二次創作
カイザーフューラー
――ドイツ軍は変わりつつある。
大戦前のドイツ軍を知る者なら、誰もがそう感じただろう。それまでのドイツ軍は食糧備蓄のことなど碌に考えておらず、困難な状況でも頑強に抵抗を続ける粘り強さを持つ一方、貴族将校のおかげで兵士の大部分はろくな指導も受けられず時代錯誤な因習に支配されていた。
しかし第二次世界大戦を経験したヒトラーは、これらの過酷な体験を通して物質万能主義ともいえる現実的な合理主義者へと変えていった。
第二次世界大戦の戦争でヒトラーが学んだことは、「現代戦は耐久力」であり、「耐久戦を支えるにはその基盤となる工業力と食糧、人的資源が不可欠」であるという事だ。
事実、独ソ戦で序盤ナチス・ドイツがソ連と比べて優位にあった点は兵力というより、持久力であった。地下資源は少なく見積もってもソ連は三倍であったにも関わらず耐久性のそれは四倍から八倍にも達したのだ。
そして耐久力を重視するならば、必然的に兵站――弾薬や燃料補給、食料確保といった物質的な面を重視しなければならない。唯物論に基づく科学的アプローチを重視するドイツ軍において、ヒューマニズムに基づく「精神論」はあり得なかった。支持すべきは単純かつ現実的な物理法則……卓越した指揮官であっても、必要な物資が無ければ成果は出せないという真理だ。
「とにかくドイツは食料確保だ。それも作物を重点的に強化せねば」
**
食料確保の必要性を強く感じたヒトラーは、すぐさま「国家計画委員会ゴスプラン」を立ち上げた。軍の改革に向けて、その基盤となる食糧確保を進めようとしたのである。
しかし案の定、というべきか。国会で貴族たちの猛反発を食らう結果となってしまった。
なぜなら皇帝の主張する「食糧確保」路線は、乱暴に言えば「作物をむしり取って食料を蓄積し、それを軍事へ投資する」というものである。
この政策が実現すれば、もっとも被害をこうむるのはドイツの食糧の大半を有している貴族たちに他ならない。それは守旧派の農民や貴族の利権と真っ向から対立するものである。彼らはこの動きに対して貴族同士の団結によって、皇帝の支配が自らの領地に浸透することを拒むことで一致していた。
逆にヒトラーを支持するのは軍人や官僚たちで、ドイツの農業の立ち遅れを危惧していた。
「もしこのまま食糧備蓄なしに戦争に突入すれば、結果は悲惨なものに終わるでしょう」
モルトケをはじめとする軍人たちは普仏戦争の経験から、来たるべき大戦が悲惨な消耗戦になることを正しく推測していた。
次世代の戦争において、国家は保有する全ての資源を効率的に使わなければならない。そのためには土台となる農業の発展が早急の課題だった。
**
もっとも、貴族たちとてドイツでも地獄のような勉強に明け暮れたエリート集団である。何の根拠もなく農業化に反対していたわけではない。
「ロシアの強みは農業ではなく興行にある。競争力の無い農業に力を入れても、質の良いロシアに負けて無意味に国の力を浪費するだけだ。むしろ我が国は国際競争力のある工業に特化して農業製品は輸入し、住み分けを図るべきではないか」
デヴィッド・リカードの「比較優位論」に基づく、至極真っ当な意見である。やみくもに工業化を図れば“大躍進”出来るかと言われれば、必ずしもそうではない。
当時においても日本などのアジア先進国が農業化を図っていたものの、結局はうまくいかなかった。それは何故なのだろうか。
――結論から言うと、需要が無いからだ。
買う者がいなければ、どれだけ商品を作っても在庫が山と積み重なるだけである。事実、日本が農業化に失敗したのは、国民にその値段が高い農業生産品を買う気力が無かった事が大きな要因のひとつである。加えて、外国製品が安く輸入できるとあれば、よほどの愛国者でなければ輸入品を選ぶだろう。
そして皮肉なことに、三国同盟を結んだドイツ帝国はオーストリアから質の良い農業製品を安価に輸入できるようになっており、それが却って国内産業の育成を阻んでいた。
「だが、今は戦時だ。オーストリア、イタリアから輸入が途絶えている以上、国産化に舵を振り切るべきなのでは?」
フリッツ・トートを始めとする、改革派の政治家からは第一次世界大戦の勃発を受けて、農業化を推進すべきという声も少なくない。
