪夢は頬を膨らませる。
「えー何それ〜」
放課後の公園で二人は笑い合った。
翌日、午後。
キーンコーンカーンコーン──
終業のチャイムがなり、良は帰りの準備をしていた。
(今日は短縮日課だったから早く帰れるなー、悪夢とあそこのカフェ行こっかな)
窓から少しだけ覗く旧校舎の屋根を見つめながらそんなことを考えていた時だった。
「ねえ、白善さん。ちょっと」
「え?」
振り向いた先にいたのは桐谷桜我。学校の人気者。
「あれ? 桐谷くん。どうしたの? ワタシに何か用?」
少し警戒するような目線を送って問う。
「今日の放課後って空いてる?」
良を覗き込むように少し腰をかがめる桜我。
「え、あ、うん……」
天使のような微笑みに思わず頷く良。
「良かった! 今日の放課後、新しくできたあそこのカフェ行こうよ」
(……悪夢と行こうと思ってたところ……)
少し躊躇したが、気づけばクラス中がこちらを見ていた。
人気者の桐谷くんが女子に声をかけるとは何事だ、ということだ。
(これじゃ断れないかあ……)
「……うん、分かった」
桜我はにっこりと微笑む。
「じゃあ、三時にね」
「あ、来た! やあ、白善さん」
「桐谷くん。待った?」
「いや、全然。今来たところ」
ふとテーブルに視線を落とすと、良いお値段のケーキが二つ。ご丁寧に良が好きなパンケーキ。
(今来たって、絶対ウソじゃん……)
中身もイケメンかよ、と変なところで毒づく良に桜我は座るように促した。
奢ってもらったパンケーキで口をいっぱいにする良に桜我はにっこりと微笑む。
「今日は、大事なお話があるんだ」
「?」
口に溜め込んだパンケーキをごくりと飲み込み、首を傾げる良。
「何?」と少し身構え、桜我の澄んだ紫の瞳を見据える。
少しずつ真剣な表情になってくる桜我に良は少し焦りを覚える。
(え、ワタシ何かしたっけ……? やっぱパンケーキのお金払った方が良い……?)
もう空っぽの皿に視線を移す。
「──僕と、お付き合いしてくれませんか……?」
「………………?」
パンケーキの相場で頭がいっぱいになっていた良は思考が停止する。
ボクト、オツキアイシテクレマセンカ……
オツキアイシテクレマセンカ……カ……ヵ……
桜我の言葉が脳内でエコーすること五秒間。
「────は……!?」
「ごめん、急にこんなこと言ったら混乱するよね」
ぼんっと爆発して固まっている良を気遣うように声をかける。
「──え? いやいやちょっと待って桐谷くん、何でワタシ? ドッキリか何か?」
現実に戻ってくるなり疑問がどっと溢れてくる良。
良の頭は今非常に混乱している。まだ解決してないケーキの相場問題が五割を占めて退いてくれない。そしてその上から衝撃情報が伸し掛かり、普通にキャパオーバーである。
「考えておいてほしい」と席を立ち会計のためスタッフを呼びに行く桜我。
「ちょ、ちょっと待って桐谷くん……!」
何か今答えを出さなければいけない気がした良は必死に桜我を呼び止める。
「ええと、ワタシ桐谷くんが好きか分かんない……けど、い、一ヶ月だけ疑似のお付き合いさせてもらって……答えを出す……っていう形じゃダメかな……?」
「桐谷くんがそんな軽い気持ちじゃないってことは知ってるけど……」と付け足す。
桜我は一瞬驚いたような顔をした直後、「ふふっ」と笑って「いいよ、白善さんらしい」と頷いた。
そんなこんなで、なーんか漫画で見たことあるような付き合いが始まった。
翌日、放課後。
休み時間に桜我に話しかけられ、疑似デートに誘われた良。その時の女子生徒たちの鋭い視線といったらナイフのようだった。
二人は隣町のカフェでお高い抹茶ラテを味わっていた。
「ねえ、白善さんのお友達って何人いるの?」
低度のコミュ障である良にとっては先程の視線と同じくらい刺さる質問だ。
「え、えーっと……ひ、一人? かな」
「一人!?」
これまで無いほどの驚愕を浮かべる桜我。
(ぐっ……その反応は刺さるよ桐谷くん……)
良の友だちといえば悪夢しか思い浮かばない。
入院していたときだって悪夢以外は誰一人お見舞いに来てくれなかった。まあ来ないなら来ないでそっちの方が気が楽なのだが。
「悪夢っていうんだけど……」
「悪夢?」
桜我の目が細まる。
「うん、ちょっと我儘でワタシにべったりだけど可愛いよ。あ、そういえば年聞いてないなぁ」
「ふぅん、悪夢ちゃんとはどこで会ったの? 年が分からないってことは学校外だよね」
「あ、そうだね……って、やっぱ秘密!」
悪夢との出会いは直感的に言ってはダメな気がした。
その選択は合っていた。
「へぇー……悪夢ちゃんか……会ってみたいな」
それから桜我は会う度、悪夢に会いたいと催促してきた。
(あれ、桐谷くんも友だち少ないのかな……?)
