とりぷるふーるず!!
宝条 条兎(ほうじょう じょうと)
夜。静まり返った体育館。
条兎は、誰もいない床に一人立っていた。 影が、でかい。けど、それを誇ることはできなかった。
[水平線]
「男みたいな体つきで、女を名乗るのは恥ずかしいと思わないの?」
母の声が、耳の奥でリフレインする。
条兎は、生まれたときから「強かった」。 体格も、運動能力も、反射神経も。 家族は言った。「これは"男の子"の才能ね」
――でも、私は女の子でいたかった。
「スカートを履きたい」と言ったときの、母の無表情。 「声が高いのは直しなさい」と言われたときの、心の破裂音。
“お母様”の言うとおりにすればするほど、 “自分”がどんどん消えていった。
だから、スポーツで一番になっても、嬉しくなかった。 勝つたびに、「よくやったわ、私の誇り」と言われるたび、 心が死んでいく音がした。
そんなときだった。 生徒会で汐花と出会った。
「私、女の子でいたいって思うの。だめかな」
――汐花は笑った。
「え、全然良くない? じゃあ明日からはスカート履こうよ」
言葉じゃなくて、その"空気"がうれしかった。
だから今、こうして彼女たちといる。
「強い私じゃなくて、"私である私"でいたいんだ。」
[水平線]
蓮賽 汐花(はすさい しおか)
アトリエ。壁一面の絵。 どれも、色彩は狂おしいほど美しい。けれど――どこか、冷たい。
汐花はキャンバスをにらむ。 手が動かない。
まただ。描けない。
[水平線]
「すごいね、現代のゴッホみたい!」
「え?これって本当にオリジナル?すご!」
───褒めてくれてるのはわかってる、でも
どれだけ賞を取っても、周囲は「誰に似てるか」でしか褒めてくれなかった。
「ゴッホじゃない。ボクなんだ。」
汐花の中にある“色”は、誰にも似ていない。けど、誰にも伝わらない。
親は美術館の館長。 「あなたは世界に通じる芸術を描くべきだ」と言った。
――描きたいものじゃなくて、見せたいものだけを描けと言われた。
気づけば筆は、もう汐花の道具じゃなくなっていた。
「ねぇ、ボクって――ゴッホに生まれ変わっただけなの?」
その問いに答えてくれたのが、弥生だった。
「それ、"汐花の作品"って俺は思ってるよ」
その一言で、 ようやく"描いてもいい"と思えた。
「ゴッホでも、天才でもない。"蓮賽 汐花"として生きていい。」
[水平線]
茜 弥生(あかね やよい)
理科準備室。夜。光るのは、パソコンのディスプレイと、弥生の眼だけ。
ページをめくる。論文、論文、また論文。
弥生の部屋に、ポスターもぬいぐるみもない。 あるのは、物理学と解剖学と、沈黙。
[水平線]
生まれつき、視覚処理に異常があった。 色がにじむ。距離がゆがむ。人の顔が判別しにくい。
「人間、観察しても法則性ないじゃん」と思った。
でも、数式は違った。 光の屈折率も、波長も、完璧だった。 **「世界を信じられる場所が、理論しかなかった」**のだ。
両親は科学者。弥生を天才として育てた。
「お前は、未来を変える頭脳だ」
誇り、期待、圧――全部一緒に押しつぶされそうだった。
ある日、全てが霞んだ。 光の加減ではなく、心が霞んでしまった。
何も見えないなら、もう、生きる意味も見えない気がして。
その時だった。
汐花と条兎が、何の前触れもなく抱きついてきた。
「え!?距離感!!!」 「うるさい、今は物理無視」
そのバカさが、物理法則よりよっぽどリアルだった。
「目に映るもの全部が壊れても、この2人だけは信じられるかもしれない。」
それだけで、生き延びようと思えた。
[水平線]
――それぞれ、バラバラだった天才たち。 孤独と呪いに喰われかけていた3人は、出会った。
そして今、 自分たちのルールで生きる道を選んだ。
「……でもよく考えたら、うちらやってることめっちゃバカだよね」
「バカでいいの。だから"とりぷるふーるず"なんでしょ?」
