深海の愛
最初は、ただ一緒にいるだけで、満たされていた。
彼女と出会ったのは、梅雨の終わりだった。
じめじめとした空気のなかで、彼女だけがどこか乾いて見えた。細い腕をカーディガンで隠していたのが印象的だった。まるで自分を守るように、誰かから隠れるように。
「この世の中で、誰かとちゃんとわかり合えるなんて、奇跡だと思うの」
最初にそう言ったのは彼女の方だった。
僕は、その言葉に救われた。
誰とも本音で繋がれず、笑顔の仮面を被ることに疲れていた僕にとって、彼女は唯一、自分でいられる相手だった。
──それが、始まりだった。
夜の部屋で、彼女はよく僕に触れてきた。指先で肩に触れ、背中に回し、鼓動を確かめるように腕にしがみついてくる。
「生きてるって、こういうことなのかな」
そう呟いた彼女の声が、やけに寂しげで、胸に残って離れなかった。
誰よりも近くにいたかった。
だから、僕も彼女に触れ返した。
彼女の寂しさごと抱きしめることで、僕は自分の孤独もなかったことにできる気がした。
けれど、気づけば彼女の不安は日々大きくなっていった。
「今日、あの女の人と何話してたの?」
「え、誰のこと?」
「ほら、いつもあなたの隣の席にいる人。よく笑ってるじゃん。……ねぇ、本当に仕事の話だけ?」
問い詰めるような声じゃなかった。
優しい声だった。微笑みすら浮かべていた。
でも、その瞳の奥には、静かに広がる闇があった。
僕は何も否定できなかった。
なにか間違ったことをしたわけじゃないのに、彼女が不安になるような“要素”があること自体が、僕の罪のように思えてきた。
──だから、全部やめた。
連絡先を整理し、LINEの履歴も消し、友達との飲み会を断り続けた。
仕事以外の人間関係をすべて切り捨て、彼女だけに向き合う日々に変わっていった。
彼女は少しだけ笑顔を見せるようになった。
「やっと、私のことだけ見てくれてるね」
そう言って、僕の頬にキスをした。
その夜、僕は眠れなかった。
こんなにも、彼女を求めていたはずなのに。
ようやく手に入れたはずなのに。
なぜか、胸の奥にずっと沈殿している冷たい何かがあった。
まるで、水底に引きずられるように。
僕たちは、静かに、確実に、沈んでいた。
彼女と出会ったのは、梅雨の終わりだった。
じめじめとした空気のなかで、彼女だけがどこか乾いて見えた。細い腕をカーディガンで隠していたのが印象的だった。まるで自分を守るように、誰かから隠れるように。
「この世の中で、誰かとちゃんとわかり合えるなんて、奇跡だと思うの」
最初にそう言ったのは彼女の方だった。
僕は、その言葉に救われた。
誰とも本音で繋がれず、笑顔の仮面を被ることに疲れていた僕にとって、彼女は唯一、自分でいられる相手だった。
──それが、始まりだった。
夜の部屋で、彼女はよく僕に触れてきた。指先で肩に触れ、背中に回し、鼓動を確かめるように腕にしがみついてくる。
「生きてるって、こういうことなのかな」
そう呟いた彼女の声が、やけに寂しげで、胸に残って離れなかった。
誰よりも近くにいたかった。
だから、僕も彼女に触れ返した。
彼女の寂しさごと抱きしめることで、僕は自分の孤独もなかったことにできる気がした。
けれど、気づけば彼女の不安は日々大きくなっていった。
「今日、あの女の人と何話してたの?」
「え、誰のこと?」
「ほら、いつもあなたの隣の席にいる人。よく笑ってるじゃん。……ねぇ、本当に仕事の話だけ?」
問い詰めるような声じゃなかった。
優しい声だった。微笑みすら浮かべていた。
でも、その瞳の奥には、静かに広がる闇があった。
僕は何も否定できなかった。
なにか間違ったことをしたわけじゃないのに、彼女が不安になるような“要素”があること自体が、僕の罪のように思えてきた。
──だから、全部やめた。
連絡先を整理し、LINEの履歴も消し、友達との飲み会を断り続けた。
仕事以外の人間関係をすべて切り捨て、彼女だけに向き合う日々に変わっていった。
彼女は少しだけ笑顔を見せるようになった。
「やっと、私のことだけ見てくれてるね」
そう言って、僕の頬にキスをした。
その夜、僕は眠れなかった。
こんなにも、彼女を求めていたはずなのに。
ようやく手に入れたはずなのに。
なぜか、胸の奥にずっと沈殿している冷たい何かがあった。
まるで、水底に引きずられるように。
僕たちは、静かに、確実に、沈んでいた。