なんでもたんぺんしゅー
これは、四人の死刑囚――友たちが、
壊れ、そして再生するまでの物語だ
2005年5月某日
それは深夜に起きた
事件は四人の男女とその知人の口論から発展したものである
――警察「〜ということであなたが殺したんですよね?」
「柴井さん」
柴井「…黙秘します」
囚人番号1101、柴井
質問にはきちんと答える
だが、核心に触れた瞬間、言葉が途切れる
その三白眼の目が上目遣いで様子を見ている
何度問い直しても同じだった
調書は埋まらず、取調室の空気だけが重くなる
警察たちは顔を見合わせ、黙ってペンを置いた
今回はやめだ、と柴井の取り調べは終わった
――取調室を出た警察の一人が言った
「……次は?」
「自首で来ています」
彼女は囚人番号1102、中原
椅子に深く腰を下ろし、背筋を伸ばしていた
手錠はされている
それでも、逃げるつもりのない人間の姿だった
警察「どうして来たんですか」
中原「もう、逃げる理由がないからです」
中原は大きく深呼吸をした後
中原「話します」
中原は事細かに事件の詳細を話した
時間、場所、口論のきっかけ
中原の供述は、無駄なく整理されていた
その内容はこうだ、"二人"の男女とその知人が口論になったそうだ
警察「二人の犯行と見てよろしいですか」
中原「…はい、私たち二人しかいません」
一瞬だけ、視線が下がった
次の瞬間には、警察の目をまっすぐ見ていた
―――「中原の供述で、大筋は見えたな」
「はい。供述調書も、ひとまずは揃いました」
こうして一次取調べは終了した
しかし数日後、
関係者への聞き込みや現場再検証を進める中で、
中原の供述とは食い違う点が次々と見つかる
本件には、
二名以外の関与者が存在する可能性が高い――
そう判断せざるを得なくなった。
[水平線]
―「ええええっと」言葉を探すように、視線が宙を泳ぐ。
吃りながら話す、幼さの残る男
囚人番号1103、田中
警察「あなたは、本件において過失致死の行為を行った
その認識で間違いありませんか」
田中「……は、はい? え……ちが……ちが、う……いや……」
言葉が絡まり、途中で止まる
田中「……止めに、入っただけで……殴るの、やめさせようとして……」
警察「でも、一人の命が亡くなってます」
田中「…結果的には…?」
田中は、きょとんとしたまま固まった
理解が追いついていないというより、
“現実”という言葉そのものを、受け取れていない表情だった。
警察「……田中さん、落ち着いてください」
その言葉が、きっかけだった
田中「……っ」
耳鳴りがした
取調室の壁が、遠のく
――違う
これは、ここじゃない
誰かの声
怒鳴り声
自分の名前を呼ばれた気がした
田中「……っ、あ……」
呼吸が乱れる
胸が詰まり、空気が入らない
警察「田中さん?」
その声が、別の声と重なる
止めろ、と
やめろ、と
田中「……ちが……ちがう……」
視線が定まらず、椅子の肘を強く掴む
指先が白くなる
警察「深呼吸を。大丈夫です、ここは――」
田中「ちがう!!」
声が裏返った
自分でも制御できない音だった
田中「……ぼく、止め……止めた、だけで……」
言葉が崩れ、続かない
涙が出ていることにも、気づいていない
取調官は、静かに立ち上がった
――その判断が覆ることはなかった
田中に対する取調べは、
以後、実施されることなく終了した
結果として、
田中の行為は過失致死と認定され、
事件の一部として処理されることになる
そして、捜査を続けていく中でもう一人容疑者が出た
――警察「お名前を教えてください」
「……いつきです」
警察「苗字まで、お願いします」
「……はい」
返事はしたが、すぐには続かなかった
いつきは、わずかに眉をひそめる
一度だけ、深く息を吐く
いつき「…――です」
囚人番号1104 いつき
警察が無言で書き留める
ペン先の音だけが、やけに耳についた
いつき「……あの」
「呼ぶなら、下の名前か囚人番号でお願いします」
間を置いて、付け足すように
いつき「その名前で呼ばれるの、好きじゃないんで」
警察「では」
「当時、現場にいたのは事実ですか」
いつき「……はい」
警察「口論があったことは?」
いつき「ありました」
警察「なお、中原についてですが」
一拍、間があった
警察「本件において、他の関与者を庇う虚偽の供述を行った可能性があり、情状は不利に働くと判断されています」
いつき「……そう、ですか」
それだけ言って、
いつきは、ほんのわずかに視線を落とした
喉が、きゅっと鳴る
瞳孔が、ほんの一瞬だけ開いたまま戻らなかった
――ああ、もう
あの人は、引き返せないところまで行ってしまった
いつきは、しばらく黙っていた
警察が次の質問を口にする前に、
いつきのほうから言った
いつき「……全部、話します」
声は低く、静かだった
一度も、裏返らなかった
いつきの供述は、
それまでの証言と照合しても、
大きな矛盾は見られなかった
四人の中で、
最も事実に近い供述だった
[水平線]
取調室を出るとき、
中原は呼び止められた
廊下は静かだった。
夜明け前の庁舎は、人の気配が薄い
――警察「中原さん」
中原は振り返る
警察「先ほどまでの供述について、一部修正が入ります」
中原「……修正?」
「……どういう意味ですか」
警察「他の関与者による詳細な供述が得られました」
一瞬だけ、
中原の眉が動いた
中原「……誰ですか」
警察は、事務的に答える
警察「いつきさんです」
その言葉を聞いても、
中原はすぐには反応しなかった
数秒、
ただ立ったまま、天井を見ている
中原「……そうですか」
それだけだった
警察「あなたの供述は、虚偽とまでは言いませんが――」
中原「いいです」
中原は遮るように言った
中原「それで、あの人は……大丈夫なんですか」
警察「供述内容から見て、責任は分担される形になります」
中原は、ほんの少しだけ口角を上げた
それは、安堵ではなかった
中原「……そっか」
その声は、
ひどく穏やかだった
――ああ、無駄だった
そう思ったのか、
あるいは、最初から分かっていたのか
中原はそれ以上、何も聞かなかった
手錠の鎖が、
やけに大きく響いた気がした
その音だけが、
やけに現実的だった
[水平線]
―警察「改めて確認します」
囚人番号1101、柴井
警察「あなたは、現場で暴行を加えましたね」
柴井「……」
以前なら、視線を泳がせていた
だが今は違う
柴井は、まっすぐ机の一点を見ていた
警察「中原さんと、いつきさんの供述は――」
柴井「……」
名前が出ても、反応しない
呼吸の速さも、変わらない
時折、鋭い三白眼の目がこちらを覗く
警察「あなたが黙る理由は?」
柴井は、ほんの一瞬だけ唇を噛んだ
そして、首を横に振る
柴井「……話しません」
それ以上は、何も言わない
――彼はもう、
何を黙っているのかを理解している