「うん……この名前、大事にしよう」
夜。静まり返った体育館。
条兎は、誰もいない床に一人立っていた。 影が、でかい。けど、それを誇ることはできなかった。
[水平線]
「男みたいな体つきで、女を名乗るのは恥ずかしいと思わないの?」
母の声が、耳の奥でリフレインする。
条兎は、生まれたときから「強かった」。 体格も、運動能力も、反射神経も。 家族は言った。「これは"男の子"の才能ね」
――でも、私は女の子でいたかった。
「スカートを履きたい」と言ったときの、母の無表情。 「声が高いのは直しなさい」と言われたときの、心の破裂音。
“お母様”の言うとおりにすればするほど、 “自分”がどんどん消えていった。
だから、スポーツで一番になっても、嬉しくなかった。 勝つたびに、「よくやったわ、私の誇り」と言われるたび、 心が死んでいく音がした。
そんなときだった。 生徒会で汐花と出会った。
「私、女の子でいたいって思うの。だめかな」
――汐花は笑った。
「え、全然良くない? じゃあ明日からはスカート履こうよ」
言葉じゃなくて、その"空気"がうれしかった。
だから今、こうして彼女たちといる。
「強い私じゃなくて、"私である私"でいたいんだ。」
[水平線]
蓮賽 汐花(はすさい しおか)
アトリエ。壁一面の絵。 どれも、色彩は狂おしいほど美しい。けれど――どこか、冷たい。
汐花はキャンバスをにらむ。 手が動かない。
まただ。描けない。
[水平線]
「すごいね、現代のゴッホみたい!」
「え?これって本当にオリジナル?すご!」
───褒めてくれてるのはわかってる、でも
どれだけ賞を取っても、周囲は「誰に似てるか」でしか褒めてくれなかった。
「ゴッホじゃない。ボクなんだ。」
汐花の中にある“色”は、誰にも似ていない。けど、誰にも伝わらない。
親は美術館の館長。 「あなたは世界に通じる芸術を描くべきだ」と言った。
――描きたいものじゃなくて、見せたいものだけを描けと言われた。
気づけば筆は、もう汐花の道具じゃなくなっていた。
「ねぇ、ボクって――ゴッホに生まれ変わっただけなの?」
その問いに答えてくれたのが、弥生だった。
「それ、"汐花の作品"って俺は思ってるよ」
その一言で、 ようやく"描いてもいい"と思えた。
「ゴッホでも、天才でもない。"蓮賽 汐花"として生きていい。」
[水平線]
茜 弥生(あかね やよい)
理科準備室。夜。光るのは、パソコンのディスプレイと、弥生の眼だけ。
ページをめくる。論文、論文、また論文。
弥生の部屋に、ポスターもぬいぐるみもない。 あるのは、物理学と解剖学と、沈黙。
[水平線]
生まれつき、視覚処理に異常があった。 色がにじむ。距離がゆがむ。人の顔が判別しにくい。
「人間、観察しても法則性ないじゃん」と思った。
でも、数式は違った。 光の屈折率も、波長も、完璧だった。 **「世界を信じられる場所が、理論しかなかった」**のだ。
両親は科学者。弥生を天才として育てた。
「お前は、未来を変える頭脳だ」
誇り、期待、圧――全部一緒に押しつぶされそうだった。
ある日、全てが霞んだ。 光の加減ではなく、心が霞んでしまった。
何も見えないなら、もう、生きる意味も見えない気がして。
その時だった。
汐花と条兎が、何の前触れもなく抱きついてきた。
「え!?距離感!!!」 「うるさい、今は物理無視」
そのバカさが、物理法則よりよっぽどリアルだった。
「目に映るもの全部が壊れても、この2人だけは信じられるかもしれない。」
それだけで、生き延びようと思えた。
[水平線]
――それぞれ、バラバラだった天才たち。 孤独と呪いに喰われかけていた3人は、出会った。
そして今、 自分たちのルールで生きる道を選んだ。
「……でもよく考えたら、うちらやってることめっちゃバカだよね」
「バカでいいの。だから"とりぷるふーるず"なんでしょ?」
「うん……この名前、大事にしよう」