千景さんも普通の人間だったんですね。
目覚ましがなる。
平日。
今日は金曜日。
今日の仕事が終わったらその瞬間から三連休開始だ。
最近は繁忙期というもので、日が変わっての帰宅も多かった。
それはようやく昨日片付いているし、少しは気が抜けるようになった。
至は目覚ましを止める。
「あー。今日頑張れば休みー...」
至は布団から体を起こし伸びをする。
向かいの布団の主はまだ布団に入っている。
(?
珍しい。
千景さんが俺より後に起きるなんて。)
そんなことを思いながら、とりあえず顔を洗ってくる事にする。
戻ってきたら声、かけよう。と至は部屋を出る。
スウェット姿で廊下を歩く。
朝早いこともあって廊下もとても冷えている。
「さっむ。」
洗面所まで急いで顔を洗い歯を磨く。
既に臣やランニング組、左京は起きていて、リビングからは話し声がする。
リビングには着替えてから行こう、と部屋に真っ直ぐ戻る。
部屋に戻っても千景が布団から起き上がる様子が無い。
本当に珍しいこともあるもんだな...と、千景のベットの梯子をのぼり、千景に声をかける。
「千景さーん。
朝ですよ?
いつもより寝坊助さんですよー。
おきてー。」
千景をゆする。
「...ん。...うぅん。」
寝返りを打って、千景の顔が至の方を向く。
あれ...?顔...赤い?
いつもと様子が違う千景に驚いて至は内心動揺する。
「千景さん、おでこ、触りますよ?」
一声掛けてから至は千景の額に手を当てる。
じわじわと熱が伝わってくる。
確実に発熱している。
「...冷たい。」
千景が目を開ける。
でもやはり熱のせいかいつもよりボーっとしていて、直ぐに目を閉じてしまう。
「千景さん、今日はお仕事お休みしましょ。
確か千景さんの所も昨日まででしたよね、忙しかったの。」
至は手のひらが熱で温まってしまったから、とりあえず手の甲を今度は当ててみる。
「...そうだ、仕事...」
無理やり起き上がろうとして千景はふらつく。
「こんな状態じゃいけないでしょ?
今日は休んでください。
起きちゃダーメ。ね?
会社に連絡出来ますか?
俺、しましょうか?」
ふらつく千景に至は言う。
「大丈夫だよ。
薬、飲めば。
薬飲んだら会社に行ける。」
千景はさっきよりは目が覚めて、意識がはっきりしてきたのか、メガネをかけベットから起き上がり、至をどかして洗面所に向かおうとする。
「え?ちょっと千景さん。
そんな状態じゃ無理ですって!
ダメ。
会社にどうやって行くんですか!
聞いてます!?」
至は部屋を出ようとする千景を必死で止めようと腕を引く。
「大丈夫だから、離して。」
千景は至の手を振りほどこうとする。
が、振りほどけない。
普段であれば、いとも簡単に振りほどくのに、今はその力もない。
「ちょっと千景さん!」
「大丈夫だって!」
熱のせいで余裕が無いのかいつもよりも千景から大きな声が出る。
「おい、どうした?
お前らいつもより遅いけど大丈夫か?」
部屋がノックされ、たまたま2人の声を聞きつけた左京がやってくる。
千景は盛大に舌打ちをし、ようやく至の手をふりほどいた。
「左京さん!
ちょっと入ってもらっていいですか!」
至はいつもよりも力が無いとはいえ、1人では千景を止められないと判断をし、左京に声をかける。
「?
邪魔するぞ。」
左京が部屋に入る。
「...で?何だこの状況。」
左京の目に入ったのはまだ部屋着姿の千景と、スーツには着替えているが、支度が中途半端な至。
その至は何故か千景の腕にしがみつく形だ。
「あ?
...卯木お前体調悪いか?」
2人の様子を見て左京は直ぐに千景の様子がいつもと違うことに気づいた。
千景はぷいっと目をそらす。
「はぁ。デコ出せデコ。」
そう言って左京は千景の額に手を当てる。
さっき、至がとった行動と同じことをする。
「...あちぃな。
卯木今日は休め。
そんなんじゃ会社でも使い物になんねーだろ。
社会人、人様に迷惑かけるな。
自分の体調は自分で管理しろ。
会社で無理してぶっ倒れるのが目に見えてるぞ。」
左京が言う。
「...薬、飲んで熱下がれば行けます。
こんぐらいで倒れないです。」
千景は少しムッとした顔で言う。
「卯木。
休め。
薬で誤魔化そうとするな。」
左京はそう言って千景の頭をクシャっと撫でる。
その瞬間、千景の足からフッと、力が抜ける。
「おっと。」
そう言って左京が千景を受け止める。
「茅ヶ崎、会社に連絡してくれ。
お前はどうするんだ?
