過去と未来、そして今日
#1
Prologue. 平凡な夏の日
7/21日の朝。かけた覚えがない、目覚ましのアラームの音で目が覚める。
おかしいな、昨日確かに止めた気がするんだが…ま、そんなもんか。
あー、今日、すげぇ日差し強いなー…
いやほんと、天気良すぎだろ。ギラギラじゃん。眩しい眩しい。
まぁでもそんなら、おれらみたいな小学生がやる事は一つだけ。
当然、外に遊びに行くしかないだろ!
「なんてったって、今日から夏休みだからな!」
「[漢字]遥歩[/漢字][ふりがな]あゆむ[/ふりがな]、お前と違って兄ちゃんはまだ学校あんの。うっさい。」
いまうっさいって言ってきたのは、隣の布団でごろごろしてるおれの兄、[漢字]翔琉[/漢字][ふりがな]かける[/ふりがな]だ。
でも学校あるなら、もうちょい早く起きなきゃダメじゃね?って正直思うぞ、おれ。
「いやしょうがないだろ。だってオレ忙しいし。昨日とか、夜ケッコー遅くまで勉強してたんだぜ?」
「おれそん時もう寝てたし知らない。」
それじゃ、おいおいって感じな顔してる兄ちゃんは置いといて朝ごはん食べに行くか!
今日なんだっけかなぁ…パンか?それとも米?
まぁいっか、どっちでも美味いしな。
「おはよー。」
「はいおはよう。けどまず顔洗ってきなさい。」
一番にテーブルに向かったら、母さんに怒られた。少しムッとしつつも顔だけはちょちょっと洗って、テーブルに並んでたパンを食べる。
うまぁ。
ふわふわぁ。
「あんた本当、語彙はどこに置いてきたのよ…」
「分かんね!」
牛乳うめー。
そういえば、中学入る前に背、伸びるといいなぁ。おれまだ背丈小さいから、よく翔琉に馬鹿にされるんだ。ちょっとイラッとする。
ってうげ、サラダあるじゃんか…
おれ野菜嫌いなんだよなぁ。よぉしこうなりゃ、翔琉の皿に全部突っ込んじまえ。幸い母さんはあっち向いて…
「ちゃんと食べなさい。」
普通に気づかれたし戻された。
いやほんと、後ろに目でもついてんのかな。どうなってんだ。
まぁでもおれはちゃんと食った。トマトは酸っぱいし玉ねぎは辛いし、キュウリはなんか気持ち悪いけど、ちゃんと食った。
「ごちそーさま。なぁなぁ、今日プールに遊びに行きたいから…」
「あーはいはい分かったって。んじゃおやつ代込みで500円渡すけど、無駄遣いしない事。」
「はーい!」
返事だけはいいんだけどな、とぼやく母さんの声が聞こえたような気もするけどまぁいっか。
と言うわけで準備だ!
まずは…水着入れて、タオル入れて、水筒…
あれ、なんだこの水筒。
どっから出てきた。
そもそもいつのだ。
「おーい遥歩、オレの水筒知らな…ってなんだ、お前が持ってたのか。」
「水筒放置してたの、翔琉か?母さんまた鬼になるぞ。」
違う違う、コレは…と言い訳する翔琉の後ろには、鬼のような形相の母さん。
…翔琉、ごりんじゅうです。
「ちょ、待て待て違うんだって!ちょっと忘れてただけだっつの!!あと触んな!」
「待ってもヘチマもあるか!反抗期だかなんだか知んないけど、いいからとっとと洗ってこい!!」
引きずってかれた兄を尻目に、おれは準備を再開した。
だって、おれにはかんけーないし。ちゃんと水筒洗ったし。ふふん。
[中央寄せ][大文字]☆ ☆ ☆[/大文字][/中央寄せ]
「よっし、準備かんりょー!」
帽子を被って外に出ると、外は7月とはちっとも思えないようなピカピカ晴れだ。
“月笠”とかっこいい明朝体で書かれた自分の家のガラスプレートが、キラキラ光ってすげぇ眩しい。
まさしくプール日和だな、うん。
自分に向けてすこし頷いて、おれは歩き出す。さて、今日は誰を誘おうか。
まずは…留歌からだな。この時間ならまだ多分、家にいるだろうし。それに、家もすぐ近くだし。
「留歌ー!いるかー!?」
ピンポンを鳴らしてから、どんどんどん、とノックする。
すると、シャキッとしたスーツを着た留歌のお母さんが出てきた。
「あらあら、どうしたのかしら?」
「留歌とプール行こうと思って来ました!」
そう言うと、ちょっと微妙な顔になる留歌のお母さん。
どうしたんだ?