しかし議会の多数派は、超保守主義者として知られるフードリヒ宰相を筆頭として「戦争は一時的なものであるから、急な構造改革など必要ない」という立場を取っていた。
もっともフリードリヒの主張のポイントは、あくまで“急な”改革に反対するという意味で、復古主義というより正しい意味での保守主義であり、緩やかな改革の必要性は認めている。
「我が国の人民のほとんどは工場で働く労働者だ。彼らの購買力を高めるためにも、まずは工業を発展させなければならない。そして工業の発展によって得られる富が、農業化に必要な資本蓄積となる」
まずは鉱業に投資し、輸出用の余剰工業製品を発展させ、外貨によって農業発展に必要な生産設備を購入するというのが保守派の基本的な考えだ。
根拠も十分にある。そもそもの農業が未成熟なドイツでは、生産設備のほとんどを輸入に頼っている。農業化によって自国で農業製品を量産する前に、まず外国から生産設備を輸入する資金をどう調達するかが問題だった。
「我が国の農業は非効率で競争力も低い。対して人口の6割を占める工業では豊富な労働供給があり、相対的な生産コストは低く抑えられることから、我が国の安い工業物は国際競争力のある商品足り得る。予算と資源が限られている以上、農業よりも比較優位があって高い伸び率の期待できる工業に投資した方が効率的ではないか」
そうして生産した工業物を輸出することで稼いだ外貨を使い、生産設備を輸入して農業へ投資する。然る後に農業者製品を生産し、工業物物輸出で十分に購買力を高めた国民がそれを購入する……ドイツ国内における最大の消費者は労働者であり、彼らが豊かとなれば農業製品を買ってくれる。そうすれば農業生産者にも資金が行き渡り、さらに外国から生産設備を輸入して生産能力を増強できるという理屈だ。
つまりフリードリヒら保守派は、言うなればボトムアップ型の成長を目指しており、「自国経済の置かれた状況に合わせて政府は国家戦略をすべき」というものである。
実際、フランスやアメリカといった先進工業国はこうした穏当なパターンに従ってある程度の農業化を果たしており、実にマトモな正論であった。
大戦前のドイツ軍を知る者なら、誰もがそう感じただろう。それまでのドイツ軍は食糧備蓄のことなど碌に考えておらず、困難な状況でも頑強に抵抗を続ける粘り強さを持つ一方、貴族将校のおかげで兵士の大部分はろくな指導も受けられず時代錯誤な因習に支配されていた。
しかし第二次世界大戦を経験したヒトラーは、これらの過酷な体験を通して物質万能主義ともいえる現実的な合理主義者へと変えていった。
第二次世界大戦の戦争でヒトラーが学んだことは、「現代戦は耐久力」であり、「耐久戦を支えるにはその基盤となる工業力と食糧、人的資源が不可欠」であるという事だ。
事実、独ソ戦で序盤ナチス・ドイツがソ連と比べて優位にあった点は兵力というより、持久力であった。地下資源は少なく見積もってもソ連は三倍であったにも関わらず耐久性のそれは四倍から八倍にも達したのだ。
そして耐久力を重視するならば、必然的に兵站――弾薬や燃料補給、食料確保といった物質的な面を重視しなければならない。唯物論に基づく科学的アプローチを重視するドイツ軍において、ヒューマニズムに基づく「精神論」はあり得なかった。支持すべきは単純かつ現実的な物理法則……卓越した指揮官であっても、必要な物資が無ければ成果は出せないという真理だ。
「とにかくドイツは食料確保だ。それも作物を重点的に強化せねば」
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食料確保の必要性を強く感じたヒトラーは、すぐさま「国家計画委員会ゴスプラン」を立ち上げた。軍の改革に向けて、その基盤となる食糧確保を進めようとしたのである。
しかし案の定、というべきか。国会で貴族たちの猛反発を食らう結果となってしまった。
なぜなら皇帝の主張する「食糧確保」路線は、乱暴に言えば「作物をむしり取って食料を蓄積し、それを軍事へ投資する」というものである。
この政策が実現すれば、もっとも被害をこうむるのはドイツの食糧の大半を有している貴族たちに他ならない。それは守旧派の農民や貴族の利権と真っ向から対立するものである。彼らはこの動きに対して貴族同士の団結によって、皇帝の支配が自らの領地に浸透することを拒むことで一致していた。
