【参加終了】旅する絵描きと思い出の色
嶺「うわぁ……」
紐「ふふ、すごいでしょ〜」
周りには私の身長の2倍はある大岩が立ち並んでいた。岩の上や木にところ構わず生えている濃い緑色の苔が、木漏れ日に照らされて違う色に輝いている。森に丸ごと絨毯をかけましたと言われても容易に頷ける。
光に照らされた苔の色、力強く温かい木の質感。冷たい岩と温かい日差しを透かす葉の匂いが森全体を包み込んでいるような、不思議な空間だ。
紐「ここが苔の回廊だよ、嶺。すごいでしょ?」
嶺「すごい……綺麗…」
私が思わず感嘆の声を漏らすと、紐ちゃんは『当たり前じゃん!』と陽気に告げた。紐ちゃんが私の前に出る。
彼女が荷物から引っ張り出した落石防止用のヘルメット。紐ちゃんは顔が小さいので割と不恰好だが、不思議とこの空間には合っていると感じる。
生命力に溢れていて、この場所には透明になってしまったように馴染んでいて。
苔の回廊という場所にぴったりな彼女は、溌剌とした笑みを浮かべた。
紐「なんてったって、日本中を回った私が一番好きな場所だからね!」
今この瞬間を、丸ごと画用紙に閉じ込めてしまいたい。描きたい。絵を描きたい。
暴れ出した心臓を合図に、見開いた目にそのままその景色を焼き付けた。忘れたくない。変わらないで。
そう思ってしまってからは早かった。
嶺「すぐ終わるから!」
紐「あ、スイッチ入れちゃった」
邪魔にならないようなところまでなれない登山靴でダッシュすると、少々くたびれたリュックサックをひっくり返す。たくさんの筆やら絵の具やらが出てきたが、その中にある色あせた箱を手に取った。
じいちゃんの部屋を少し見に行った時に発見した水彩絵の具だ。高い絵の具なので今回は自分のそこそこ安い絵の具で描こうと思っていたが、あれは絶対じいちゃんので書いたほうがいい。
スケッチブックを取り出すと、鉛筆で下書きを進めていく。結構雑だが気にしてはいけない。時間が経つと何も描けなくなる。
先ほど視界に焼き付けた景色を思いっきりスケッチブックにぶつける。
紐「絵の具使うのね?私バケツに水汲んでくる!」
嶺「すごくありがとう!!!」
最強に気を回してくれる紐ちゃんに感謝しつつ、筆を濡らして絵の具を伸ばす。やっぱり綺麗な色だ。
どれくらい経ったのだろうか。夢中で描いていた絵はいつの間にか完成していて、紐ちゃんはその絵を食い入るように見つめていた。
嶺「よし、完成…!」
紐「すごい…すごいよ嶺!!!!!ちょっと待ってマジで感動しちゃった…」
紐ちゃんの潤んだ藍色の目を見る。そしてもう一度自分の絵を見る。
岩のうえに絨毯のように広がった苔に、さまざまな方向にはえた木の影。太陽の光がスポットライトのように苔を照らしていて、その中心に立つ紐ちゃん。
我ながら、なかなかによく出来た。
嶺「気に入ったならあげるよ、はい」
紐「えっ、いいの!?」
絵をスケッチブックから外して渡すと、彼女は目を輝かせて受け取る。『いやぁ、本当にすごい』と言いながら絵を見つめる。
しばらくそうしていると、紐ちゃんが口を開いた。
紐「ねぇ、嶺はさ……将来何するつもりなの?」
嶺「美術系の職に就きたいなって思ってる。今の芸大出て、副業でもいいから画家になりたいなーみたいな」
画家、厳しい職業だと思う。認められないと食べていけない不安定な仕事だし、その名声もいつまで続くかわからない。
いまだにぼんやりした将来像には正直不安しかない。
紐「……んー、じゃあこれ嶺が持ってなよ」
嶺「え、なんで?気に入らなかった?」
紐「そうじゃなくてさ…」
紐ちゃんはこちらに絵を渡すと、ほがらかな笑顔でこう言った。
紐「将来、嶺が個展とか開くようなことあったら展示してよ」
嶺「……個展開くかどうかもわかんないじゃん」
紐「いーいーのー!」
冷たい返事をしたが、正直言ってとても嬉しい。超嬉しい。泣きそうなくらい。
そのことを悟られないように引っ張り出した画材を片付けると、先を行く紐ちゃんをあまり早くない足で追いかけた。
[斜体][明朝体]──R8.7.21 桜咲 嶺 北海道千歳市 苔の回廊[/明朝体][/斜体]
絵の後ろに走り書きされた嶺の文字が、木漏れ日のように優しい光を放っていた。
