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鏡の中の微笑み

#1


深夜、家に帰ると、どこか静けさが異常に感じた。風の音も、外の車の音も、全てが不自然に感じられる。

美月はその夜、珍しく早く帰宅してしまった。普段なら仕事で遅くなることが多く、部屋に帰ると暗闇の中に一人でいることが多い。しかし、今日はそれが不安に感じてならなかった。

部屋に入ると、いつものように静寂が広がっていた。壁に掛けられた大きな鏡の前に立ち、疲れた顔を映す。鏡の中の自分の顔は、どこか無表情で疲れているように見えた。

その鏡の縁は古びており、所々傷がついていた。以前、フリーマーケットで見つけたものだが、他にはない独特のデザインに惹かれて買ってしまった。家に帰って鏡を掛けた日から、なんとなく気になることがあった。映る自分の姿がどこか異なって見えるような気がするのだ。

「疲れたな…」美月は自分に呟いて、鏡の前から離れようとした。

だが、その時、鏡の中で何かが動いた。

一瞬、視界が揺れ、鏡の中の自分が微動だにせず立ち尽くしていた。その目が、ほんの少しだけ動いた気がした。自分が動くと、鏡の中の自分も動くのは当たり前だが、あまりにもタイミングが合いすぎているように感じた。

美月はその瞬間、強い不安に包まれた。

「…気のせいだ。」彼女は首を振り、その場を離れようとした。

だが、ふと足が止まる。鏡の中の自分が、薄く微笑んでいるのを見たのだ。

その微笑みは、誰かに見られていることを意識したように、歪んで不自然だった。美月は息を呑み、すぐに鏡を見つめ直す。

鏡の中の自分は、今やニヤリとした笑みを浮かべていた。

それが、あまりにも恐ろしい笑みだった。

「…まさか。」美月の心臓が激しく鼓動を打った。鏡をじっと見つめると、映る自分の目が少しずつ変化していくのが分かった。

目の中に暗い影が差し込んでくるように、何か不穏な気配が漂い始める。鏡の中の自分の目が、まるで別のものに見えるようになった。その目が、彼女をじっと見つめる。

その瞬間、美月の耳に低い声が聞こえた。

「出てきてほしいの?」

驚きと恐怖で立ち尽くす美月。声ははっきりと鏡の中から聞こえた。だが、その声は、まるで彼女自身の声のようであり、でもどこか異質だった。

その時、美月は初めて気づいた。鏡の中の自分が、彼女に向かって何かをしようとしているのではなく、鏡の外の自分に対して、無理に微笑みかけているのだ。

「違う…これは違う。」美月は震える声で呟きながら、鏡から目を逸らし、立ち去ろうとした。しかし、足が動かない。

その瞬間、背後で、カツン、カツン、足音が響く。

美月は恐る恐る振り返った。

だが、誰もいない。

ただ、鏡の中に映る彼女が、鏡の外の彼女に微笑み続けていた。

その時、何かが違った。鏡の中の自分が一歩、フレームから出た気がした。

「…え?」美月は背中が凍りつく感覚を覚え、鏡に目を戻した。

鏡の中の自分が、ゆっくりと、こちらに歩み寄る。表情は変わらず、ただ微笑み続けているが、その笑みはあまりにも不自然で、まるで皮膚の下から何かが蠢いているようだった。

その瞬間、鏡の中の自分が、まるで現実に出てくるかのように、鏡から抜け出してきた。

美月は思わずその場で叫び声を上げる。体が硬直し、足が動かない。目の前に現れたのは、今まで見たことのない、異形のような自分だった。

その「もう一人の自分」は、首を傾げて不気味に笑いながら言った。

「やっと、会えたね。」

美月の心臓は凍りついた。背後からは、他にも何かが近づいてくるような気配がした。

作者メッセージ

この物語は、日常に潜む「異常」に対する恐怖を描きました。鏡という身近な存在を通じて、現実と幻想が交錯する瞬間の不安感を表現しています。誰もが持つ「自分」というものに対する疑問や恐れが、物語を通じて徐々に形を成し、最終的には最も身近で信じていたものが恐怖の源となるのです。読者の皆様がこの話を通じて、普段何気なく見ているものの中に潜む不安や恐怖を感じ取っていただければ幸いです。

月影

2025/03/26 20:18

月影 ID:≫ 5iUgeXQ3Vbsck
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