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また、どこかで

#2


[太字]第二章 小学校[/太字]

・輝く場所
大人は、すぐに怒る。
そんなに怒らなくていいのに。
それとも、小学校の先生は怒りやすいの?
だからって、授業を潰さなくていいのに。

昼休みに、カイロを投げただけ。
それも僕じゃない。
みんな思ってるよ。
投げて遊んでいたのはクラスの男子二人なのに、みんなが怒られることになった。
まず、カイロは投げるものじゃないと思うけど、それよりもなんで起こるのか知りたい。
二人だけ、呼び出せばいいのに。

あーあ、と僕は思い、ふと窓に視線を移すと、幼稚園が見えた。
小学校の目の前にある、サクラ幼稚園。
僕が一週間だけ通っていた幼稚園だ。
外遊びの時間なのか、小さい子達が庭で遊んでいる。

「先生は…!」
先生、本当にうるさい。
勉強しに来ているのに、なんで勉強できないの?
ほら、泣いちゃってる子もいる。
大人って、バカなのかな。

「優くん!」
え、なに?
「そんなに幼稚園を見たいなら、行ってくればいいじゃない!」
「はぁ?」

やば。声に出ちゃった。
聞こえてなかったみたいだけど、行ってくればいいってどういうこと?
「行ってきなさいよ!先生の話を聞かない子は、この教室に入りません!」
あ、そう、なんだ。
確かに先生の話は聞いてなかったし、幼稚園、行ってもいいのかな。

「じゃあ、行ってきます」
僕は席を立って外に向かう。
クラスメイトはみんな僕の方を見た。
なんでそんなに僕を見るの?

門まで行った僕は、立ち止まった。
「授業中って、門、閉まってるんだ」
初めて知った。
じゃあ、どうしよう。
先生はあの様子だし、職員室に連絡してくれなさそうだな。

そうだ!僕は、インターホンを押した。
「三年二組の遊月優です。早退します」

はーい、という声が聞こえて、すぐに門の横のドアが開いた。
よかった。これで外に出ることができる。

幼稚園はすぐに着いて、そのままさっきまで見ていた園庭に向かった。
僕が歩いていると、小学生が珍しいのか、見たことないやつが入ってきたからなのか、園児たちがちらちらと僕を見た。
なんだよ。
言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのに。

「えっ?ぼ、僕、小学生?」
僕が園庭に着くと、若い女の先生が慌てて近くに寄ってきた。
「そうですけど」
「どうしてここに?」
「先生が、行って来ていいと言ってたからです」
「先生って、小学校の?」

はい、と答えてから、僕は辺りを見渡した。
僕がここにきた時から、四年が経っている。
でも、あんまり変わってないみたい。

ここは、嫌な場所だ。
だけど、すごくいい場所だ。
いい場所にしてくれたマチさんは、まだいるのかな。
「ねえ、マチさんって」

「あら、優ちゃん。久しぶりだねぇ」
マチさんっている?と聞こうとしたら、そのマチさんが園舎から出てきた。
あの時と変わらず、髪を一つに束ねて、おっとり喋る。

「久しぶり。先生に行ってきていいって言われたから来たよ」
もう一回説明するなんて嫌だから、先になんで来たのか言った。
だけどマチさんはそんなこと気にすることなくて、
「あらそうなの。大きくなったねぇ」
と言った。
「全然だよ。身長なんてずっとチビだし」
身長はずっと小さくて、背の順で並んだら前から二番目だ。

「大きくなるって、身長だけじゃないのよ。
 そうね、顔つきが、ずっと男前になったわ」
「そうかな」
うん、とマチさんは大きく頷いて、にこにこと僕を見た。
ああ、この笑顔だ。
なんだかこの笑顔を見れば、僕は安心できる。

それからは、園児たちと遊んだ。
初め、僕に話しかけた先生は、心先生というらしい。
本当に若くて、22歳らしい。
優しくて、おやつをくれたり、制服が泥で汚れたらすぐに拭いてくれた。
そんなことしなくても、新しいのがあるけど、優しい人は嫌いじゃない。
僕がありがとう、と言ったらどういたしまして、とにっこり返してくれた。

