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この物語は、少し暗いテーマや感情的に重い部分がありますので、そういった内容が苦手な方はご注意ください。ご自身の気分を大切にし、無理せず読んでいただければと思います。

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深海の愛

#7

光のない出口

「もう限界だよ」

言葉が出たのは、ほんの一瞬だった。
でも、それを口にした瞬間、世界が割れた。

彼女は、動かなかった。
時間が止まったように、ただ僕を見ていた。
唇が震え、呼吸が浅くなる。まるで、そこに死が訪れたかのように。

「嘘……でしょ……?」

かすれた声だった。
そして、目からぽとぽとと涙が落ちる。

「私のこと、いらなくなったの?」

「そんなこと……」

「じゃあなんで、“限界”なんて言うの?限界って、終わりってことでしょう?私、もうあなたしかいないのに……!」

彼女の声が部屋に響く。
壊れかけのガラスを叩くように、不安定で、切実で、そして絶望的だった。

「俺だって……限界だよ」

僕はそう言うしかなかった。

「毎日が怖いんだ。お前の顔を見るたびに、“今日も無事でいてくれ”って祈ってる。
でもそんなふうに誰かを抱きしめるの、愛って言えるのか?」

沈黙が落ちる。
長く、深く、重たい静寂だった。

「私は……愛してたよ。今も」

彼女がぽつりと呟く。
その声はまるで、どこか遠くの海の底から聞こえてくるようだった。

その日の夜、僕は眠れなかった。
彼女はリビングに布団を敷いて、背を向けて横になった。
何も言わなかった。ただ、僕のそばにいないことだけが答えだった。

朝、目を覚ますと、彼女はいなかった。
玄関には、履き慣れたスニーカーがなく、食卓の上にメモが一枚だけ置かれていた。

「ありがとう。壊れるまで、愛してくれて」

それだけだった。

数日が過ぎた。
彼女からの連絡はなかった。
SNSも更新されないまま、通話もすぐに切れる。

けれど、なぜかそれを探そうとは思えなかった。
探せばまた、同じ場所に戻ってしまう気がして。

それが愛だったのか、ただの共依存だったのか。
未だにわからない。

でも確かなのは、あの日の僕たちはたしかにお互いを全力で必要としていた、ということ。

だからこそ、壊れた。

今、ひとりで暮らしている部屋には、あのときの影が残っている。
棚の上には、彼女が最後に置いていったマグカップ。
使えないまま、埃をかぶっている。

たまに夢を見る。
深海の底で、ふたり手をつないで、沈んでいく夢。

ただ、今は――
その手を、静かにほどくところまで、見届けられる。

終わったのかもしれない。
でも、本当に終わるには、まだ時間がかかる気がする。

光のない出口を、今も探している。

作者メッセージ

壊れそうな愛ほど、美しく見える瞬間があります。
けれど、美しさだけでは人は呼吸できません。

この章では、愛することで自分を失っていくふたりの、静かで苦しい日常を描きました。
“そばにいる”ことが救いになると同時に、“そばにいる”ことが呪いにもなりうる。
そんな矛盾に、少しでも触れてもらえたら嬉しいです。

そして、この第六章をもって『深海の愛』は、終わりを迎えます。
ふたりの物語に最後まで付き合ってくださり、本当にありがとうございました。
どうかあなたの愛が、沈まないものでありますように。

月影

2025/04/23 20:45

月影 ID:≫ 5iUgeXQ3Vbsck
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