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この物語は、少し暗いテーマや感情的に重い部分がありますので、そういった内容が苦手な方はご注意ください。ご自身の気分を大切にし、無理せず読んでいただければと思います。

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深海の愛

#2

まっとうな光景

週の半ば、水曜日の午後。
いつもより少し早く昼休憩に出ると、社内のカフェスペースで見慣れた顔が手を振っていた。

「おーい、こっち空いてるぞ!」

新田だった。
営業部で一緒に入社した同期。学生時代からの友人でもある彼は、いつも明るく、人と自然に距離を詰めるのがうまい。
その隣には、彼の恋人・茜が座っていた。柔らかい笑顔の、どこか落ち着いた雰囲気の女性だった。

「彼女連れてきたんだ。ちょうどよかった、紹介しとくわ」
新田が肩を軽く叩く。

「初めまして、茜です」
彼女はにこやかに挨拶し、僕の彼女にも笑いかけた。
彼女も一応、笑顔を浮かべて「よろしく」と返したが、その目にはどこか緊張が滲んでいた。

4人でテーブルを囲み、話題は自然と、休日の過ごし方や最近の映画の話になった。
新田と茜は息がぴったりだった。
お互いの話を遮らず、ちゃんと聞き、たまにからかい合いながらも、どこか対等で、自由だった。

「今度、旅行行こうって話してるんだよね。静岡に温泉入りに」
新田が茜を見て、彼女も嬉しそうに頷いた。

「忙しいけど、会う時間はちゃんと作らないとね。お互いのこと、大事にしたいし」

茜がそう言ったとき、僕の隣に座る彼女が、カップを持つ手をほんの少し震わせたのを見逃さなかった。

何も言わず、何も崩れない笑顔のまま。
でも、その沈黙が、僕には一番怖かった。

カフェを出てエレベーターを待つとき、彼女がぽつりと呟いた。

「……いいな、ああいうの」

「何が?」

「ふたりとも、ちゃんとひとりの人間でいられてるって感じ。羨ましいなって」

僕はうまく答えられなかった。

彼女と僕は、たしかに一心同体のように近かった。
でもそれは、心地いい距離感ではなく、皮膚が剥がれ落ちるほどに密着した関係だった。

帰り道、雨が降っていた。
傘の下、ふたりで歩く道のりがいつもより長く感じた。

「ねえ、私たちってさ、普通じゃないのかな」

突然の問いだった。
答えを間違えれば、何かが壊れてしまいそうだった。

「普通って、何?」

時間稼ぎのようにそう答えると、彼女は笑った。
でもその笑顔は、寂しさと諦めの混じった、薄く冷たいものだった。

「ううん、ごめん。なんでもない。……ただ、最近すこし怖いの」

「何が?」

「あなたの全部が、私のために変わっていくのが。怖いけど、止められないの。私も、あなたも」

夜の静けさが、僕たちの隙間をそっと照らしていた。
まるで、あの穏やかなカップルたちが放つ光に照らされることで、僕たちの歪みがくっきり浮かび上がったように。

作者メッセージ

近づくことで救われて、近づきすぎて壊れていく。
この物語は、そんなふたりの記録です。

普通じゃないと気づいたとき、離れるのが正しいのか。
それとも、壊れても一緒にいることに意味があるのか。
彼ら自身も、まだ答えを知らないまま、進んでいます。

もし少しでも、あなたの中の「誰か」を思い出したなら、
それだけで、この物語に意味が生まれます。

月影

2025/04/18 21:15

月影 ID:≫ 5iUgeXQ3Vbsck
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