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善と悪と1

#1

歪な関係の少女たち

最近、物騒な噂が流れている。
『何でも抹殺屋』。頼めば何でも、もしくは誰でも抹殺してくれる。その代わり、法外な値段を求めてくる。
噂だけの段階ではまだマシなほうだったが、最近友だちが件の『何でも抹殺屋』に手をかけられそうになり、一時警察に保護されたそうだ。
被害届を出したが手口が悪質で、事件性はないと判断されたそう。
その後、何とか自力で依頼主を見つけ問い詰めたそうだが『時効』がきて仕留めてもらえなかったらしい。『時効』の延長にはまた追加で莫大な料金がかかり、働けない中学生には到底無理。
今、友だちは無事なそうだが、ワタシ──白善 良(はくぜん りょう)は、その活動は倫理的にまずくて法に抵触しているので止めなければならないと思っている。
そして昔から行動に移すのだけは早かったワタシ。そんなワタシは今日、未知の『何でも抹殺屋』を開いている張本人へ、会いに行く。
その悪質な商売を停止させ、本人を更生させるためにも──。

「ここ……かな?」
良は部活動のない放課後、風の噂で聞いた『何でも抹殺屋』の拠点を訪れた。
(何としてでも止めねば……)
瞳に正義をみなぎらせて、『何でも抹殺屋』の拠点と思われる旧校舎の一部屋のドアノブを握る。
「えいっ」
かけ声と同時に勇気を振り絞り部屋のドアを開ける。

「────ようこそ、『何でも抹殺屋』へっ」

「へ……?」
そこにいたのは──良よりも少し年下っぽい少女だった。さほど驚いた様子はなく、大きな椅子にちょこんと腰掛けている。
「依頼人ですね?」と微笑みかけてくる。
その言葉にはっとした良は、「なぜこんなことをしているの? 今すぐにやめなさい」と睨みを利かせる。
だが少女は全く怖気づいた様子はなく、どうってことないように、ブラウンの毛先を弄ぶ。
「なんでって、これがボクの仕事……生業だからですけど?」

「な……生業……? ものや人を消すことが?」
冗談でしょ、と良は後ずさる。
「そうですよ? ボクはそういう人間なんです。これがボクの仕事。得意なことを仕事にって、よく言うでしょ」
まるで未知の怪物を見るような目を向けてくる良に心地よさそうな視線を送る。
「……で」
そしてきっ、と良を睨んでくる。
「何の依頼です? 用がないなら帰ってくださいっ」
   ・・
少女が拳銃を手にする。

「え…………」
顔がさーっと青ざめていく感覚を感じる。
「アナタも抹殺対象になりますよ?」
冷めた目でこちらを見てくる少女に、良の口をついて出た言葉は──
「ヮ……ワタシ……を……ワタシを、抹殺してみせて」
呟くような小さな声で、でも力強い声で言ってみせた。
良は根っからの善人。誰かを抹殺しろなんて言えやしない。
それに抹殺してほしいものなんてない。
だが、ここで命を落とすわけには行かない。
追い詰められた良が出した答えは、「自分を抹殺しろ」と依頼すること。
「その代わり、ワタシを抹殺できなければこの商売を止めて」
少女の目が妖しく光る。
「いいでしょうその依頼、引き受けてやりますっ」

良は少女の服のポケットから出てくる無数の銃器やナイフやらに戦慄する。
今、自分はとんでもないことを依頼してしまったことを改めて自覚する。
「冗談だ、なんて言わないでくださいね? てめえは自分の命を差し出してこっちの商売停止という報酬を求めているんですよ?」
「冗談だなんて言わない。いいわ。何度でも言ってあげる──ワタシを抹殺してみせて?」
挑発するように口元を緩めてみせる。
「……いいでしょう。では、ルールを決めるのはどうです?」

その後、二人で話し合って決めたルール。
1.期限は十日後まで。それまでに良を抹殺できなければ、『何でも抹殺屋』は店を畳む。
2.他言してはいけない。
もしルールを破った場合、取引は不成立と見なす。