四時くらいになって、僕はマチさんと一緒に小学校に帰った。
「もっといたかったな」
むすっとしながら僕が言うと、
「優ちゃんが輝く場所は幼稚園じゃないよ。
 だけど私も寂しいから、たまに帰ってきてね」
と言われた。

僕の、輝く場所。
その言葉に、すごくドキドキした。
今日は小学校に帰されたから、小学校が僕の輝く場所?
でも僕、みんなには隠キャって言われるし。
じゃあ、僕の輝く場所はどこなんだろう。


・おじいちゃん
初めて、おじいちゃんの家に行って、初めておじいちゃんに会った。
おじいちゃんはお父さんのお父さんで、僕の家よりも大きい家に住んでいた。
和室が多くて、日本っぽい家。
お手伝いさんはみんな着物を着ているから、お祭りに来た気分。

「よう、よく来たな」
「はっ初めまして!」
おじいちゃんの家に着いて、一番大きな部屋に通された。
そこは、奥が見えない様な広い和室で、天井も高かった。
おじいちゃんは、入り口の反対側に座っていた。
じいやに言われた通り僕は礼をして、左足から座った。           

「まあそう硬くならなくていい」
僕は、おじいちゃんから、すごいエネルギーの様なものを感じた。
なぜ僕が急に、おじいちゃんの家に、行くことになったのか、僕でもわからない。

一週間前、お父さんが帰ってきた。
最近は一年に一回くらいで、僕が起きているうちに帰って来たのは、すごく久しぶりだ。
「おかえりなさい」
「ああ」
お父さんは僕の方を見ずに、前を通り過ぎる。
いつものことだ。
今回は、三日泊まるらしい。
嫌だな。
お父さんがいると、僕がいつもできていたことができなくなる。

ねえやも、すごく怯えていた。
「あの人に睨まれた時なんて、心臓が凍ったと思ったのよ」
お父さんが来た時の、唯一の避難場所になる僕の部屋で、ねえやはだらだらお菓子を食べていた。

今日はずっと、生きている心地がしなかった。

次の日。
朝起きたら、お父さんの声が聞こえて、
「はぁ」
とため息をついた。

お父さんは、怖い人だ。
笑っているところなんて見たことがなくて、いつも怒っている。
お茶の置き方とか、すごく小さいことなのに、ちょっと失敗しただけですぐにメイドさんをクビにしたりしている。

今のもきっと、誰かを怒っている声なんだろう。
お父さんがお母さんと結婚する前から一緒にいるのはもう、じいやくらいになった。

お父さんは、じいやをすごく頼りにしている。
じいやはすごい人だ。
完璧な人だ。言葉遣い、歩き方、全てが完璧。
だから、みんな十分すごいのに、お父さんにとってはじいやが基準になっているから、すぐにクビにするのかな、とか僕は思っている。

もしそうだとしても、朝から起こっているのはやめてほしい。
なんであんなのが親なんだろう。
お母さんはねえやを連れてきた日が最後で、もう何年も会ってない。
それでも、僕に愛を注いでくれた。

お父さんは?
全然帰ってこない上に、僕を一ミリも愛してくれない。
でも僕は、家のみんなと、ねえやと、じいやがいるから、マシなのかな。

「おはよう、優」
「ねえや、おはよう。大丈夫?」
お父さんがいるからか、遅刻せずに来たねえやだけど、顔が真っ青だった。

「あたしは大丈夫。ただ、あんたが心配なの」
「僕?」
なんだろう。
お気に入りの服が泥に浸かって落ちなくなってしまいました、とか?

「旦那様からの伝言なの」
え!?お父さんから?伝言なんて、初めて。
「な、なんて言ってた?」
「今日の十じに俺の部屋に来い、だって。あんた、なんかした?」      ぶんぶんと、僕はとれるかと思うくらい、強く頭を横に振った。
「じゃあ、なんだろうね」

本当に、なんだろう。
怖い。
怒られるのかな。
僕、息子クビになるとか?
そしたら僕はどこで暮らしたらいいんだろう…。

十時まで、僕はぐるぐると考えたけど、答えは出てこなかった。
「優、あと二分だよ」
「わかってる!言わないで!」
部屋で待つより、お父さんの部屋の前で十時を待った方が遅刻しないかもしれない。

