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この物語は、少し暗いテーマや感情的に重い部分がありますので、そういった内容が苦手な方はご注意ください。ご自身の気分を大切にし、無理せず読んでいただければと思います。

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深海の愛

#3

かつての僕ら

久しぶりに晴れた週末。
駅前の喫茶店で、僕は川崎と向かい合っていた。

大学時代の友人。
同じゼミで、飲み会や旅行を一緒にした仲。
……そして、当時ひどく恋愛に溺れていた人間。

彼のことを思い出したのは偶然だった。
SNSをふと開いたとき、共通の知人が「川崎、復帰おめでとう」と投稿していたのがきっかけだ。

「久しぶりだな、お前全然変わってないな」
川崎は少し痩せたけど、顔色は悪くなかった。むしろ、目の奥に静かな光が宿っていた。

「お前こそ。……元気そうでよかったよ」

僕がそう言うと、彼は少しだけ笑って、コーヒーに視線を落とした。

「まぁ、色々あったけどな。あのときは、本当に死にかけてたし」

言葉は軽いのに、その中身は重たかった。
僕は昔のことを思い出した。
川崎は、3年の夏頃から、当時の彼女と四六時中一緒にいるようになり、次第に周囲の人間と距離を置いていった。

「アイツが俺を必要としてくれるのが、嬉しかったんだよな。誰よりも自分を見てくれてる気がしてさ」

「でも、気づいたときには、俺、自分の足で立てなくなってて。
 アイツがいなきゃ何もできない、呼吸もできないくらいには、壊れてた」

川崎は穏やかに語る。
まるで他人の話のように。

「病院行ったよ。強制的に引き離されて、しばらく入院して、ようやく“個人”に戻れた」

「個人に、って……」

「うん、俺、“人間”に戻れたって思った。あのときの俺は“彼女の部品”みたいなもんだったから」

胸がずんと重くなる。
それはまるで、自分自身の今を見透かされたような気がした。

「なぁ、お前……大丈夫か?」

川崎が、静かに聞いてきた。
優しい口調だった。でもその視線は、鋭く核心を突いてくる。

「別に、何も。……ただ、ちょっと疲れてるだけだよ」

「俺も最初はそう思ってた。恋って、疲れるもんだって。でもな、あれは恋じゃなかった。……執着と依存の、地獄だった」

沈黙が落ちる。
コーヒーの香りだけが、妙に鮮明に立ちのぼっていた。

「逃げたいって思ったこと、あるだろ?」

僕は答えなかった。
だけど川崎は、あえて何も聞き返してこなかった。

それが逆に、苦しかった。

喫茶店を出て、家に帰る途中。
スマホが震えた。

──「どこにいるの?」

彼女からのLINEだった。

──「なんで返信くれないの?もしかして、他の女の人と会ってるの?」

──「……お願い、ちゃんと話して。心配になるから。怖いの、あなたがどこかに行っちゃいそうで」

画面を見つめながら、川崎の言葉が頭の中に反響する。

「逃げたいって思ったこと、あるだろ?」

僕は、スマホを握りしめたまま、しばらく立ち尽くしていた。

そして、何も返さず、家路を急いだ。

作者メッセージ

執着は、時に愛よりも静かに人を蝕みます。
「必要とされること」がすべてになったとき、自分という存在はどこにあるのか。
この章では、“かつて”を知る他者の存在によって、主人公が初めて自分の輪郭に触れる瞬間を描きました。

読んでくださって、ありがとうございます。

月影

2025/04/19 22:36

月影 ID:≫ 5iUgeXQ3Vbsck
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