「ごめんなさい、離していただけますか？」
「どうしてそんなことを言うのですか！」

私がやんわりとそう言うと、男性は悲痛な面持ちで叫んだ。
ええ...。
どうして、と言われましても。(呆)
私が困っている間に、男性の中でどんどん話が進んでいく。

「はっ！もしかして、アランに脅されているのだな！可哀想に、運命の相手の俺と引き離されるなんて」

どうしよう、そもそもこの人は誰？
いつまでも腕を離してくれないし、掴まれている部分がちょっと痛い。
男性はまだ話し続けている。

「そんな男が弟などとは信じたくないが...。仕方ない。これが最後の命令だ、アラン！その美しい女神を解放しろ！」

本当に何を言っているの？信じられない！
この人がアランのお兄さんなの？そうだとして、どうしてこの人にそんなことを命令されなければならないの？

抗議をしようと口を開きかけたところに、アランの声が被さってきた。

「その命令には従えない」

まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしていなかったのか、男性はぽかんと間抜けな顔をした。
だがすぐに顔を真っ赤に染める。

「馬鹿者！お前ごときがしゃしゃるなよ！！お前がこの人を幸せにできるわけないだろう！」

男性は勢いよくまくし立て、さらに言葉を続けた。

「お前に何か一つでも俺に勝てるものはあるのか！？無いだろう！？お前は昔からずっとそうだ！！俺を引き立てるためだけに生まれてきたんだよ！！」


信じられない。最低だ。
アランが何か言い返すだろうと思っていたが、アランは一向に口を開く気配がない。
どうして？まさか、この人が言っていることを本気にしているの？

男性はアランが何も言わないことに気をよくしたのか、また話し出した。

「はっはっは！！結局、何も言えないじゃないか！！無様だなぁ、好いた女にこんなに情けない姿を晒して！この、勘違い野郎！はっはっはっは！」


ぶちっと、私の中で何かが切れた。

「勘違い野郎はあんたでしょう」

自分でも驚くほどに冷たい声が出た。
でも話すことは止めない。

「あんたに勝てるもの？そんなの数えきれないほどあるわ。
　優しくて、強くて、格好よくて、可愛くて、人望があって、頼りがいだってある」

アランが聞いているのに、私は何てことを言っているんだろう。

「あんたが私を幸せにできるとでも？人のことを、自分の弟のことを、貶す奴に幸せにされるというの？舐めないで。私はそんなに安い女じゃない」

ああ、口が一向に閉まってくれない。
まあいっか。

「私はアランの妻で、アランは私の夫よ。アランへの冒涜は私への冒涜。分かったならさっさと去りなさい！」

私の最後のセリフで、男は待ってましたと言わんばかりによたよたと情けなく去っていった。
私は普段使わないような言葉を一気にまくし立てたせいか、ぜぇはぁと息が切れていた。

「ルカ......」

後ろから声をかけられてハッとする。

「アラン...」

こんな野蛮な女だったのかと、幻滅しただろうか。
アランとは目が合わない。
私は急に不安な気持ちに襲われた。

「...ルカが俺のために怒ってくれて、嬉しかった」

それなら何故そんなに暗い顔をしているの？

「......やっぱり俺は情けない。あんなことを言われて、ルカが戦っているのに、俺は何もできずに見ているだけだった」
「そんな...」

そんなことない。アランは何も悪くないよ。
あんな酷いことを目の前で言われて、言い返せる人なんてそうそういない。

「ごめん。俺、やっぱり、ルカの夫には相応しくない。だから、」
「待って！それ以上は言わないで！」

続きの言葉は聞きたくない。

「人間なんだから、できないことなんて沢山あるよ。私だってそう。でも、それを補いあって助け合うのが夫婦でしょう？」
「...夫婦......」

面食らったような顔をしてそう呟くアランの顔が、段々赤く染まっていく。
ちょっと待ってよ、私まで恥ずかしくなってきちゃったじゃん！

「そうか、俺たちは夫婦なのか」

何やらぶつぶつ言っているけど、アラン、少しずつこっちに来ないでもらってよろしいですか？
...嫌な予感がするけど、まさか.........


唇に、何かが触れた。