僕は、ねえやから腕時計を受け取ってお父さんの部屋へ向かった。

カチッと時計の長針が10を指したと同時に、
僕はお父さんのドアを3回、ノックした。
だいぶ前の記憶、こうしないとすごく怒られた。
じいやにも教えられた。
絶対に、時間と言葉遣いは守らなくちゃいけない。

「優です」
「入れ」
心臓の音がうるさい。
周りの足音や雑音が、何も聞こえない。
そっと開けたドアの奥が、地獄に見えた。

「俺の父の家に行け」
僕がドアを背中で閉めたと同時に、お父さんが言った。
え、どういうこと?
お父さんの、お父さん。
だから、僕のおじいちゃんっていうこと?
なんで急に?
「りっ理由を聞いても、よろしいですか」
噛まない様に、うざいスピードにならない様に、僕は震えを出さない様に聞いた。

「今日の二時に、車を出しておく。
 残りの夏休みの三週間、お前は行く。
 あの茶髪の小娘は連れて行くな。
 話は以上だ」
やばい。やばいこと聞いてしまった。
でも、こういう時は、ただ、
「分かりました。準備をしておきます」
というしかない。

僕は、心臓が凍ったまま部屋を出た。
部屋の外にはねえやが待っていた。
「な、なんて言われたの?」
「おじいちゃんの家に行かなきゃ行けないんだって」
「は?なんで?おじいちゃんってことは、本家ってこと?」
「たぶん…」

ねえやの頭には、?のマークがいっぱいだった。
僕もだ。
お父さんから言われたことが全部、意味がわからない。
おじいちゃんがどんな人なのかも、わからない。
でも、お父さんの命令には、絶対逆らってはいけない。
従うしかないんだ。

そうして、今に至る。
「俺はここの主人で、名は遊月隆二という」
「あっ遊月、優と言います。よろしくお願いしますっ」           「ああ、よろしくな」
おじいちゃんは、ふっと微笑んだ。
あ、笑うんだ。

そのあと、一人のお手伝いさんに案内され、三週間だけの僕の部屋で寝た。
夜ご飯は部屋に運んできてくれて、すごく豪華で美味しかった。
ベットじゃなくて、布団に寝るのはドキドキしたけど、すぐに眠りについた。

「優様、おはようございます」
朝、昨日とは違うお手伝いさんに、起こされた。
「あっおはようございます」
「旦那様が朝食はご一緒に、とおっしゃっておりますが、いかがなさいましょうか」
「た、食べます!」

僕は急いで着替えて、昨日と同じ、あの大きな広間に行った。

「おっ遅れて申し訳、ございませんっ」
「いや、いい。俺も今来たところだ。それよりよく寝れたか?」
「はいっ」
僕は、おじいちゃんと向かい合って座った。
おじいちゃんは紫の着物をゆったり着ていて、すごくかっこいい。
おじいちゃんっていうけど、50歳くらいに見える。

朝ごはんも、豪華だった。
お米がたくさん出てきて、魚やお肉、野菜もたくさんだった。
「ああそうだ優、たしか来週、誕生日だったよな?」
「えっあ、はい。そうです」
「なにか、欲しいものはあるか?」
欲しいもの…?服もあるし、食べ物もある。
いつもはじいやに行ったら買ってきてくれるし、なんだろう…?
そもそも、もらっても良いのかな…。
「まあ、ちょいと考えておいてくれ」
「はい」

ご飯を食べ終わったら、おじいちゃんが一緒に屋敷を案内してくれた。
おじいちゃんは優しくて、丁寧で、生き生きしていた。
ぐるっと一通り見終わった頃、若いお兄さんが向こう側から歩いてきた。
「ああ、新」
「はい、旦那様」

そのお兄さんは、新之助さんというみたいだった。
新之助さんは、緑の着物をピチッと着ていて、横長いメガネをかけていた。
「優、こいつは新之助だ。
 いろいろ役に立つから、困ったことがあったらこいつにいったらいい」
「初めまして。新之助と言います。優様、よろしくお願いしますね」
「あ、はいっ。よろしくお願いします!」

新之助さんと別れて、広間に戻って、お昼ご飯を食べた。
食べていたら、人が集まってきた。みんな男の人で、なんだか怖い感じ。
「優、そこで見とくといい」       

僕は言われた通り、部屋の隅っこに座った。
「こいつは俺の孫の優だ。しばらくこの屋敷に住むから、よくしてくれ」
「はい!」
おじいちゃんの言葉に、怖い男の人は声を揃えて返事した。

「正面素振り100本!」
男の人たちはみんな、長い棒を持っていて、それを降り出した。
「めん!!」
男の人たちの声が、部屋を振動させる。

これ、知ってる。

剣道だ。
僕の近くで降っている、男の人から聞こえるシュッという空気を切る音。
かっこいい…!