紐「ふふ、すごいでしょ〜」
周りには私の身長の2倍はある大岩が立ち並んでいた。岩の上や木にところ構わず生えている濃い緑色の苔が、木漏れ日に照らされて違う色に輝いている。森に丸ごと絨毯をかけましたと言われても容易に頷ける。
光に照らされた苔の色、力強く温かい木の質感。冷たい岩と温かい日差しを透かす葉の匂いが森全体を包み込んでいるような、不思議な空間だ。
紐「ここが苔の回廊だよ、嶺。すごいでしょ?」
嶺「すごい……綺麗…」
私が思わず感嘆の声を漏らすと、紐ちゃんは『当たり前じゃん!』と陽気に告げた。紐ちゃんが私の前に出る。
彼女が荷物から引っ張り出した落石防止用のヘルメット。紐ちゃんは顔が小さいので割と不恰好だが、不思議とこの空間には合っていると感じる。
生命力に溢れていて、この場所には透明になってしまったように馴染んでいて。
苔の回廊という場所にぴったりな彼女は、溌剌とした笑みを浮かべた。
紐「なんてったって、日本中を回った私が一番好きな場所だからね!」
今この瞬間を、丸ごと画用紙に閉じ込めてしまいたい。描きたい。絵を描きたい。
暴れ出した心臓を合図に、見開いた目にそのままその景色を焼き付けた。忘れたくない。変わらないで。
そう思ってしまってからは早かった。
嶺「すぐ終わるから!」
紐「あ、スイッチ入れちゃった」
邪魔にならないようなところまでなれない登山靴でダッシュすると、少々くたびれたリュックサックをひっくり返す。たくさんの筆やら絵の具やらが出てきたが、その中にある色あせた箱を手に取った。
じいちゃんの部屋を少し見に行った時に発見した水彩絵の具だ。高い絵の具なので今回は自分のそこそこ安い絵の具で描こうと思っていたが、あれは絶対じいちゃんので書いたほうがいい。
スケッチブックを取り出すと、鉛筆で下書きを進めていく。結構雑だが気にしてはいけない。時間が経つと何も描けなくなる。
先ほど視界に焼き付けた景色を思いっきりスケッチブックにぶつける。
紐「絵の具使うのね?私バケツに水汲んでくる!」
嶺「すごくありがとう!!!」
最強に気を回してくれる紐ちゃんに感謝しつつ、筆を濡らして絵の具を伸ばす。やっぱり綺麗な色だ。
どれくらい経ったのだろうか。夢中で描いていた絵はいつの間にか完成していて、紐ちゃんはその絵を食い入るように見つめていた。
嶺「よし、完成…!」
紐「すごい…すごいよ嶺!!!!!ちょっと待ってマジで感動しちゃった…」
紐ちゃんの潤んだ藍色の目を見る。そしてもう一度自分の絵を見る。
岩のうえに絨毯のように広がった苔に、さまざまな方向にはえた木の影。太陽の光がスポットライトのように苔を照らしていて、その中心に立つ紐ちゃん。
我ながら、なかなかによく出来た。
嶺「気に入ったならあげるよ、はい」
紐「えっ、いいの!?」
絵をスケッチブックから外して渡すと、彼女は目を輝かせて受け取る。『いやぁ、本当にすごい』と言いながら絵を見つめる。
しばらくそうしていると、紐ちゃんが口を開いた。
紐「ねぇ、嶺はさ……将来何するつもりなの?」
嶺「美術系の職に就きたいなって思ってる。今の芸大出て、副業でもいいから画家になりたいなーみたいな」
画家、厳しい職業だと思う。認められないと食べていけない不安定な仕事だし、その名声もいつまで続くかわからない。
いまだにぼんやりした将来像には正直不安しかない。
紐「……んー、じゃあこれ嶺が持ってなよ」
嶺「え、なんで?気に入らなかった?」
紐「そうじゃなくてさ…」
紐ちゃんはこちらに絵を渡すと、ほがらかな笑顔でこう言った。
紐「将来、嶺が個展とか開くようなことあったら展示してよ」
嶺「……個展開くかどうかもわかんないじゃん」
紐「いーいーのー!」
冷たい返事をしたが、正直言ってとても嬉しい。超嬉しい。泣きそうなくらい。
そのことを悟られないように引っ張り出した画材を片付けると、先を行く紐ちゃんをあまり早くない足で追いかけた。
[斜体][明朝体]──R8.7.21 桜咲 嶺 北海道千歳市 苔の回廊[/明朝体][/斜体]
絵の後ろに走り書きされた嶺の文字が、木漏れ日のように優しい光を放っていた。