或る田舎の話
村で一軒の駄菓子屋へ行った。姉さんが「くじやりたいから駄菓子屋行ってくるけど、あんたも行く?」と誘ってきたから、ついていくことにした。
駄菓子屋と家とは距離がある。麦わら帽子を被って家を出た。
「あんた、ちゃんと帽子被ってなさいよ。また熱中症になるよ」
姉さんはときどき振り返って、俺にそう言う。そのたびに、麦わら帽子についたピンクのリボンがひらひらした。
「…あ、ライン」
姉さんは両手で携帯を握り、緑っぽい画面をにらんだ。誰かからラインが来たらしい。
「誰?」
「ともちゃん」
女子の友達らしい。
「ともちゃんも駄菓子屋いるんだってぇ」
姉さんの声が甘ったれて、弾んだ。普段俺相手には、絶対にこういう猫なで声は出さない。きっと学校で女子と話すときには、こういう態度をとってるんだろう。これからその友達と会うから、声と態度のチューニングしてるのだ。
駄菓子屋に着くと、ショートカットの女子が、姉さんに手を振った。水色の布の帽子を被っている。
「やっほぉ」
「ともちゃん〜、やっほぉ」
姉さんはより一層声を高くして、猫なで声で応えた。「ともちゃん」も猫なで声。ぱっと駆け寄って手を取り合い、飛び跳ねている。
「あれ、その子、弟?えぇ可愛い〜」
「え〜、全然そんなことないよぉ、もぉ、無視しちゃってもいいしさぁ。めっちゃくそがきだからね?」
「え〜、うそぉ」
「え〜」を連発しながら、きゃらきゃら笑い合っている。俺は姉さんだって「くそがき」じゃないかと言おうとしたけれど、叩かれそうだったからやめた。ちょっと頭を下げると、さっさと店の中に入った。
「ほら、挨拶もちゃんとできない子なの、困るでしょ〜」
「でも、初対面だしさぁ、人見知りしちゃうでしょぉ、うちの妹もさぁ…」
姉さんと「ともちゃん」の高い声を遠ざけて、俺は店内を見まわした。薄暗い店の中に、ぎゅうぎゅうにお菓子が並べられている。黄色い紙に手書きで、10円20円と値段が書かれていて、小学生が2人、中学生らしい人が3人いる。レジに店主のおばさんがいて、優しい笑顔で「いらっしゃい」と言った。
「…あ、やほ」
「…うん」
小学生のうちの1人が振り返って俺を見て、気まずそうに挨拶した。同じクラスの子だった。俺はクラスで腫れもの扱いされていて、みんな微妙に俺に優しい。
「誰?」
「ほら、俺のクラスのさ、リスカしてる…」
「ああ…」
もう1人の、別のクラスの小学生がそう尋ねて、2人はひそひそと話しはじめた。顔をそむけてはいるけれど、横目でじろじろ俺の包帯を見ている。
「…やばくね?病んでるってことでしょ」
「保健室であいつが包帯取ってるとこ見た奴いるんだけどさ、めっちゃ傷あったって…」
2人は言い合いながら、こそこそと出て行った。
俺は2人を無言で見送って、もう1度店の中に視線を戻した。そのとき、中学生の1人と目が合った。さっきの同級生よりも気まずそうな顔をして、中学生は動きを止めた。
なぜかというと、その中学生は、物陰に隠れて、レジに通していない駄菓子をバッグに入れようとしていたのだ。俺と目が合って、きまり悪そうにそらし、髪に触れてごまかしながら、そっと駄菓子を元の場所に戻そうとした。だけど俺は、おばさんに今見たことを伝えには行かずに、そのまま店を出た。店の外では、姉さんと「ともちゃん」がまだきゃらきゃらやっていた。
「ねぇ、あたしたち、くじ引いたら集会所行くけど、あんたも来る?」
「行かない」
「もう、ほんとぶあいそなんだから」
姉さんの顔も見ないで返事をしたら、甘たれの声が不機嫌になった。でもそれも、「ともちゃん」の「お店入ろぉ」と言う猫なで声でまた甘ったれた。
あぜ道を早歩きしていると、後ろから走ってくる足音がした。その足音は俺のすぐ後ろで止まり、大きな手が俺の肩に置かれた。
「ねぇ、お前」
それはさっきの中学生だった。中学生は気まずそうな顔で俺を見て言った。
「あのさ、さっき、見ないふりしてくれたろ。だから」
そう言うなり、財布から500円玉を取り出して、俺の手に押しつけると、逃げるように走っていった。
口止め料ってやつだ、と俺は口の中で呟いて、手のひらの500円玉を見つめた。500円玉は中学生の手の汗で湿って、てらりと鈍く光った。