確かに桜我は学校内で高嶺の花のような存在で親しげに話している人を見たことない。
(きっとそうだ! よし、ワタシが一役買おうじゃないか!)
「ほら悪夢、そっぽ向いてないで、ちゃんと挨拶しな」
「だから、ボクは興味ないです。こんな野郎」
親子を彷彿とさせる会話をする悪夢。
(桐谷桜我……んでこっち見てきやがるんですか)
幼稚な口論が一悶着つき、良の腕にひっつく。
良と会話しているようで視線はずっと悪夢だ。視線に敏感な自負はある。
「じゃあワタシ、お手洗い行ってくるね」
会話が一段落ついたところで良が席を立つ。
「…………」
「…………」
冷たい沈黙が走る。
「……桐谷桜我、本当の目的は何だ」
悪夢が声のトーンを落として桜我と目を合わせる。
「……目的ってなんだい?」
あくまで明るく振る舞う桜我をきっと睨む。
・・
「てめえ……ボクが目的ですね?」
すっと笑みが消えた桜我は「はぁ」とため息をつく。
「────そうだよ? 僕が居る世界に邪悪は要らないんだ」
歪んでいる圧倒的な自己中心主義者。
「てめぇ……自分のやってることが何か分かってやがるんですか?」
同時に忍ばせていたナイフを煌めかせる。
「……君こそ、ここで僕をどうするつもり? 少なくとも白善良は僕へ仄かに好意を寄せている。聡明な君なら分かると思うけど?」
痛いところを突かれた悪夢は、低く舌打ちをする。黙って見つめる悪夢に桜我は続ける。
「それに、君が真実を言っても信じてくれるかな? 僕を嫌う君が、僕と白善さんを別れさせたいがための嘘だと思われるかもね」
桜我は口の端を歪めて笑う。
(完全に嵌められた……)
ぎゅっと唇を噛む。
悪夢は袖口からそっと録音器を取り出す。
「ん? 録音でもする気? いいけど、君の技術水準なら録音データの偽造なんて簡単だと思うよ?
──お前は白善良に真実を伝える術はない」
悪夢は良に真実を伝える術はない。
その事実が重くのしかかる。
(この野郎から良ちゃんを救う術は本当にない……?)
