また、どこかで
[太字]第一章[/太字]
・てるてる坊主
「ただいまぁ」
大きい門の隣に、
僕でも自分で開けて入れるようにって作ってくれた、小さいドアを開ける。
家の中は、僕が寂しくないようにって、いつでも明るい。
「坊ちゃん、おかえりなさい」
僕が帰ると、いつもじいやが玄関にいる。
じいやがいなかったことはない。
まるで、僕が帰る時間が、わかっているみたいなの。
「お友達の家は、楽しかったですか?」
「うん。でも、晴れていたらよかったのに。外で遊びたかったな」
「そうですね。しかし、この季節は雨ばっかりでしょうなぁ」
そんなぁ。
雨でもすることはあるけど、外で遊べないのは嫌。
例えば、鬼ごっことか!
家の中で走ったらダメ、って言われてるし、鬼ごっこは外でやらなきゃ。
「ねえじいや、雨をどこかにやっちゃってよ」
じいやに頼んだら、なんでもやってくれる。
おもちゃも、お菓子も、どこにだって連れて行ってくれる。
だから、じいやなら、天気を晴れにしてくれるかも知れない!
「そうですねぇ。
じいやにそのようなパワーは残っているか、ちょっと分かりませんねぇ」
じいやはそんなこと言ってるけど、僕は知ってるよ。
じいやが僕の勉強タイムに、お庭で木を切ってるの。
「あら坊ちゃん。おかえりなさいませ」
「ばあや!」
そうだ、ばあやなら、雨をどこかにやってくれるはず!
「ばあや、お願い!晴れにして欲しいの!」
「坊ちゃんの頼みなら、聞かないなんて事はありませんねぇ。
坊ちゃん、こうしましょう。
明日が晴れになるように、てるてる坊主を作りましょう」
「てるてる坊主!?」
なにそれ!?作りたい!
「はい。もちろん、ぼっちゃんも作るんですよ。
だからまず、手を洗っていらっしゃい」
僕は急いで手を洗いに行った。
長い、長い廊下の間でいろんな人に
「おかえりなさい」
と言われるのに、
「ただいま〜!」
と返して手を洗い、部屋に戻った。
部屋にはまだばあやがいなくて、さっき階段で追い抜かしたんだと思い出した。僕はばあやを待っっている間、部屋でおやつを食べた。
じいやは、お父さんの代わり。
お父さんはめったに帰ってこないから、その間じいやがいる。
お父さんが帰ってきた日も、じいやはいる。
ばあやは、お母さんの頃からお母さんのことを見てきたらしい。
だから、ばあやは今でもお母さんのことを、「お嬢様」と呼ぶ。
昔はこの家に住んでいたらしいけど、最近は夜になったら、ばあやの家に帰っちゃう。
だけど、じいやは、ずっと家にいる。
他にもこの家には、いろんな人がいる。
若い女の人も、男の人もいる。コックさんもいる。
このおやつを作ってくれるのも、コックさん。
お菓子作りを教えてくれたりもするんだ。
「坊ちゃん」
「ばあや!早く、早くてるてる坊主だよ!」
「はい、はい。坊ちゃんはせっかちですねぇ。
じゃあこれを一枚取ってくださいな」
そう言って、ばあやは僕にティッシュの箱を渡した。
どうしてティッシュ?
「なんで?」
「いいから、いいから。やってみなくちゃわかんないんじゃない?」
ばあやがティッシュを一枚取って広げて言った。
僕が一枚取ったの確認したら、ばあやティッシュをくしゃくしゃに丸めた。
「えっ丸めちゃうの?」
「そうですよ」
ティッシュって丸めたりすることあるんだ。
鼻を咬むためかと思ってた。
ばあやはもう一枚ティッシュを取って、丸めた方を包んだ。
僕も真似てやってみる。だけど、手を離すとふわってなっちゃう。
「坊ちゃん、これで止めてください」
そう言ってばあやが僕に渡したものは、輪ゴムだ。
ばあやはそれを止めて、ペラペラの部分と。
丸い部分に分けた。
「それから、ここに、こうすると…」
ばあやはポケットから出した赤いペンで、ティッシュに何かを書いた。 「ほら、てるてる坊主の完成ですよ」
「すごいすごい!」
目と口が描いてあって、すごく可愛い!
「てるてる坊主だ!僕も、僕も!」
「はい、はい」
僕も目と鼻を描いた。でも難しくてティッシュが破けてしまった。 「あーあ」
すごく、ブサイクだ。
「坊ちゃん、大丈夫、大丈夫ですよ。ほら、ここに飾りましょう」
「うん!」
・誕生日
ちょうどあと21日で、僕の誕生日になる。
今年で5歳になる。
お父さんは、今年も帰ってこないかな。
お母さんは、帰って来てくれるはず!
「そんなのに何回も数えなくても、坊ちゃんの誕生日は逃げませんよ」
「ばあや!」
ばあやが部屋におやつを持ってきてくれた。
やったぁ!今日はチョコクッキーだ!
「ねえねえ、ばあや。今年は月曜日だよ!一緒にお祝いしてくれる!?」
「もちろんですよ。
ばあやは坊ちゃんがこんなに大きくなって、もう、嬉しいですよ」
あーあ。
ばあや、もう涙目になってる。
あと、21日もあるのに。気が早いよ!
「大きなケーキがいるよ!今年はチョコがいい!」
「はい、分かりました。坊ちゃんは本当にチョコが好きですねぇ。
お嬢様も好きでしたよ」
そうなんだ。お母さんと一緒って、なんだか嬉しくて、くすぐったいな。
その日の夜、目が覚めちゃって、ベットの上、布団の中でゴロゴロしていた。
ぼ〜といていたら、廊下の声がよく聞こえた。
なんだかたくさんの人が行き来しているみたいで、ガヤガヤしている。
いつも、こんなに人が通るの?