俺はそれをしばらく見つめると、田んぼの中に放って捨てた。
駄菓子屋と家とは距離がある。麦わら帽子を被って家を出た。
「あんた、ちゃんと帽子被ってなさいよ。また熱中症になるよ」
姉さんはときどき振り返って、俺にそう言う。そのたびに、麦わら帽子についたピンクのリボンがひらひらした。
「…あ、ライン」
姉さんは両手で携帯を握り、緑っぽい画面をにらんだ。誰かからラインが来たらしい。
「誰?」
「ともちゃん」
女子の友達らしい。
「ともちゃんも駄菓子屋いるんだってぇ」
姉さんの声が甘ったれて、弾んだ。普段俺相手には、絶対にこういう猫なで声は出さない。きっと学校で女子と話すときには、こういう態度をとってるんだろう。これからその友達と会うから、声と態度のチューニングしてるのだ。
駄菓子屋に着くと、ショートカットの女子が、姉さんに手を振った。水色の布の帽子を被っている。
「やっほぉ」
「ともちゃん〜、やっほぉ」
姉さんはより一層声を高くして、猫なで声で応えた。「ともちゃん」も猫なで声。ぱっと駆け寄って手を取り合い、飛び跳ねている。
「あれ、その子、弟?えぇ可愛い〜」
「え〜、全然そんなことないよぉ、もぉ、無視しちゃってもいいしさぁ。めっちゃくそがきだからね?」
「え〜、うそぉ」
「え〜」を連発しながら、きゃらきゃら笑い合っている。俺は姉さんだって「くそがき」じゃないかと言おうとしたけれど、叩かれそうだったからやめた。ちょっと頭を下げると、さっさと店の中に入った。
「ほら、挨拶もちゃんとできない子なの、困るでしょ〜」
「でも、初対面だしさぁ、人見知りしちゃうでしょぉ、うちの妹もさぁ…」
姉さんと「ともちゃん」の高い声を遠ざけて、俺は店内を見まわした。薄暗い店の中に、ぎゅうぎゅうにお菓子が並べられている。黄色い紙に手書きで、10円20円と値段が書かれていて、小学生が2人、中学生らしい人が3人いる。レジに店主のおばさんがいて、優しい笑顔で「いらっしゃい」と言った。
「…あ、やほ」
「…うん」
小学生のうちの1人が振り返って俺を見て、気まずそうに挨拶した。同じクラスの子だった。俺はクラスで腫れもの扱いされていて、みんな微妙に俺に優しい。
「誰?」
「ほら、俺のクラスのさ、リスカしてる…」
「ああ…」
もう1人の、別のクラスの小学生がそう尋ねて、2人はひそひそと話しはじめた。顔をそむけてはいるけれど、横目でじろじろ俺の包帯を見ている。
「…やばくね?病んでるってことでしょ」
「保健室であいつが包帯取ってるとこ見た奴いるんだけどさ、めっちゃ傷あったって…」
2人は言い合いながら、こそこそと出て行った。
俺は2人を無言で見送って、もう1度店の中に視線を戻した。そのとき、中学生の1人と目が合った。さっきの同級生よりも気まずそうな顔をして、中学生は動きを止めた。
なぜかというと、その中学生は、物陰に隠れて、レジに通していない駄菓子をバッグに入れようとしていたのだ。俺と目が合って、きまり悪そうにそらし、髪に触れてごまかしながら、そっと駄菓子を元の場所に戻そうとした。だけど俺は、おばさんに今見たことを伝えには行かずに、そのまま店を出た。店の外では、姉さんと「ともちゃん」がまだきゃらきゃらやっていた。
「ねぇ、あたしたち、くじ引いたら集会所行くけど、あんたも来る?」
「行かない」
「もう、ほんとぶあいそなんだから」
姉さんの顔も見ないで返事をしたら、甘たれの声が不機嫌になった。でもそれも、「ともちゃん」の「お店入ろぉ」と言う猫なで声でまた甘ったれた。
あぜ道を早歩きしていると、後ろから走ってくる足音がした。その足音は俺のすぐ後ろで止まり、大きな手が俺の肩に置かれた。
「ねぇ、お前」
それはさっきの中学生だった。中学生は気まずそうな顔で俺を見て言った。
「あのさ、さっき、見ないふりしてくれたろ。だから」
そう言うなり、財布から500円玉を取り出して、俺の手に押しつけると、逃げるように走っていった。
口止め料ってやつだ、と俺は口の中で呟いて、手のひらの500円玉を見つめた。500円玉は中学生の手の汗で湿って、てらりと鈍く光った。
俺はそれをしばらく見つめると、田んぼの中に放って捨てた。