通学エブリデイ
「ハルー、起きなさーい」
そんな母の声に俺は目を覚ました。やはり快適な睡眠は自然に起きるのが望ましく、目覚ましや他人によって無理やり起こされるのは些か気分が悪い。とはいえ、自分で起きられない、起きる努力もしない俺にはそんなことを言う筋合いなどある筈が無く、一人小さく舌打ちそれから返事をする。が、その声は母親には届かなかったようで、もう一度「ハルー!」と呼ばれる。少し刺々しい声で「聞こえてるし、返事もしたよ!」と一階で料理をしているであろう母親に返した。
母は階段から降りる俺を一瞥すると、呆れたようにため息をつく。
「ハル、人に起こされるのが不快なのは分かるけどね。せっかく起こしてあげてるのに不機嫌になられる私の気持ちも考えてよー」
確かにそうなのだが。朝から自らの幼稚さを見せつけられたみたいだ。俺はそれに生返事をする。すると、母は何か思い出して俺を見る。
「夏菜起こすの忘れてた。お兄ちゃん、起こしてきてよ」
いきなりお兄ちゃんと呼ばれると、なんだか言葉に詰まる。母は昔から俺に説教する時や物を頼む際には決まって俺をこう呼び、良いように使うのだ。俺はやれやれといった風に大仰に肩をすくめ、一度降りた階段をまた登る。家族とはいえ女子は女子だ。いきなりドアを開けて妹に嫌がられてもかなわない。俺は三回ほどノックすると
「夏菜ー、起きてるかー」
と声を掛ける。数秒後、「んーっ」と伸びをする声が聞こえたので役目を果たしたと思った俺はまた、一階へ降りようとする。しかし布団を被る音を聞き逃さなかった俺は、降りかけた階段を駆け上る。先ほど躊躇した妹の部屋のドアを何の迷いもなく開けると、被り直したそれを引っぺがした。
「な、お兄ちゃっわたしの生命線をー!」
そう言う妹は完全に俺を敵と見なし、布団を奪い返そうと襲いかかってきた。しかし寝ぼけた頭で行動できる事は少なかったか、へにゃっとしたパンチを簡単に交わして妹の頭を軽く小突いた。
「アホか。新学期の頭から遅刻なんて、先生からの信頼度下がるぞ」
「わたしはお兄ちゃんよりできる子だからね、そのくらい失っても問題はないのだよ!すぐ取り返せる!…ということで、その布団も取り返すとしましょう」
その後も「ダメだ」とか「返せ」だとか言い争う。しかしながらそんな言い合いは母親の「いい加減にしなさい」という冷たい声により、終わりを迎えた。夏菜と一緒に階段を降りていると、夏菜は頬を膨らませて俺を睨む。
「そもそもだよ、お兄ちゃん。女子の部屋に無断で入るのはどうかと思うのですよ、わたし。失望したよまったく」
「俺だって一回目は気遣ったぞ。けどその一回目で、部屋に入らない限り永遠に起こさないといけない地獄が待っていることを確信したんだ。マジではよ起きろ」
なるほど確かに、起こしても感謝なく悪く言われるのは中々にムカつくな。俺の高校生になって初めての朝はそうして始まった。
[中央寄せ]◇ ◇ ◇[/中央寄せ]
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせ、母の作った朝食を食べる。先ほどかなり時間を無駄にした俺たちは普段なら軽く談笑するところ、黙々と食事に専念していた。
夏菜は中学二年生だ。彼女の通う中学は俺の通う高校より近いため、俺と比べて幾分かゆっくりサラダを食べている。それでも急いでいるのには変わりない。
俺は早々に朝食を食べ終え、新たな制服に身を包む。まだ頭を覆っていた眠気も、そのキチっとした装いにどこかへ追いやられた。夏菜は俺を見て
「お、似合ってるじゃん」
なんて言い、母と笑い合う。なんだか少し気恥ずかしくて、もう用意は終わっているにもかかわらず、俺は鞄の中身を確かめる素振りを見せた。すると家の中にピンポーンという電子音が響く。その音を鳴らす人間を知っている俺たちは、それを合図に
「じゃ、行ってきます」
「ん、いってらー」