「優君、やってみるか?」
「えっいいの?」
ある男の人が、棒を貸してくれた。
これは、しないって言うらしい。
それを、振りかぶって、下ろす。
「おっ上手いなぁ」
やったぁ。褒められた!

僕は楽しくて、何度も振った。
周りの人が、いろんなアドバイスをくれた。
下ろす位置は、このくらい。
左手で振って。右手は添えるだけ。
振りかぶる時に右足を出して、下ろした時に左足を引きつける。

振っていると、いろんなモヤモヤがが飛んでいってしまうようで、楽しい。
学校でのことも、お父さんのことも、全部。

みんなが降り終わると、僕はもう一度隅に行った。
男の人たちは、めんってやつをつけて、お互いで打ち始めた。
痛そう…。
でも、なぜか、男の人たちから目が離せなかった。

夕食の時、お椀をもとうとしたら、手がすごく痛かった。
「どうした?」
僕は左手をパーにして、おじいちゃんに見せた。

「ああ、豆だな。竹刀を振ったからだろう」
小指の、付け根あたりが赤くなっていた。
「初めてやったやつは、みんななる。頑張った証拠だな」
頑張った、証拠。胸の中で繰り返すと、キラキラしたものを感じた。
ご飯がいつもより美味しくて、夜がぐっすり眠れた。

ぐっすり寝たからか、朝は早く目が覚めた。
昨日も思ったけど、この家はおかしい。
真夏で、クーラーをつけないと暑いのに、クーラーがない。
でも、すごく涼しい。ひんやりしていて、春みたいだ。

ふいに、チリーンと外で音がした。
なんだろうとすこし襖を開けて、音のする方を見た。
外は眩しくて、綺麗だった。
朝って、こんなに綺麗なんだ。

「おや、おはようございます」
じっと外を見ていると、廊下の方から新之助さんがいた。
「お、おはようございます…」
今日の新之助さんは紫の着物を着ていて、すごくかっこいい。

「どうかしましたか?」
「あ、今の音はなんだろうなぁと思って」
「音、ですか?」
あれ?新之助さんには聞こえなかったんだろうか。
「チリーンみたいな感じの音です」

「ああ、風鈴ですね」
風鈴?なにそれ。
新之助さんは、廊下の屋根の方に手を伸ばして、なにかを取り、持ってきてくれた。

「これのことです」
新之助さんの手には、紐の先にある綺麗な丸いものと、細長い棒があった。
「この丸いのはガラスでできていて、風によりこの棒がガラスに触れると、音が鳴る仕組みなんです」
「面白い!」
ガラスは、水色ですごく綺麗。

新之助さんが軽く振ると、チリチリンと音がした。
あ、さっき聞いたのは、この音だ。
「涼しいでしょう」
確かに、この音を聞くと、涼しく感じる。

「クーラーをつけなくても、家の構造やこういったものを使うと、夏を涼しく過ごすことができるんです」
新之助さんはまるでさっきまで、僕が疑問に思っていたことをズバリと当てた。

今日は、習字をした。
おじいちゃんが、
「字が綺麗だと、心も綺麗なる。反対に、心が汚いと、字も汚くなるんだ」
と言って、道具を揃えてくれた。
涼しい廊下で、たくさん書いた。
だんだんコツがわかってきて、綺麗に描けるようになった気がする。

午後はまた、しないを振った。
しないを貸してくれた人にしないの漢字を教えてもらい、『竹刀』と書く事がわかった。
剣道は楽しくて、大好きなった。

僕の誕生日が、明後日になった。
「優、本当に欲しいものはないのか」
「うん」
「そうか…」

朝ごはんを食べ終わったら、僕は新之助さんの部屋に行った。
新之助さんの部屋は、たくさんの本があって、いつでも入っていいと言ってくれた。

中に入ると、なぜかほっとする。
床から天井まで、全部が本で埋め尽くされていて、家の中で一番涼しい場所。
スーとする紙の匂いが、僕をいろんな場所に連れて行ってくれる。

