# 後悔はディナーの後で .
時は遡り、婚約破棄直後。
セレスティアはリアム殿下のメイドたちに案内された部屋で一人紅茶を啜っていた。
先ほどの殿下たちの様子を反芻する。
殿下があそこまでリリアーナに心酔しているということは ...
( リリアーナは、既にアイテムを使っているのね。 )
紅茶の入ったカップの波紋と、写った己の姿を眺める。
【アイテムとは】
ゲーム内の課金プレイヤーが使用できる、攻略キャラクター対象の好感度を上げられる代物。
アイテムの形は様々で、アロマキャンドルやネックレス、単純に小瓶に詰められた液体の場合もある。
リリアーナは主にネックレスを身につけており、殿下の側近も護衛役が仇となってどんどん魅了される。
( 焦っても仕方ない ... もうストーリーは始まっているのだから )
程なくして扉が開き、殿下のみが入室してくる。
「 ... お前との婚約は既に破棄されており、お前と王家は何の関わりもない。」
殿下はソファに座ろうともせず普段よりも少し早口で捲し立てる。
漆黒の前髪から覗く金色の瞳は 私を見ようともしない。
「 ... それから、リリーに不敬を働いたことについて彼女に詫びの手紙を入れろ。」
ほんの一瞬、彼の視線が私を射貫く。
『セレス』と私を呼んでくださった彼は もう居ないのだと、少しだけ胸が痛む。
( ゲームではこんな描写は無かったものね ... )
アイテムによって感情を操られているとしても、こうして直に言葉を放たれると やはり心にくるものがある。
「 ... お言葉ですが殿下、私はロミリア嬢を虐めてなどおりません。」
彼の瞳が一瞬見開き、すぐに吊り上がる。
パリンッ、と音がしたかと思うと 卓上にあった紅茶ポットが壁に投げつけられていた。
「 ... 出ていってくれ。 」
幼少期から共に過ごした私でも聞いたことのないような、低くて重い声で、そう告げられた。
( ... 今の彼には、何を言っても無駄なようね )
「 失礼致しました ... 殿下 」
それだけ言い残して、部屋を退出する。
彼は俯いたまま動かない。
彼のことを『リアム様』と呼べないことが、少しだけ寂しいような、そんな気がした。