# 後悔はディナーの後で .
王都の中心、燦然と輝く大聖堂の一室で、リリアーナ・クレアは静かに祈りを捧げていた。
ひざまずく彼女の姿は、まさに慈愛に満ちた聖女そのもの。
蜂蜜色の髪は柔らかな光を反射し、露を含んだすみれ色の瞳は、深く澄み切っているように見える。
だが、祈りを終え、侍女たちが退室すると、リリアーナの表情は一変した。
優雅な微笑みは消え失せ、残ったのは冷酷な計算と、底知れない虚栄を宿した瞳だった。
「うふふ、また新しいドレスの生地が届いたのね。プリンセスみたいなキラキラの銀色の糸で刺繍してもらうことにしたいの!聖女の私に相応しくないといけないもん♡」
リリアーナは、侍女が持ってきた豪華な衣装のカタログを、まるでごく当たり前のように眺めていた。
彼女が「聖女」として王都の人々の信仰を集めるにつれ、貴族たちからの献上品は増え、王家からの予算も桁違いに膨れ上がっていた。
そして、その大半は、彼女の豪華絢爛な生活、特にドレスや宝石、そして気まぐれな施しにじゃんじゃん使われていた。
(リアムも、私が言った通りにセレスティアを追い出してくれたし!あの女が私に気づいたって、どうせ何にもしてこないわ。何にもない土地で、餓死でも何でもして死んじゃえばいいの。私こそが、この王国の...ううん、世界の本当のヒロインなんだから♡)
リリアーナの口元に、ぞっとするような冷笑が浮かぶ。
(あの女、私のリアムと腕なんて組んで...)
リリアーナはリアムからプレゼントされたネックレスをぎゅっと握る。
彼女にとって、セレスティアは単なる邪魔者だった。
自分の「聖女」としての輝かしい未来を邪魔するものは、容赦なく排除する。
それが彼女の信条だ。
最近、王都の貴族たちが体調不良を訴えているという噂は、リリアーナの耳にも届いていた。
それは、彼女が「聖女」としての力を増幅させるために行っている、ある禁忌の儀式の副作用だった。
彼女は自身の魔力を強化するため、人々の微弱な生命力を密かに吸収していたのだ。
その行為が、貴族たちの「魂の疲弊」として現れていた。
しかし、彼女はそれをさほど気にも留めていなかった。
「ふんっ、そのうち、こんなちっぽけな犠牲なんて、全然大したことないってわかるんだから!私がこの世界を救うんだもん。それに、ちょっと体調が悪くなっても、私がお願いすればすぐに治してあげるんだから、感謝してもらわなくちゃね♡」
リリアーナの目は、狂信的な光を宿していた。
彼女は自分こそがこの世界を救う唯一の存在だと信じ込んでいる。
そのためならば、多少の犠牲は当然だと考えていた。
実際、彼女が一度祈りを捧げれば、貴族たちは一時的に体調が回復する。
それが、彼女の力を盲目的に信じる理由となっていた。
「だけど.....」
しかし、最近のリリアーナの心には、わずかな焦りが生じ始めていた。
禁書庫で読み解いた古い本によると、「世界の始まりの力」にたどり着くには、もう一つ**「特別なカギ」**が必要なはずだった。
そのカギは、特定の血筋を持つ者だけが持つと言われていたが、彼女はまだその手掛かりさえ掴めていなかった。
それに、禁書庫の分厚い資料を読み解くのは、彼女にとって苦痛だった。
退屈な文字の羅列よりも、豪華な献上品や、褒め言葉に囲まれる方がよほど楽しかったからだ。
「あぁ、___ 様...♡」
ヒロインが世界を破滅から救った時 出現する他国の皇子という名目のゲーム最強キャラは、リリアーナの最愛の人物だった。
攻略はなかなか難しいキャラだが、リリアーナはそんな彼のことを心から慕っていた。
彼女は、ハッと顔を上げる。
窓の外は、もう真っ暗な夜の闇に包まれていて、静けさが広がる。
その闇の奥で、何かが蠢いているような、漠然とした不安がリリアーナの心をよぎった。
それは、「聖女」としての直感か、あるいは、彼女が世界の「闇」を吸収しているが故の、何らかの予兆なのか。
しかし、そんな不穏な感覚も、最愛の人の完璧な姿を想像したら、すぐに消え去った。
「さあ、着替えのお手伝いをして!世界で一番可愛い私のために♡」
リリアーナは、満足そうに微笑んだ。
その顔には、再び慈愛に満ちた聖女の仮面が戻っていた。
彼女の野望は、誰にも知られることなく、静かに、そして着実に進行していく。
王都の誰もが、彼女が世界の「闇」を救う「聖女」だと信じて疑わない中で。