会社行くなら遅れるぞ。
俺は今日は寮にいるから卯木についてられるぞ。」
左京は千景を一旦ソファに横にさせる。
「...とりあえず、俺は会社に行きます。
左京さん、お願いしていいですか。」
至は左京に頭を下げる。
「おぅ。そうしろそうしろ。
あ、会社行く前に伏見に声掛けてくれ。
卯木が体調悪いって。
んじゃ、気をつけて行ってこいよ。」
左京は至を送り出した。
「...すみません。
迷惑をかけて。」
千景は左京に言う。
「お前は頑張りすぎなんだよ。
...お前は春組では年長者だが、俺にしてみたらまだまだ若い。
お前の性格上、人にに頼るのは苦手だろうが、寮の年長者に少しは甘えろ。」
左京もソファに腰掛ける。
「...さっき、人様に迷惑かけるなって言ったじゃないですか。」
千景は言う。
千景のセリフに左京はキョトンとし、その後、穏やかに笑う。
「ばーか。
人様ってのは、会社だ。
こういう時は身内に甘えろって言ってんだ。
お前の身内は沢山いるだろう。」
そう言ってまた、千景の頭を撫でる。
「身内...ですか。
寮に入って、身内が、増えました。」
千景は、左京の手が冷たくて気持ちがいいのか、目を閉じる。
「...身内が増えるのはいいことじゃねぇか。」
左京はとても穏やかに話す。
「...はい。俺は、そういうの、よく分からなかったけど、ここに来たら、みんなが普通に家族をしてて...驚いた。
不思議です。」
熱でボーっとしているからか、普段話さないようなことを千景は話す。
「ここはお前の家で、みんなお前の家族だ。
安心して寝ろ。
...布団下に下ろすか?」
千景は左京の問いに頷く。
そして左京は千景の布団を上から下ろしてソファの下に手早くセットする。
「ほら、布団敷いたから、布団で寝ろ。
俺は一旦体温計と冷やすもの持ってくるから。
...ちゃんと寝とけよ。」
そう言って左京は部屋を出る。
千景は大人しく布団に入る。
体が熱い。
熱を出したのは...いつぶりだろう。
その時はまだ組織の仕事を主にやっていた。
...そうだ、あれは、オーガストが死んで、ディセンバーも行方不明で、多分生きてはいないだろう、と言われた時だ。
情報収集を必死にして相手を探るために接近して。
その時は熱があったけど、薬を飲んで誤魔化した。
熱のせいで朦朧ともしてきたし、吐き気も凄かったけど、弱っている所を見せてはいけないから、表面上は涼しい顔をしていた。
あの時は...1人だった。
ヒュっ。
千景は息の吸い方を誤った。
「ゲホっゲホっ...ゲホ!」
息を吸っても吸っても入ってこない。
酸素を求めて呼吸をするが、上手くいかない。
過呼吸だ。
「卯木入るぞー。
...卯木!」
体温計や、冷やすものを取りに行っていた左京が戻ってくる。
ドアを開けた瞬間、過呼吸を、起こしている千景を見つけて、駆け寄ってくる。
「ハッハッハッ...!」
苦しそうに息をする千景に背中を左京がさする。
「卯木。
卯木ー。
落ち着け。大丈夫だ。
ゆーっくり息をしような。
ほら、吸ってーはいてー。」
普段よりグッと優しい声色で千景に話しかけながら、左京は呼吸を促し背中をなで続ける。
「卯木。
大丈夫。ちゃんとそばに居るぞ。
みんな、一緒だ。」
荒い息の千景はコクコクと頷く。
泣きたい訳では無いのに、苦しさに生理的に涙で視界が滲む。
「いい子だ。
上手だ。
もっと深く息を吸って。吐いて。」
徐々に千景の呼吸が整ってくる。
1度は真っ青だった千景の顔も赤見が戻ってきた。
「さ、きょ...さん。
も、だいじょ...ぶ、です。」
千景はなんとか言葉を紡ぐ。
「全然大丈夫じゃないだろう。
まだダメだ。
呼吸が少し整ったぐらいだ。
ほら。熱、計れ。」
千景は左京に言われた通り熱を計る。
その間に左京は千景の額冷却シートを貼る。
「冷たい。」
千景は文句を言う。
「仕方ないだろ。
熱あるんだから。
お、ほら、体温計なった。見せてみろ。
...ってお前。38.7って。
病院行くぞ。」
左京は千景の体温を見て驚く。
「病院、いやだ。」
「ダメだ。
こんなに高いんだ。
診察してもらって薬をもらってこよう。」
熱のせいか、いつもは言わないわがままを言う千景に、左京は内心微笑ましく思う。
もっと普段から頼ってくれればいいのに、と思っていた分、今のわがままを言ってムスッとしている千景は、完璧に気を許してくれていると思うと、不謹慎ではあるが、少し、嬉しく思う。
「とりあえず予約取るから。
ほら、水分取って、今は横になっておけ。」
そう言って左京は病院の予約を取りだした。
普段は、春組で誰かが体調を崩すと、千景と至が世話を焼いて病院に連れていく。
それを今は自分がされている、と思うと、千景は何故か落ち着かない気持ちになる。
「意外とあっさり予約取れたからもう病院向かうぞ。
着替えるのもつらいだろ。
その格好でいくぞ。」
左京は言うが、流石に着替えたいと申し出て千景は着替える。
左京はその間に車の準備をしてくる、と言って部屋を出る。
確か、自分が体調を崩すと、いつもオーガストがとんでもなく世話を焼いてきたな。と、千景は思い出す。
そして、先ほどまでの左京さんを思い出して、ふっと笑う。
「ふふ。
一番厳しそうに見えて、実は一番みんなを心配してくれるんだから。」
本当、MANKAIカンパニーの父だな。なんて思っていると、ドアが叩かれる。
「卯木大丈夫か?