こうして今、少女たちの攻防が幕を開ける──。

誰もいない中庭に、良は一人で足を踏み入れる。
弁当箱のフタを開け漂ってくる匂いに頬を緩める。
そこで、弁当箱から箸が転げ落ち、ころころと地面を転がってゆく。
良が落ちた箸を拾おうとして身を乗り出した、そのとき──。

突如、背後で白刃が煌めく。

「え……」
良が膝をついて振り向いたその先には──

「あーあ、避けられちまいましたっ」

(そうだった……)
昨日取引を交わした少女。後に邪 悪夢(よこしま あむ)と名乗った少女。
彼女は短刀を拳銃に持ち替え、こちらを見据えてくる。
──ガチャッ
「あれ〜? 先客いる〜」
そこに別の生徒たちが訪れる。
「……ちぇ」
悪夢は小さく舌打ちし、大人しく良の隣に座ってくる。
「へえ、他の人には見られたくないんだ」
「当たり前です。後処理が面倒なので」
良は悪夢の横でくすくすと笑って卵焼きを頬張る。
それから拒否する悪夢にも無理矢理口をこじ開けて卵焼きを入れる。
「……やめてふらふぁい」
「やだ。今日何も食べてないでしょ」
ふくれっ面の悪夢を見てぷっ、と吹き出す良につられて、二人で笑い合った。
敵対するはずの少女たちの笑顔を花が彩った。

「ボクが抹殺しにきましたっ!」
ひとけの無い路地に響く、陽気な声とは裏腹にその少女の手元で光る火器は黒々と重たい空気を放っている。
「今日も本気ね」
額に汗を浮かべながらも微笑んでいる少女は少し後ずさる。

二人の少女が交わした取引の有効期限まであと五日。
二人は必死の攻防を繰り広げながらも、なぜか並の青春を楽しんでいた。

旧校舎の一部屋。
「良ちゃんちの電話回線をジャックしましたっ!」
なぜそんなことができるのかは知らないが、彼女の技術水準はとにかくレベルが高い。回線ジャックなど朝飯前ということだ。
『ルルルルルルル……』
「はっ、着信!」
何の躊躇もなく、『良の姉』として電話に出た悪夢を待ち構えていたのは──警察だった。
「警察のかたですかっ? 良ちゃんの姉ですっ……はいっ。ほう、それで?」
次の瞬間、悪夢はスマートフォンを取り落としてしまった。
「………………え?」
警察が悪夢に告げたのは──

良が、連続無差別殺傷事件に巻き込まれ意識不明の重体、という内容だった。

電話を切った悪夢の足は、動き出していた──。

「なんでっ、なんで……良ちゃんはボクが抹殺してあげるのに……っ」
怒る悪夢が向かったのは面会室。犯人は抵抗したがその後捕まったらしい。腹に積もった黒々とした殺意は腹の中をさまよい、悪夢の焦燥を誘う。
収容所についてすぐ、犯人との面会へ向かった。時間は十五分。
犯人の顔を見た瞬間、どっと殺意が溢れ出てきた。
「お前が……っ! お前がやりやがったんですねっ!?」
「……来ると思ったよ」
激昂している悪夢とは逆にどこか落ち着きのある犯人。
「……は?」
「……ここだけの話だ……」
犯人はアクリル板に顔を近づける。

「お前のせいだよ」

囁くような声に微動だにしない悪夢。
「お前と仲良さそうに話してたからだよ。覚えてねえか? 俺が上司を訴えたときお前が証拠を『抹殺』しやがった……敗訴したよ。それから俺は職場にも家にも居場所なくなってよ、全てを失った。だから仕返ししたかったんだ。でもお前は強すぎるから──周りの奴にした。無差別に見せかけてあいつを狙った事件なんだよっ!」
「……っ!」