ここに来て、僕は色々な本を読んだ。
初めてにするのは絵の多い絵本が多かったけど、今は分厚い本も読めるようになった。
昔の人が書いた本も、歴史の本も。

今日読むのは、昨日から読み始めた本。
題名は、『かみさまにあいたい』。
新之助さんがおすすめしてもらった。

午後の間も続きが気になって、いつも剣道を教えてくれる洸さんから、
「ふわふわしてるな」
と言われてしまった。
いけない、いけない。
真剣にやらないと。

隅にある本の山を椅子にして、本は本を開いた。
その途端、全ての音が来こなくなる。
ただ一つ、聞こえるのは、物語の音だけ。

次の日も、僕は新之助さんの部屋に行って、あの本を読み切ってしまった。

すごく、面白い本だった。
サクサク読めて、なのに内容が深くて、いつまでも本の中にいる事ができた。

ぱっと顔をあげ、本をあった場所に戻そうとした時、ふと目についた赤。
茶色い本棚に一つだけ浮いている、赤い表紙の本。
ポツンと孤立している。
ただ赤くて、なんの混じりもない赤色。

そっととって表紙を見たけど、題名はどこにも書かれていなかった。
裏を見てもなかった。
赤い表紙はカバーとかではなく、本そのものが赤かった。
本当に赤くて、ちょっと怖いのに、目が離せなかった。

表紙をめくると、流石に中は白い紙だった。
もう1ページめくると、本文に入った。
僕は手が止まらなくて、たったままその本の中に入った。
引き摺り込まれるように、でも強引じゃない誘い方のような。
ただ、この本にすごく惹かれた。
そのまま、剣道の稽古も忘れて一日中、本に没頭した。

『 草が揺れている。僕は言った。
「ここはどこだろう」
その問いに、答える人はいない。
サラサラザワザワ
 草だけが風に煽られて、僕にはそれが、「助けて」と言っているように感じた。
 僕は、風に「動かないで」と言った。しかしそんなこと通じるわけもなく、草は煽られ続ける。
 いや、風は動いているのか?
動いているのは、誰?
草を動かすのは、一体、誰?』

次の日。
今日は、僕の誕生日だ。
僕は今日で、9歳になる。
今日は、朝ごはんから豪華だった。
僕の大好きなマカロニシチューが出て、卵もなんだか大きく感じる。

「優、誕生日おめでとう」
「ありがとう!」
今日のおじいちゃんは青い着物を着ていて、新之助さんはそれより暗い青色だった。

僕が食べ終わると、おじいちゃんが言った。
「優、これは俺からのプレゼントだ」
それと同時に、新之助さんが両手で抱えるくらいの袋を渡してくれた。

プレゼント!何も言わなかったから、無いと思ってた。
でも、もらってみるとすごく嬉しい。
「わぁ!ありがとう!」

袋を開けると、中には赤い着物が入っていた。
黄色の帯も。
それに、すごくつるつる。
「着てみてもいい?」
「もちろんだ」

スルッと袖に腕を通すと、ドキドキした。
まるで、おじいちゃんや新之助さんの一人になれたようで。
「おお、いいじゃないか」
おじいちゃんは僕を見てすぐに言った。嬉しい。

「すごく似合ってます。では次に、これは使用人一同からです」
えっ新之助さんたちから!?
そんなに長い時間関わっていないのにもらえるなんて、嬉しいな!
「これは、竹刀?」
「はい。優様の竹刀です」
「嬉しい!ありがとう!!」

細長い袋に入っていたのは、竹刀だった。
みんなから貸してもらった竹刀より、すこし短いけど、僕だけの竹刀なんだ!
やったぁ!

