とりぷるふーるず!!
生徒会室の壁に、やたらと派手なポスターが貼られた。
《第28回 蓮見河・夏の花火大会✨ 〜屋台もあるよ!〜》
「……これ、行きたい」
汐花が、ソファの背もたれから逆さに垂れながら呟いた。
「え?花火大会?」
弥生がラムネのビー玉をカランと鳴らす。
「行こうよ。浴衣着て。りんご飴食べて。金魚すくいして。ってやつ」
「お前、めちゃくちゃ夏満喫する気じゃん」
条兎が、珍しく笑った。
「だってさ――普通、やっときたいじゃん、うちらも。
“天才”とか“革命”とかじゃなくて、“夏休みの思い出”ってやつ」
静かな間。
弥生がふっと頷いた。
「じゃあ……行こう。三人で」
[水平線]
当日、駅前のロータリー。
「……っは!?!?何その格好!!!」
汐花が叫ぶ。
「条兎!?ピンクの浴衣!?髪おろしてる!?どしたの!?誰!?」
「う、うるさい!自分で選んだの!かわいくて悪いか!!」
「いや、いい……てか最高。わたし、いま恋に落ちそう……」
「やめて。全力で照れるから」
そこへ、弥生も合流。
白地に青い風車模様の浴衣、帯はきゅっと正確に結ばれている。
「……俺、柄の意味を統計的に検討してこれにした」
「柄の意味を……検討……?」
「それで風車……」
「なんか……弥生っぽい!!」
[水平線]
夜店は人だかり。焼きそば、ヨーヨー、射的、ラムネ――。
でも3人は、すぐに“注目の的”になった。
「えっ……生徒会じゃね!?」「超有名人きてんだけど……」「あれ、あの美術の天才の……!」
ざわめきに囲まれ、思わず逃げ出すように横道にそれる。
「やっばい、人気すぎて歩けない!」
「仕方ない……抜け道、探そう」
3人は裏道の石段をのぼり、川辺の小さな神社へたどり着く。
「……ここ、静かだね」
「穴場だったんだな」
蚊取り線香のにおいと、遠くで響く太鼓の音。
ベンチに座って、3人は手にしたラムネを開ける。
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「かんぱーい……って音しないけど」
「しないけど……いいじゃん。今だけ普通の高校生ってこと
空に、一発、二発。
花火が上がる。
汐花「……ボクね、ずっと花火って苦手だった」
弥生「え?意外」
汐花「すぐ消えるし。あんなに綺麗なのに、一瞬で、もう見えなくなるじゃん」
条兎「……でも、綺麗じゃん。それだけでいいじゃん」
弥生「論理的じゃないけど、好きって、そういうもんかもな」
花火の音が、少しだけ遠くに聞こえた。
汐花は、花火の光の中で言った。
「今だけでいいから、ちゃんと覚えてたいな。
この3人で、笑ってる時間」
弥生「数値化できない思い出って、ちょっとだけ、憧れるね」
条兎「……うん。こういうのが、“生きてる”ってことかも」
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花火が終わっても、人波は続く。
3人は、裏道を通って駅へ向かう。
途中、小さな写真館の前で足を止める。
「……インスタント写真、あるよ」
「うわ、懐かし。やろうやろう!」
3人は、浴衣姿で並んでピース。シャッターが切れる。
“カシャッ”
出てきた写真には、
少し照れた笑顔の3人と、
背景に映る、夜の灯り。
「これ、弥生のノートに貼ろう」
「え、それ恋バナノートに!?」
「違うよ!『とりぷるふーるずの思い出記録帳』つくるの!」
「なんか青春っぽくて、むかつく……でも、いいかも」
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翌朝、生徒会室。
3人は、ぐったりとソファに沈んでいた。
「祭り、楽しかったね」
「うん……全身、蚊に刺されたけど」
「浴衣、2回くらい転びかけた」
「でも、たぶんあれが……“夏の正しい過ごし方”ってやつなんじゃない?」
静かに、微笑み合う3人。
その手元には、昨夜の写真が置かれていた。
花火より、夜店より、
一番綺麗だったのは――この笑顔だったかもしれない。