面会終了後、この話は犯人の狂言として扱われたが、悪夢の耳にはずっと犯人の言葉が残っていた。

「ボクの、せい……?」
犯人が放った言葉を、拠点兼住居である旧校舎の一部屋で一人呟く。
「違いますっ、持ちかけてきたのはあっちで……っ!」
心が話しかけてくる。
『そうだ、白善良はただの取引相手だ。このまま命を落としても商売を続けられるんだからいいじゃないか』
「そうですよっ、良ちゃんが命を落としても何も不利益は無いんですっ。ボクは、悲しくなんか……」
口にしてから気づいた。

頬をつたう、大粒の涙に。

あの犯人を葬ってやりたいと思った。
──その殺意こそが。
自分のせいじゃないと、何回も言い聞かせた。
──その罪悪感こそが。
何より、頬をつたう大粒の涙。
──その後悔こそが。
──その悲しみこそが。
──その怒りこそが。
──そのやるせない気持ちこそが。

その想いこそが──良が悪夢にとって唯一の『友だち』だったことを示唆する。
「ああああああああああああああっ!!」
違和感は感じていた。本気で良を抹殺しにいけない自分に。
その気持ちの正体は初めて抱いた愛情だった。
唯一の友だちを、この手で奪った。
激しく打ち寄せる後悔は、何もかもを破壊し尽くしたい衝動を誘うのには十分すぎた。

『ルルル……ルルル……』
壁の鉄骨がむき出しになり、部屋にあったもの全てが破壊され、窓も割れている、そんな部屋に着信音が響いた。
ピッ
「……はい」
力なく着信に出たのは悪夢。
『白善良さんの保護者のかたですか?』
「はい……ボクは姉です」
暗い声でもあくまで『良の姉』という役割を辞さない悪夢。
『今、可能であれば病院にいらしていただけますか?』
「っ……はい」
病院に向かわない理由は無かった。

病院の入り口で簡易的に偽造した身分証明書を提示し、良の病室へと急ぐ。
良がいたのは五階の一部屋。
良は一日絶食状態で少しやつれていて、酸素マスクも着用していて、とても以前の良とは重ならない。
「……良ちゃん、『ワタシを抹殺して』って言いましたよね? ……嘘つき。ボクは良ちゃんといる時だけ楽しかったのに……」
自分を抹殺しろと言ってくる奇妙な少女。
自分の命を狙われているのに呑気に笑う少女。
──大好きな良ちゃん。
会ったばかりの会話を思い出す。
『冗談だ、なんて言わないでくださいね?』

「冗談だと……言ってくださいよ……っ!」

生気が失せていく良の手を握り、祈ることしかできなかった。

「冗談だって言ってくださいよ……! 冗談だって……っ」
悪夢は涙を拭う。
「ボクのせいなんですっ、ごめんなさい……良ちゃん」
良の少し冷たい手に涙を落とす。
「ボクが……ボクが責任をとります……っ」
ポケットから小さなナイフを取り出した。
「ボクなんて……苦しみに苦しんで最期を迎えればいいんですっ!」
涙でにじんだ視界はナイフを捉える。
「良ちゃん……許してください……さよなら」
悪夢ののど元にナイフの刃先が向いた、その瞬間——。
ぱしっ
「え…………?」
悪夢のナイフを持った右手は、誰かに掴まれていた。


「————冗談」


悪夢の手を掴んだのは、他でもない——良だった。
「良、ちゃ……ん?」
「ごめんね、心配さして」
悪夢が自らの命を差し出せるほど大切な人。彼女は今、目の前で笑っている。
「っ、何してるんですかっ」
現実を確かめるように何度も目をこする。
そんなに心配だったの、と微笑みかける良。
「あれ? ワタシを抹殺しないの?」
「……それはもうやめましたっ」
「へへ、なんでよ」
「ボクは──良ちゃんは大切な人だった……って、気づいたんです」
「っ……ああもう可愛いなあ悪夢は」
「良ちゃんっこれからもボクのそばにいてくださいねっ」

「いいよ──ずっと一緒だからね──」

歪な関係から生まれた友情は、今ここで輝きを宿す。

作者メッセージ

2もありますんで読んでくれると嬉しいです~
本編読了後に2を読むことをおすすめします!

2025/03/22 14:39

末雄 華林 ID:≫ m6PNSKMR9K2rs
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