なんでもたんぺんしゅー
田中視点
看守「囚人番号1103来なさい」
僕のことを呼んでいた
反応が遅れた
まだやっぱなれないなぁ、番号呼び
看守に連れられ、歩を進める
目に映るのは薄暗い廊下、冷たい金属の匂い
それでも、頭の中には仲間たちと過ごした日々がフラッシュバックする
桜の下で笑い合った、あの絵のことも、実は知ってたもん柴井が無言で頷いたあの瞬間も
「終わっちゃうのかなぁ…もう会えないのかなぁ」
田中はまだ状況を理解できていないけど、なんとなく、なんとなく終わってしまう気がした
「…みんな…」
言葉が途切れる。理解できないまま、田中は静かに息を止める。
その声も表情も、無垢なまま消えた
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[明朝体]囚人番号1103[/明朝体]
[明朝体]田中(21)[/明朝体]
[明朝体]罪名:傷害致死罪[/明朝体]
[明朝体]・言動、行動に幼さが残る[/明朝体]
[明朝体]・看守に対して人懐っこい態度を見せることがあった[/明朝体]
[明朝体]・事件に関連するフラッシュバックにより、度々パニック状態に陥った[/明朝体]
[明朝体]・理解力に課題が見られ、軽度知的障害の疑いあり[/明朝体]
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柴井視点
次は、自分の番だと理解していた
でも心は、どこか穏やかだった
「ああ、良かった…みんなに会えて…」
中原の声、日常のくだらない会話、田中といつきの小さな笑顔──それらが頭の中で淡く揺れる
手錠の冷たさを感じながら、柴井は机の一点を見つめる
「次…だよね、」
微かに唇が動く、声にはならない笑み
心の奥で、誰かに届くはずの感謝と安堵が揺れた
そして、静かに息を止める
[水平線]
[明朝体]囚人番号1101[/明朝体]
[明朝体]柴井(21)[/明朝体]
[明朝体]罪名:殺人罪[/明朝体]
[明朝体]・心神喪失前は明るく、返事が良いのが印象的だった[/明朝体]
[明朝体]・事件概要については全く話さなかった[/明朝体]
[明朝体]・心神喪失後は意思疎通が困難だった[/明朝体]
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中原視点
次は自分だと知り、胸の奥がぎゅっと締め付けられる
「最後の最後まで、みんなを救えなかった…」
毎日毎日、いつきと田中と三人で柴井に話しかけ続けたのを思い出した
手が、わずかに震える。
「……でも、これまでの時間は、意味があったのかな」
誰もいない、静寂の中で、自分を責める
後悔と慰めが交錯する、重く、長い瞬間
目を閉じ、呼吸を整える。
すべてを受け入れるように、ゆっくりと息を止めた
[水平線]
[明朝体]囚人番号1102[/明朝体]
[明朝体]中原(23)[/明朝体]
[明朝体]罪名:証拠隠滅罪及び虚偽自白[/明朝体]
[明朝体]・理解力が高く、状況把握や判断が非常に早かった[/明朝体]
[明朝体]・四名の中では実質的なまとめ役として行動していた[/明朝体]
[明朝体]・収容中に自殺未遂を起こすなど不安定な時期があったが、それ以外の生活態度は概ね真面目だった[/明朝体]
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いつき視点
最後は、いつきだった
「田中……俺は、守れてたか?」
「中原や、柴井や……お前のこと」
自問自答が、頭の中で反響する
守ると言った
あの日の自分は、仲間を本当に守れたのか
視界に浮かぶのは、
柴井の微笑み、
田中の泣き顔、
中原の、後悔を隠した横顔
どれも、もう手の届かない景色だった
それでも、胸の奥に残る誓いを、いつきは思い返す
「俺は……最後まで、逃げなかった」
手錠の冷たさを感じながら、目を閉じる
心の中で、仲間たちに向けて、最後の声を届けるように、
深く息を吸い込み、止めた
静かに