そして、鍔と鍔どめも入っていた。
鍔は赤くて、すごくかっこいい!
さっそく、今日から振らなくちゃ。

「優、新からなにか、話があるそうだ」
「えっなに?」
新之助さんは僕の前の正座したから、僕も座り直した。

「実は…優様が昨日読んでいた赤い表紙の本、実は私が書いた本なんです」
「え!?」
あの本、新之助さんが書いたの!?
知らなかった…。
「趣味で書いて、本に閉じるまではしたのですが、題名が思い付かず、本棚にしまったままだったんです」
そうだったんだ。
「人に聞くのも、なんだか見せるのが恥ずかしくて…」
「あっごめんなさい」
僕、勝手に読んでしまったよ。

「いえ、好きに読んでいいと言ったのは私なので。
 そこでといいますが、優様にお願いがありまして」
僕に、お願い?なんだろう。

「優様に、本の題名をつけていただきたいです」
え、僕が?
本の題名を?
新之助さんの?
「もちろん、すぐにとはいいません。ただ、少し考えていただきたくて…」
責任重大だな。でも、それってすごく楽しそう!

「いいよ!僕、いい題名を考えるね!」

それから僕は、毎日赤い着物を着て、剣道をして、題名を考えた。
午前中は本を読んで、たまにおじいちゃんと外に散歩したりもした。
お祭りにも連れていってくれたし、いろんなことを教えてくれた。
花の名前とか、あの雲はもうすぐ雨が降るとか、学校で習うことじゃないことを教えてくれて、すごく面白かった。
知識がどんどん増えていくようで、もっとたくさん知りたいと思った。
太陽がギラギラしているのに、僕の周りだけ涼しくて、楽しい毎日だった。

ある日、風鈴の鳴る廊下で本を読んで、ぼーとしていた時、パチンッとアイディアが浮かんだ。
「新之助さん!思いついたよ!」
僕は庭の掃除をしていた新之助さんに、さっき浮かんだアイディアを伝えに走った。

そして、僕が帰る日が来た。
明日は始業式で、二学期が始まる。
三週間はあっという間で、早かった。もっといたかったな…。

帰りの車に乗る前に、僕は後ろを振り返った。
お見送りには、おじいちゃんと新之助さん、剣道のみんなやお手伝いさんみんなが来てくれた。
「じゃあ優、達者でな」
「うん!ありがとうございました!」
すごく、楽しかった。
いろんなことを学んで、たくさんのものに触れた。
僕はきっと、この日々を忘れないだろう。


・心先生
バスケを始めた。
小学校の体育館で週二回、やっているクラブがあるらしい。
そのクラブに入って、僕だけのバスケットボールを買ってもらった。

クラブは、夜遅くまでやっている。
大体、夜の七時くらいまで。
寒くなってきて、夜になるのが早くなったから、
学校から帰ることは真っ暗だった。

じいやは何度もお迎えを送りますって言ったけど、
みんなも自転車で帰ってるから、僕も自転車で帰る。

十一月になって、自転車に乗ると、手が凍りそうだった。
手袋の隙間から感じる、冷たい空気。
街灯の下を通ると見える、白い息。

後ろから、強い風がブワァッと僕を押す。
その時、
「あっ」
急いでたから適当に巻いた、マフラーが取れてしまった。

そのまま、風に乗せられる。
ねえやと一緒に買いに行って、誕生日にもらった、真っ赤なマフラー。
暗闇でも見えるマフラーが、宙を舞う。
僕は、急いで自転車を止めて、マフラーを追いかけた。

マフラーはくるくる回りながら飛んでいく。
大事な、大事なマフラーなのに!
結局、マフラーは小さな公園の木に引っかかって止まった。
「よかった…」
僕はギュッとマフラーを抱きしめて、息をついた。
小さな公園は、本当に小さくて、草がたくさん生えていた。
小さな砂場と小さな像の滑り台があるだけ。
暗くて、ちょっと怖いな。

ガササッ
「うわぁ!」
象の奥の方で、何かの音がした。怖い、怖いよ…。何?何かいるの?
「ああっごめんなさい…」
だけど、すぐに人の声がした。それからぴょこっと顔を出した人は、

「こころ、先生?」
マチさんの幼稚園にいた、若い先生だ。
「えっ僕、私のこと知っているの?」
「あ、だいぶ前だけど幼稚園に行った小学生…です」
ああ〜と心先生は言って立ち上がり、服についた砂を払った。

「優くんだっけ?どうしてここに?」
「習い事の帰りで、マフラーが飛んで行ってしまって…」
「そうなんだ。習い事、何してるの?」
「バスケです」
「へぇすごい」

心先生は、エプロンをしていないと普通の人にしか見えない。
幼稚園で接してくれたよりもねえやに似ていて、適当な感じがある。
それに、あんまりあったかいものを着ていないように見えた。