逆にヒトラーを支持するのは軍人や官僚たちで、ドイツの農業の立ち遅れを危惧していた。
「もしこのまま食糧備蓄なしに戦争に突入すれば、結果は悲惨なものに終わるでしょう」
モルトケをはじめとする軍人たちは普仏戦争の経験から、来たるべき大戦が悲惨な消耗戦になることを正しく推測していた。
次世代の戦争において、国家は保有する全ての資源を効率的に使わなければならない。そのためには土台となる農業の発展が早急の課題だった。
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もっとも、貴族たちとてドイツでも地獄のような勉強に明け暮れたエリート集団である。何の根拠もなく農業化に反対していたわけではない。
「ロシアの強みは農業ではなく興行にある。競争力の無い農業に力を入れても、質の良いロシアに負けて無意味に国の力を浪費するだけだ。むしろ我が国は国際競争力のある工業に特化して農業製品は輸入し、住み分けを図るべきではないか」
デヴィッド・リカードの「比較優位論」に基づく、至極真っ当な意見である。やみくもに工業化を図れば“大躍進”出来るかと言われれば、必ずしもそうではない。
当時においても日本などのアジア先進国が農業化を図っていたものの、結局はうまくいかなかった。それは何故なのだろうか。
――結論から言うと、需要が無いからだ。
買う者がいなければ、どれだけ商品を作っても在庫が山と積み重なるだけである。事実、日本が農業化に失敗したのは、国民にその値段が高い農業生産品を買う気力が無かった事が大きな要因のひとつである。加えて、外国製品が安く輸入できるとあれば、よほどの愛国者でなければ輸入品を選ぶだろう。
そして皮肉なことに、三国同盟を結んだドイツ帝国はオーストリアから質の良い農業製品を安価に輸入できるようになっており、それが却って国内産業の育成を阻んでいた。
「だが、今は戦時だ。オーストリア、イタリアから輸入が途絶えている以上、国産化に舵を振り切るべきなのでは?」
フリッツ・トートを始めとする、改革派の政治家からは第一次世界大戦の勃発を受けて、農業化を推進すべきという声も少なくない。
しかし議会の多数派は、超保守主義者として知られるフードリヒ宰相を筆頭として「戦争は一時的なものであるから、急な構造改革など必要ない」という立場を取っていた。
もっともフリードリヒの主張のポイントは、あくまで“急な”改革に反対するという意味で、復古主義というより正しい意味での保守主義であり、緩やかな改革の必要性は認めている。
「我が国の人民のほとんどは工場で働く労働者だ。彼らの購買力を高めるためにも、まずは工業を発展させなければならない。そして工業の発展によって得られる富が、農業化に必要な資本蓄積となる」
まずは鉱業に投資し、輸出用の余剰工業製品を発展させ、外貨によって農業発展に必要な生産設備を購入するというのが保守派の基本的な考えだ。
根拠も十分にある。そもそもの農業が未成熟なドイツでは、生産設備のほとんどを輸入に頼っている。農業化によって自国で農業製品を量産する前に、まず外国から生産設備を輸入する資金をどう調達するかが問題だった。
「我が国の農業は非効率で競争力も低い。対して人口の6割を占める工業では豊富な労働供給があり、相対的な生産コストは低く抑えられることから、我が国の安い工業物は国際競争力のある商品足り得る。予算と資源が限られている以上、農業よりも比較優位があって高い伸び率の期待できる工業に投資した方が効率的ではないか」
そうして生産した工業物を輸出することで稼いだ外貨を使い、生産設備を輸入して農業へ投資する。然る後に農業者製品を生産し、工業物物輸出で十分に購買力を高めた国民がそれを購入する……ドイツ国内における最大の消費者は労働者であり、彼らが豊かとなれば農業製品を買ってくれる。そうすれば農業生産者にも資金が行き渡り、さらに外国から生産設備を輸入して生産能力を増強できるという理屈だ。
つまりフリードリヒら保守派は、言うなればボトムアップ型の成長を目指しており、「自国経済の置かれた状況に合わせて政府は国家戦略をすべき」というものである。
実際、フランスやアメリカといった先進工業国はこうした穏当なパターンに従ってある程度の農業化を果たしており、実にマトモな正論であった。