もしかして、お父さんが帰ってきたのかな。
そっとドアを開けて、廊下をみると、すぐに女の人が僕に気がついた。
「どうなさいましたか?」
「何かあったの?」
僕の問いにその人は迷っているみたい。
それから、
「坊ちゃんの気にすることではございませんよ。
どうぞ、お部屋にお戻りください」
と言われた。
そう言われたら仕方がない。
すっかり眠気の覚めてしまった頭のまま、僕は布団に潜った。
そのままあまり眠れず、朝になった。
今日も屋敷が騒がしかった。
みんな、バタバタしてる。
あと、ばあやが部屋に来なかった。
というか、屋敷中探しても、どこにもいない。
朝ごはんの時間になっても、着替える時間になっても。
着替えも、自分ですることになった。
「ばあやは?」
とじいやに聞いても、
「大丈夫ですよ」
と返された。
ばあやは、どこに行ったの?どこにいるの?どうして来ないの?
何度尋ねても、みんな、首を横に振って、何も教えてくれなかった。
次の日になっても、ばあやは来なかった。
なんで、ばあやは来なかったんだろう。
もしかして、もう来ないの?僕の誕生日は来てくれるの?
昨日はすごく長く感じた。
今日も、と思うとベットから出る気が起きなかった。
そしたらじいやがやってきて、
「坊ちゃん、出かけますよ」
って行った。どこかに行くの!?
僕は急いで起き上がり、部屋を出た。
外は暑いけど、お出かけは大好き。
車の中で、じいやが言った。
「これから坊ちゃんと同じくらいの歳の子達がたくさんいる場所に行きますよ」「僕と同じくらいの?」
「はい。また迎えにきますので、楽しんでくださいね」
一体、どこに行くのだろう。
遊園地?でもそこは大人もたくさんいるから、違うか。
車を降りると、ピンクの服を着た男の人が出てきて、
「こっちにおいで」
と言った。
僕がその人の方に行くと、じいやは、
「では」
と言って帰ってしまった。
どうしよう。
じいやもばあやもいない。
こんなの初めてだ。
ここにはは、僕と一つ下と一つ上の子がいるらしい。
僕は、どこもかしこも真っ白の部屋に入った。
そこには椅子と机があって、じいやの言った通り、僕と同じくらいの子が座って話していた。
「はーい!みんな静かに!」
おばさんくらいの女の人が、前の方で手を叩いて言った。
僕は、女の人の隣に立たされてた。何するの?
「今日から、優くんがきます!みんな、仲良くしてね!」
「はーーい!」
どういうこと?何が起きているの?
僕はわからないまま、みんなが僕の方を見て、ドキドキしながら男の人について行って、椅子に座った。
「じゃあ今日は、鬼ごっこをしましょう!鬼になりたい人ー!」 鬼ごっこをするの?
僕、鬼ごっこ好き!僕はガタッと立ち上がって言った。
「僕、鬼がいい!」
「あれ、優くん鬼がいい?それだと四人になっちゃうなぁ」
先生は、腕を組んで考えていた。
鬼は、三人しかできないらしい。
僕と、男の子が二人と女の子が一人。
「先生!あいつ、手あげてないよ!」
その男の子の一人が言った。
「ほんとだ!手はあげなきゃいけないんだぞ!」
「ああ、ほんとだ。
優くん、これから何かしたい時は、手を挙げてね。
じゃあ鬼は夏帆ちゃんと潤くん、未来くんで決まり!さあ、外に出て!!」
そのまま、押し出されるように外に出た。
え?
なんで僕は鬼になれなかったの?
手を挙げるってなに?
鬼じゃないなら、鬼ごっこなんて楽しくないよ。
嫌だなぁと固まっていたら、早速タッチされてしまった。
鬼にタッチされたら、味方にタッチされるまで、動けない。
「誰かー!」
と僕は呼びかけて、助けを求めた。
でも、誰もタッチしてくれなくて、僕の前を通り過ぎてしまう。
悲しくて、鼻の奥がツンとした。
そのまま固まっていたら、みんなは一人の子を追いかけて、その子を誰かがタッチして、女の人が「終わり!」と言った。
部屋に戻ったら、みんなで象を作ろうってなった。
トイレットペーパーの真ん中の、丸いのとか、ストローを使って、みんな自分の象を作っていく。
僕も材料を取りに行って、象を作った。
長い鼻は、ストローを短く切って、つなげて曲げた。
顔はどうしよう、あっ。
僕はばあやと作ったてるてる坊主を思い出して、ティッシュを一枚取ってきた。それを丸めて輪ゴムで止めて、トイレットペーパーの丸いのにくっつけた。
うん、いい感じ。
出来上がったところで先生がやってきて、
「優くん、すごく上手だね!」
と言ってくれた。嬉しいな。
「見ろよ、こいつの頭、ティッシュで出来てるぜ」
先生が遠くに行ったら。男の子が僕の象を指差して言った。
「ティッシュなんかで作ったら、すぐに落っこちるぜ。ほら見ろよ!」
バンっ
男の子が、僕の象を手で潰した。
「なっなんで潰すの!?」
僕の象は、ぐちゃぐちゃで、あちこち折れ曲がっていた。
な、なんで潰すの!?
潰した男の子が、僕の言ったことを、高い声で真似してる。
そしたら、みんなが笑った。どうしてこんなことをするの?
嫌だ、やめてよ。
それからは、もう何が起きてるのかわかんなくて、悲しくて、楽しくなかった。
「優くん、お迎えが来たよ」
お迎え?じゃあ、じいやに会えるの?