着替えたか?
病院行くぞ。
暖かい格好したか?」
過保護だな。左京の声を聞きながら思ったが、それは全く嫌な気持ちでは無いし、何となく嬉しい。
「準備、出来ました。」
千景がドアを開けると、着込んでるのを確認し、よし、と言い、
「よし、運ぶぞ」
と言って、一緒に連れてきていた臣におぶるよう言う。
さすがに、これは予想外で、千景は拒否する。
「いや、さすがに大丈夫です。」
「ふざけんな。
フラフラだろう。
拒否するなら伏見に姫抱っこさせるぞ。」
「ほら、千景さん、車行きますよ。」
...秋組の父母...いや、MANKAIカンパニーの父母、強いな。
熱で歩くのもしんどいし、もう、抵抗するのも面倒だ...
と諦めの境地で、千景は臣におぶさる。
「ごめんね、臣」
千景が言うと臣は笑う。
「いえいえ。
普段からもっと頼ってくれていいんですよ。」
臣は千景をおぶりながら車へ向かう。
そして左京の車の助手席に乗せて、シートを可能な限り倒し、ブランケットまでかけてくれる。
車は既にエンジンがかかっていて、車内も暖かい。
加湿器もきいていて、いつ吐く事態が起こっても大丈夫なよう、袋まで準備されてある。
「ほら、いくぞ。
着いてから歩けるか?」
「俺もついて行きますよ」
父と母に付き添われるなんて、子供じゃないか。
「大丈夫。ありがとう。
歩けます。」
外でおんぶは恥ずかしい。
歩けるかどうかは置いておいてそこはどうにか阻止したい。
「ほんとか?」
「大丈夫ですか?」
2人とも心配してくれているが、そこは、大丈夫と言わなければ確実におんぶだ。
「大丈夫だよ。」
弱々しいながらも返事をする。
「まぁ、そう言うなら、車出すぞ。」
そう言って左京は運転席に乗りこむ。
「気をつけて行ってきてくださいね?
何かあったら連絡ください。
バイクで行くんで。」
「ああ、行ってくる。」
左京の運転はいつも丁寧だが、今日はいつも以上に丁寧で、千景は車でウトウトする。
「卯木、ついたぞ。
...熱やっぱり上がってるな。
動けるか?」
いつの間にか病院に付いていて、左京が助手席に回ってきていた。
突然の覚醒で、頭がボーっとする。
千景の様子を見て左京が頭を撫でる。
「無理に起きるな。
受付だけ済ませてくるから、ここで少し寝ててくれ。」
そしてドアを閉めて病院内に向かった。
目を閉じているとグルグルと目が回る。
今まで熱が上がった時、どう過ごしていたっけ。
弱っている時は潜んで体力の回復を待つんだ。そう教えられたけど、もう、潜むことは出来ないし。
ダメだ。頭が働かない。
グルグル目が回って、...気持ち悪い。
「うぇ...っ」
咄嗟の吐き気に、左京が用意してくれていた袋を手に取る。
「うっ。うぇぇっ。げほっ。」
昨夜から食べ物を胃に入れていないことに気づく。
胃は空っぽで、水分補給のために飲んだ液体しか出てこない。
胃液まで出てきて、口の中が気持ち悪い。
水も持ってきてくれていてたすかった。
千景は口をゆすぐが、口にものが入ることがもう気持ちが悪くて、余計に吐いてしまう。
「卯木!
悪いな、時間かかって。
受付が混んでいた。」
左京が走って戻ってくる。
その後に続いて看護師も数名ついてきている。
「卯木大丈夫か?
