或る田舎の話
あれは、5歳くらいのときだったと思う。今では家を出ていった父さんが、まだ俺たちと家族だった頃。
もっとも、母さんや姉さんや俺に暴力を振るう男を、家族と呼べればの話だけれど。
父さんの暴力は発作のようなものだった。父さんの機嫌のいいのは、酒か薬を飲んだ直後くらいで、それ以外のときはいつも眉間にしわを寄せ、むっつりとおし黙っていた。その間も多分父さんの内側では怒りが溜まっていって、それが爆発すると俺たちに暴力を振るうのだった。
父さんが怒りを爆発させると、母さんは決まって俺たちに「どこかに行ってなさい」と言った。姉さんはそのときもう自分の部屋を持っていたからそこに逃げ込み、俺にはなかったから俺は押し入れに息をひそめた。押し入れの中には父さんの布団と文庫本があって、俺は布団にくるまりながら本を読んでいた。父さんが暴力をやめて姉さんが部屋から出てくる頃には、姉さんは目を腫らしていたから、多分泣いていたんだろうと思うけれど、俺は泣いたという記憶がない。いつも同じように布団にくるまり、同じ本を読んでいた。押し入れの外で行われていることは、暴力じゃあなくて、嵐が人を襲うようなものに感じていた。だから俺の感覚としては、台風が過ぎるのを待つようなものだった。父さんがひどいことをしているということは理解していたけれど、それはあくまで客観的に見た結果であって、母親を傷つけられたという悲しみに基づくものではなかった。そもそも、傷の増えた母さんを見ても、それこそ嵐にやられた人だとしか見えなくて、可哀相に思ったことはなかった。少なくとも、そう記憶している。
(父さん、布団も本も持ってかなかったんだな)
思い返せば、父さんが出て行った日、父さんの持ち物は、酒と、財布と、オーバードーズのためのかぜ薬だけだった。今どこでどうしているのかは知らないし、知りたいとも思わない。ただ、なんの因果か、俺がリストカットを始めたのは、父さんがいなくなってからのことだった。
死にたいと思ったわけではない。それは今も同じだ。ただ時々、身体中にむなしさのような、だるい煙が満ちて、どうしようもなくなる。遊んでも寝ても、その煙は出て行かない。出て行くのは、手首を切ったときだけだった。傷口から、血と一緒に、目に見えない煙が出て行く。心が晴れる。その感覚を知ると、少しだけ愉快になった。煙は毎日少しずつ増えていくから、俺は我慢ができなくなる頃に手首を切る。煙が出て行く。そのくり返し。
だからって、母さんにその手当てをさせることないじゃないかと、自分でも思うのだけれど、俺はある日気づいた。母さんの傷ついた顔を見ると、自分の中のどこかが満たされるのだ。馬鹿ばかしいような、笑いたいような、残酷な気持ちになるのだ。自分の身のまわりのことやもの、自分の思考、自分が生きていることまでをも、笑いとばしたくなる、ひどい、投げやりのようで、それでいて愉快な気持ち。
きっとこれは父さんの血だ、と俺は何となく思っていた。
父さんが暴力を振るって得ていたものは、きっとこの感覚なんだろう。自分も他人も丁寧に傷つけたいような、喉に笑いがつっかえているような、そういう気分。俺と父さんの違いは、この感覚を得るための手段が、自傷か他人への暴力か、というところだけ。
「俺も獣なんだ」
うっかり、そう口にしていた。机を拭いていた母さんが、目を丸くして聞き返した。
「何言ってるのよ、あんた」
そう言って母さんは、おかしそうにほほ笑んだ。理解できないものに対してのとりあえずの笑い、そんな表情が妙に目に焼きついて、俺は気に入った。
もっとも、母さんや姉さんや俺に暴力を振るう男を、家族と呼べればの話だけれど。
父さんの暴力は発作のようなものだった。父さんの機嫌のいいのは、酒か薬を飲んだ直後くらいで、それ以外のときはいつも眉間にしわを寄せ、むっつりとおし黙っていた。その間も多分父さんの内側では怒りが溜まっていって、それが爆発すると俺たちに暴力を振るうのだった。
父さんが怒りを爆発させると、母さんは決まって俺たちに「どこかに行ってなさい」と言った。姉さんはそのときもう自分の部屋を持っていたからそこに逃げ込み、俺にはなかったから俺は押し入れに息をひそめた。押し入れの中には父さんの布団と文庫本があって、俺は布団にくるまりながら本を読んでいた。父さんが暴力をやめて姉さんが部屋から出てくる頃には、姉さんは目を腫らしていたから、多分泣いていたんだろうと思うけれど、俺は泣いたという記憶がない。いつも同じように布団にくるまり、同じ本を読んでいた。押し入れの外で行われていることは、暴力じゃあなくて、嵐が人を襲うようなものに感じていた。だから俺の感覚としては、台風が過ぎるのを待つようなものだった。父さんがひどいことをしているということは理解していたけれど、それはあくまで客観的に見た結果であって、母親を傷つけられたという悲しみに基づくものではなかった。そもそも、傷の増えた母さんを見ても、それこそ嵐にやられた人だとしか見えなくて、可哀相に思ったことはなかった。少なくとも、そう記憶している。
(父さん、布団も本も持ってかなかったんだな)
思い返せば、父さんが出て行った日、父さんの持ち物は、酒と、財布と、オーバードーズのためのかぜ薬だけだった。今どこでどうしているのかは知らないし、知りたいとも思わない。ただ、なんの因果か、俺がリストカットを始めたのは、父さんがいなくなってからのことだった。
死にたいと思ったわけではない。それは今も同じだ。ただ時々、身体中にむなしさのような、だるい煙が満ちて、どうしようもなくなる。遊んでも寝ても、その煙は出て行かない。出て行くのは、手首を切ったときだけだった。傷口から、血と一緒に、目に見えない煙が出て行く。心が晴れる。その感覚を知ると、少しだけ愉快になった。煙は毎日少しずつ増えていくから、俺は我慢ができなくなる頃に手首を切る。煙が出て行く。そのくり返し。
だからって、母さんにその手当てをさせることないじゃないかと、自分でも思うのだけれど、俺はある日気づいた。母さんの傷ついた顔を見ると、自分の中のどこかが満たされるのだ。馬鹿ばかしいような、笑いたいような、残酷な気持ちになるのだ。自分の身のまわりのことやもの、自分の思考、自分が生きていることまでをも、笑いとばしたくなる、ひどい、投げやりのようで、それでいて愉快な気持ち。
きっとこれは父さんの血だ、と俺は何となく思っていた。
父さんが暴力を振るって得ていたものは、きっとこの感覚なんだろう。自分も他人も丁寧に傷つけたいような、喉に笑いがつっかえているような、そういう気分。俺と父さんの違いは、この感覚を得るための手段が、自傷か他人への暴力か、というところだけ。
「俺も獣なんだ」
うっかり、そう口にしていた。机を拭いていた母さんが、目を丸くして聞き返した。
「何言ってるのよ、あんた」
そう言って母さんは、おかしそうにほほ笑んだ。理解できないものに対してのとりあえずの笑い、そんな表情が妙に目に焼きついて、俺は気に入った。