僕は走って車に乗って、じいやに言った。
「ここ、嫌いだよ」
「そうですか?でも、明日も来ますよ」
「なんで?ばあやは?」
僕は、じいやが全然話を聞いてくれないからイライラしながら言った。
「ばあやは、大丈夫ですよ」
「大丈夫ってどういうことなの?」
そしたら。じいやが黙ってしまった。
なんで?
みんな、なんで大丈夫しか言わないの?
なんで僕をあんな所に置いてくの?
もう、じいやなんか嫌いだ。
今日もじいやに連れられて、あの場所に来た。
今日は縄跳びをしようってなったけど、僕はやる気が起きなくて、廊下に座った。
ぼーと空を見ていたら、
「浮かない顔してるんだねぇ」
急に後ろから声をかけられた。
ばあやの話し方に似てる!?
僕は、バッと振り返った。
だけど、ばあやじゃなかった。
ばあやよりもちょっとだけ若くて、髪を後ろに束ねていた。
その人はニコニコ笑って、僕を見た。
そしたら、勝手に言葉が出た。
「だってここ、楽しくないんだもん」
「そうかい、そうかい。そりゃ浮かないねぇ。ボク、名前はなんていうの?」
「優だよ」
「優ちゃん。優ちゃんは、何が楽しくないんだい?」
「みんな、僕の象を、潰して笑うんだ」
そりゃひどい。その人は大げさくらいに驚いて、またにこにこ笑った。
なんだろう、このにこにこは。
「みんな、僕のことが嫌いなんだ」
「どうしてそう思ったんだい?」
「みんな、冷たいんだもん。
じいやも、僕のお願いなんでも聞いてくれるのに聞いてくれないの」 じいやも、僕のことが嫌いなのかもしれない。
「そうかい、そうかい。冷たい時ってあるよねぇ。マチさんも、ある」
「マチさんって?」
「私のこと」
マチさんも、ぼーと空を見た。
僕は、マチさんのことをじっと見た。
マチさんの目はぼーと空を見てるけど、口はずっとにこにこしていた。
そのにこにこを見たら、急に、涙が出てきた。
「ばあやがね、ばあやが、」
「うん」
マチさんは、僕が急に泣き出したことに驚きもせず、僕を見つめた。
「ずっと来ないの。
じいやに聞いても、大丈夫しか言わないの。
教えてくれないのっ」
「…ばあやが、心配かい?」
心配。すごく心配。
僕は何度も頷いた。
その間も涙が出てきて、止まらなかった。
「じいやは、優ちゃんがばあやの事を心配しているから、大丈夫っていうんじゃない?」
じいやは、僕がばあやのことを心配してるから…?
「きっと、じいやは優ちゃんがばあやのことを心配してるから、大丈夫だよって言ってるんじゃない?」
「…ばあや、また、来るかな」
「来る。きっと来る。だって、優ちゃんがちゃんと心配してるから」
それから、幼稚園に行くのが楽しみのなった。
みんなは僕のことをからかってくるけど、僕にはマチさんがいる。
マチさんは、いつもニコニコしながら僕の話を聞いてくれた。
マチさんが言ったことが、僕の中で重かった何かを軽くした。
スッと軽くなった気がした。
ある日、幼稚園から帰ってきたら、お母さんがいた。
「お母さん!お帰りなさい!」
「久しぶりね、優」
僕はお母さんに抱きついた。
お母さんは僕をギュッとしてくれて、お母さんの体温がすごく暖かった。
僕は、お母さんが大好きだ。
綺麗で、優しくて、かっこいいお母さん。
今日のお母さんは、真っ赤なワンピースを着ていて、いつもよりもっともっとかっこいい。
だけど、今日は隣に誰かがいた。
「ねえ麻里ちゃん。ほんとにあたしでいいの?」
髪が茶色で、よく大きなスーパーで見る女の人みたいな人。
「だって、大事な息子を変な所に預けるのは怖いのよ。
それに、こんなに良いバイトはないでしょう?」
「まあ、いいけどさ」
茶色の髪の人は、僕の前に来て、しゃがんだ。
「えーと、優?だっけ。これから三ヶ月くらい?あたしが世話?をするんで、よろしく」
「えっ誰?」
僕は、お母さんを見て言った。
僕を世話をするって、どういうこと?そしたら、お母さんはパチンとウインクして、
「優の従兄弟の、ルリちゃんよ。
しばらくの間、ばあやの代わりとして来てくれたの。
だから、ねえやでいいんじゃないかしら」
と言った。
「ばあやは?」
「ばあやは今、病院にいるの。
だから、ばあやが退院するまで、ねえやがいるのよ」
ばあやが、病院にいるの?あの、痛い痛い病院に?
「やっぱり、ねえやってダサい気がするんだけど。まあ、よろしくね」
ねえやが来て、また、着替えとかを手伝ってもらえるようになった。
だけど、ねえやはすごく適当な人だった。
昨日は八時に来たと思ったら今日は十一時に来た。
遅いってじいやに怒られているのを、僕は見てしまった。
それから、僕が遊ぼって言っても、ちょっと待ってって言って、どこかに行って、全然帰ってこなかったりもした。
それに、ねえやが来てから、幼稚園には行かなくなった。
ねえやがちゃんとしている時はすごく楽しくて、あっという間に一日が終わる。
そして、僕の誕生日になった。
だけど、誕生日なのにばあやも、お父さんも、お母さんも来なかった。
いつもよりも広い机に置かれた、美味しいケーキやお肉。
ねえやとじいやと、家のみんなで一緒に食べたけど、美味しくなかった。
お母さんは、なんで来なかったの?
去年は一緒に食べたのに!