桜我に良が利用されるか、悪夢が良からの信頼を失う。
究極の二択は悪夢に迫っていく。
そして良が席に戻ってくると、桜我は偽善の笑みを浮かべる。
「はは、悪夢ちゃん面白い子で友だちになれそう!」
平然と嘘をつく桜我をじっと見つめる。
(ボクはどうすれば…………あ、これなら……──待ってろよ、このクズ野郎めが)
✾
翌日、帰路。
「やっほー、白善さん。一緒に帰ろ? 今日も悪夢ちゃんと遊びたいなあ〜」
(やっぱ桐谷くん、お友だち欲しかったんだ。なんだ、イケメンにも可愛い面あるじゃん)
事実を知らずににこっと微笑む良。
「……良ちゃん、少しいいですか」
突如、悪夢が目の前に現れる。
「えっと……」
良が桜我をちらっと見て困ったような顔をする。
「……いいよ、悪夢ちゃんの話聞いてあげて。僕今日は一人で帰るから」
桜我にごめんね、と言い残し悪夢の後についていく。
その時の桜我の冷たい視線に、良は気付く余地はなかった──。
✾
通学路から少し外れて歩き、ほどなくして悪夢の住居である旧校舎が見えてくる。
「良ちゃん、桐谷桜我についてですが」
「うん? 桐谷くん、良い人だよね。好きになっちゃいそ──」
「単刀直入に言います」
良の言葉を遮る。
「あいつは、浮気野郎です」
「え? ちょっと何言ってんの悪夢」
悪夢は目を細める。やはりこれでは信じてくれないか。
「いくら桐谷くんのことが嫌いだからって、そんなこと言ったらだめだよ」
眉を顰める良に「残念ながら」と自身の鞄の中を探る。
「──証拠は出ているんです」
悪夢が提示したのは、桜我がそれぞれ別の女性と一緒にいる数枚の写真。
「……でも桐谷くんがそんなことするはず──」
「証拠はこれだけじゃないです」
悪夢は良を別室へと連れて行く。
そこにいたのは、良より年上に見える四人の女の人たち。
「悪夢……? この人たちは……?」
嫌な予感を感じてきたのか、良の顔は青ざめていく。
「はい──あいつの浮気相手の人たちです」
良はその場にぺたんと座り込む。
「まさか……」
「そうです。あいつは最低な野郎です」
悪夢が静かに告げると他の女の人たちがぽつり、ぽつりと話し始める。
そのいずれにも桐谷桜我の名は出なかった。名も発したくない程恨んでいるのだろう、と良は解釈したらしかった。それ故、良も桜我の名を発することは無かった。
「気になり始めてたのに……最低」
立ち上がった良の目はもう恋する乙女の瞳ではなかった。
結局、桜我は後日呼び出され笑顔で往復ビンタ10連続を食らった。そして最後は膝蹴りが顎にクリティカルヒットし、病院送りになった。
他言するなとこれまた笑顔で脅迫されたので他の人はなぜ桜我がボコボコになったのか知る由もない。
そしてそれをこっそり覗いていた悪夢はとても気味が良かった。
(……にしても、よく上手くいきましたねー)
悪夢は桜我に放たれた言葉を思い出す。
『お前は白善良に真実を伝える術はない』
証拠がとれないなら──捏造すればいい。
良に真実を伝える必要は全く無かったということだ。
桜我は本当に浮気をしているわけではなかった。
良に見せた写真はもちろん偽造だ。写真の偽造なんて朝飯前。
では四人の証人はどうしたのか。
悪夢に本当に浮気されたような演技をできる人を探すほどの人脈はない。
あれは別の男の浮気相手たちだ。ある高校でクズ野郎を探してきたまでだ。あの人たちには良もその野郎の浮気相手だと教えていた。
それなら桜我の名前を口に出さないのも当たり前。都合良く解釈してくれてよかった。
(賭けでしたけど、功を奏しましたね)
いつまでも悪夢は良の最強の守護者であり最高の友だち。
「良ちゃん以外の人間にキョーミないです」
放課後の通学路を歩いているのは良。その横で良の腕をがしっと掴み隣で歩いているのは悪夢。
