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この物語は、少し暗いテーマや感情的に重い部分がありますので、そういった内容が苦手な方はご注意ください。ご自身の気分を大切にし、無理せず読んでいただければと思います。

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深海の愛

#5

沈む選択

週明けの朝。
職場に向かう電車の中で、スマホの通知がひっきりなしに鳴っていた。

──「昨日の夜、ちゃんと眠れた?」
──「起きてるよね?」
──「もしかして、まだ怒ってる?」

未読のまま30件を超えるメッセージに、思わず目を閉じた。
電車の揺れがいつもより重く感じる。息苦しさが喉元までせり上がってくる。

“ちゃんと返さなきゃ”
そう思うのに、指が動かなかった。

夜、部屋に戻ると、彼女は玄関に座り込んでいた。
買い物袋を両手に抱えたまま、靴も脱がず、じっとドアを見ていた。

「ねえ、遅かったね。事故にでもあったのかと思った」

その声は優しくて、それがまた怖かった。
彼女の目の下にはくっきりとクマができていて、爪には血が滲んでいた。無意識に噛んだのだろう。

「連絡……できなくて、ごめん」

「ううん、いいの。無事なら、それで」

笑顔のまま、彼女は僕の胸に顔を押し付けた。
その細い背中に手を置いた瞬間、ざらりとした違和感があった。

そっと服の裾をめくると、赤く引っかいた跡が無数にあった。
無理に聞かなくても、何が起きたのかはわかる。

「……これ、自分でやったの?」

彼女はしばらく黙っていた。
やがて、震える声で答えた。

「気がついたら、止まらなかったの。怖くて、寂しくて……頭がぐちゃぐちゃで。ごめんね、心配させて……」

違う、と思った。
でも、それ以上の言葉が出てこなかった。

抱きしめることでしか、彼女の不安を止められない。
そう思い込んでいたし、実際、それしかしてこなかった。

深夜、彼女が眠ったあと。
僕はベランダに出て、煙草に火をつけた。
本当は吸わないと約束していた。彼女が匂いを嫌がるから。

けれど、そのときはもう、何かを破る音を聞きたかった。
煙の向こうで、川崎の言葉がふと思い出された。

「壊れたあと、やっと呼吸できた」

あのときはまだ、意味がわからなかった。
でも今ならわかる。息を吸うたびに、胸が痛む。呼吸することすら、誰かの許可が必要な生活だった。

ふと、スマホを取り出す。
ホーム画面の上にある「連絡先」から、川崎の名前を探そうとして、指が止まった。

──逃げたら、彼女はどうなる?

──僕を失ったら、壊れてしまうかもしれない。

その想像が、喉を締めつけた。
手放すことが、殺すことと同じ意味に思えてくる。

選べない。
選べるようで、選べない。

沈むのは、わかっているのに。

彼女を抱いて眠る夜は、もう温かさを感じなかった。
それでも、腕を解く勇気もなかった。

作者メッセージ

「愛してる」は時に、誰かを救いながら、ゆっくり壊していく言葉でもあります。
第五章は、そうとわかっていても抜け出せない関係の“気づき”を描きました。

まだ終わりではありません。
沈んでいく中で、それでも“自分”を思い出す──その始まりです。

読んでくださり、ありがとうございます。

月影

2025/04/21 21:41

月影 ID:≫ 5iUgeXQ3Vbsck
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