ばあやは、いつまでいないの?
いつまで病院にいるの?今年はチョコケーキにしようね、って言ったのに!
食べながら、僕はぽろぽろと泣き出してしまった。
美味しいご飯も、みんなからのプレゼントも、全部、全部嬉しいはずなのに。
お母さんといたい。
ばあやとお祝いしたかった。
僕は、僕はなんてわがままなんだろう。
・金髪のお兄ちゃん
「ねえやって、何年生?」
ある日の土曜日。
僕は、ねえやに髪を梳かしてもらいながら聞いた。
ちなみに僕は今、5歳。来年の来年、一年生になる。
「えっ何年生…?えと…16かな」
「16?16歳ってこと?それって何年生なの?」
「16は、高校一年生だけど…」
「高校?ねえやは行ってないの?」
「えっとね…。ちょっとまって…」
ねえやはあごに手を置いて、ぶつぶつ何かを言っている。
それからパッと顔あげて、
「行ってるよ。いや、行ってないな。嘘はよくない」 「どっちなの?」
「えーと、あっそれより優、散歩しない?良い天気だよ!」 散歩?
「いく!」
外は、すごく暑かった。
まだ朝なのに、太陽がギラギラしてる。
どこかに、涼しい所はないかなぁ。
「あっ優、あの木陰に入るよ!」
ねえやは、公園の木を指さして言った。
木の下は少しだけ涼しくて、ほっとした。
だけどこの暑さに僕も、ねえやも動けなくて、だんだん多くなる人を見ていた。
公園の広い場所で、僕と同じくらいの女の子が、ボールで遊んでいる。
楽しそう。
でもきっと、みんな冷たいんだろうな。
「行ってきたら?」
振り返ると、ねえやが前髪を触りながらこっちを見た。 「でも…」
「楽しそうじゃん。行って来なよ」
ねえやに追い出されるように背中を押され、女の子のたちの前に行った。
女の子はびっくりした様に、ボールを止めた。
「あっ」
やっぱり、僕には無理だ。なんて返事されるだろう。
怖いよ。
(やってみなくちゃ、わかんないんじゃない?) ばあやに言われた言葉。
やってみなくちゃわかんない。
そうだ、やって失敗したら、また方法を変えれば良いんだ。
「あのね、僕も、混ぜて欲しいなって」
暑い暑い空気の中、僕は勇気を出して言ってみた。
僕は今、公園の中の誰よりも熱いと思う。
「いいよ!」
その言葉で、僕は涼しくなった。
「ありがとう!」
やってみなきゃ、わかんなかった。
みんながみんな、冷たいわけじゃない。
じいやも、ばあやも。
(冷たい時ってあるよねぇ)
それと、マチさんも。
みんながみんな、いつも冷たいわけじゃない。
いろんな人がいるんだ。
夕方。
ねえやはお水を買ってくるらしくて、僕は公園のベンチに一人で座った。
楽しかったなぁ。
思い出していたら、急にあたりがくらくなった。
人だ。
「ねえや?」
違った。ねえやじゃない。五人くらいの、男の人だ。 「ねえや、だってさ。良いところの坊ちゃんじゃね?」 「マジ?可愛い顔してるなぁ、坊ちゃん」
え、なに?
怖い、怖いよ。
「なあ、ぼっちゃん。ちょっとこっちにおいでよ」
「俺らと遊ぼうぜ」
「こいよ」
腕が、体が、震えてる。ぐいっと腕を引っ張られた。
怖いっ誰か、誰か助けて!ねえや!!
「おい、お前ら何してんだ!」
低い声が、公園に響く。
パッと顔を上げると、男の人の間から、金髪の髪が見えた。
もしかして、この人たちの仲間?
だったら、どうしよう…。
「ああ?」
「やるってのかよ」
金髪の人は、こっちに走ってきて、すごく綺麗に男の人の攻撃を避けた。
「おい坊主、めぇつぶってろ」
僕に背中を向けたまま、金髪の人は言った。
言われた通り、僕はギュッと目をつぶった。
それだけじゃ怖くて、手で目を覆った。
それから、なんだか怖い音が聞こえて、僕は耳も塞ぎたかった。
シーンと、辺りが静まり返った頃、一つの声が響いた。
よく通る、綺麗な声。
「坊主、もういいぞ」
手を離し、目を開ける。
周りを見渡したけど、あの男の人たちの姿は見えない。
よかった。
このお兄ちゃんが、助けてくれたんだ。
「もう大丈夫だ。怖かったな」
お兄ちゃんは、僕に近寄って、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
その手は大きくて、すごく優しかった。
金髪で、耳にキラキラと光るものがたくさんついていて、赤いの服を着ていた。背が僕よりももっともっと高くて、すごくかっこいい。
「優!?」
道路の方から、ねえやの声がした。
「ねえや!」
「よお」
「え、優希!なんで!?」
ねえやはすごく焦っていて、頭を右、左に振っていた。
「こいつがクソ野郎に絡まれてたから救ってやったんだ。
感謝しろよ、ねえやさん」
「えっそうなの?あ、ありがとう」
「どーいたしまして」
ねえやと、お兄ちゃんは仲良く話していた。
知り合いだったのかな?
