水槽の底で恋をした
1ヶ月後
あれから、蒼太は何度も遥の母親に会った。
最初は、偶然カフェで会っただけだった。だが、その後も二人は少しずつ、無理なく会話を交わすようになった。
遥の母親――理恵さんは、最初は少し閉ざされたような印象を与えていたが、蒼太と話しているうちに、少しずつ心を開いてくれた。
「また来てくれて、ありがとう。」
理恵さんは、蒼太を招き入れると、いつもより少し柔らかな笑顔を見せた。
彼女の家には、遥がまだいた。
部屋の隅に、遥が好きだったぬいぐるみや、絵が飾られていた。
そのどれもが、遥が“生きていた証”を感じさせた。
「今日は、君が書いた本を読み返していたの。」
蒼太が一度渡した本を、理恵さんは毎回丁寧に読み返しているようだった。
その手が止まったのは、蒼太が本を渡した時のことを思い出しながら言った言葉に、涙がこぼれたからだ。
「遥のことを、忘れたくないから…」
「遥に、ちゃんと“ありがとう”を伝えたかったから…」
その言葉に、理恵さんは静かに目を閉じて、少しだけ頷いた。
「蒼太くん、君の言葉が、私にとって何よりの慰めだった。あの子も、君と過ごした日々を、きっと大切にしていたはずよ。」
蒼太は、照れくさそうに目を伏せる。
そのまま、ゆっくりとソファに腰を下ろし、二人はしばらく黙って座っていた。
理恵さんが急に立ち上がり、キッチンに向かって言った。
「お茶でも入れようか。少し話したいことがあるの。」
蒼太は驚いて顔を上げた。
「話したいこと…?」
理恵さんは、ゆっくりと微笑んでから答えた。
「遥がもし生きていたら、きっと君と一緒に、この部屋でこうしてお茶を飲んでいたんじゃないかって、思うことがあるの。」
その言葉に、蒼太はしばらく黙っていた。
遥が生きていたら――それが、どれほど無垢で温かい未来だったのか、想像もできないほどだった。
しばらくして、理恵さんが蒼太にお茶を出しながら、静かに話し始めた。
「蒼太くん、君に聞きたかったことがあるの。」
「なんですか?」
「遥が、君にとってどんな存在だったのか。」
蒼太は、その問いに少し戸惑いながらも、ゆっくりと答えた。
「遥は、僕にとって…自分を知ってくれる数少ない人でした。
僕が何を考えているか、何を感じているかを、ちゃんと見てくれていた人でした。
でも、それだけじゃなかった。遥は、僕が思う以上に強くて、優しくて…だからこそ、僕は彼に対して、何もできなかったことが、今もずっと悔しくて。」
理恵さんは、じっと蒼太を見つめた。
その目に、温かいものがこもっていた。
「蒼太くん、遥は君を大切に思っていたのよ。君がどれほどそのことを悔いているか、私も分かる。でも、私が言えるのは、君がその悔しさを抱えたまま生きていくことが、遥にとって一番辛いことだと思う。」
その言葉に、蒼太の胸が痛くなった。
遥を愛していた。けれど、遥を守れなかった。
「だから、少しずつでもいい。君が、前に進むことを許してほしい。」
理恵さんは、静かに言った。
蒼太は、言葉を飲み込みながら、思わず目を伏せた。
その心の中で、遥と理恵さんが重なった。
遥の母親であり、彼女もまた、遥を失った悲しみと痛みに向き合いながら生きている。
そして、蒼太は初めて気づいた。
自分が感じている痛みを、理恵さんと共有できること。
それが、少しだけ、心を軽くしてくれる気がした。
蒼太は、理恵さんに向かって、穏やかに答えた。
「少しずつ、ですね。僕も、ちゃんと前に進みます。
遥が望んでくれたように、少しずつでも、幸せを感じられるように。」
理恵さんは微笑んで、静かに蒼太の手を取った。
「ありがとう。君がそう言ってくれて、私も少しだけ、安心したわ。」
二人は、ゆっくりとお茶を飲みながら、遥のことを語り合った。
そして、少しだけ、未来を見つめることができた気がした。
時間は、少しずつ過ぎていく。
そして、蒼太もまた、遥と理恵さんに支えられながら、生きていく力を取り戻していった。
遥が生きた証は、確かに今も、この世界のどこかで息づいている。
その証を胸に、蒼太はこれからも歩み続けるだろう――
