深海の愛
久しぶりに晴れた週末。
駅前の喫茶店で、僕は川崎と向かい合っていた。
大学時代の友人。
同じゼミで、飲み会や旅行を一緒にした仲。
……そして、当時ひどく恋愛に溺れていた人間。
彼のことを思い出したのは偶然だった。
SNSをふと開いたとき、共通の知人が「川崎、復帰おめでとう」と投稿していたのがきっかけだ。
「久しぶりだな、お前全然変わってないな」
川崎は少し痩せたけど、顔色は悪くなかった。むしろ、目の奥に静かな光が宿っていた。
「お前こそ。……元気そうでよかったよ」
僕がそう言うと、彼は少しだけ笑って、コーヒーに視線を落とした。
「まぁ、色々あったけどな。あのときは、本当に死にかけてたし」
言葉は軽いのに、その中身は重たかった。
僕は昔のことを思い出した。
川崎は、3年の夏頃から、当時の彼女と四六時中一緒にいるようになり、次第に周囲の人間と距離を置いていった。
「アイツが俺を必要としてくれるのが、嬉しかったんだよな。誰よりも自分を見てくれてる気がしてさ」
「でも、気づいたときには、俺、自分の足で立てなくなってて。
アイツがいなきゃ何もできない、呼吸もできないくらいには、壊れてた」
川崎は穏やかに語る。
まるで他人の話のように。
「病院行ったよ。強制的に引き離されて、しばらく入院して、ようやく“個人”に戻れた」
「個人に、って……」
「うん、俺、“人間”に戻れたって思った。あのときの俺は“彼女の部品”みたいなもんだったから」
胸がずんと重くなる。
それはまるで、自分自身の今を見透かされたような気がした。
「なぁ、お前……大丈夫か?」
川崎が、静かに聞いてきた。
優しい口調だった。でもその視線は、鋭く核心を突いてくる。
「別に、何も。……ただ、ちょっと疲れてるだけだよ」
「俺も最初はそう思ってた。恋って、疲れるもんだって。でもな、あれは恋じゃなかった。……執着と依存の、地獄だった」
沈黙が落ちる。
コーヒーの香りだけが、妙に鮮明に立ちのぼっていた。
「逃げたいって思ったこと、あるだろ?」
僕は答えなかった。
だけど川崎は、あえて何も聞き返してこなかった。
それが逆に、苦しかった。
喫茶店を出て、家に帰る途中。
スマホが震えた。
──「どこにいるの?」
彼女からのLINEだった。
──「なんで返信くれないの?もしかして、他の女の人と会ってるの?」
──「……お願い、ちゃんと話して。心配になるから。怖いの、あなたがどこかに行っちゃいそうで」
画面を見つめながら、川崎の言葉が頭の中に反響する。
「逃げたいって思ったこと、あるだろ?」
僕は、スマホを握りしめたまま、しばらく立ち尽くしていた。
そして、何も返さず、家路を急いだ。
駅前の喫茶店で、僕は川崎と向かい合っていた。
大学時代の友人。
同じゼミで、飲み会や旅行を一緒にした仲。
……そして、当時ひどく恋愛に溺れていた人間。
彼のことを思い出したのは偶然だった。
SNSをふと開いたとき、共通の知人が「川崎、復帰おめでとう」と投稿していたのがきっかけだ。
「久しぶりだな、お前全然変わってないな」
川崎は少し痩せたけど、顔色は悪くなかった。むしろ、目の奥に静かな光が宿っていた。
「お前こそ。……元気そうでよかったよ」
僕がそう言うと、彼は少しだけ笑って、コーヒーに視線を落とした。
「まぁ、色々あったけどな。あのときは、本当に死にかけてたし」
言葉は軽いのに、その中身は重たかった。
僕は昔のことを思い出した。
川崎は、3年の夏頃から、当時の彼女と四六時中一緒にいるようになり、次第に周囲の人間と距離を置いていった。
「アイツが俺を必要としてくれるのが、嬉しかったんだよな。誰よりも自分を見てくれてる気がしてさ」
「でも、気づいたときには、俺、自分の足で立てなくなってて。
アイツがいなきゃ何もできない、呼吸もできないくらいには、壊れてた」
川崎は穏やかに語る。
まるで他人の話のように。
「病院行ったよ。強制的に引き離されて、しばらく入院して、ようやく“個人”に戻れた」
「個人に、って……」
「うん、俺、“人間”に戻れたって思った。あのときの俺は“彼女の部品”みたいなもんだったから」
胸がずんと重くなる。
それはまるで、自分自身の今を見透かされたような気がした。
「なぁ、お前……大丈夫か?」
川崎が、静かに聞いてきた。
優しい口調だった。でもその視線は、鋭く核心を突いてくる。
「別に、何も。……ただ、ちょっと疲れてるだけだよ」
「俺も最初はそう思ってた。恋って、疲れるもんだって。でもな、あれは恋じゃなかった。……執着と依存の、地獄だった」
沈黙が落ちる。
コーヒーの香りだけが、妙に鮮明に立ちのぼっていた。
「逃げたいって思ったこと、あるだろ?」
僕は答えなかった。
だけど川崎は、あえて何も聞き返してこなかった。
それが逆に、苦しかった。
喫茶店を出て、家に帰る途中。
スマホが震えた。
──「どこにいるの?」
彼女からのLINEだった。
──「なんで返信くれないの?もしかして、他の女の人と会ってるの?」
──「……お願い、ちゃんと話して。心配になるから。怖いの、あなたがどこかに行っちゃいそうで」
画面を見つめながら、川崎の言葉が頭の中に反響する。
「逃げたいって思ったこと、あるだろ?」
僕は、スマホを握りしめたまま、しばらく立ち尽くしていた。
そして、何も返さず、家路を急いだ。