「元気そうでよかった。じゃあな」
「うん。ありがとうね」
お兄ちゃんが帰ってしまいそうだったから、僕は急いで立ち上がった。
「あっあの!」
ん?とお兄ちゃんが振り向いた。
「た、助けてくれて、ありがとう!」
お兄ちゃんは歯をキラッと見せて、
「どうしたしまして」
と言った。
それから僕は、ねえやと一緒に家に帰った。
しばらくして、ばあやが帰ってきた。
しかしその二週間後、ばあやの声を聞くことは一生できなくなった。
・てるてる坊主
「ただいまぁ」
大きい門の隣に、
僕でも自分で開けて入れるようにって作ってくれた、小さいドアを開ける。
家の中は、僕が寂しくないようにって、いつでも明るい。
「坊ちゃん、おかえりなさい」
僕が帰ると、いつもじいやが玄関にいる。
じいやがいなかったことはない。
まるで、僕が帰る時間が、わかっているみたいなの。
「お友達の家は、楽しかったですか?」
「うん。でも、晴れていたらよかったのに。外で遊びたかったな」
「そうですね。しかし、この季節は雨ばっかりでしょうなぁ」
そんなぁ。
雨でもすることはあるけど、外で遊べないのは嫌。
例えば、鬼ごっことか!
家の中で走ったらダメ、って言われてるし、鬼ごっこは外でやらなきゃ。
「ねえじいや、雨をどこかにやっちゃってよ」
じいやに頼んだら、なんでもやってくれる。
おもちゃも、お菓子も、どこにだって連れて行ってくれる。
だから、じいやなら、天気を晴れにしてくれるかも知れない!
「そうですねぇ。
じいやにそのようなパワーは残っているか、ちょっと分かりませんねぇ」
じいやはそんなこと言ってるけど、僕は知ってるよ。
じいやが僕の勉強タイムに、お庭で木を切ってるの。
「あら坊ちゃん。おかえりなさいませ」
「ばあや!」
そうだ、ばあやなら、雨をどこかにやってくれるはず!
「ばあや、お願い!晴れにして欲しいの!」
「坊ちゃんの頼みなら、聞かないなんて事はありませんねぇ。
坊ちゃん、こうしましょう。
明日が晴れになるように、てるてる坊主を作りましょう」
「てるてる坊主!?」
なにそれ!?作りたい!
「はい。もちろん、ぼっちゃんも作るんですよ。
だからまず、手を洗っていらっしゃい」
僕は急いで手を洗いに行った。
長い、長い廊下の間でいろんな人に
「おかえりなさい」
と言われるのに、
「ただいま〜!」
と返して手を洗い、部屋に戻った。
部屋にはまだばあやがいなくて、さっき階段で追い抜かしたんだと思い出した。僕はばあやを待っっている間、部屋でおやつを食べた。
じいやは、お父さんの代わり。
お父さんはめったに帰ってこないから、その間じいやがいる。
お父さんが帰ってきた日も、じいやはいる。
ばあやは、お母さんの頃からお母さんのことを見てきたらしい。
だから、ばあやは今でもお母さんのことを、「お嬢様」と呼ぶ。
昔はこの家に住んでいたらしいけど、最近は夜になったら、ばあやの家に帰っちゃう。
だけど、じいやは、ずっと家にいる。
他にもこの家には、いろんな人がいる。
若い女の人も、男の人もいる。コックさんもいる。
このおやつを作ってくれるのも、コックさん。
お菓子作りを教えてくれたりもするんだ。
「坊ちゃん」
「ばあや!早く、早くてるてる坊主だよ!」
「はい、はい。坊ちゃんはせっかちですねぇ。
じゃあこれを一枚取ってくださいな」
そう言って、ばあやは僕にティッシュの箱を渡した。
どうしてティッシュ?
「なんで?」
「いいから、いいから。やってみなくちゃわかんないんじゃない?」
ばあやがティッシュを一枚取って広げて言った。
僕が一枚取ったの確認したら、ばあやティッシュをくしゃくしゃに丸めた。
「えっ丸めちゃうの?」
「そうですよ」
ティッシュって丸めたりすることあるんだ。
鼻を咬むためかと思ってた。
ばあやはもう一枚ティッシュを取って、丸めた方を包んだ。
僕も真似てやってみる。だけど、手を離すとふわってなっちゃう。
「坊ちゃん、これで止めてください」
そう言ってばあやが僕に渡したものは、輪ゴムだ。
ばあやはそれを止めて、ペラペラの部分と。
丸い部分に分けた。
「それから、ここに、こうすると…」
ばあやはポケットから出した赤いペンで、ティッシュに何かを書いた。 「ほら、てるてる坊主の完成ですよ」
「すごいすごい!」
目と口が描いてあって、すごく可愛い!
「てるてる坊主だ!僕も、僕も!」
「はい、はい」
僕も目と鼻を描いた。でも難しくてティッシュが破けてしまった。 「あーあ」
すごく、ブサイクだ。
「坊ちゃん、大丈夫、大丈夫ですよ。ほら、ここに飾りましょう」
「うん!」
・誕生日
ちょうどあと21日で、僕の誕生日になる。
今年で5歳になる。
お父さんは、今年も帰ってこないかな。
お母さんは、帰って来てくれるはず!
「そんなのに何回も数えなくても、坊ちゃんの誕生日は逃げませんよ」
「ばあや!」
ばあやが部屋におやつを持ってきてくれた。
やったぁ!今日はチョコクッキーだ!
「ねえねえ、ばあや。今年は月曜日だよ!一緒にお祝いしてくれる!?」
「もちろんですよ。
ばあやは坊ちゃんがこんなに大きくなって、もう、嬉しいですよ」
あーあ。
ばあや、もう涙目になってる。
あと、21日もあるのに。気が早いよ!
「大きなケーキがいるよ!今年はチョコがいい!」
「はい、分かりました。坊ちゃんは本当にチョコが好きですねぇ。
お嬢様も好きでしたよ」
そうなんだ。お母さんと一緒って、なんだか嬉しくて、くすぐったいな。
その日の夜、目が覚めちゃって、ベットの上、布団の中でゴロゴロしていた。
ぼ〜といていたら、廊下の声がよく聞こえた。
なんだかたくさんの人が行き来しているみたいで、ガヤガヤしている。
いつも、こんなに人が通るの?