今は良が通っている学校の同級生、一年三組の桐谷桜我について話しているようだ。
「桐谷くん、ワタシが教室に入るなり真っ先に気づいて心配してくれたんだよねー」
そう、良は殺傷事件に巻き込まれて一週間入院していたのだ。
それから帰ってきた良を桜我が真っ先に心配してくれたということだ。
「そんなやつ知らねーです」
「紹介してあげよっか?」
「結構です」
つーんと横を向き興味はない、と示す悪夢。
良はそっけない態度の悪夢に頬を膨らませている。
「桐谷くん、かっこいいのにー……」
桜我の整った顔立ちを思い出す。
父が外国人で母が日本人のハーフで、深緑の整えられた髪、紫色の瞳。
外見だけではなく、会話の途中に優しさが混じってくる。
噂だと54人の女子が告白して玉砕したらしい。
「良ちゃんはボクのなので恋愛する権利はありませんっ!」
仄かな恋愛感情を察知した悪夢は頬を膨らませる。
「えー何それ〜」
放課後の公園で二人は笑い合った。
翌日、午後。
キーンコーンカーンコーン──
終業のチャイムがなり、良は帰りの準備をしていた。
(今日は短縮日課だったから早く帰れるなー、悪夢とあそこのカフェ行こっかな)
窓から少しだけ覗く旧校舎の屋根を見つめながらそんなことを考えていた時だった。
「ねえ、白善さん。ちょっと」
「え?」
振り向いた先にいたのは桐谷桜我。学校の人気者。
「あれ? 桐谷くん。どうしたの? ワタシに何か用?」
少し警戒するような目線を送って問う。
「今日の放課後って空いてる?」
良を覗き込むように少し腰をかがめる桜我。
「え、あ、うん……」
天使のような微笑みに思わず頷く良。
「良かった! 今日の放課後、新しくできたあそこのカフェ行こうよ」
(……悪夢と行こうと思ってたところ……)
少し躊躇したが、気づけばクラス中がこちらを見ていた。
人気者の桐谷くんが女子に声をかけるとは何事だ、ということだ。
(これじゃ断れないかあ……)
「……うん、分かった」
桜我はにっこりと微笑む。
「じゃあ、三時にね」
「あ、来た! やあ、白善さん」
「桐谷くん。待った?」
「いや、全然。今来たところ」
ふとテーブルに視線を落とすと、良いお値段のケーキが二つ。ご丁寧に良が好きなパンケーキ。
(今来たって、絶対ウソじゃん……)
中身もイケメンかよ、と変なところで毒づく良に桜我は座るように促した。
奢ってもらったパンケーキで口をいっぱいにする良に桜我はにっこりと微笑む。
「今日は、大事なお話があるんだ」
「?」
口に溜め込んだパンケーキをごくりと飲み込み、首を傾げる良。
「何?」と少し身構え、桜我の澄んだ紫の瞳を見据える。
少しずつ真剣な表情になってくる桜我に良は少し焦りを覚える。
(え、ワタシ何かしたっけ……? やっぱパンケーキのお金払った方が良い……?)
もう空っぽの皿に視線を移す。
「──僕と、お付き合いしてくれませんか……?」
「………………?」
パンケーキの相場で頭がいっぱいになっていた良は思考が停止する。
ボクト、オツキアイシテクレマセンカ……
オツキアイシテクレマセンカ……カ……ヵ……
桜我の言葉が脳内でエコーすること五秒間。
「────は……!?」
「ごめん、急にこんなこと言ったら混乱するよね」
ぼんっと爆発して固まっている良を気遣うように声をかける。
「──え? いやいやちょっと待って桐谷くん、何でワタシ? ドッキリか何か?」
現実に戻ってくるなり疑問がどっと溢れてくる良。
良の頭は今非常に混乱している。まだ解決してないケーキの相場問題が五割を占めて退いてくれない。そしてその上から衝撃情報が伸し掛かり、普通にキャパオーバーである。
「考えておいてほしい」と席を立ち会計のためスタッフを呼びに行く桜我。
「ちょ、ちょっと待って桐谷くん……!」
何か今答えを出さなければいけない気がした良は必死に桜我を呼び止める。