と挨拶して家を出た。玄関の先で待っていたのは幼稚園からの幼馴染、鈴代 冬香である。俺は今までと違う学校に通い、今までと違う制服に身を包んでいる。けれどこの景色だけは今までと何ら変わりない。彼女は俺が扉を閉めたのを確認すると、手を挙げる。
「おはよー、ハルくん」
「おう、おはよう。…じゃあ行くか」
地球温暖化がぐんぐん進むこの時代、四月はいつかの夏と変わりないのではないかと言った具合に暑く、一歩また一歩と足を進めるごとに体力が奪われているような気さえする。けれどそんな俺とは反対に冬香はニコニコと弾むように歩いている。いつも適当に話をして登校していたのだが、今日はどのような話題を振るのだろうか。と、冬香はいきなりとててっと少しだけ先を行き振り返る。
「いやー、あたしたちもう高校生だよ?」
「そうだな。で、それがどうしたんだ?」
「それこそが今日話したいことなんだよ!…なんかさ、中学生の時ってさ『高校生になったら誰かと付き合わないといけない』みたいに思ってなかった?」
「まあ、ちらほら中学でも早いやつは付き合ってたしな。思わなくはなかったな」
「だよねだよねー」
「何、俺今から告白されんの?」
「あ、違う違う。あたしが言いたいのは、世間でよく言われてること。『男女の友情は成立するのか』だよ」
俺の小粋なジョークを否定するのは良いが、それにしても淡白過ぎないだろうか。なんだよ「あ、違う違う」って。俺のメンタルは完全に凍らせた豆腐だ。だが今の暑い時期はすぐに溶ける。何か色々言ったが、俺のメンタルは弱いということである。よって軽くあしらわれた俺は軽く傷付いた。それでもなんとか持ち直した俺は、平静を装って答える。
「まあ俺は『する』が答えだな」
「理由は?」
「そうだな、ソースは俺とお前」
「確かにね、あたしもそう思うよ。漫画とかで悉く幼馴染が振られるのも、みんなどこかでそんな風に思ってるからなのかもね」
「お、高校が見えてきたぞ」
「そうだね、同じクラスになれるかなー」
「どうだろうな」
俺たちは同時に、高校の敷地を跨いだ。さて、どんなクラスで、どんな友達ができるのだろうか。楽しみで仕方がない。
そんな母の声に俺は目を覚ました。やはり快適な睡眠は自然に起きるのが望ましく、目覚ましや他人によって無理やり起こされるのは些か気分が悪い。とはいえ、自分で起きられない、起きる努力もしない俺にはそんなことを言う筋合いなどある筈が無く、一人小さく舌打ちそれから返事をする。が、その声は母親には届かなかったようで、もう一度「ハルー!」と呼ばれる。少し刺々しい声で「聞こえてるし、返事もしたよ!」と一階で料理をしているであろう母親に返した。
母は階段から降りる俺を一瞥すると、呆れたようにため息をつく。
「ハル、人に起こされるのが不快なのは分かるけどね。せっかく起こしてあげてるのに不機嫌になられる私の気持ちも考えてよー」
確かにそうなのだが。朝から自らの幼稚さを見せつけられたみたいだ。俺はそれに生返事をする。すると、母は何か思い出して俺を見る。
「夏菜起こすの忘れてた。お兄ちゃん、起こしてきてよ」
いきなりお兄ちゃんと呼ばれると、なんだか言葉に詰まる。母は昔から俺に説教する時や物を頼む際には決まって俺をこう呼び、良いように使うのだ。俺はやれやれといった風に大仰に肩をすくめ、一度降りた階段をまた登る。家族とはいえ女子は女子だ。いきなりドアを開けて妹に嫌がられてもかなわない。俺は三回ほどノックすると
「夏菜ー、起きてるかー」
と声を掛ける。数秒後、「んーっ」と伸びをする声が聞こえたので役目を果たしたと思った俺はまた、一階へ降りようとする。しかし布団を被る音を聞き逃さなかった俺は、降りかけた階段を駆け上る。先ほど躊躇した妹の部屋のドアを何の迷いもなく開けると、被り直したそれを引っぺがした。
「な、お兄ちゃっわたしの生命線をー!」
そう言う妹は完全に俺を敵と見なし、布団を奪い返そうと襲いかかってきた。しかし寝ぼけた頭で行動できる事は少なかったか、へにゃっとしたパンチを簡単に交わして妹の頭を軽く小突いた。