もしかして、お父さんが帰ってきたのかな。
そっとドアを開けて、廊下をみると、すぐに女の人が僕に気がついた。
「どうなさいましたか?」
「何かあったの?」
僕の問いにその人は迷っているみたい。
それから、
「坊ちゃんの気にすることではございませんよ。
どうぞ、お部屋にお戻りください」
と言われた。
そう言われたら仕方がない。
すっかり眠気の覚めてしまった頭のまま、僕は布団に潜った。
そのままあまり眠れず、朝になった。
今日も屋敷が騒がしかった。
みんな、バタバタしてる。
あと、ばあやが部屋に来なかった。
というか、屋敷中探しても、どこにもいない。
朝ごはんの時間になっても、着替える時間になっても。
着替えも、自分ですることになった。
「ばあやは?」
とじいやに聞いても、
「大丈夫ですよ」
と返された。
ばあやは、どこに行ったの?どこにいるの?どうして来ないの?
何度尋ねても、みんな、首を横に振って、何も教えてくれなかった。
次の日になっても、ばあやは来なかった。
なんで、ばあやは来なかったんだろう。
もしかして、もう来ないの?僕の誕生日は来てくれるの?
昨日はすごく長く感じた。
今日も、と思うとベットから出る気が起きなかった。
そしたらじいやがやってきて、
「坊ちゃん、出かけますよ」
って行った。どこかに行くの!?
僕は急いで起き上がり、部屋を出た。
外は暑いけど、お出かけは大好き。
車の中で、じいやが言った。
「これから坊ちゃんと同じくらいの歳の子達がたくさんいる場所に行きますよ」「僕と同じくらいの?」
「はい。また迎えにきますので、楽しんでくださいね」
一体、どこに行くのだろう。
遊園地?でもそこは大人もたくさんいるから、違うか。
車を降りると、ピンクの服を着た男の人が出てきて、
「こっちにおいで」
と言った。
僕がその人の方に行くと、じいやは、
「では」
と言って帰ってしまった。
どうしよう。
じいやもばあやもいない。
こんなの初めてだ。
ここにはは、僕と一つ下と一つ上の子がいるらしい。
僕は、どこもかしこも真っ白の部屋に入った。
そこには椅子と机があって、じいやの言った通り、僕と同じくらいの子が座って話していた。
「はーい!みんな静かに!」
おばさんくらいの女の人が、前の方で手を叩いて言った。
僕は、女の人の隣に立たされてた。何するの?
「今日から、優くんがきます!みんな、仲良くしてね!」
「はーーい!」
どういうこと?何が起きているの?
僕はわからないまま、みんなが僕の方を見て、ドキドキしながら男の人について行って、椅子に座った。
「じゃあ今日は、鬼ごっこをしましょう!鬼になりたい人ー!」 鬼ごっこをするの?
僕、鬼ごっこ好き!僕はガタッと立ち上がって言った。
「僕、鬼がいい!」
「あれ、優くん鬼がいい?それだと四人になっちゃうなぁ」
先生は、腕を組んで考えていた。
鬼は、三人しかできないらしい。
僕と、男の子が二人と女の子が一人。
「先生!あいつ、手あげてないよ!」
その男の子の一人が言った。
「ほんとだ!手はあげなきゃいけないんだぞ!」
「ああ、ほんとだ。
優くん、これから何かしたい時は、手を挙げてね。
じゃあ鬼は夏帆ちゃんと潤くん、未来くんで決まり!さあ、外に出て!!」
そのまま、押し出されるように外に出た。
え?
なんで僕は鬼になれなかったの?
手を挙げるってなに?
鬼じゃないなら、鬼ごっこなんて楽しくないよ。
嫌だなぁと固まっていたら、早速タッチされてしまった。
鬼にタッチされたら、味方にタッチされるまで、動けない。
「誰かー!」
と僕は呼びかけて、助けを求めた。
でも、誰もタッチしてくれなくて、僕の前を通り過ぎてしまう。
悲しくて、鼻の奥がツンとした。
そのまま固まっていたら、みんなは一人の子を追いかけて、その子を誰かがタッチして、女の人が「終わり!」と言った。
部屋に戻ったら、みんなで象を作ろうってなった。
トイレットペーパーの真ん中の、丸いのとか、ストローを使って、みんな自分の象を作っていく。
僕も材料を取りに行って、象を作った。
長い鼻は、ストローを短く切って、つなげて曲げた。
顔はどうしよう、あっ。
僕はばあやと作ったてるてる坊主を思い出して、ティッシュを一枚取ってきた。それを丸めて輪ゴムで止めて、トイレットペーパーの丸いのにくっつけた。
うん、いい感じ。
出来上がったところで先生がやってきて、
「優くん、すごく上手だね!」
と言ってくれた。嬉しいな。
「見ろよ、こいつの頭、ティッシュで出来てるぜ」
先生が遠くに行ったら。男の子が僕の象を指差して言った。
「ティッシュなんかで作ったら、すぐに落っこちるぜ。ほら見ろよ!」
バンっ
男の子が、僕の象を手で潰した。
「なっなんで潰すの!?」
僕の象は、ぐちゃぐちゃで、あちこち折れ曲がっていた。
な、なんで潰すの!?
潰した男の子が、僕の言ったことを、高い声で真似してる。
そしたら、みんなが笑った。どうしてこんなことをするの?
嫌だ、やめてよ。
それからは、もう何が起きてるのかわかんなくて、悲しくて、楽しくなかった。
「優くん、お迎えが来たよ」
お迎え?じゃあ、じいやに会えるの?