「ええと、ワタシ桐谷くんが好きか分かんない……けど、い、一ヶ月だけ疑似のお付き合いさせてもらって……答えを出す……っていう形じゃダメかな……?」
「桐谷くんがそんな軽い気持ちじゃないってことは知ってるけど……」と付け足す。
桜我は一瞬驚いたような顔をした直後、「ふふっ」と笑って「いいよ、白善さんらしい」と頷いた。
そんなこんなで、なーんか漫画で見たことあるような付き合いが始まった。
翌日、放課後。
休み時間に桜我に話しかけられ、疑似デートに誘われた良。その時の女子生徒たちの鋭い視線といったらナイフのようだった。
二人は隣町のカフェでお高い抹茶ラテを味わっていた。
「ねえ、白善さんのお友達って何人いるの?」
低度のコミュ障である良にとっては先程の視線と同じくらい刺さる質問だ。
「え、えーっと……ひ、一人? かな」
「一人!?」
これまで無いほどの驚愕を浮かべる桜我。
(ぐっ……その反応は刺さるよ桐谷くん……)
良の友だちといえば悪夢しか思い浮かばない。
入院していたときだって悪夢以外は誰一人お見舞いに来てくれなかった。まあ来ないなら来ないでそっちの方が気が楽なのだが。
「悪夢っていうんだけど……」
「悪夢?」
桜我の目が細まる。
「うん、ちょっと我儘でワタシにべったりだけど可愛いよ。あ、そういえば年聞いてないなぁ」
「ふぅん、悪夢ちゃんとはどこで会ったの? 年が分からないってことは学校外だよね」
「あ、そうだね……って、やっぱ秘密!」
悪夢との出会いは直感的に言ってはダメな気がした。
その選択は合っていた。
「へぇー……悪夢ちゃんか……会ってみたいな」
それから桜我は会う度、悪夢に会いたいと催促してきた。
(あれ、桐谷くんも友だち少ないのかな……?)
確かに桜我は学校内で高嶺の花のような存在で親しげに話している人を見たことない。
(きっとそうだ! よし、ワタシが一役買おうじゃないか!)
「ほら悪夢、そっぽ向いてないで、ちゃんと挨拶しな」
「だから、ボクは興味ないです。こんな野郎」
親子を彷彿とさせる会話をする悪夢。
(桐谷桜我……んでこっち見てきやがるんですか)
幼稚な口論が一悶着つき、良の腕にひっつく。
良と会話しているようで視線はずっと悪夢だ。視線に敏感な自負はある。
「じゃあワタシ、お手洗い行ってくるね」
会話が一段落ついたところで良が席を立つ。
「…………」
「…………」
冷たい沈黙が走る。
「……桐谷桜我、本当の目的は何だ」
悪夢が声のトーンを落として桜我と目を合わせる。
「……目的ってなんだい?」
あくまで明るく振る舞う桜我をきっと睨む。
・・
「てめえ……ボクが目的ですね?」
すっと笑みが消えた桜我は「はぁ」とため息をつく。
「────そうだよ? 僕が居る世界に邪悪は要らないんだ」
歪んでいる圧倒的な自己中心主義者。
「てめぇ……自分のやってることが何か分かってやがるんですか?」
同時に忍ばせていたナイフを煌めかせる。
「……君こそ、ここで僕をどうするつもり? 少なくとも白善良は僕へ仄かに好意を寄せている。聡明な君なら分かると思うけど?」
痛いところを突かれた悪夢は、低く舌打ちをする。黙って見つめる悪夢に桜我は続ける。
「それに、君が真実を言っても信じてくれるかな? 僕を嫌う君が、僕と白善さんを別れさせたいがための嘘だと思われるかもね」
桜我は口の端を歪めて笑う。
(完全に嵌められた……)
ぎゅっと唇を噛む。
悪夢は袖口からそっと録音器を取り出す。
「ん? 録音でもする気? いいけど、君の技術水準なら録音データの偽造なんて簡単だと思うよ?
──お前は白善良に真実を伝える術はない」
悪夢は良に真実を伝える術はない。
その事実が重くのしかかる。
(この野郎から良ちゃんを救う術は本当にない……?)