とりあえず、病院内で横になれる場所あるから、行こう。
看護師さん達が担架運んできてくれたから、担架には移れるか?」
左京が言うので、とりあえず頷く。
「左京さん、袋、まだありますか。」
まだ気持ちが悪いため、袋を確認する。
「こっちで用意があるので大丈夫ですよ。
吐いたものも預かりますね。」
そう言って1人の看護師が、千景が吐いた袋を回収し、他の看護師が担架をすぐ側まで運んでくる。
「卯木、動かすぞ。」
左京が千景を担架に乗せる。
千景が乗ったことを確認すると看護師達が担架を押し、病院内に入る。
ガラガラと廊下を走る。
直ぐに空いている処置室に入れてくれたので、対して人に見られることは無かった。
「気持ち悪くなったらこれに吐いちゃって大丈夫ですからね。
先生もすぐ来ます。
もう少し待ってくださいね。」
看護師はそう言って部屋を出ていった。
その後、すぐに医者が来て診察をしてくれたが、疲れている時に風邪を貰って、すぐに処置しなかったから悪化した、との事だった。
やはり、ここしばらく続いていた繁忙期のせいか。
まさか普通の仕事で倒れるなんて。
とりあえず、解熱剤と吐き気止めの点滴を打ってくれることになった。
点滴をすることは廊下で待っていた左京にも伝えられ、左京も処置室で待つことになった。
「あ、左京さん。ただの風邪ですって。
心配かけてすみません。」
点滴を打たれて横になっていた千景がヘラっと笑う。
「ただの風邪が、悪化した、だろう。
とりあえず点滴終わるまで目閉じて寝とけ。」
左京は千景のメガネを取って目をつぶらせる。
「...はい。」
そう言って目を閉じると、すぐに寝息が聞こえてきた。
点滴を打っただけとはいえ、薬で落ち着くだろう。
まだ若干苦しそうな呼吸をしているが、これでようやくゆっくり寝れるな。
左京はようやくほっとした。
「...どれ。茅ヶ崎には連絡してておくか」
そう言って左京は、至にLimeを送る。
《卯木は風邪が悪化した状態だ。
今天鵞絨病院で点滴をうっている。
点滴が終わったら帰れるそうだ。》
送ると直ぐに既読がついた。
《りょ。
とりあえず午後休もぎ取ったんで、これから帰ります。》
そして至の好きなゲームのキャラクターがダッシュしているスタンプが送られてくる。
こいつもほんっとうに家族大好きだな。
最初の頃の至を思い出して左京は笑う。
点滴が効いてきたのか千景の顔色はすっかり良くなり、苦しそうな寝息も聞こえない。
とにかくゆっくり寝てくれよ...と左京は思う。
なんだかんだ、103の2人は休む暇がないんじゃないかと思っていた。
演劇と会社。
2足のわらじと言うやつだ。
朝早くから夜遅くまで仕事。
休みの日は稽古。
至はなんだかんだ力の抜き所を知っている。
たまに間違えることもあるが。
千景は休むところも計算をして計画立てるから、常に頭がフル回転だ。
部屋に戻っても遅くまで仕事をしていることも多いと聞く。
サラリーマン、というものを左京は経験したことがないが、大変だろうと、容易に想像が着く。
「左京さん、いますか?」
病室のドアがノックされる。
「は?茅ヶ崎?なんでここに?」
今から帰りますスタンプからそんなに時間が経っていないのに、そこには至がいた。
「あ、良かった。
違ったらどうしようかと思った。」
ハハッと笑う至。
「早くないか?」
「あー、外回りから直帰です。
上司に千景さんのこと報告したら、上司が早く帰ってやれって。
一緒の寮に住んでるのは知ってる上司で。
そんで帰してくれました。」
そう言って入口にあった消毒を手につけて入ってくる。
「お、顔色戻ってきましたね。
よかったー。
朝はどうなる事かと思いましたよ。
左京さん、ありがとうございます。」
至はペコッと頭を下げる。
「別に何もしてない。
卯木もお前も少し周りを頼れ。
春組の年長者でも、寮では違うんだからな。」
千景にも同じ事を言ったが至にも言う。
こいつらには何度言っても足りない。
「ところでお前今日何で行ったんだ?
直帰できたって、車じゃないのか。」
「あー、こういう展開も考えてタクシーで行きました。
直帰していいって言われても車で行ったら会社に戻んなきゃだし。
ちなみにここまでもタクシーです。
割と近くにいたんで。」
至が話をしてると千景が目を開けた。
「...ち、が、さき??」
「はいはーい。
茅ヶ崎ですよ。
茅ヶ崎の至くんですよ。
上司が千景さん心配だから、早く帰れって帰してくれました。
点滴、効いたみたいですね。
よかった。」
至は千景の額を触り、ニコッと笑う。
「...うん。
ありがとうね。」
千景も笑う。
「左京さんもありがとうございます。
点滴効いたみたいでだいぶ良くなりました。」
点滴が丁度終わり、千景が起き上がる。
そこに看護師さんも来て、点滴を抜き、薬をくれた。
もう、帰っていい事になり、左京がお会計を済ませてくれ、3人で車に向かう。
「どうする?助手席で横になるか?
まだ、座るのしんどいだろ。
茅ヶ崎、騒ぐなよ、卯木寝かすから。」
そう言って左京は助手席をまた寝やすいように整える。
「はーい、お父さん。」
至は笑いながら左京の後ろの席に回る。
「...茅ヶ崎のお父さんは俺じゃないの?」
千景は本調子じゃないものの、ニヤニヤ笑う。
「えーっと...実父と、義理の父...?」
至は春組家系図を思い起こす。
「義理の父なら...シトロンのお父さんになるけど。」
千景も春組家系図を思い浮かべる。
「左京さんがシトロンのお父さん!!
ふふ、咲也たちのおじいちゃん増えましたね!」
至と千景は笑う。
「ほら、バカ言ってねぇで帰るぞ。
卯木は寝ろ!」
左京から怒られるのも日課だし、全く嫌いじゃないふたりはとても楽しそうだ。
「全く...」
口では小言を言う左京も満更では無さそうだ。
具合が悪くて、1人で耐えるしかないと思っていたが、、こんなにも自分の周りは暖かい、と千景は思う。
数年前、オーガストが死んで、ディセンバーを憎んで、自分の手で壊そうとした場所が、自分にとっての家族で、居場所になっている。
病院から帰って、綴やシトロン、咲也、真澄には、なんで風邪のことを言わなかったんだって怒られるけど、それでさえも、暖かくて愛おしい。
早く元気になって貴重な休み、家族と過ごしたいな。
と千景は思う。
平日。
今日は金曜日。
今日の仕事が終わったらその瞬間から三連休開始だ。
最近は繁忙期というもので、日が変わっての帰宅も多かった。
それはようやく昨日片付いているし、少しは気が抜けるようになった。
至は目覚ましを止める。
「あー。今日頑張れば休みー...」
至は布団から体を起こし伸びをする。
向かいの布団の主はまだ布団に入っている。
(?
