二次創作
〇〇しようね、芥川くん
リビングに、僕の自称飼い主が座り込んでいる。
彼女はくるくると指で何かを弄んでいる。…カッターか。
それで何をするつもりなのだろうか。彼女は自傷をするような性質ではない。ということは僕に?僕は未だ彼女から身体的な暴力を受けたことがない。だが彼女には些か精神の不安定な一面があるので、急に何かのスイッチが入ればやりかねない。
要するに、彼女は少し病的なのだと思う。
「…あ、芥川くん。げんきぃ」
此方を振り向く彼女の頰は仄かに紅潮し、語尾がふわりと溶ける。よく見れば彼女の側には麦酒の缶が置いてあった。酔っている。
「ご飯食べる?」
「…いえ」
普段の食事は問答無用で摂らせてくるから、質問されたことに驚いた。そうして、随分とこの奇妙な同居に馴染んでいる自分に気づき、尚更驚く。
「お腹空かないの、芥川くん」
彼女は僕にそう尋ね、僕の返事を待たずに、玩具にしていたカッターを僕の眼前につきつけた。子供が自分の宝物を自慢するように。
酔った女性にカッターを見せびらかされている。よく分からない状況だが、彼女が不可解なのはいつものことである。その掴めなさが、あの人に似ている。しかし、彼女は僕が太宰さんの面影を自分に見出すことが、とても気に入らないようだった。
「芥川くんも触る?私のカッター」
「いえ」
「えー」
何なのだ。触って欲しいのか。
目の先で鈍く光る刃の先に、指を当てた。つるりと冷たい感触が滑る、薄い。羅生門なら触れただけで指くらい落とせるのに、と思うのと同時に、外套を没収された悔しさが蘇る。物思いをしていると、不意にちくりと指先が痛んだ。朱線が細く流れている。彼女がカッターを僕の指に押し込んだのだ。押し込んだと言ってもほんの僅かで少しの擦り傷だったが、彼女に肉体的に傷つけられたのはこれが初めてだった。
「痛い?」
彼女の目はとろりと垂れながら、どこか据わっている。
「はい」
この程度の傷で痛いと言うようなら今まで生きてはいないが、彼女が望んでいそうな答えを返した。案の定、彼女は一瞬嬉しそうな目をする、が。
「ごめんね」
謝るその声は、嬉しさが滲むものの、確かに罪悪感があった。この人はこういう矛盾を内包している。死にたくないと泣きながら、また心のどこかでは嬉々として自殺するような。あの人とはまた違った面妖さ。
「ふふ」
彼女が笑っている。奇妙な顔をしている。泣きそうな、嬉しそうな。この部屋の居心地はひどく悪く、それでいて、ここより安心する場所などないような気さえする。自分の中の理解できない部分を優しく引き出されたような気分で、僕は彼女の顔を眺めていた。
彼女はくるくると指で何かを弄んでいる。…カッターか。
それで何をするつもりなのだろうか。彼女は自傷をするような性質ではない。ということは僕に?僕は未だ彼女から身体的な暴力を受けたことがない。だが彼女には些か精神の不安定な一面があるので、急に何かのスイッチが入ればやりかねない。
要するに、彼女は少し病的なのだと思う。
「…あ、芥川くん。げんきぃ」
此方を振り向く彼女の頰は仄かに紅潮し、語尾がふわりと溶ける。よく見れば彼女の側には麦酒の缶が置いてあった。酔っている。
「ご飯食べる?」
「…いえ」
普段の食事は問答無用で摂らせてくるから、質問されたことに驚いた。そうして、随分とこの奇妙な同居に馴染んでいる自分に気づき、尚更驚く。
「お腹空かないの、芥川くん」
彼女は僕にそう尋ね、僕の返事を待たずに、玩具にしていたカッターを僕の眼前につきつけた。子供が自分の宝物を自慢するように。
酔った女性にカッターを見せびらかされている。よく分からない状況だが、彼女が不可解なのはいつものことである。その掴めなさが、あの人に似ている。しかし、彼女は僕が太宰さんの面影を自分に見出すことが、とても気に入らないようだった。
「芥川くんも触る?私のカッター」
「いえ」
「えー」
何なのだ。触って欲しいのか。
目の先で鈍く光る刃の先に、指を当てた。つるりと冷たい感触が滑る、薄い。羅生門なら触れただけで指くらい落とせるのに、と思うのと同時に、外套を没収された悔しさが蘇る。物思いをしていると、不意にちくりと指先が痛んだ。朱線が細く流れている。彼女がカッターを僕の指に押し込んだのだ。押し込んだと言ってもほんの僅かで少しの擦り傷だったが、彼女に肉体的に傷つけられたのはこれが初めてだった。
「痛い?」
彼女の目はとろりと垂れながら、どこか据わっている。
「はい」
この程度の傷で痛いと言うようなら今まで生きてはいないが、彼女が望んでいそうな答えを返した。案の定、彼女は一瞬嬉しそうな目をする、が。
「ごめんね」
謝るその声は、嬉しさが滲むものの、確かに罪悪感があった。この人はこういう矛盾を内包している。死にたくないと泣きながら、また心のどこかでは嬉々として自殺するような。あの人とはまた違った面妖さ。
「ふふ」
彼女が笑っている。奇妙な顔をしている。泣きそうな、嬉しそうな。この部屋の居心地はひどく悪く、それでいて、ここより安心する場所などないような気さえする。自分の中の理解できない部分を優しく引き出されたような気分で、僕は彼女の顔を眺めていた。