桜我に良が利用されるか、悪夢が良からの信頼を失う。
究極の二択は悪夢に迫っていく。
そして良が席に戻ってくると、桜我は偽善の笑みを浮かべる。
「はは、悪夢ちゃん面白い子で友だちになれそう!」
平然と嘘をつく桜我をじっと見つめる。
(ボクはどうすれば…………あ、これなら……──待ってろよ、このクズ野郎めが)
✾
翌日、帰路。
「やっほー、白善さん。一緒に帰ろ? 今日も悪夢ちゃんと遊びたいなあ〜」
(やっぱ桐谷くん、お友だち欲しかったんだ。なんだ、イケメンにも可愛い面あるじゃん)
事実を知らずににこっと微笑む良。
「……良ちゃん、少しいいですか」
突如、悪夢が目の前に現れる。
「えっと……」
良が桜我をちらっと見て困ったような顔をする。
「……いいよ、悪夢ちゃんの話聞いてあげて。僕今日は一人で帰るから」
桜我にごめんね、と言い残し悪夢の後についていく。
その時の桜我の冷たい視線に、良は気付く余地はなかった──。
✾
通学路から少し外れて歩き、ほどなくして悪夢の住居である旧校舎が見えてくる。
「良ちゃん、桐谷桜我についてですが」
「うん? 桐谷くん、良い人だよね。好きになっちゃいそ──」
「単刀直入に言います」
良の言葉を遮る。
「あいつは、浮気野郎です」
「え? ちょっと何言ってんの悪夢」
悪夢は目を細める。やはりこれでは信じてくれないか。
「いくら桐谷くんのことが嫌いだからって、そんなこと言ったらだめだよ」
眉を顰める良に「残念ながら」と自身の鞄の中を探る。
「──証拠は出ているんです」
悪夢が提示したのは、桜我がそれぞれ別の女性と一緒にいる数枚の写真。
「……でも桐谷くんがそんなことするはず──」
「証拠はこれだけじゃないです」
悪夢は良を別室へと連れて行く。
そこにいたのは、良より年上に見える四人の女の人たち。
「悪夢……? この人たちは……?」
嫌な予感を感じてきたのか、良の顔は青ざめていく。
「はい──あいつの浮気相手の人たちです」
良はその場にぺたんと座り込む。
「まさか……」
「そうです。あいつは最低な野郎です」
悪夢が静かに告げると他の女の人たちがぽつり、ぽつりと話し始める。
そのいずれにも桐谷桜我の名は出なかった。名も発したくない程恨んでいるのだろう、と良は解釈したらしかった。それ故、良も桜我の名を発することは無かった。
「気になり始めてたのに……最低」
立ち上がった良の目はもう恋する乙女の瞳ではなかった。
結局、桜我は後日呼び出され笑顔で往復ビンタ10連続を食らった。そして最後は膝蹴りが顎にクリティカルヒットし、病院送りになった。
他言するなとこれまた笑顔で脅迫されたので他の人はなぜ桜我がボコボコになったのか知る由もない。
そしてそれをこっそり覗いていた悪夢はとても気味が良かった。
(……にしても、よく上手くいきましたねー)
悪夢は桜我に放たれた言葉を思い出す。
『お前は白善良に真実を伝える術はない』
証拠がとれないなら──捏造すればいい。
良に真実を伝える必要は全く無かったということだ。
桜我は本当に浮気をしているわけではなかった。
良に見せた写真はもちろん偽造だ。写真の偽造なんて朝飯前。
では四人の証人はどうしたのか。
悪夢に本当に浮気されたような演技をできる人を探すほどの人脈はない。
あれは別の男の浮気相手たちだ。ある高校でクズ野郎を探してきたまでだ。あの人たちには良もその野郎の浮気相手だと教えていた。
それなら桜我の名前を口に出さないのも当たり前。都合良く解釈してくれてよかった。
(賭けでしたけど、功を奏しましたね)
いつまでも悪夢は良の最強の守護者であり最高の友だち。
/ 1