珍しい。
千景さんが俺より後に起きるなんて。)
そんなことを思いながら、とりあえず顔を洗ってくる事にする。
戻ってきたら声、かけよう。と至は部屋を出る。
スウェット姿で廊下を歩く。
朝早いこともあって廊下もとても冷えている。
「さっむ。」
洗面所まで急いで顔を洗い歯を磨く。
既に臣やランニング組、左京は起きていて、リビングからは話し声がする。
リビングには着替えてから行こう、と部屋に真っ直ぐ戻る。
部屋に戻っても千景が布団から起き上がる様子が無い。
本当に珍しいこともあるもんだな...と、千景のベットの梯子をのぼり、千景に声をかける。
「千景さーん。
朝ですよ?
いつもより寝坊助さんですよー。
おきてー。」
千景をゆする。
「...ん。...うぅん。」
寝返りを打って、千景の顔が至の方を向く。
あれ...?顔...赤い?
いつもと様子が違う千景に驚いて至は内心動揺する。
「千景さん、おでこ、触りますよ?」
一声掛けてから至は千景の額に手を当てる。
じわじわと熱が伝わってくる。
確実に発熱している。
「...冷たい。」
千景が目を開ける。
でもやはり熱のせいかいつもよりボーっとしていて、直ぐに目を閉じてしまう。
「千景さん、今日はお仕事お休みしましょ。
確か千景さんの所も昨日まででしたよね、忙しかったの。」
至は手のひらが熱で温まってしまったから、とりあえず手の甲を今度は当ててみる。
「...そうだ、仕事...」
無理やり起き上がろうとして千景はふらつく。
「こんな状態じゃいけないでしょ?
今日は休んでください。
起きちゃダーメ。ね?
会社に連絡出来ますか?
俺、しましょうか?」
ふらつく千景に至は言う。
「大丈夫だよ。
薬、飲めば。
薬飲んだら会社に行ける。」
千景はさっきよりは目が覚めて、意識がはっきりしてきたのか、メガネをかけベットから起き上がり、至をどかして洗面所に向かおうとする。
「え?ちょっと千景さん。
そんな状態じゃ無理ですって!
ダメ。
会社にどうやって行くんですか!
聞いてます!?」
至は部屋を出ようとする千景を必死で止めようと腕を引く。
「大丈夫だから、離して。」
千景は至の手を振りほどこうとする。
が、振りほどけない。
普段であれば、いとも簡単に振りほどくのに、今はその力もない。
「ちょっと千景さん!」
「大丈夫だって!」
熱のせいで余裕が無いのかいつもよりも千景から大きな声が出る。
「おい、どうした?
お前らいつもより遅いけど大丈夫か?」
部屋がノックされ、たまたま2人の声を聞きつけた左京がやってくる。
千景は盛大に舌打ちをし、ようやく至の手をふりほどいた。
「左京さん!
ちょっと入ってもらっていいですか!」
至はいつもよりも力が無いとはいえ、1人では千景を止められないと判断をし、左京に声をかける。
「?
邪魔するぞ。」
左京が部屋に入る。
「...で?何だこの状況。」
左京の目に入ったのはまだ部屋着姿の千景と、スーツには着替えているが、支度が中途半端な至。
その至は何故か千景の腕にしがみつく形だ。
「あ?
...卯木お前体調悪いか?」
2人の様子を見て左京は直ぐに千景の様子がいつもと違うことに気づいた。
千景はぷいっと目をそらす。
「はぁ。デコ出せデコ。」
そう言って左京は千景の額に手を当てる。
さっき、至がとった行動と同じことをする。
「...あちぃな。
卯木今日は休め。
そんなんじゃ会社でも使い物になんねーだろ。
社会人、人様に迷惑かけるな。
自分の体調は自分で管理しろ。
会社で無理してぶっ倒れるのが目に見えてるぞ。」
左京が言う。
「...薬、飲んで熱下がれば行けます。
こんぐらいで倒れないです。」
千景は少しムッとした顔で言う。
「卯木。
休め。
薬で誤魔化そうとするな。」
左京はそう言って千景の頭をクシャっと撫でる。
その瞬間、千景の足からフッと、力が抜ける。
「おっと。」
そう言って左京が千景を受け止める。
「茅ヶ崎、会社に連絡してくれ。
お前はどうするんだ?