僕は走って車に乗って、じいやに言った。
「ここ、嫌いだよ」
「そうですか?でも、明日も来ますよ」
「なんで?ばあやは?」
僕は、じいやが全然話を聞いてくれないからイライラしながら言った。
「ばあやは、大丈夫ですよ」
「大丈夫ってどういうことなの?」
そしたら。じいやが黙ってしまった。
なんで?
みんな、なんで大丈夫しか言わないの?
なんで僕をあんな所に置いてくの?
もう、じいやなんか嫌いだ。
今日もじいやに連れられて、あの場所に来た。
今日は縄跳びをしようってなったけど、僕はやる気が起きなくて、廊下に座った。
ぼーと空を見ていたら、
「浮かない顔してるんだねぇ」
急に後ろから声をかけられた。
ばあやの話し方に似てる!?
僕は、バッと振り返った。
だけど、ばあやじゃなかった。
ばあやよりもちょっとだけ若くて、髪を後ろに束ねていた。
その人はニコニコ笑って、僕を見た。
そしたら、勝手に言葉が出た。
「だってここ、楽しくないんだもん」
「そうかい、そうかい。そりゃ浮かないねぇ。ボク、名前はなんていうの?」
「優だよ」
「優ちゃん。優ちゃんは、何が楽しくないんだい?」
「みんな、僕の象を、潰して笑うんだ」
そりゃひどい。その人は大げさくらいに驚いて、またにこにこ笑った。
なんだろう、このにこにこは。
「みんな、僕のことが嫌いなんだ」
「どうしてそう思ったんだい?」
「みんな、冷たいんだもん。
じいやも、僕のお願いなんでも聞いてくれるのに聞いてくれないの」 じいやも、僕のことが嫌いなのかもしれない。
「そうかい、そうかい。冷たい時ってあるよねぇ。マチさんも、ある」
「マチさんって?」
「私のこと」
マチさんも、ぼーと空を見た。
僕は、マチさんのことをじっと見た。
マチさんの目はぼーと空を見てるけど、口はずっとにこにこしていた。
そのにこにこを見たら、急に、涙が出てきた。
「ばあやがね、ばあやが、」
「うん」
マチさんは、僕が急に泣き出したことに驚きもせず、僕を見つめた。
「ずっと来ないの。
じいやに聞いても、大丈夫しか言わないの。
教えてくれないのっ」
「…ばあやが、心配かい?」
心配。すごく心配。
僕は何度も頷いた。
その間も涙が出てきて、止まらなかった。
「じいやは、優ちゃんがばあやの事を心配しているから、大丈夫っていうんじゃない?」
じいやは、僕がばあやのことを心配してるから…?
「きっと、じいやは優ちゃんがばあやのことを心配してるから、大丈夫だよって言ってるんじゃない?」
「…ばあや、また、来るかな」
「来る。きっと来る。だって、優ちゃんがちゃんと心配してるから」
それから、幼稚園に行くのが楽しみのなった。
みんなは僕のことをからかってくるけど、僕にはマチさんがいる。
マチさんは、いつもニコニコしながら僕の話を聞いてくれた。
マチさんが言ったことが、僕の中で重かった何かを軽くした。
スッと軽くなった気がした。
ある日、幼稚園から帰ってきたら、お母さんがいた。
「お母さん!お帰りなさい!」
「久しぶりね、優」
僕はお母さんに抱きついた。
お母さんは僕をギュッとしてくれて、お母さんの体温がすごく暖かった。
僕は、お母さんが大好きだ。
綺麗で、優しくて、かっこいいお母さん。
今日のお母さんは、真っ赤なワンピースを着ていて、いつもよりもっともっとかっこいい。
だけど、今日は隣に誰かがいた。
「ねえ麻里ちゃん。ほんとにあたしでいいの?」
髪が茶色で、よく大きなスーパーで見る女の人みたいな人。
「だって、大事な息子を変な所に預けるのは怖いのよ。
それに、こんなに良いバイトはないでしょう?」
「まあ、いいけどさ」
茶色の髪の人は、僕の前に来て、しゃがんだ。
「えーと、優?だっけ。これから三ヶ月くらい?あたしが世話?をするんで、よろしく」
「えっ誰?」
僕は、お母さんを見て言った。
僕を世話をするって、どういうこと?そしたら、お母さんはパチンとウインクして、
「優の従兄弟の、ルリちゃんよ。
しばらくの間、ばあやの代わりとして来てくれたの。
だから、ねえやでいいんじゃないかしら」
と言った。
「ばあやは?」
「ばあやは今、病院にいるの。
だから、ばあやが退院するまで、ねえやがいるのよ」
ばあやが、病院にいるの?あの、痛い痛い病院に?
「やっぱり、ねえやってダサい気がするんだけど。まあ、よろしくね」
ねえやが来て、また、着替えとかを手伝ってもらえるようになった。
だけど、ねえやはすごく適当な人だった。
昨日は八時に来たと思ったら今日は十一時に来た。
遅いってじいやに怒られているのを、僕は見てしまった。
それから、僕が遊ぼって言っても、ちょっと待ってって言って、どこかに行って、全然帰ってこなかったりもした。
それに、ねえやが来てから、幼稚園には行かなくなった。
ねえやがちゃんとしている時はすごく楽しくて、あっという間に一日が終わる。
そして、僕の誕生日になった。
だけど、誕生日なのにばあやも、お父さんも、お母さんも来なかった。
いつもよりも広い机に置かれた、美味しいケーキやお肉。
ねえやとじいやと、家のみんなで一緒に食べたけど、美味しくなかった。
お母さんは、なんで来なかったの?
去年は一緒に食べたのに!
ばあやは、いつまでいないの?
