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この物語は、少し暗いテーマや感情的に重い部分がありますので、そういった内容が苦手な方はご注意ください。ご自身の気分を大切にし、無理せず読んでいただければと思います。




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水槽の底で恋をした

#5

名前のない小説

――3年後
出版された小説の背表紙には、作者名「F.S.」とだけあった。
無名の新人の作品にしては、異様に静かな話題を呼んだ。

物語の内容は、こうだ。

「教室の隅にいる、誰にも気づかれない少年と、彼の存在に初めて気づいた一人の青年。
 二人の間には、恋と呼ぶには切なすぎる距離があって、
 それでも、何かを“分け合おう”とした記録のような時間だった。」

読んだ人の多くが、静かに涙を流した。
そして、口をそろえて言った。

「この話は、きっと“実話”なんだろう」

それを書いたのは、藤倉蒼太――
遥が愛した、あの少年だった。

あの手紙を見つけてから、蒼太は夜ごと夢を見た。
遥の声。
遥の横顔。
遥が言えなかった言葉。

最初は、自分のために書き始めた。
誰にも見せるつもりなんかなかった。

でも、ある日ふと思った。

「こいつの声を、俺が忘れたら、世界のどこにも残らなくなる」

そう思った瞬間、手が止まらなくなった。

初めての原稿用紙の片隅、蒼太は鉛筆でこう書いた。

「この物語は、君のためにある。
 君がもうここにいなくても、
 君を愛した誰かが、生きてここにいる。」

名前は出さなかった。
でも、わかる人にはわかるだろうと思った。

あの教室の隅。
あの雨の日の帰り道。
水槽の底で揺れていた心。

それは全部、遥という人間が確かに生きた証だった。

出版の打診が来たとき、迷った。
これは“自分の悲しみ”を売ることになるんじゃないかって。

でも、編集者の一言で決めた。

「この物語を、必要としてる人が、必ずどこかにいる」

発売日の夜、蒼太は一冊の本を持って海に向かった。
遥と最後に立った、あの波打ち際。

波に濡らさぬように、胸に抱えて、空を見た。

「なあ、遥。届いてるか?」

星のない空。
返事はない。けど、風の中に、たしかにあの声があった気がした。

本のラストには、こんな一文が記されていた。

「君を忘れない。
 たとえ誰が忘れても、俺はずっと、君を書き続ける」

蒼太は今日も、ノートを広げて、遥との日々を綴っている。

物語の中でしか生きられなかった遥のために、
今度は物語の中でだけでも、生きてほしいと願いながら。

そして、それが“残された者”の、たった一つの救いだった。

作者メッセージ

彼は、もうこの世界にはいません。
でも、物語の中に、確かに生きています。

忘れないことは、時に痛みを伴うけれど。
それが、誰かを愛した証だと、今では思えます。

この小説を通して、どこかで“君”に届くことを願って。

――F.S.

2025/04/14 20:53

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