会社行くなら遅れるぞ。
俺は今日は寮にいるから卯木についてられるぞ。」
左京は千景を一旦ソファに横にさせる。
「...とりあえず、俺は会社に行きます。
左京さん、お願いしていいですか。」
至は左京に頭を下げる。
「おぅ。そうしろそうしろ。
あ、会社行く前に伏見に声掛けてくれ。
卯木が体調悪いって。
んじゃ、気をつけて行ってこいよ。」
左京は至を送り出した。
「...すみません。
迷惑をかけて。」
千景は左京に言う。
「お前は頑張りすぎなんだよ。
...お前は春組では年長者だが、俺にしてみたらまだまだ若い。
お前の性格上、人にに頼るのは苦手だろうが、寮の年長者に少しは甘えろ。」
左京もソファに腰掛ける。
「...さっき、人様に迷惑かけるなって言ったじゃないですか。」
千景は言う。
千景のセリフに左京はキョトンとし、その後、穏やかに笑う。
「ばーか。
人様ってのは、会社だ。
こういう時は身内に甘えろって言ってんだ。
お前の身内は沢山いるだろう。」
そう言ってまた、千景の頭を撫でる。
「身内...ですか。
寮に入って、身内が、増えました。」
千景は、左京の手が冷たくて気持ちがいいのか、目を閉じる。
「...身内が増えるのはいいことじゃねぇか。」
左京はとても穏やかに話す。
「...はい。俺は、そういうの、よく分からなかったけど、ここに来たら、みんなが普通に家族をしてて...驚いた。
不思議です。」
熱でボーっとしているからか、普段話さないようなことを千景は話す。
「ここはお前の家で、みんなお前の家族だ。
安心して寝ろ。
...布団下に下ろすか?」
千景は左京の問いに頷く。
そして左京は千景の布団を上から下ろしてソファの下に手早くセットする。
「ほら、布団敷いたから、布団で寝ろ。
俺は一旦体温計と冷やすもの持ってくるから。
...ちゃんと寝とけよ。」
そう言って左京は部屋を出る。
千景は大人しく布団に入る。
体が熱い。
熱を出したのは...いつぶりだろう。
その時はまだ組織の仕事を主にやっていた。
...そうだ、あれは、オーガストが死んで、ディセンバーも行方不明で、多分生きてはいないだろう、と言われた時だ。
情報収集を必死にして相手を探るために接近して。
その時は熱があったけど、薬を飲んで誤魔化した。
熱のせいで朦朧ともしてきたし、吐き気も凄かったけど、弱っている所を見せてはいけないから、表面上は涼しい顔をしていた。
あの時は...1人だった。
ヒュっ。
千景は息の吸い方を誤った。
「ゲホっゲホっ...ゲホ!」
息を吸っても吸っても入ってこない。
酸素を求めて呼吸をするが、上手くいかない。
過呼吸だ。
「卯木入るぞー。
...卯木!」
体温計や、冷やすものを取りに行っていた左京が戻ってくる。
ドアを開けた瞬間、過呼吸を、起こしている千景を見つけて、駆け寄ってくる。
「ハッハッハッ...!」
苦しそうに息をする千景に背中を左京がさする。
「卯木。
卯木ー。
落ち着け。大丈夫だ。
ゆーっくり息をしような。
ほら、吸ってーはいてー。」
普段よりグッと優しい声色で千景に話しかけながら、左京は呼吸を促し背中をなで続ける。
「卯木。
大丈夫。ちゃんとそばに居るぞ。
みんな、一緒だ。」
荒い息の千景はコクコクと頷く。
泣きたい訳では無いのに、苦しさに生理的に涙で視界が滲む。
「いい子だ。
上手だ。
もっと深く息を吸って。吐いて。」
徐々に千景の呼吸が整ってくる。
1度は真っ青だった千景の顔も赤見が戻ってきた。
「さ、きょ...さん。
も、だいじょ...ぶ、です。」
千景はなんとか言葉を紡ぐ。
「全然大丈夫じゃないだろう。
まだダメだ。
呼吸が少し整ったぐらいだ。
ほら。熱、計れ。」
千景は左京に言われた通り熱を計る。
その間に左京は千景の額冷却シートを貼る。
「冷たい。」
千景は文句を言う。
「仕方ないだろ。
熱あるんだから。
お、ほら、体温計なった。見せてみろ。
...ってお前。38.7って。
病院行くぞ。」
左京は千景の体温を見て驚く。
「病院、いやだ。」
「ダメだ。
こんなに高いんだ。
診察してもらって薬をもらってこよう。」
熱のせいか、いつもは言わないわがままを言う千景に、左京は内心微笑ましく思う。
もっと普段から頼ってくれればいいのに、と思っていた分、今のわがままを言ってムスッとしている千景は、完璧に気を許してくれていると思うと、不謹慎ではあるが、少し、嬉しく思う。
「とりあえず予約取るから。
ほら、水分取って、今は横になっておけ。」
そう言って左京は病院の予約を取りだした。
普段は、春組で誰かが体調を崩すと、千景と至が世話を焼いて病院に連れていく。
それを今は自分がされている、と思うと、千景は何故か落ち着かない気持ちになる。
「意外とあっさり予約取れたからもう病院向かうぞ。
着替えるのもつらいだろ。
その格好でいくぞ。」
左京は言うが、流石に着替えたいと申し出て千景は着替える。
左京はその間に車の準備をしてくる、と言って部屋を出る。
確か、自分が体調を崩すと、いつもオーガストがとんでもなく世話を焼いてきたな。と、千景は思い出す。
そして、先ほどまでの左京さんを思い出して、ふっと笑う。
「ふふ。
一番厳しそうに見えて、実は一番みんなを心配してくれるんだから。」
本当、MANKAIカンパニーの父だな。なんて思っていると、ドアが叩かれる。
「卯木大丈夫か?
