心を失った少女 年明けのニューイヤーゲーム編
くっ……、と苦おしげな声を上げる闇男。
この男の目的は時間稼ぎだ。恐らく、闇男と同じく個人での戦闘能力が低い。こちらも同じであることを見こして、一番時間のかかる方法で決着をつけようとしているのだろう。
だが、自分には薬学しか無い。
(どうか…。無事でいてくれ………)
闇男は悔しそうに顔を上げた。唇を噛み、目を泳がせながらも声を絞り出す。
「……わかった。ルールは?」
「ん〜、こいつを治療した方の勝ち」
「? ………なんで??」
いつの間にか、テントのような物を広げ、材料と思しきものを並べ始めた。まぁ、こんな雨の中では作れるものも作れないだろう。
「人に見られたくねぇの、材料はなんとなく用意したから」
「な、何となく??」
どうも、オオカミ巨大化の黒幕はこいつらしい。薬品バトルと言うなら毒によってこうなったのだろう。
闇男は即座にそう推理した。ならば、持ってきたという材料はちゃんと使えるのだろう、と。
──その読みは甘かったと言える。
一方、こちらは蘭と雅。モール内にあるちょっとした林の中で『溺れじぬ』と戦っている。こちらはすでに息も絶え絶えの状況。SOSのサインを出しながら戦っているのだが、雨の音で聞こえていないようで一向に闇男が来る気配はない。やがて、相手がそのサインに気がついた。
「SOSか?残念ながらお仲間は来ないと思うぜ?『毒のある』と闘っているからなぁ。あ、ポイゾナスッて意味分かる?毒のあるって意味らしいぜ?」
「ペラペラ…ペラ、ペラと…ハァ、ハァ。ふざけ…んなよな…ハァ、ハァ」
蘭の攻撃はきかない。雨の中というのもあり圧倒的な水の量でかき消されてしまう。雨で視界も悪く、イベント開始時よりも激しくなっている。こちらの状況もわからないだろう。地面はぬかるみ、足場も悪い。火を扱う蘭としてはひたすら逃げ続ける必要があり、それなりの体力を消耗してしまった。泥が足を引きずり込むようにまとわりつき、思うように動けない。その上、闇男が来れないという絶望的な状況。すでに、視界の片隅が黒くなっていた。
(まずい……。今のうちに、呼吸をっ……!)
雨が頬を伝う。うっとおしくてたまらない。相手が攻撃の手を止めたので地面に手をつき、呼吸を整えようと必死になる。雅もそれに習うように息を整える。
泥が顔にはね、生臭い香りがした。いくら呼吸を繰り返しても、全く荒い息は収まらない。ただでさえ限界なのに匂いが呼吸の邪魔をする。
が、それこそ『溺れしぬ』の作戦であることに、霞がかった頭では気づくこともできなかった。
「もう体力の限界だよなぁ?休んでいいんだぜ?水の中でな」
蘭はよろよろと顔を上げる。その後直ぐに目を見開いたが、もう何もかもが遅かった………。
その頃_
美空は自分の役職を知るために、様々な人に役職の調べ方を知らないか訪ねていた。
降りしきる雨の中あっちこっちを走り回り、びちゃびちゃと音を立てる。
だが、このシャッポングモールの屋外はかなり広く作られており、あまり人とすれ違わない。雨が降っているというのは関係ない。屋内のほうが危険だからだ。晴れる兆しは全く持ってない、深夜の雨は、すべての参加者に等しく寒気を与える。冬の寒さは伊達ではなく、美空も、いい加減屋内に行きたいと思っていた。
美空は傘を持ってひたすら走り回っていが、時々濡れた床に足を取られ転んでしまっているため可愛いツインテールはすでにビシャビシャで水滴を垂らしている。ものすごく寒い。鋼色の空の下、傘を忘れたのか屋内へ逃げ込む男と、時々遠くで見かける無地の傘と、ざーざー降りで前もろくに見えないが、たまたま誰かとすれ違った。
美空は最後の思い絵を託して話しかける。
「あ、あの…す、私、夜里美空って言います。スマホを持ってなくって役職がわからないんです。調べられませんか?」
これまで十数人に話しかけてきた。誰も彼もわからない、と足早に去っていってしまっていた。
服が肌に張り付いて気持ちが悪い。今回の彼ですでに二十人目だ。彼がわからないと言ったら諦めようとまで思っていた。
しかし、ここで、物語は大きく動き出す。
「スマホ持ってない?今時珍しいねぇ〜。調べることは、できるかもだけど、……ちょっとこれ見て」
彼は、傘を持ち直しながらスマホの画面を見せた。傘が大量の水滴を漏らした。美空に思いっきりかかったが、すでにビシャビシャなので気にしないようにした。
『ソマウマ』オオカミと全ての参加者の位置を把握することができる。ただし、それによて得た情報を口に出すと脱落。
「………、なるほど」
「ね?わかったとしても、教えてあげられないんだ」
美空は考え込む。自分の役職は把握しておきたい。そして一つ案を思いついた。
「あの、これ、口に出したら脱落ってことは言わなきゃ脱落しないってことなんじゃないですか?」
───ルールの穴をつく。これは、美空が今まで読んできたデスゲーム小説では定番だった。これを何回も繰り返して主人公たちは修羅場をくぐり抜けるのだ。
これが、自分にもできれば……!