「ごめんね。留歌は今、塾に行ってるのよ。」
「ジュク?」
「ええ、勉強しに行く所よ。」
そうか…
夏休みなのに勉強とか、留歌は頑張ってるんだなぁ。おれにはちょっと考えつかない。
けど、留歌がいないならどうしようかな…
「おや、留歌君の母親に…遥歩君か。珍しい組み合わせだな、一体どうしたんだ?」
なんて考えていると、道の向こうからそんな声が聞こえる。思わずふと振り向くと、見慣れた藍色の髪が。
歩いて来たのはおれのクラスメイトの一人、[漢字]碧空[/漢字][ふりがな]あいく[/ふりがな]だ。
「あら碧空ちゃん。遥歩くんが遊びに来てくれた所だったのよ。」
ちゃん呼びが嫌なのかなんとなく仏頂面になった碧空を見て、「あぁ、碧空くんだったわね。」とちょっとわざとらしく言い直す留歌のお母さん。
碧空は碧空で「いえまぁ、別に構いません。」なんて言っておきながら、空色の目が普段より怖い。
この二人、なんか見るたびにバチバチしてる気がするんだよなぁ。おれの気のせいか?
「留歌君は…あぁ、塾ですか。彼からも受験をすると聞きました。」
「えぇ、そうなの。もしかして碧空くんも遊びに来てくれたのかしら?」
だとしたら、悪い事をしたわね…と呟く留歌のお母さん。それに答えて、いえいえこちらこそ大事な時に失礼しました、とうっすら微笑む碧空。
いつものあの、八重歯が見えるようなニカっとした笑い顔じゃないからちょっと怖いぞ。
「まぁ出かけているのなら仕方ない。とりあえず遥歩君、どうせ君も誘う予定だったんだ。着いてきてくれたまえ。」
「ん、分かった。それじゃあ留歌のお母さん、留歌が塾行ってない日があったら母さんに伝えて下さい!」
あ、おれまだプールバック持ってるけどいいのかな。碧空はどこ行くつもりなんだ?
そう思いつつ、おれらは少し早足で留歌の家の前から離れる。何歩か歩いたところで、それじゃあ、と前置きして碧空は喋り出した。
「一旦君の家に寄ろう。そしたら、まずは宿題を取ってくるんだ。ちょっとした勉強会だ。」
ほへぇ、碧空はやっぱ真面目だなぁ。夏休み一日目から宿題をちゃんとやるってところ、クラス委員を任されるのも納得だ。そう心の中で頷きつつ、ぱたぱたと家に戻る。
「あれ、留歌君と遊びに行ったんじゃなかったの?」
「留歌いなかったから碧空と勉強会する!」
「どういう順序だ…」
母さんが呆れているのを横目に階段を登り、とりあえず適当に算数と漢字のドリルとペンを掴んで駆け降りる。
家の外に出ると、碧空は差している日傘をくるくると指で回しながら真っ黒い猫を撫でていた。
ガチャリとドアを閉めたおれを見て碧空が軽く手を振ると、その隙にひょいと黒猫は逃げ出していってしまった。
…おれも、撫でたかった。
[中央寄せ][大文字]☆ ☆ ☆[/大文字][/中央寄せ]
「はぁ、しかし疲れた。留歌君の母君と話すのはどうにもあれだな、肩が凝る。」
「そうなのか?」
「あぁ、そうなんだよ。」
なんか、珍しい。
何がって、普段はならへの愚痴なんて言わないんだ、碧空は。すごく真面目で、律儀で、しっかりしてる。ほんとにすごいと思う。
なんて考えながら、ピカピカと光る太陽を眩しげに眺めて、碧空とおれはてくてくと歩き続ける。
どこに向かっているのかと思ったら、駅の近くにある大きな公園に向かっているみたいだ。
「そういえば碧空、日光嫌いなんじゃなかったか?こんな晴れてるのに、外出ていいのか?」
「そう言う君は相変わらずの口下手だな。人を吸血鬼かなんかみたいに言わないでくれたまえ。」
ただ体質的に受け付けないだけなんだ、と…なんだっけ。あぁそうだ、自嘲気味に、ってやつか。まぁそんな風な、ちょっと暗い雰囲気でぽつりと碧空は呟いた。
てくてく、てくてく、てくてく。
