徒然短編日記
「未来に行ってみたんだけどさ」
ある日彼は私にそう言ってきた。
夏が迫っていた。近所の林に行けば、かすかにセミの鳴き声を感じることができるような、そんな季節。今日はよく晴れていて、空は底抜けに明るい。
「未来?」
私は隣の彼に聞き返した。
「そう、未来さ」
彼はちょっと特別なものを見つけたかのような、子供のような声で言った。
私は、最近になってここ、故郷に帰ってきた学生である。故あって、都会に残ることができなくなり、頼るあては実家しかなかったのだ。
東京の街にいたころは友達にも会うことができたが、ここに来てからはそういうわけにもいかなくなった。東京とここは、あまりにも離れていた。
友達にだって学業があるから、なかなか気軽に「遊びにおいで」とも言えない。
そして、あわや一人になるところだった私の唯一の話し相手が、彼だった。
彼は幼少期のころ、一日中一緒に遊びまわっていた友人だ。ようするに、「幼馴染」というやつだ。彼は、私が戻ってきたと知るや否や、暇を見つけては私のもとを訪ねてくれるようになった。久しぶりに彼を見たときには、少し驚いたものだ。私の記憶の中にいた幼き少年の影は薄れ、見上げるほどの身長を持ち合わせた彼は、凛々しく頼れそうな好青年へと成長していた。
変わらないところといえば、笑顔がまぶしいところだろうか。
二重の目を少し細めて、白い歯を見せて笑う彼。
その面影だけは、あのころと変わらなかった。
私は好奇心を抱いて、彼に聞いてみた。
「未来って、どんなだったの?」
彼は「そうだなぁ…」と少し思案を始めた。実家の古びた縁側には、少し強い太陽の日がさして、彼のことを照らしていた。
「今よりも、少し暑かったな」
そんなことを言われた。
「ほかには?」
「人はたくさんいたよ。どの人たちも、こじゃれた服を着ていたね。君らのような服は、もう誰も着てなかった」
私は自分の服を見下ろす。つぎはぎだらけで、なんとも暗い服だ。ところどころ、生地も傷んでしまっている。でも、これが今の自分にできる精一杯の服装だ。彼もそのことは承知の上である。
「じゃあ、私もそんな服を着られる日が来るってことかしら?」
まだ見たこともないその服を想像する。私は明るい色が好きだから、出来たらそんな服を買ってみたいなって思う。
「そうかもね、」と彼も私に言った。
それからも、彼は思い出したものからたくさんのことを私に話してくれた。
動くドアの話、光にあふれた町の話、びっくりするほどに涼しかった、部屋の話…
どれも信じられないくらいに魅力的で、私は思わず時間も忘れて聞き入ってしまった。東京なんかとは比べ物にならないくらい素敵な場所だな、なんて少し思えてしまったくらいだ。
彼の表情も、珍しく生き生きとしていた。こんなに笑った彼を見たのは、幼少期のころぶりかもしれない。
そうして、気が付いたら黄昏時を迎えていた。
空は橙色に染まりかけて、思わずきれいだななんて思ってしまう。
「…ああ、もうこんな時間か」
彼が現実に戻ってきたように言った。彼は、忙しい。私たちのためにたくさんの訓練を重ねているから、早く家へ戻って警備をしなければいけない。
「そういえば、僕は未来へ行って一番不思議に思ったことをまだ君に話していない。聞いてくれるかい?」
縁側から立ち上がって、彼は言った。年季の入った縁側の床が、みしっ、と音を立てた。
少し天気は陰って、夜が来ることを伝えてくる。
「なあに?」
私は問う。少しのためらいの後、彼は言った。
「僕らのいるこの時代よりも、彼らのいる世界のほうが楽しそうだし、便利そうだったんだ。快適であることには、間違いない。」
「でも、どうしてあの世界の彼らは」
「今の僕たちより、ずっと疲れた顔をしていたのか――」
「空襲だーーー!!」
という叫び声を聞いたのは、その時だった。
そして、
私の実家めがけて【其れ】が落ちてきたのもまさにその時で
彼が私のことを強く抱きしめて、
遠くに母の叫びが聞こえて、
最期に、
私は、
―――太平洋戦争末期の、あの日。
黄昏時の、彼は私に言った。
「でも、どうしてあの世界の彼らは」
「今の僕たちより、ずっと疲れた顔をしていたのか―――」
