深海の愛
「もう限界だよ」
言葉が出たのは、ほんの一瞬だった。
でも、それを口にした瞬間、世界が割れた。
彼女は、動かなかった。
時間が止まったように、ただ僕を見ていた。
唇が震え、呼吸が浅くなる。まるで、そこに死が訪れたかのように。
「嘘……でしょ……?」
かすれた声だった。
そして、目からぽとぽとと涙が落ちる。
「私のこと、いらなくなったの?」
「そんなこと……」
「じゃあなんで、“限界”なんて言うの?限界って、終わりってことでしょう?私、もうあなたしかいないのに……!」
彼女の声が部屋に響く。
壊れかけのガラスを叩くように、不安定で、切実で、そして絶望的だった。
「俺だって……限界だよ」
僕はそう言うしかなかった。
「毎日が怖いんだ。お前の顔を見るたびに、“今日も無事でいてくれ”って祈ってる。
でもそんなふうに誰かを抱きしめるの、愛って言えるのか?」
沈黙が落ちる。
長く、深く、重たい静寂だった。
「私は……愛してたよ。今も」
彼女がぽつりと呟く。
その声はまるで、どこか遠くの海の底から聞こえてくるようだった。
その日の夜、僕は眠れなかった。
彼女はリビングに布団を敷いて、背を向けて横になった。
何も言わなかった。ただ、僕のそばにいないことだけが答えだった。
朝、目を覚ますと、彼女はいなかった。
玄関には、履き慣れたスニーカーがなく、食卓の上にメモが一枚だけ置かれていた。
「ありがとう。壊れるまで、愛してくれて」
それだけだった。
数日が過ぎた。
彼女からの連絡はなかった。
SNSも更新されないまま、通話もすぐに切れる。
けれど、なぜかそれを探そうとは思えなかった。
探せばまた、同じ場所に戻ってしまう気がして。
それが愛だったのか、ただの共依存だったのか。
未だにわからない。
でも確かなのは、あの日の僕たちはたしかにお互いを全力で必要としていた、ということ。
だからこそ、壊れた。
今、ひとりで暮らしている部屋には、あのときの影が残っている。
棚の上には、彼女が最後に置いていったマグカップ。
使えないまま、埃をかぶっている。
たまに夢を見る。
深海の底で、ふたり手をつないで、沈んでいく夢。
ただ、今は――
その手を、静かにほどくところまで、見届けられる。
終わったのかもしれない。
でも、本当に終わるには、まだ時間がかかる気がする。
光のない出口を、今も探している。
言葉が出たのは、ほんの一瞬だった。
でも、それを口にした瞬間、世界が割れた。
彼女は、動かなかった。
時間が止まったように、ただ僕を見ていた。
唇が震え、呼吸が浅くなる。まるで、そこに死が訪れたかのように。
「嘘……でしょ……?」
かすれた声だった。
そして、目からぽとぽとと涙が落ちる。
「私のこと、いらなくなったの?」
「そんなこと……」
「じゃあなんで、“限界”なんて言うの?限界って、終わりってことでしょう?私、もうあなたしかいないのに……!」
彼女の声が部屋に響く。
壊れかけのガラスを叩くように、不安定で、切実で、そして絶望的だった。
「俺だって……限界だよ」
僕はそう言うしかなかった。
「毎日が怖いんだ。お前の顔を見るたびに、“今日も無事でいてくれ”って祈ってる。
でもそんなふうに誰かを抱きしめるの、愛って言えるのか?」
沈黙が落ちる。
長く、深く、重たい静寂だった。
「私は……愛してたよ。今も」
彼女がぽつりと呟く。
その声はまるで、どこか遠くの海の底から聞こえてくるようだった。
その日の夜、僕は眠れなかった。
彼女はリビングに布団を敷いて、背を向けて横になった。
何も言わなかった。ただ、僕のそばにいないことだけが答えだった。
朝、目を覚ますと、彼女はいなかった。
玄関には、履き慣れたスニーカーがなく、食卓の上にメモが一枚だけ置かれていた。
「ありがとう。壊れるまで、愛してくれて」
それだけだった。
数日が過ぎた。
彼女からの連絡はなかった。
SNSも更新されないまま、通話もすぐに切れる。
けれど、なぜかそれを探そうとは思えなかった。
探せばまた、同じ場所に戻ってしまう気がして。
それが愛だったのか、ただの共依存だったのか。
未だにわからない。
でも確かなのは、あの日の僕たちはたしかにお互いを全力で必要としていた、ということ。
だからこそ、壊れた。
今、ひとりで暮らしている部屋には、あのときの影が残っている。
棚の上には、彼女が最後に置いていったマグカップ。
使えないまま、埃をかぶっている。
たまに夢を見る。
深海の底で、ふたり手をつないで、沈んでいく夢。
ただ、今は――
その手を、静かにほどくところまで、見届けられる。
終わったのかもしれない。
でも、本当に終わるには、まだ時間がかかる気がする。
光のない出口を、今も探している。