着替えたか?
病院行くぞ。
暖かい格好したか?」
過保護だな。左京の声を聞きながら思ったが、それは全く嫌な気持ちでは無いし、何となく嬉しい。
「準備、出来ました。」
千景がドアを開けると、着込んでるのを確認し、よし、と言い、
「よし、運ぶぞ」
と言って、一緒に連れてきていた臣におぶるよう言う。
さすがに、これは予想外で、千景は拒否する。
「いや、さすがに大丈夫です。」
「ふざけんな。
フラフラだろう。
拒否するなら伏見に姫抱っこさせるぞ。」
「ほら、千景さん、車行きますよ。」
...秋組の父母...いや、MANKAIカンパニーの父母、強いな。
熱で歩くのもしんどいし、もう、抵抗するのも面倒だ...
と諦めの境地で、千景は臣におぶさる。
「ごめんね、臣」
千景が言うと臣は笑う。
「いえいえ。
普段からもっと頼ってくれていいんですよ。」
臣は千景をおぶりながら車へ向かう。
そして左京の車の助手席に乗せて、シートを可能な限り倒し、ブランケットまでかけてくれる。
車は既にエンジンがかかっていて、車内も暖かい。
加湿器もきいていて、いつ吐く事態が起こっても大丈夫なよう、袋まで準備されてある。
「ほら、いくぞ。
着いてから歩けるか?」
「俺もついて行きますよ」
父と母に付き添われるなんて、子供じゃないか。
「大丈夫。ありがとう。
歩けます。」
外でおんぶは恥ずかしい。
歩けるかどうかは置いておいてそこはどうにか阻止したい。
「ほんとか?」
「大丈夫ですか?」
2人とも心配してくれているが、そこは、大丈夫と言わなければ確実におんぶだ。
「大丈夫だよ。」
弱々しいながらも返事をする。
「まぁ、そう言うなら、車出すぞ。」
そう言って左京は運転席に乗りこむ。
「気をつけて行ってきてくださいね?
何かあったら連絡ください。
バイクで行くんで。」
「ああ、行ってくる。」
左京の運転はいつも丁寧だが、今日はいつも以上に丁寧で、千景は車でウトウトする。
「卯木、ついたぞ。
...熱やっぱり上がってるな。
動けるか?」
いつの間にか病院に付いていて、左京が助手席に回ってきていた。
突然の覚醒で、頭がボーっとする。
千景の様子を見て左京が頭を撫でる。
「無理に起きるな。
受付だけ済ませてくるから、ここで少し寝ててくれ。」
そしてドアを閉めて病院内に向かった。
目を閉じているとグルグルと目が回る。
今まで熱が上がった時、どう過ごしていたっけ。
弱っている時は潜んで体力の回復を待つんだ。そう教えられたけど、もう、潜むことは出来ないし。
ダメだ。頭が働かない。
グルグル目が回って、...気持ち悪い。
「うぇ...っ」
咄嗟の吐き気に、左京が用意してくれていた袋を手に取る。
「うっ。うぇぇっ。げほっ。」
昨夜から食べ物を胃に入れていないことに気づく。
胃は空っぽで、水分補給のために飲んだ液体しか出てこない。
胃液まで出てきて、口の中が気持ち悪い。
水も持ってきてくれていてたすかった。
千景は口をゆすぐが、口にものが入ることがもう気持ちが悪くて、余計に吐いてしまう。
「卯木!
悪いな、時間かかって。
受付が混んでいた。」
左京が走って戻ってくる。
その後に続いて看護師も数名ついてきている。
「卯木大丈夫か?