ある日彼は私にそう言ってきた。
夏が迫っていた。近所の林に行けば、かすかにセミの鳴き声を感じることができるような、そんな季節。今日はよく晴れていて、空は底抜けに明るい。
「未来?」
私は隣の彼に聞き返した。
「そう、未来さ」
彼はちょっと特別なものを見つけたかのような、子供のような声で言った。
私は、最近になってここ、故郷に帰ってきた学生である。故あって、都会に残ることができなくなり、頼るあては実家しかなかったのだ。
東京の街にいたころは友達にも会うことができたが、ここに来てからはそういうわけにもいかなくなった。東京とここは、あまりにも離れていた。
友達にだって学業があるから、なかなか気軽に「遊びにおいで」とも言えない。
そして、あわや一人になるところだった私の唯一の話し相手が、彼だった。
彼は幼少期のころ、一日中一緒に遊びまわっていた友人だ。ようするに、「幼馴染」というやつだ。彼は、私が戻ってきたと知るや否や、暇を見つけては私のもとを訪ねてくれるようになった。久しぶりに彼を見たときには、少し驚いたものだ。私の記憶の中にいた幼き少年の影は薄れ、見上げるほどの身長を持ち合わせた彼は、凛々しく頼れそうな好青年へと成長していた。
変わらないところといえば、笑顔がまぶしいところだろうか。
二重の目を少し細めて、白い歯を見せて笑う彼。
その面影だけは、あのころと変わらなかった。
私は好奇心を抱いて、彼に聞いてみた。
「未来って、どんなだったの?」
彼は「そうだなぁ…」と少し思案を始めた。実家の古びた縁側には、少し強い太陽の日がさして、彼のことを照らしていた。
「今よりも、少し暑かったな」
そんなことを言われた。
「ほかには?」
「人はたくさんいたよ。どの人たちも、こじゃれた服を着ていたね。君らのような服は、もう誰も着てなかった」
私は自分の服を見下ろす。つぎはぎだらけで、なんとも暗い服だ。ところどころ、生地も傷んでしまっている。でも、これが今の自分にできる精一杯の服装だ。彼もそのことは承知の上である。
「じゃあ、私もそんな服を着られる日が来るってことかしら?」
まだ見たこともないその服を想像する。私は明るい色が好きだから、出来たらそんな服を買ってみたいなって思う。
「そうかもね、」と彼も私に言った。
それからも、彼は思い出したものからたくさんのことを私に話してくれた。
動くドアの話、光にあふれた町の話、びっくりするほどに涼しかった、部屋の話…
どれも信じられないくらいに魅力的で、私は思わず時間も忘れて聞き入ってしまった。東京なんかとは比べ物にならないくらい素敵な場所だな、なんて少し思えてしまったくらいだ。
彼の表情も、珍しく生き生きとしていた。こんなに笑った彼を見たのは、幼少期のころぶりかもしれない。
そうして、気が付いたら黄昏時を迎えていた。
空は橙色に染まりかけて、思わずきれいだななんて思ってしまう。
「…ああ、もうこんな時間か」
彼が現実に戻ってきたように言った。彼は、忙しい。私たちのためにたくさんの訓練を重ねているから、早く家へ戻って警備をしなければいけない。
「そういえば、僕は未来へ行って一番不思議に思ったことをまだ君に話していない。聞いてくれるかい?」
縁側から立ち上がって、彼は言った。年季の入った縁側の床が、みしっ、と音を立てた。
少し天気は陰って、夜が来ることを伝えてくる。
「なあに?」
私は問う。少しのためらいの後、彼は言った。
「僕らのいるこの時代よりも、彼らのいる世界のほうが楽しそうだし、便利そうだったんだ。快適であることには、間違いない。」
「でも、どうしてあの世界の彼らは」
「今の僕たちより、ずっと疲れた顔をしていたのか――」
「空襲だーーー!!」
という叫び声を聞いたのは、その時だった。
そして、
私の実家めがけて【其れ】が落ちてきたのもまさにその時で
彼が私のことを強く抱きしめて、
遠くに母の叫びが聞こえて、
最期に、
私は、
―――太平洋戦争末期の、あの日。
黄昏時の、彼は私に言った。
「でも、どうしてあの世界の彼らは」
「今の僕たちより、ずっと疲れた顔をしていたのか―――」