いつまで病院にいるの?今年はチョコケーキにしようね、って言ったのに!
食べながら、僕はぽろぽろと泣き出してしまった。
美味しいご飯も、みんなからのプレゼントも、全部、全部嬉しいはずなのに。
お母さんといたい。
ばあやとお祝いしたかった。
僕は、僕はなんてわがままなんだろう。
・金髪のお兄ちゃん
「ねえやって、何年生?」
ある日の土曜日。
僕は、ねえやに髪を梳かしてもらいながら聞いた。
ちなみに僕は今、5歳。来年の来年、一年生になる。
「えっ何年生…?えと…16かな」
「16?16歳ってこと?それって何年生なの?」
「16は、高校一年生だけど…」
「高校?ねえやは行ってないの?」
「えっとね…。ちょっとまって…」
ねえやはあごに手を置いて、ぶつぶつ何かを言っている。
それからパッと顔あげて、
「行ってるよ。いや、行ってないな。嘘はよくない」 「どっちなの?」
「えーと、あっそれより優、散歩しない?良い天気だよ!」 散歩?
「いく!」
外は、すごく暑かった。
まだ朝なのに、太陽がギラギラしてる。
どこかに、涼しい所はないかなぁ。
「あっ優、あの木陰に入るよ!」
ねえやは、公園の木を指さして言った。
木の下は少しだけ涼しくて、ほっとした。
だけどこの暑さに僕も、ねえやも動けなくて、だんだん多くなる人を見ていた。
公園の広い場所で、僕と同じくらいの女の子が、ボールで遊んでいる。
楽しそう。
でもきっと、みんな冷たいんだろうな。
「行ってきたら?」
振り返ると、ねえやが前髪を触りながらこっちを見た。 「でも…」
「楽しそうじゃん。行って来なよ」
ねえやに追い出されるように背中を押され、女の子のたちの前に行った。
女の子はびっくりした様に、ボールを止めた。
「あっ」
やっぱり、僕には無理だ。なんて返事されるだろう。
怖いよ。
(やってみなくちゃ、わかんないんじゃない?) ばあやに言われた言葉。
やってみなくちゃわかんない。
そうだ、やって失敗したら、また方法を変えれば良いんだ。
「あのね、僕も、混ぜて欲しいなって」
暑い暑い空気の中、僕は勇気を出して言ってみた。
僕は今、公園の中の誰よりも熱いと思う。
「いいよ!」
その言葉で、僕は涼しくなった。
「ありがとう!」
やってみなきゃ、わかんなかった。
みんながみんな、冷たいわけじゃない。
じいやも、ばあやも。
(冷たい時ってあるよねぇ)
それと、マチさんも。
みんながみんな、いつも冷たいわけじゃない。
いろんな人がいるんだ。
夕方。
ねえやはお水を買ってくるらしくて、僕は公園のベンチに一人で座った。
楽しかったなぁ。
思い出していたら、急にあたりがくらくなった。
人だ。
「ねえや?」
違った。ねえやじゃない。五人くらいの、男の人だ。 「ねえや、だってさ。良いところの坊ちゃんじゃね?」 「マジ?可愛い顔してるなぁ、坊ちゃん」
え、なに?
怖い、怖いよ。
「なあ、ぼっちゃん。ちょっとこっちにおいでよ」
「俺らと遊ぼうぜ」
「こいよ」
腕が、体が、震えてる。ぐいっと腕を引っ張られた。
怖いっ誰か、誰か助けて!ねえや!!
「おい、お前ら何してんだ!」
低い声が、公園に響く。
パッと顔を上げると、男の人の間から、金髪の髪が見えた。
もしかして、この人たちの仲間?
だったら、どうしよう…。
「ああ?」
「やるってのかよ」
金髪の人は、こっちに走ってきて、すごく綺麗に男の人の攻撃を避けた。
「おい坊主、めぇつぶってろ」
僕に背中を向けたまま、金髪の人は言った。
言われた通り、僕はギュッと目をつぶった。
それだけじゃ怖くて、手で目を覆った。
それから、なんだか怖い音が聞こえて、僕は耳も塞ぎたかった。
シーンと、辺りが静まり返った頃、一つの声が響いた。
よく通る、綺麗な声。
「坊主、もういいぞ」
手を離し、目を開ける。
周りを見渡したけど、あの男の人たちの姿は見えない。
よかった。
このお兄ちゃんが、助けてくれたんだ。
「もう大丈夫だ。怖かったな」
お兄ちゃんは、僕に近寄って、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
その手は大きくて、すごく優しかった。
金髪で、耳にキラキラと光るものがたくさんついていて、赤いの服を着ていた。背が僕よりももっともっと高くて、すごくかっこいい。
「優!?」
道路の方から、ねえやの声がした。
「ねえや!」
「よお」
「え、優希!なんで!?」
ねえやはすごく焦っていて、頭を右、左に振っていた。
「こいつがクソ野郎に絡まれてたから救ってやったんだ。
感謝しろよ、ねえやさん」
「えっそうなの?あ、ありがとう」
「どーいたしまして」
ねえやと、お兄ちゃんは仲良く話していた。
知り合いだったのかな?
「元気そうでよかった。じゃあな」
「うん。ありがとうね」
お兄ちゃんが帰ってしまいそうだったから、僕は急いで立ち上がった。
「あっあの!」
ん?とお兄ちゃんが振り向いた。
「た、助けてくれて、ありがとう!」
お兄ちゃんは歯をキラッと見せて、
「どうしたしまして」
と言った。
それから僕は、ねえやと一緒に家に帰った。
しばらくして、ばあやが帰ってきた。
しかしその二週間後、ばあやの声を聞くことは一生できなくなった。