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モブ視点描写

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二次創作
光差す

#1


 数ヶ月くらいが経った気がする。日にちなんて覚えていない。あの事実を
聞いて以来、私の頭の中には『CRYCHICが解散している』という悲しい一文が
脳に刻み込まれている。
 日常の風景は少しもやがかかったように見える。この世界は、私が愛する
音楽の無い世界。ピースの欠けたパズル。灰色の景色。
言い方はいくらでもあるだろう。だけど、この気持ちは私自身にしか
分からない。いや、分かってもらおうなんて思わない。
 他人に聞いてもらっても、『辛かったね』とか『残念だったね』なんて
ありきたりの慰めしか返って来ないんだ。分かりきってる。
 学生の本分である勉強にも精を出せるはずも無く、成績はしっかり
下がっていった。親からは小言を言われる毎日だ。毎日生返事で終わらせて、
自分の部屋に閉じこもる。そして、いつものように『#CRYCHIC』のタグを
検索した。案の定、数ヶ月前の投稿しか流れて来ない。
 こんな事も無駄だって分かってる。だけど、いつか新しい情報があるかも
しれないという思いだけでこのルーティンがある。まあまた、何も無かった
という同じ思いをするだけなんだろうけど。
 突然、通知音が鳴ってびっくりした。ユキのフォローは外している。
となると、更新を通知している唯一のアカウント、CRYCHICしかない。
眺めているだけの空虚なSNSが、輝いて見えた。
 『動画サイトに『春日影』の映像を上げました』というお知らせだった。
情報の更新があるというだけでも嬉しかった。今まで出していなかった
大きな声が上がった。ベッドの上で飛び跳ねた。しかも、あの時のライブで
聴いた『春日影』。私を掴んで離さない、あの曲。
 すぐさまそのサイトを開いた。すると、なかなか繋がらない。どうやら
アクセスの集中で、サイトが混雑しているらしい。私はやきもきした。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。あの美しい演奏がすぐに見れないなんて。
 いったいここに集う人たちの何人が、私と同じようにこの数ヶ月間毎日
CRYCHICの事を考えていたのだろうか。私くらいの真剣さも持ち合わせて
ない奴らがここにいるのが、気に食わない。どいて。どいて。どいて。どいてよ!
 ようやく動画を開ける画面に落ち着いた。早く再生したい気持ちと、まずは
心を落ち着けて聴きたいという気持ちがせめぎ合っていた。しかし、私の
右手はそのせめぎ合いに全く関心を見せなかった。すぐに動画は再生された。
 あの時と変わらない音楽が、そこにあった。格好は違えど、あのライブで
私を包んだ演奏と歌がここに響いている。感動からなのか、安心からなのか、
涙があふれて止まらない。けれど、私は映像が続く限り、潤んだ目のままで
その画面を見続けた。涙を拭く事もしなかった。ただひたすらに見ていた。
 あの日に出会った音で、感動を知った。狂う事を知った。友達を失くした。
とても一年であった事とは思えないが、今味わっている感動のためなら、
ネガティブな出来事も飲み込める。そんな気がした。
 思っていたより早くに再生時間は終わっていた。私はすぐに高評価ボタンを
押し、動画を真っさらなお気に入りの欄に入れた。機械的な動作に思う
だろうが、私にはこの行為が思い出の写真をアルバムに入れるような、そんな
風に思えた。そして、その動画をもう一度再生しようとした。
 その時、ふとスマホが鳴っているのに気付いた。普段の私に知らない番号
からの着信に出る気は無いが、この時はなんとなく出てみる事にした。
 「もしもし…。マリー?マリーだよね?」
 もはや懐かしさを覚えるくらいの声が聞こえた。ユキだ。私に初めて
CRYCHICのライブを聴かせてくれた、CRYCHICのライブがなかなか無い
事を悲しむ私を心配してくれた。だけど、そのCRYCHICを忘れさせようと、
他のバンドの音で上書きさせようとしたあのユキだ。
 メッセージアプリやSNSではブロックして終わりにしていたが、昔に
番号も交換している事をすっかり忘れていた。
 「…今さら話す事なんてなんにもないから。」
 呆れながら電話を切ろうとしたその時、大きな声がマイクから響いた。
 「聴いたよね!?さっきの『春日影』…。やっぱり、良い曲で…。」
 「何今になって戻ってきてるの?どうせ今も推しバンドが違うんでしょ?
そんな簡単に変えられていいよね!音楽に狂わされた事無いからそういう事が
出来るのよ!推しへの愛着ってものが無いワケ?…あーそうか。そんなだから
私に、『忘れろ』なんて言えるんだろうね。」
 あの時の続きをしているようだった。恨み言にも似た言葉が出てくる。
すすり泣く様な声が聞こえてはいたが、構わず吐き出した。そもそも、
勝手に離れていったのはそっちなんだから。
 「っ…。ごめんね。あの時は悲しそうなマリーを見てて辛くて…。
前も言ったけど、そんなに推してるって思わなくってつい…。でも!
映像上がってるって聞いて、良く感じたのは本当だから!本当に…、
あの時マリーと一緒に聴いてよかったなって…。」
 思えば、ライブの時に放心していた私は、ユキの声で現実に戻ってきたっけ。
その時のユキは一人で感想を並べる事も無く、ただ私に『よかった?』と
聞いてきただけだった。口数が多い方のユキが、それだけ聴いて共に会場を
出た記憶がふと蘇った。
 「まさか…、あの時のユキも…。」
 「そうだよ…。同じ感じだった。ただただ圧倒されて、優しい音楽が
心地良くて。私の方が気付くのが早かったってだけ。あれから他のバンドの
ライブも行ってたけど、なんか…、全然違うんだよ。盛り上がるんだけど、
こう…ベクトルが違うって言うのかな?言葉にするのもアレなんだけど…。」
 何故だろう。あれだけ拒絶したのに、私と同じ思いを抱えていたっていう
事を聞いただけで、嬉しいと思う自分がいる。気持ちの共有があった。
それがこんなにも心を満たしていくなんて。
 「…そんな事聞いても、言った事を無かったことには出来ないよ。」
 このまま引き下がると、同情したみたいで何かモヤっとする。ふとした
笑みを変に隠しながら、私は釘を刺した。
 「分かってる。言っちゃったんだから、私が。ちゃんと受け止めて、
その上でまたマリーと話したい。遊びたい。ライブにも…。あー、他の
ライブは無理だよね。今度は一緒に聴こうよ、『春日影』。」
 完全に許した訳でも、こちらが折れた訳でもない。ただ、そういうやつなんだ
って受け入れようとしている。私も、こんな濁った毎日はもうごめんだ。
この歌と友人のお陰で、私はまた光差す方へと歩く事が出来るだろう。
 数日後、今までとは少し違う私に向かって、前の生徒が喋りかけてきた。
 「鹿野さんって、なんかちょっと…明るくなった?いや、見違えた!って感じ
じゃないんだけどさぁ。その音楽聴いてるから?何聴いてんの?」
 「じゃあ、聴いてみる?」
 そう言いながら私は、動画サイトのお気に入りのページを見せた。

作者メッセージ

ここまで読んでいるという事は、最後まで読んで頂いたと見て
よいでしょうか?拙い文ながら最後までご覧頂き、恐縮でございます。
Twitter(自称X)に上げた小説のアフター的な物ですのでまずは
そちらから…。どれだけ書いても多少の苦手意識がありますわ〜!
原作キャラは出ておりませんが、二次創作でよろしいでしょうか…?

2025/02/15 15:09

百合丘 城奈 ID:≫ 9eDtZB4lxctCk
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