「アホか。新学期の頭から遅刻なんて、先生からの信頼度下がるぞ」
「わたしはお兄ちゃんよりできる子だからね、そのくらい失っても問題はないのだよ!すぐ取り返せる!…ということで、その布団も取り返すとしましょう」
その後も「ダメだ」とか「返せ」だとか言い争う。しかしながらそんな言い合いは母親の「いい加減にしなさい」という冷たい声により、終わりを迎えた。夏菜と一緒に階段を降りていると、夏菜は頬を膨らませて俺を睨む。
「そもそもだよ、お兄ちゃん。女子の部屋に無断で入るのはどうかと思うのですよ、わたし。失望したよまったく」
「俺だって一回目は気遣ったぞ。けどその一回目で、部屋に入らない限り永遠に起こさないといけない地獄が待っていることを確信したんだ。マジではよ起きろ」
なるほど確かに、起こしても感謝なく悪く言われるのは中々にムカつくな。俺の高校生になって初めての朝はそうして始まった。
[中央寄せ]◇ ◇ ◇[/中央寄せ]
「「「いただきます」」」
三人で手を合わせ、母の作った朝食を食べる。先ほどかなり時間を無駄にした俺たちは普段なら軽く談笑するところ、黙々と食事に専念していた。
夏菜は中学二年生だ。彼女の通う中学は俺の通う高校より近いため、俺と比べて幾分かゆっくりサラダを食べている。それでも急いでいるのには変わりない。
俺は早々に朝食を食べ終え、新たな制服に身を包む。まだ頭を覆っていた眠気も、そのキチっとした装いにどこかへ追いやられた。夏菜は俺を見て
「お、似合ってるじゃん」
なんて言い、母と笑い合う。なんだか少し気恥ずかしくて、もう用意は終わっているにもかかわらず、俺は鞄の中身を確かめる素振りを見せた。すると家の中にピンポーンという電子音が響く。その音を鳴らす人間を知っている俺たちは、それを合図に
「じゃ、行ってきます」
「ん、いってらー」
と挨拶して家を出た。玄関の先で待っていたのは幼稚園からの幼馴染、鈴代 冬香である。俺は今までと違う学校に通い、今までと違う制服に身を包んでいる。けれどこの景色だけは今までと何ら変わりない。彼女は俺が扉を閉めたのを確認すると、手を挙げる。
「おはよー、ハルくん」
「おう、おはよう。…じゃあ行くか」
地球温暖化がぐんぐん進むこの時代、四月はいつかの夏と変わりないのではないかと言った具合に暑く、一歩また一歩と足を進めるごとに体力が奪われているような気さえする。けれどそんな俺とは反対に冬香はニコニコと弾むように歩いている。いつも適当に話をして登校していたのだが、今日はどのような話題を振るのだろうか。と、冬香はいきなりとててっと少しだけ先を行き振り返る。
「いやー、あたしたちもう高校生だよ?」
「そうだな。で、それがどうしたんだ?」
「それこそが今日話したいことなんだよ!…なんかさ、中学生の時ってさ『高校生になったら誰かと付き合わないといけない』みたいに思ってなかった?」
「まあ、ちらほら中学でも早いやつは付き合ってたしな。思わなくはなかったな」
「だよねだよねー」
「何、俺今から告白されんの?」
「あ、違う違う。あたしが言いたいのは、世間でよく言われてること。『男女の友情は成立するのか』だよ」
俺の小粋なジョークを否定するのは良いが、それにしても淡白過ぎないだろうか。なんだよ「あ、違う違う」って。俺のメンタルは完全に凍らせた豆腐だ。だが今の暑い時期はすぐに溶ける。何か色々言ったが、俺のメンタルは弱いということである。よって軽くあしらわれた俺は軽く傷付いた。それでもなんとか持ち直した俺は、平静を装って答える。
「まあ俺は『する』が答えだな」
「理由は?」
「そうだな、ソースは俺とお前」
「確かにね、あたしもそう思うよ。漫画とかで悉く幼馴染が振られるのも、みんなどこかでそんな風に思ってるからなのかもね」
「お、高校が見えてきたぞ」
「そうだね、同じクラスになれるかなー」
「どうだろうな」
俺たちは同時に、高校の敷地を跨いだ。さて、どんなクラスで、どんな友達ができるのだろうか。楽しみで仕方がない。