或る田舎の話
乾いた土の色をしたあぜ道が、ずっと続いて地平線に消えている。太陽が痛いくらいに照りつけて、地面に反射して眩しかった。蝉がひっきりなしにジュワジュワと大合唱をしていて、帽子を被った俺の頭が熱くなったり冷えたりした。俺はあずまやの下のベンチに座っていた。そばに色のあせたバス停が立っている。総合病院行きのバスで、本数は1時間に一本。あずまやの外には、あぜ道と田んぼと山、ときどき家。冠婚葬祭を行う集会所に、俺の通う小学校。目立って見えるのはそれだけ。
夏休みだというのに、こんなにも人がいないのは、きっとみんな、都会に出ているか、この辺りで唯一空調のある集会所にいるからなんだろう。大人は冷やした麦茶を飲みながら世間話をして、子供はあちこち走り回り、かくれんぼや鬼ごっこをする。俺もそれにまざってきてもいいのだけれど、俺は同年代の子と遊ぶより、大人の話を聞いたり意見したりする方が好きだった。大人は圧倒してこないから、気が楽で、小学校で同年代の子たちと過ごす時間は、少し疲れることだった。
「お前、また新しく傷作ったな。いい加減懲りないのか」
気持ちが悪いような、眠たいような気分で目を閉じたとき、誰かに声をかけられた。いや、誰かなんて声で分かっているのだけど。俺は目を開けた。
「…先生」
俺の顔を見下ろす白いシャツ姿の男。担任の円堂先生だ。
明るくていかにも体育会系で、声が大きい。だけど生徒一人ひとりをよく見ていて、登校がまばらな俺のことを何かと気にかけてくれる。それがうざったくもあれば、好きでもあった。先生は短い癖毛をわしゃわしゃ掻きながら、当たり前のように俺の隣に座った。
「その包帯、見てるだけでこっちの手首まで痛くなってくるな。お母さんもそう言わないか」
デリカシーなく踏みこんだ話をしてくるけれど、自傷をやめろと言ってきたことは一度もない。そういうところも好きだった。
「…この前、母さん泣いてた」
「その傷のせいでか?」
「うん」
「そりゃあよくないな、親不孝だぞ。おわびに大きくなって金稼いだら、うまい物食わしてやれよ」
論点がずれている、気がする。笑おうとしたけれど、さっきから身体がだるくて、うまく力が出なかった。先生は俺がどんなに愛想悪くしても、気にせず話し続けるから、楽だった。なんとういうか、居心地がいい、みたいな。
「ていうか、先生バス乗るの」
「いや?たまたま通りかかったらお前が座ってたから。お前こそ、バス乗るのか?」
「うん…」
本当は、バスに乗って、総合病院に入院しているお婆ちゃんに会いに行くつもりだった。家にも村にもいたくないときは、大体お婆ちゃんのところに行く。行って、話をする。それだけで胸にある重い何かがなくなるように感じていた。だけど、今日はそれも面倒だった。全身が暑くて暑くて、目の前がぐらぐらして、吐きそうだった。暑い。暑い。気持ちが悪い。
「っは…」
「おい、お前、顔真っ赤だぞ。大丈夫か」
吐きそうになって詰めていた息が、弱々しく漏れた。円堂先生がそれに気づいて、俺の顔を心配そうに覗き込む。日に焼けた顔が涙でにじんだ。
「熱あるのか。汗びっしょりじゃないか」
頬に大きな手を当てられる。思わず目を閉じて、呟いた。
「円堂先生の手、冷たくてきもち…」
後から考えたら、多分円堂先生の手は別に冷たくなかった。ただあまりにも暑くて、何も考えられていなかったのだ。目を閉じたらすぅっと意識が遠のいて、身体が傾いた。円堂先生が何か言う声が聞こえたけれど、もう、何を言っているか分からなかった。
夏休みだというのに、こんなにも人がいないのは、きっとみんな、都会に出ているか、この辺りで唯一空調のある集会所にいるからなんだろう。大人は冷やした麦茶を飲みながら世間話をして、子供はあちこち走り回り、かくれんぼや鬼ごっこをする。俺もそれにまざってきてもいいのだけれど、俺は同年代の子と遊ぶより、大人の話を聞いたり意見したりする方が好きだった。大人は圧倒してこないから、気が楽で、小学校で同年代の子たちと過ごす時間は、少し疲れることだった。
「お前、また新しく傷作ったな。いい加減懲りないのか」
気持ちが悪いような、眠たいような気分で目を閉じたとき、誰かに声をかけられた。いや、誰かなんて声で分かっているのだけど。俺は目を開けた。
「…先生」
俺の顔を見下ろす白いシャツ姿の男。担任の円堂先生だ。
明るくていかにも体育会系で、声が大きい。だけど生徒一人ひとりをよく見ていて、登校がまばらな俺のことを何かと気にかけてくれる。それがうざったくもあれば、好きでもあった。先生は短い癖毛をわしゃわしゃ掻きながら、当たり前のように俺の隣に座った。
「その包帯、見てるだけでこっちの手首まで痛くなってくるな。お母さんもそう言わないか」
デリカシーなく踏みこんだ話をしてくるけれど、自傷をやめろと言ってきたことは一度もない。そういうところも好きだった。
「…この前、母さん泣いてた」
「その傷のせいでか?」
「うん」
「そりゃあよくないな、親不孝だぞ。おわびに大きくなって金稼いだら、うまい物食わしてやれよ」
論点がずれている、気がする。笑おうとしたけれど、さっきから身体がだるくて、うまく力が出なかった。先生は俺がどんなに愛想悪くしても、気にせず話し続けるから、楽だった。なんとういうか、居心地がいい、みたいな。
「ていうか、先生バス乗るの」
「いや?たまたま通りかかったらお前が座ってたから。お前こそ、バス乗るのか?」
「うん…」
本当は、バスに乗って、総合病院に入院しているお婆ちゃんに会いに行くつもりだった。家にも村にもいたくないときは、大体お婆ちゃんのところに行く。行って、話をする。それだけで胸にある重い何かがなくなるように感じていた。だけど、今日はそれも面倒だった。全身が暑くて暑くて、目の前がぐらぐらして、吐きそうだった。暑い。暑い。気持ちが悪い。
「っは…」
「おい、お前、顔真っ赤だぞ。大丈夫か」
吐きそうになって詰めていた息が、弱々しく漏れた。円堂先生がそれに気づいて、俺の顔を心配そうに覗き込む。日に焼けた顔が涙でにじんだ。
「熱あるのか。汗びっしょりじゃないか」
頬に大きな手を当てられる。思わず目を閉じて、呟いた。
「円堂先生の手、冷たくてきもち…」
後から考えたら、多分円堂先生の手は別に冷たくなかった。ただあまりにも暑くて、何も考えられていなかったのだ。目を閉じたらすぅっと意識が遠のいて、身体が傾いた。円堂先生が何か言う声が聞こえたけれど、もう、何を言っているか分からなかった。