やっと着いた公園の中の雑木林は涼しくて、夏だって事を忘れそうだ。でも、セミがミンミン、じわじわ、と(ちょっとうるさく)鳴いてるから、忘れないかもな。
てくてく、てくてく、てくてく。
雑木林を抜けて坂道を登ると、相変わらず目も眩むような真っ白な太陽を背負って逆光で真っ黒な図書館が見えて来る。
「ほら、到着だ。君は留歌君とプールに行く予定だったみたいだが…生憎と、私は肌をあまり出せなくてね。」
手に持った日傘を畳みながら「だからまぁ、今は図書館で宿題だ。我慢してくれたまえ。」なんて言ってあのいつものニカっとした顔で笑うもんだから、なんだか妙にドキドキしてしまった。
って、碧空はこういうの嫌なんだったな…
よし、忘れておくか。それにそもそも、おれらは友達なんだから。
なんて考えていると、いつも通りちょっとぼんやりしているように見えたみたいで碧空が手招きしてる。
「どうしたんだ?早く来たまえ。プールならこの上にあるんだし、夕方になってから留歌君も誘って行くとしようじゃないか。」
「ん…あ、あぁ…そうだな、そうするか!」
留歌が来られなかったのは残念だけど、後でいっぱい勉強したの見せて驚かすかな。
留歌が勉強してるってのにおれらだけ遊ぶのもなんか嫌だし。
それに、この先もずっと、留歌とおれと碧空と三人で一緒にいられるなら…
うん、おれにはそれだけで十分すぎるかな。
おかしいな、昨日確かに止めた気がするんだが…ま、そんなもんか。
あー、今日、すげぇ日差し強いなー…
いやほんと、天気良すぎだろ。ギラギラじゃん。眩しい眩しい。
まぁでもそんなら、おれらみたいな小学生がやる事は一つだけ。
当然、外に遊びに行くしかないだろ!
「なんてったって、今日から夏休みだからな!」
「[漢字]遥歩[/漢字][ふりがな]あゆむ[/ふりがな]、お前と違って兄ちゃんはまだ学校あんの。うっさい。」
いまうっさいって言ってきたのは、隣の布団でごろごろしてるおれの兄、[漢字]翔琉[/漢字][ふりがな]かける[/ふりがな]だ。
でも学校あるなら、もうちょい早く起きなきゃダメじゃね?って正直思うぞ、おれ。
「いやしょうがないだろ。だってオレ忙しいし。昨日とか、夜ケッコー遅くまで勉強してたんだぜ?」
「おれそん時もう寝てたし知らない。」
それじゃ、おいおいって感じな顔してる兄ちゃんは置いといて朝ごはん食べに行くか!
今日なんだっけかなぁ…パンか?それとも米?
まぁいっか、どっちでも美味いしな。
「おはよー。」
「はいおはよう。けどまず顔洗ってきなさい。」
一番にテーブルに向かったら、母さんに怒られた。少しムッとしつつも顔だけはちょちょっと洗って、テーブルに並んでたパンを食べる。
うまぁ。
ふわふわぁ。
「あんた本当、語彙はどこに置いてきたのよ…」
「分かんね!」
牛乳うめー。
そういえば、中学入る前に背、伸びるといいなぁ。おれまだ背丈小さいから、よく翔琉に馬鹿にされるんだ。ちょっとイラッとする。
ってうげ、サラダあるじゃんか…
おれ野菜嫌いなんだよなぁ。よぉしこうなりゃ、翔琉の皿に全部突っ込んじまえ。幸い母さんはあっち向いて…
「ちゃんと食べなさい。」
普通に気づかれたし戻された。
いやほんと、後ろに目でもついてんのかな。どうなってんだ。
まぁでもおれはちゃんと食った。トマトは酸っぱいし玉ねぎは辛いし、キュウリはなんか気持ち悪いけど、ちゃんと食った。
「ごちそーさま。なぁなぁ、今日プールに遊びに行きたいから…」
「あーはいはい分かったって。んじゃおやつ代込みで500円渡すけど、無駄遣いしない事。」
「はーい!」
返事だけはいいんだけどな、とぼやく母さんの声が聞こえたような気もするけどまぁいっか。
と言うわけで準備だ!