そして確かに
四人の時間は、ここで止まった
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[明朝体]囚人番号1104[/明朝体]
[明朝体]✕✕いつき(22)[/明朝体]
[明朝体]罪名:殺人罪[/明朝体]
[明朝体]・冷静で安定した態度を保っており、収容中に大きな問題行動はほとんどなかった[/明朝体]
[明朝体]・苗字で呼ばれることを極端に嫌い、その際のみ強い拒否反応を示した[/明朝体]
[明朝体]・自供した事件概要は正確であり、他の証言と照合しても大きな矛盾は見られなかった[/明朝体]
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[中央寄せ]2025年[/中央寄せ]
――昼休み
柴井「ドッチボール行こうぜ!!」
田中「うん!」
中原「えー、昼食べた後じゃん! 絶対きついって」
いつき「……しょうがねぇな」
文句を言いながらも、誰一人として断らない
この四人は、今は中学生だ
学年の壁を越えて、いつも一緒にいる
校内では「仲が良すぎる四人組」として、ちょっと有名だった
校庭
いつき「レディーー[大文字]ファイ![/大文字]」
その声と同時に、ドッジボールが始まる
田中「えーーい!」
勢いよく投げられたボールが、
柴井の肩をかすめて飛んでいった
柴井「あぶねぇぇ!」
中原「柴井、それ当たってない?!」
いつき「多分、せーふ!!」
柴井「[大文字]よっしゃぁ![/大文字]」
いつきは一息ついて、首元をゆるめた
いつき「俺、水飲んでくるわー」
田中「いってらー」
柴井「あー、ボールころころー」
転がっていくボールを追いかけた先で、
水分補給を終えたいつきと、ばったり鉢合わせる
いつき「ん?」
柴井「あっ、やぁやぁ。田中が変なとこにボール投げやがった」
いつき「いつものことだろ」
二人の間に、短い沈黙が落ちる
柴井「……なぁ、いつきくん」
いつき「ん?」
柴井は、少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから言った。
柴井「俺さ、いつきくんと話すときだけ、言葉いらねぇ感じするんだよな」
いつき「……変なこと言うなよ」
柴井「前も、こんなだった気がする」
いつきは一瞬だけ考えてから、肩をすくめた
いつき「……まぁ、そうなのかな」
柴井は笑った
今度は、ちゃんといつきの目を見て
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桜が舞っていた
中原「うひゃー、きれいだなぁ」
いつき「真っピンクだ」
田中が思いつきで「桜見たい!」と言い、ほか3人も賛同したので花見にいきている
田中は、ふと笑って言う
田中「ねぇ、ぼく……前にさ」
田中「四人で桜の下にいる絵、描いたことあるんだ」
中原「へぇ」
柴井「ちょうど今じゃん、それ」
いつき「……ああ」
誰も否定しなかった
理由も、記憶も、もう必要なかった
四人は並んで、桜を見ている
逃げなくていい
守ると誓わなくてもいい
ただ、一緒にいる
――前の世界では叶わなかったことが、
今は、当たり前のようにここにあった
柴井は、少しだけ遅れて口を開いた
柴井「……なぁ」
中原「ん?」
柴井「もっと早く、出会いたかったな」
中原「え? なんて?」
柴井「いーや……」
一拍置いて、柴井は笑って続ける
柴井「……中原さん、ここを出たらさ……」
――ふと、言葉が止まる
柴井(……あれ? なんで俺……)
中原は、少しだけ目を細めた
中原「……今度こそは」
中原「ちゃんと、教えてね」
柴井は一瞬きょとんとしてから、照れたように笑う
柴井「こ、今度こそ? まぁまぁ、言うけどさぁ」
田中「なになにー?」
いつき「最後まで言えよー」
柴井は、何か言おうとして――
やめて、代わりに中原のほうを見た
それだけで、十分だった
四人はやっと、桜降るのを見届けられた
[中央寄せ][明朝体]―fin―[/明朝体][/中央寄せ]