「私の弟も一瞬だけやっていたな」
「やめたの?」
弟がいるんだ。
楽しいのに、辞めちゃうなんて、すごくもったいない。
「まあね」

「先生は、どうしてここにいたの?」
そうだ。
なんで、象の後ろから出てきたんだろう。
「まあ、ちょっと、ね」
これ、濁したな。
すごく気になるけど、しょうがない。
前に、人の事情に踏み込んでじいやに怒られたことがある。
そっとしておくのが一番、らしい。

「そうなんだ」
マフラーも戻ってきたし、早く帰らないとじいやに心配される。
僕は今度こそマフラーをキツく巻いて、自転車に乗った。

だけど、すぐに降りた。
心先生の服装が、すごく寒そうだから。
「これ、薄い割にあったかいからあげる」
僕が教室で寒い時に着る、赤いカーディガンだ。
毛糸だから、すごく軽くてあったかい。
「えっいいよ」
「いいから、風邪ひくよ」

僕は、半分無理やりにカーディガンを先生に被せて、置き去りにしてしまった自転車の方に体を向けた。
「あ、ありがとう」
「うん」
自転車を漕ぐと、冷たい風が頬を叩いた。

「坊ちゃん、お客様ですよ」
ある日の土曜日。
家庭教師の先生が帰ってのんびりしていたら、じいやがそう言った。
「誰?」
「辰巳さんという方です。若い男の子ですよ」
辰巳さん?初めて聞いた名前だな。

じいやが男の子というから、僕と同じくらいかと思ったら、
ずっと年上の高校生のお兄ちゃんだった。
髪が長くて、後ろでくくっている。

「初めまして。辰巳幸太郎と言います。先日は、姉の心がお世話になりました」
姉の、心…心先生?
「心先生ですか?」
「はい。こちら、返させていただきます」
幸太郎さんが僕の前に置いたのは、先生に貸したカーディガンだった。
別に、返さなくてもよかったのに。
でも、綺麗に畳まれてるし押し返すのは失礼な気がする。
「ありがとうございます」

僕は、にっこり笑って言った。
先生の弟だったら、バスケを辞めた人だ。
「どうぞ」
じいやがお茶を持ってきて、机に置いていく。
「あ、ありがとうございます」
幸太郎さんは、じいやを見て、びっくりしている様子だった。
なんでろう…。

「姉が、幼稚園を通じて家を教えていただきました。
 勝手に調べてしまい、申し訳ございません」
「い、いえ」
こんなこと言っちゃダメだけど、この人と話していると、なんだかすごく疲れる。
細い色がピンと伸ばされて、部屋中を張っているような感じ。

幸太郎さんは、お茶を飲もうとコップを口に近づけたが、飲まずにおろした。
そして、窓の外を見て言った。
「姉から届けるよう家を教えてもらった時も驚きましたが、すごくいい暮らしをしているのですね」
それは、どう意味だろう。
金持ちってこと?
それとも単純に褒めている?
「ありがとうございます」

「お察しかもしれませんが、うちは貧乏なんです。
 そして、私には姉しかいません。両親は三年前に事故で亡くなりまして。
 姉は私を高校に行かしてくれました。
 そのために、彼女は自分の夢を捨てて、幼稚園で今日も働いています」
ぐるっと視線を回すと、幸太郎さんの手が強く握られていることに気がついた。

「今見た通り、私は猫舌なんです。
 そんな感じで、私は色々と注文の多い男で。姉はたくさん苦労しました」
幸太郎さんは、何が言いたいんだろう。
そんなこと、僕が知ってしまっていいのかな。
本人が言っているんだし、いいんだよね。

「あなたが姉にカーディガンを貸していただき、姉はすごく喜んでいました。
 姉が心から笑っている笑顔を、久しぶりに見れた気がします。
 本当に、ありがとうございました」
幸太郎さんが僕に深く頭を下げた。
そっか。
心先生、喜んでくれたんだ。
「よかったです」
幸太郎さんはお茶を飲んで、美味しいですと言ってくれた。
もしかしたら、そんなに悪い人じゃないかもしれない。
いや、初めから悪人だとは思ってないよ?
まっすぐお礼を言える人って、かっこいいな。

〜続く〜

2025/05/09 20:44

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