まずは…水着入れて、タオル入れて、水筒…
あれ、なんだこの水筒。
どっから出てきた。
そもそもいつのだ。
「おーい遥歩、オレの水筒知らな…ってなんだ、お前が持ってたのか。」
「水筒放置してたの、翔琉か?母さんまた鬼になるぞ。」
違う違う、コレは…と言い訳する翔琉の後ろには、鬼のような形相の母さん。
…翔琉、ごりんじゅうです。
「ちょ、待て待て違うんだって!ちょっと忘れてただけだっつの!!あと触んな!」
「待ってもヘチマもあるか!反抗期だかなんだか知んないけど、いいからとっとと洗ってこい!!」
引きずってかれた兄を尻目に、おれは準備を再開した。
だって、おれにはかんけーないし。ちゃんと水筒洗ったし。ふふん。
[中央寄せ][大文字]☆ ☆ ☆[/大文字][/中央寄せ]
「よっし、準備かんりょー!」
帽子を被って外に出ると、外は7月とはちっとも思えないようなピカピカ晴れだ。
“月笠”とかっこいい明朝体で書かれた自分の家のガラスプレートが、キラキラ光ってすげぇ眩しい。
まさしくプール日和だな、うん。
自分に向けてすこし頷いて、おれは歩き出す。さて、今日は誰を誘おうか。
まずは…留歌からだな。この時間ならまだ多分、家にいるだろうし。それに、家もすぐ近くだし。
「留歌ー!いるかー!?」
ピンポンを鳴らしてから、どんどんどん、とノックする。
すると、シャキッとしたスーツを着た留歌のお母さんが出てきた。
「あらあら、どうしたのかしら?」
「留歌とプール行こうと思って来ました!」
そう言うと、ちょっと微妙な顔になる留歌のお母さん。
どうしたんだ?
「ごめんね。留歌は今、塾に行ってるのよ。」
「ジュク?」
「ええ、勉強しに行く所よ。」
そうか…
夏休みなのに勉強とか、留歌は頑張ってるんだなぁ。おれにはちょっと考えつかない。
けど、留歌がいないならどうしようかな…
「おや、留歌君の母親に…遥歩君か。珍しい組み合わせだな、一体どうしたんだ?」
なんて考えていると、道の向こうからそんな声が聞こえる。思わずふと振り向くと、見慣れた藍色の髪が。
歩いて来たのはおれのクラスメイトの一人、[漢字]碧空[/漢字][ふりがな]あいく[/ふりがな]だ。
「あら碧空ちゃん。遥歩くんが遊びに来てくれた所だったのよ。」
ちゃん呼びが嫌なのかなんとなく仏頂面になった碧空を見て、「あぁ、碧空くんだったわね。」とちょっとわざとらしく言い直す留歌のお母さん。
碧空は碧空で「いえまぁ、別に構いません。」なんて言っておきながら、空色の目が普段より怖い。
この二人、なんか見るたびにバチバチしてる気がするんだよなぁ。おれの気のせいか?
「留歌君は…あぁ、塾ですか。彼からも受験をすると聞きました。」
「えぇ、そうなの。もしかして碧空くんも遊びに来てくれたのかしら?」
だとしたら、悪い事をしたわね…と呟く留歌のお母さん。それに答えて、いえいえこちらこそ大事な時に失礼しました、とうっすら微笑む碧空。
いつものあの、八重歯が見えるようなニカっとした笑い顔じゃないからちょっと怖いぞ。
「まぁ出かけているのなら仕方ない。とりあえず遥歩君、どうせ君も誘う予定だったんだ。着いてきてくれたまえ。」
「ん、分かった。それじゃあ留歌のお母さん、留歌が塾行ってない日があったら母さんに伝えて下さい!」
あ、おれまだプールバック持ってるけどいいのかな。碧空はどこ行くつもりなんだ?