「なるほどな!よっしゃ、やってみる!『ソマウマ』!!」
彼は美空の情報を紙に書き込んだ。書いた紙はすぐに滲んでしまったが、まぁしょうがないだろう。
『キツナ』
「『キツナ』? どんな役職ですか?」
彼は「え~とな……」と、自分のスマホを弄りだした。
「あった、これだ。3分だけ他の参加者に化けられるらしい。化けたやつの役職とか個人の能力も使えるってさ」
美空はその役職の説明を聞いて感心した。3分とはいえ、完全に他の人になり済ませる。もしものときには役立ちそうな役職だ。
「へ〜!色々ありがとうございました!あ、そういえばお名前聞いてませんでしたね。何ていうんですか?」
「俺は●●○○だ」
『●●○○と、紙に書いてみせる。
「へ〜、変わった名前ですね……」
そこで、○○の様子が変わる。突然スマホを操作して美空の方へ向けた。
『近くに狼がいた。俺は逃げる。ミクも気を付けてな』
「!!、ありがとうございます。○○さんも気を付けて」
○○は「じゃ」、と短く言い残して、足早に去っていった。雨でできた水たまりをダシャっと踏みつけながら、どこかへ去って言った。
「逃げる前に試しておこうかな。『キツナ』!『●●○○』!」
瞬間美空の姿が変わった。
「へぇ〜、こんな感じかぁ〜。役職も使ってみようかな、『ソマウマ』!」
美空は前々から気になっていた蘭たちの行方を探す。
(………?)
蘭と、雅の位置がどうもおかしい。宙に浮いている。しかも、動き方からして、恐らく水中にいる。あんなところに池や湖はない。どうしたことか。さらに、闇男がなにか短い距離を行ったり来たりしている。近くに狼がいるようだが、一切動かず、表示がバグっているようだ。
(やみおさんがいるの近くだし、行ってみようかな?)
美空は逃げるのではなく、近づくことにした。
濡れた前髪を手で掻き分け、ツインテールを一つにまとめた。
……髪の毛がまとわりついてうざい。
この男の目的は時間稼ぎだ。恐らく、闇男と同じく個人での戦闘能力が低い。こちらも同じであることを見こして、一番時間のかかる方法で決着をつけようとしているのだろう。
だが、自分には薬学しか無い。
(どうか…。無事でいてくれ………)
闇男は悔しそうに顔を上げた。唇を噛み、目を泳がせながらも声を絞り出す。
「……わかった。ルールは?」
「ん〜、こいつを治療した方の勝ち」
「? ………なんで??」
いつの間にか、テントのような物を広げ、材料と思しきものを並べ始めた。まぁ、こんな雨の中では作れるものも作れないだろう。
「人に見られたくねぇの、材料はなんとなく用意したから」
「な、何となく??」
どうも、オオカミ巨大化の黒幕はこいつらしい。薬品バトルと言うなら毒によってこうなったのだろう。
闇男は即座にそう推理した。ならば、持ってきたという材料はちゃんと使えるのだろう、と。
──その読みは甘かったと言える。
一方、こちらは蘭と雅。モール内にあるちょっとした林の中で『溺れじぬ』と戦っている。こちらはすでに息も絶え絶えの状況。SOSのサインを出しながら戦っているのだが、雨の音で聞こえていないようで一向に闇男が来る気配はない。やがて、相手がそのサインに気がついた。
「SOSか?残念ながらお仲間は来ないと思うぜ?『毒のある』と闘っているからなぁ。あ、ポイゾナスッて意味分かる?毒のあるって意味らしいぜ?」
「ペラペラ…ペラ、ペラと…ハァ、ハァ。ふざけ…んなよな…ハァ、ハァ」
蘭の攻撃はきかない。雨の中というのもあり圧倒的な水の量でかき消されてしまう。雨で視界も悪く、イベント開始時よりも激しくなっている。こちらの状況もわからないだろう。地面はぬかるみ、足場も悪い。火を扱う蘭としてはひたすら逃げ続ける必要があり、それなりの体力を消耗してしまった。泥が足を引きずり込むようにまとわりつき、思うように動けない。その上、闇男が来れないという絶望的な状況。すでに、視界の片隅が黒くなっていた。
(まずい……。今のうちに、呼吸をっ……!)
