春の終わり、薄紫の勿忘草（わすれなぐさ）が、公園の隅にひっそりと咲いていた。その花は、見る者に静かな美しさを感じさせ、どこか切ない気持ちを呼び起こす。私はその花が大好きだった。毎年、この時期になると、少しの間だけその花を見るために公園に足を運ぶのが習慣になっていた。

その日も、私は勿忘草を探して公園を歩いていた。風が冷たく、少し肌寒い。けれど、春の匂いが鼻をくすぐり、歩くたびに気持ちが少しだけ軽くなった。やっと見つけた勿忘草の小さな花たちは、まるで私を待っていたかのように、可憐に咲いていた。

私はその花を見つめながら、思い出していた。去年の春、ここで一緒に歩いたことがある人のことを。彼とは中学時代からの友達で、いつも一緒にこの公園で過ごしていた。毎年、春になると一緒に勿忘草を見に来るのが楽しみだった。

でも、去年の夏、彼は急に転校してしまった。理由は聞いても答えず、ただ「また会おう」とだけ言って、彼は姿を消した。それから一度も連絡が取れないまま、春がまた巡ってきた。

私は、彼が本当に私を忘れたのだと思いたくなかった。でも、勿忘草の花言葉「私を忘れないで」という言葉が、今でも頭の中で繰り返し響いている。彼が今、どこで何をしているのか、元気でいるのか、それとももう私のことを思い出すこともないのか—そんなことを考えて、ふと涙がこぼれそうになった。

その時、ふいに背後から声がした。

「久しぶりだね。」

驚いて振り向くと、そこには彼が立っていた。変わらぬ笑顔を浮かべて。

「えっ、どうして…？」私は言葉を飲み込み、少し驚きながらも、心が温かくなった。

彼は少し照れくさそうに笑いながら言った。「実は、転校する前に君に言いたかったことがあって…でも、言えなくて。その時は、何も伝えられなかったけど、今こうして会えてよかった。」

私は言葉を失い、ただ彼を見つめることしかできなかった。

「君に、これを。」彼はポケットから小さな花束を取り出した。それは勿忘草の花束だった。彼は静かに言った。「ずっと、君のことを忘れなかった。だから、この花を贈るよ。」

その瞬間、胸の奥で何かが溢れそうになった。勿忘草の花言葉を、彼が本当に心から伝えてくれたことに、私は涙がこぼれるのを感じた。

「ありがとう…」私はようやく声を絞り出した。

でも、心の中で確信していた。彼が何年経っても忘れないでいてくれたこと、そして私も彼を忘れずにいたこと。時間が経っても、どんなに遠く離れても、心の中で繋がっていることを、彼の目を見て感じることができた。

勿忘草が、小さな花びらを揺らして風に乗る。たとえ時が流れても、この花は私たちの約束を覚えていてくれるような気がした。