遥の母親と共に。
あれから、蒼太は何度も遥の母親に会った。
最初は、偶然カフェで会っただけだった。だが、その後も二人は少しずつ、無理なく会話を交わすようになった。
遥の母親――理恵さんは、最初は少し閉ざされたような印象を与えていたが、蒼太と話しているうちに、少しずつ心を開いてくれた。
「また来てくれて、ありがとう。」
理恵さんは、蒼太を招き入れると、いつもより少し柔らかな笑顔を見せた。
彼女の家には、遥がまだいた。
部屋の隅に、遥が好きだったぬいぐるみや、絵が飾られていた。
そのどれもが、遥が“生きていた証”を感じさせた。
「今日は、君が書いた本を読み返していたの。」
蒼太が一度渡した本を、理恵さんは毎回丁寧に読み返しているようだった。
その手が止まったのは、蒼太が本を渡した時のことを思い出しながら言った言葉に、涙がこぼれたからだ。
「遥のことを、忘れたくないから…」
「遥に、ちゃんと“ありがとう”を伝えたかったから…」
その言葉に、理恵さんは静かに目を閉じて、少しだけ頷いた。
「蒼太くん、君の言葉が、私にとって何よりの慰めだった。あの子も、君と過ごした日々を、きっと大切にしていたはずよ。」
蒼太は、照れくさそうに目を伏せる。
そのまま、ゆっくりとソファに腰を下ろし、二人はしばらく黙って座っていた。
理恵さんが急に立ち上がり、キッチンに向かって言った。
「お茶でも入れようか。少し話したいことがあるの。」
蒼太は驚いて顔を上げた。
「話したいこと…?」
理恵さんは、ゆっくりと微笑んでから答えた。
「遥がもし生きていたら、きっと君と一緒に、この部屋でこうしてお茶を飲んでいたんじゃないかって、思うことがあるの。」
その言葉に、蒼太はしばらく黙っていた。
遥が生きていたら――それが、どれほど無垢で温かい未来だったのか、想像もできないほどだった。
しばらくして、理恵さんが蒼太にお茶を出しながら、静かに話し始めた。
「蒼太くん、君に聞きたかったことがあるの。」
「なんですか?」
「遥が、君にとってどんな存在だったのか。」
蒼太は、その問いに少し戸惑いながらも、ゆっくりと答えた。
「遥は、僕にとって…自分を知ってくれる数少ない人でした。
僕が何を考えているか、何を感じているかを、ちゃんと見てくれていた人でした。
でも、それだけじゃなかった。遥は、僕が思う以上に強くて、優しくて…だからこそ、僕は彼に対して、何もできなかったことが、今もずっと悔しくて。」
理恵さんは、じっと蒼太を見つめた。
その目に、温かいものがこもっていた。
「蒼太くん、遥は君を大切に思っていたのよ。君がどれほどそのことを悔いているか、私も分かる。でも、私が言えるのは、君がその悔しさを抱えたまま生きていくことが、遥にとって一番辛いことだと思う。」
その言葉に、蒼太の胸が痛くなった。
遥を愛していた。けれど、遥を守れなかった。
「だから、少しずつでもいい。君が、前に進むことを許してほしい。」
理恵さんは、静かに言った。
蒼太は、言葉を飲み込みながら、思わず目を伏せた。
その心の中で、遥と理恵さんが重なった。
遥の母親であり、彼女もまた、遥を失った悲しみと痛みに向き合いながら生きている。
そして、蒼太は初めて気づいた。
自分が感じている痛みを、理恵さんと共有できること。
それが、少しだけ、心を軽くしてくれる気がした。
蒼太は、理恵さんに向かって、穏やかに答えた。
「少しずつ、ですね。僕も、ちゃんと前に進みます。
遥が望んでくれたように、少しずつでも、幸せを感じられるように。」
理恵さんは微笑んで、静かに蒼太の手を取った。
「ありがとう。君がそう言ってくれて、私も少しだけ、安心したわ。」
二人は、ゆっくりとお茶を飲みながら、遥のことを語り合った。
そして、少しだけ、未来を見つめることができた気がした。
時間は、少しずつ過ぎていく。
そして、蒼太もまた、遥と理恵さんに支えられながら、生きていく力を取り戻していった。
遥が生きた証は、確かに今も、この世界のどこかで息づいている。
その証を胸に、蒼太はこれからも歩み続けるだろう――
遥の母親と共に。