雨が頬を伝う。うっとおしくてたまらない。相手が攻撃の手を止めたので地面に手をつき、呼吸を整えようと必死になる。雅もそれに習うように息を整える。
泥が顔にはね、生臭い香りがした。いくら呼吸を繰り返しても、全く荒い息は収まらない。ただでさえ限界なのに匂いが呼吸の邪魔をする。
が、それこそ『溺れしぬ』の作戦であることに、霞がかった頭では気づくこともできなかった。
「もう体力の限界だよなぁ?休んでいいんだぜ?水の中でな」
蘭はよろよろと顔を上げる。その後直ぐに目を見開いたが、もう何もかもが遅かった………。
その頃_
美空は自分の役職を知るために、様々な人に役職の調べ方を知らないか訪ねていた。
降りしきる雨の中あっちこっちを走り回り、びちゃびちゃと音を立てる。
だが、このシャッポングモールの屋外はかなり広く作られており、あまり人とすれ違わない。雨が降っているというのは関係ない。屋内のほうが危険だからだ。晴れる兆しは全く持ってない、深夜の雨は、すべての参加者に等しく寒気を与える。冬の寒さは伊達ではなく、美空も、いい加減屋内に行きたいと思っていた。
美空は傘を持ってひたすら走り回っていが、時々濡れた床に足を取られ転んでしまっているため可愛いツインテールはすでにビシャビシャで水滴を垂らしている。ものすごく寒い。鋼色の空の下、傘を忘れたのか屋内へ逃げ込む男と、時々遠くで見かける無地の傘と、ざーざー降りで前もろくに見えないが、たまたま誰かとすれ違った。
美空は最後の思い絵を託して話しかける。
「あ、あの…す、私、夜里美空って言います。スマホを持ってなくって役職がわからないんです。調べられませんか?」
これまで十数人に話しかけてきた。誰も彼もわからない、と足早に去っていってしまっていた。
服が肌に張り付いて気持ちが悪い。今回の彼ですでに二十人目だ。彼がわからないと言ったら諦めようとまで思っていた。
しかし、ここで、物語は大きく動き出す。
「スマホ持ってない?今時珍しいねぇ〜。調べることは、できるかもだけど、……ちょっとこれ見て」
彼は、傘を持ち直しながらスマホの画面を見せた。傘が大量の水滴を漏らした。美空に思いっきりかかったが、すでにビシャビシャなので気にしないようにした。
『ソマウマ』オオカミと全ての参加者の位置を把握することができる。ただし、それによて得た情報を口に出すと脱落。
「………、なるほど」
「ね?わかったとしても、教えてあげられないんだ」
美空は考え込む。自分の役職は把握しておきたい。そして一つ案を思いついた。
「あの、これ、口に出したら脱落ってことは言わなきゃ脱落しないってことなんじゃないですか?」
───ルールの穴をつく。これは、美空が今まで読んできたデスゲーム小説では定番だった。これを何回も繰り返して主人公たちは修羅場をくぐり抜けるのだ。
これが、自分にもできれば……!
「なるほどな!よっしゃ、やってみる!『ソマウマ』!!」
彼は美空の情報を紙に書き込んだ。書いた紙はすぐに滲んでしまったが、まぁしょうがないだろう。
『キツナ』
「『キツナ』? どんな役職ですか?」
彼は「え~とな……」と、自分のスマホを弄りだした。
「あった、これだ。3分だけ他の参加者に化けられるらしい。化けたやつの役職とか個人の能力も使えるってさ」
美空はその役職の説明を聞いて感心した。3分とはいえ、完全に他の人になり済ませる。もしものときには役立ちそうな役職だ。
「へ〜!色々ありがとうございました!あ、そういえばお名前聞いてませんでしたね。何ていうんですか?」
「俺は●●○○だ」
『●●○○と、紙に書いてみせる。
「へ〜、変わった名前ですね……」
そこで、○○の様子が変わる。突然スマホを操作して美空の方へ向けた。
『近くに狼がいた。俺は逃げる。ミクも気を付けてな』
「!!、ありがとうございます。○○さんも気を付けて」
○○は「じゃ」、と短く言い残して、足早に去っていった。雨でできた水たまりをダシャっと踏みつけながら、どこかへ去って言った。
「逃げる前に試しておこうかな。『キツナ』!『●●○○』!」
瞬間美空の姿が変わった。
「へぇ〜、こんな感じかぁ〜。役職も使ってみようかな、『ソマウマ』!」
美空は前々から気になっていた蘭たちの行方を探す。
(………?)
蘭と、雅の位置がどうもおかしい。宙に浮いている。しかも、動き方からして、恐らく水中にいる。あんなところに池や湖はない。どうしたことか。さらに、闇男がなにか短い距離を行ったり来たりしている。近くに狼がいるようだが、一切動かず、表示がバグっているようだ。
(やみおさんがいるの近くだし、行ってみようかな?)
美空は逃げるのではなく、近づくことにした。
濡れた前髪を手で掻き分け、ツインテールを一つにまとめた。
……髪の毛がまとわりついてうざい。