そう思いつつ、おれらは少し早足で留歌の家の前から離れる。何歩か歩いたところで、それじゃあ、と前置きして碧空は喋り出した。
「一旦君の家に寄ろう。そしたら、まずは宿題を取ってくるんだ。ちょっとした勉強会だ。」
ほへぇ、碧空はやっぱ真面目だなぁ。夏休み一日目から宿題をちゃんとやるってところ、クラス委員を任されるのも納得だ。そう心の中で頷きつつ、ぱたぱたと家に戻る。
「あれ、留歌君と遊びに行ったんじゃなかったの?」
「留歌いなかったから碧空と勉強会する!」
「どういう順序だ…」
母さんが呆れているのを横目に階段を登り、とりあえず適当に算数と漢字のドリルとペンを掴んで駆け降りる。
家の外に出ると、碧空は差している日傘をくるくると指で回しながら真っ黒い猫を撫でていた。
ガチャリとドアを閉めたおれを見て碧空が軽く手を振ると、その隙にひょいと黒猫は逃げ出していってしまった。
…おれも、撫でたかった。
[中央寄せ][大文字]☆ ☆ ☆[/大文字][/中央寄せ]
「はぁ、しかし疲れた。留歌君の母君と話すのはどうにもあれだな、肩が凝る。」
「そうなのか?」
「あぁ、そうなんだよ。」
なんか、珍しい。
何がって、普段はならへの愚痴なんて言わないんだ、碧空は。すごく真面目で、律儀で、しっかりしてる。ほんとにすごいと思う。
なんて考えながら、ピカピカと光る太陽を眩しげに眺めて、碧空とおれはてくてくと歩き続ける。
どこに向かっているのかと思ったら、駅の近くにある大きな公園に向かっているみたいだ。
「そういえば碧空、日光嫌いなんじゃなかったか?こんな晴れてるのに、外出ていいのか?」
「そう言う君は相変わらずの口下手だな。人を吸血鬼かなんかみたいに言わないでくれたまえ。」
ただ体質的に受け付けないだけなんだ、と…なんだっけ。あぁそうだ、自嘲気味に、ってやつか。まぁそんな風な、ちょっと暗い雰囲気でぽつりと碧空は呟いた。
てくてく、てくてく、てくてく。
やっと着いた公園の中の雑木林は涼しくて、夏だって事を忘れそうだ。でも、セミがミンミン、じわじわ、と(ちょっとうるさく)鳴いてるから、忘れないかもな。
てくてく、てくてく、てくてく。
雑木林を抜けて坂道を登ると、相変わらず目も眩むような真っ白な太陽を背負って逆光で真っ黒な図書館が見えて来る。
「ほら、到着だ。君は留歌君とプールに行く予定だったみたいだが…生憎と、私は肌をあまり出せなくてね。」
手に持った日傘を畳みながら「だからまぁ、今は図書館で宿題だ。我慢してくれたまえ。」なんて言ってあのいつものニカっとした顔で笑うもんだから、なんだか妙にドキドキしてしまった。
って、碧空はこういうの嫌なんだったな…
よし、忘れておくか。それにそもそも、おれらは友達なんだから。
なんて考えていると、いつも通りちょっとぼんやりしているように見えたみたいで碧空が手招きしてる。
「どうしたんだ?早く来たまえ。プールならこの上にあるんだし、夕方になってから留歌君も誘って行くとしようじゃないか。」
「ん…あ、あぁ…そうだな、そうするか!」
留歌が来られなかったのは残念だけど、後でいっぱい勉強したの見せて驚かすかな。
留歌が勉強してるってのにおれらだけ遊ぶのもなんか嫌だし。
それに、この先もずっと、留歌とおれと碧空と三人で一緒にいられるなら…
うん、おれにはそれだけで十分すぎるかな。
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