とりあえず、病院内で横になれる場所あるから、行こう。
看護師さん達が担架運んできてくれたから、担架には移れるか?」
左京が言うので、とりあえず頷く。
「左京さん、袋、まだありますか。」
まだ気持ちが悪いため、袋を確認する。
「こっちで用意があるので大丈夫ですよ。
吐いたものも預かりますね。」
そう言って1人の看護師が、千景が吐いた袋を回収し、他の看護師が担架をすぐ側まで運んでくる。
「卯木、動かすぞ。」
左京が千景を担架に乗せる。
千景が乗ったことを確認すると看護師達が担架を押し、病院内に入る。
ガラガラと廊下を走る。
直ぐに空いている処置室に入れてくれたので、対して人に見られることは無かった。
「気持ち悪くなったらこれに吐いちゃって大丈夫ですからね。
先生もすぐ来ます。
もう少し待ってくださいね。」
看護師はそう言って部屋を出ていった。
その後、すぐに医者が来て診察をしてくれたが、疲れている時に風邪を貰って、すぐに処置しなかったから悪化した、との事だった。
やはり、ここしばらく続いていた繁忙期のせいか。
まさか普通の仕事で倒れるなんて。
とりあえず、解熱剤と吐き気止めの点滴を打ってくれることになった。
点滴をすることは廊下で待っていた左京にも伝えられ、左京も処置室で待つことになった。
「あ、左京さん。ただの風邪ですって。
心配かけてすみません。」
点滴を打たれて横になっていた千景がヘラっと笑う。
「ただの風邪が、悪化した、だろう。
とりあえず点滴終わるまで目閉じて寝とけ。」
左京は千景のメガネを取って目をつぶらせる。
「...はい。」
そう言って目を閉じると、すぐに寝息が聞こえてきた。
点滴を打っただけとはいえ、薬で落ち着くだろう。
まだ若干苦しそうな呼吸をしているが、これでようやくゆっくり寝れるな。
左京はようやくほっとした。
「...どれ。茅ヶ崎には連絡してておくか」
そう言って左京は、至にLimeを送る。
《卯木は風邪が悪化した状態だ。
今天鵞絨病院で点滴をうっている。
点滴が終わったら帰れるそうだ。》
送ると直ぐに既読がついた。
《りょ。
とりあえず午後休もぎ取ったんで、これから帰ります。》
そして至の好きなゲームのキャラクターがダッシュしているスタンプが送られてくる。
こいつもほんっとうに家族大好きだな。
最初の頃の至を思い出して左京は笑う。
点滴が効いてきたのか千景の顔色はすっかり良くなり、苦しそうな寝息も聞こえない。
とにかくゆっくり寝てくれよ...と左京は思う。
なんだかんだ、103の2人は休む暇がないんじゃないかと思っていた。
演劇と会社。
2足のわらじと言うやつだ。
朝早くから夜遅くまで仕事。
休みの日は稽古。
至はなんだかんだ力の抜き所を知っている。
たまに間違えることもあるが。
千景は休むところも計算をして計画立てるから、常に頭がフル回転だ。
部屋に戻っても遅くまで仕事をしていることも多いと聞く。
サラリーマン、というものを左京は経験したことがないが、大変だろうと、容易に想像が着く。
「左京さん、いますか?」
病室のドアがノックされる。
「は?茅ヶ崎?なんでここに?」
今から帰りますスタンプからそんなに時間が経っていないのに、そこには至がいた。
「あ、良かった。
違ったらどうしようかと思った。」
ハハッと笑う至。
「早くないか?」
「あー、外回りから直帰です。
上司に千景さんのこと報告したら、上司が早く帰ってやれって。
一緒の寮に住んでるのは知ってる上司で。
そんで帰してくれました。」
そう言って入口にあった消毒を手につけて入ってくる。
「お、顔色戻ってきましたね。
よかったー。
朝はどうなる事かと思いましたよ。
左京さん、ありがとうございます。」
至はペコッと頭を下げる。
「別に何もしてない。
卯木もお前も少し周りを頼れ。
春組の年長者でも、寮では違うんだからな。」
千景にも同じ事を言ったが至にも言う。
こいつらには何度言っても足りない。
「ところでお前今日何で行ったんだ?
直帰できたって、車じゃないのか。」
「あー、こういう展開も考えてタクシーで行きました。
直帰していいって言われても車で行ったら会社に戻んなきゃだし。
ちなみにここまでもタクシーです。
割と近くにいたんで。」
至が話をしてると千景が目を開けた。
「...ち、が、さき??」
「はいはーい。
茅ヶ崎ですよ。
茅ヶ崎の至くんですよ。
上司が千景さん心配だから、早く帰れって帰してくれました。
点滴、効いたみたいですね。
よかった。」
至は千景の額を触り、ニコッと笑う。
「...うん。
ありがとうね。」
千景も笑う。
「左京さんもありがとうございます。
点滴効いたみたいでだいぶ良くなりました。」
点滴が丁度終わり、千景が起き上がる。
そこに看護師さんも来て、点滴を抜き、薬をくれた。
もう、帰っていい事になり、左京がお会計を済ませてくれ、3人で車に向かう。
「どうする?助手席で横になるか?
まだ、座るのしんどいだろ。
茅ヶ崎、騒ぐなよ、卯木寝かすから。」
そう言って左京は助手席をまた寝やすいように整える。
「はーい、お父さん。」
至は笑いながら左京の後ろの席に回る。
「...茅ヶ崎のお父さんは俺じゃないの?」
千景は本調子じゃないものの、ニヤニヤ笑う。
「えーっと...実父と、義理の父...?」
至は春組家系図を思い起こす。
「義理の父なら...シトロンのお父さんになるけど。」
千景も春組家系図を思い浮かべる。
「左京さんがシトロンのお父さん!!
ふふ、咲也たちのおじいちゃん増えましたね!」
至と千景は笑う。
「ほら、バカ言ってねぇで帰るぞ。
卯木は寝ろ!」
左京から怒られるのも日課だし、全く嫌いじゃないふたりはとても楽しそうだ。
「全く...」
口では小言を言う左京も満更では無さそうだ。
具合が悪くて、1人で耐えるしかないと思っていたが、、こんなにも自分の周りは暖かい、と千景は思う。
数年前、オーガストが死んで、ディセンバーを憎んで、自分の手で壊そうとした場所が、自分にとっての家族で、居場所になっている。
病院から帰って、綴やシトロン、咲也、真澄には、なんで風邪のことを言わなかったんだって怒られるけど、それでさえも、暖かくて愛おしい。
早く元気になって貴重な休み、家族と過ごしたいな。
と千景は思う。