不遇水魔法使いの禁忌術式
「たかが数百人死んだだけで追放なんてさ。戦争を繰り返すよりよっぽどマシじゃないか。そうは思わないかい?」
「......」
「はぁ...次の接触の時には風属性魔法でも乗せてもらおうかな」
「......ひ〜〜ま〜〜だ〜〜!!もう飽きた!!書くだけじゃつまんない〜!!」
「......」
トダー人形に語り掛けるのにも飽きたのだろう。大きなため息が漏れる。
彼女の名は[太字]サーシャ・クローチェ[/太字]。
国内随一の水属性魔術師と自他ともに認められている研究者。
他者を幸福にするための良心は持ち合わせていないが国益を生み出す事については天才的であった。しかし、つい先日発見した新たな魔術が暴発。都市の一区画を全て砂へと変化させた上、大勢の犠牲者を生み出した。失われた人命...実に[太字]451[/太字]名。
犠牲者の多くは研究者及び軍人であったために、事態を重く見たリヴァーニュ政府は犯人であるサーシャ・クローチェを国家反逆罪として即座に処刑しようとした。しかし、サーシャがこれまでに発見した様々な功績や事件発生時の状況等の要因によりガルシア砂漠への永久追放といった処分が下されることとなった。噂によると何やら裏取引があったらしいが真偽は定かでは無い。
そんなこんなで追放される事が決まったサーシャだったが、それを知った彼女はこう言ったとされている。
「追放されるとはいえ何も変わらないよ。ボクほどの天才ならどんな環境でも問題なく研究を続けられるとも。キミたちは今まで通りボクの後を着いてこればいい」
なんと自信に満ち溢れた発言だろうか。国家反逆罪として処刑されそうになった者とは思えない。実際、これを聞いた犠牲者の家族の1部は激怒したらしく中には王室にまで侵入した人もいるとかいないとか。
実際のところはサーシャが研究所にこもりがちであったために1人で過ごすことに慣れていた上、何故か追放先でも彼女の生活水準が大きく変化する事がないのを知るためである。そういった理由で、彼女自身の認識も研究場所が中央都市ディックからガルシア砂漠へと変化する程度だった。
結論から言うならば、彼女の予想は大きく外れる事になる。
食事を自ら作る必要が出てきた、彼女の研究を影ながら支える人がいなくなった等の問題もあるが、やはり1番の問題点といえば彼女自身が水魔法を使えない環境にいることだろう。
不幸にも彼女は実践型の研究者であった。
この世界における魔法は大きく2種類に分けられている。
その場にあるマナを無造作に使用して発動する一般術式魔法と一般魔法の応用術式として、対応する物質のマナを取り出すことで、発動出来る属性術式魔法。
一般術式の練度が一定水準に達した際に初めて使用出来るようになるのが属性術式なのだが、彼女はその属性魔法の一つである水魔法を専門としている。
水魔法の特徴は使用用途が狭い上にどんな些細な術式であっても発動のために一定量の水を消費するというもの。他の属性術式である風魔法や日魔法に比べて非常に取り回しが悪い上に、マナの吸収効率もそれなりといういわゆるハズレ属性。
サーシャの研究で水からのマナ吸収効率の格段な上昇等により、水魔法を取り巻く環境は大きく改善したものの、日魔法が日光から、風魔法が空気中からマナを回収する事が出来る一方で、水魔法は「水」からしか供給を受けられない上、肝心の水が国土の8割が砂漠であるリヴァーニュには非常に少ない、といった根本的な問題は解決されていなかった。
サーシャが開発した術式《幻朧》がこれらの問題を全て解決出来るかも、とされていたが先程も言及したように結果は失敗。甚大な被害を生み出した。
少し話題が滑ってしまったが、彼女の追放先はリヴァーニュ国の中でも特筆して生存が難しく、入ってしまえば二度と出られないと噂のガルシア砂漠。水魔法を使える量の水などあるはずもなく。
至極当然ではあるが、水魔法で被害をもたらした容疑者を水魔法が自由に使える場所に置くはずがない。少し考えれば誰でも分かるような事ではあるはずなのに、研究に熱中していた当時の彼女にとっては術式《幻朧》の完成以外は些細な事であり目に入っていなかった。もちろん、これらは全て実験の失敗とはいえ数百人の人命を失わせた彼女の自業自得。しかし、彼女にとっての研究とは命を賭してでも成し遂げるもの。その過程で最も重要な術式の出力手段を奪われた事に気づいた彼女はもちろん後悔した。
覆水盆に返らずである。
「というか術式が完成すれば代償こそあれど雨の回数を増やせたかもしれないのにどうして国家反逆罪なんか掛けられなくちゃいけないんだい!?雨の回数を増やしたらもっと豊かになるはずだろう!?」
「......」
「...キミも一言ぐらい喋ってくれたっていいじゃないか!!」
「......」
「ばーかばーか!!トダーのばーかっ!!」
政府との取引で、1人で生活する分には何一つ困らない程度の住居と物資が風魔法によって定期的に届けられるかわりに水魔法理論を定期的に政府に送る事を約束した彼女は既に引き返せなくなっていた。
どうしようも無くなったために、自身が組み上げた新しい術式すら試せない環境で2週間程仕方なくすごした彼女だったが精神状態は限界に近くどんな状況でも離すことをしなかった愛用品であるトダー人形にまで当たるようになっていた。
事故の犠牲者に大して考えた事すらない人でなしの天才研究者でも、辛いものは辛いのだ。なんせ、誰とも話すことが出来ない上に今まで人生の9割を注ぎ込んだと言っても過言ではない水魔法が奪われたのである。もっとも、事故に巻き込まれた被害者の家族は二度と愛する人に会えなくなっているのだが。
「みんなボクに黙ってついてこればいいんだ!ばーかばーか!!」
トダー人形が乱暴に掴まれて投げ飛ばされるが目の前の壁にあたった後、柔らかい音を立てて地面に落ちる。いわゆる八つ当たりである。
サーシャは酷く虚しくなった。
やがて落ち着きを取り戻した彼女だったが鬱々とした気持ちはやはり変わらず、いやいや論文に手を着けようと椅子に座ろうとした時、入り口の近くから普段聞こえないような音が常に聞こえてくる砂嵐の音に混じってかすかに聞こえてきた。まかり間違ってラクダの死体でも近くに飛んできたのだろうか、それなら色々と面倒だなあなんて考えながら異音の原因を探そうと一般術式の一つである《防護魔法「砂」》を発動しながら砂嵐の中を進むと人が倒れているのが目に入った。
すぐさま駆け寄り、生きている事を確認できた彼女は目の前の人物を手で引っ張るもなかなか動かない。5分ほど粘った彼女だったが、これ以上は日が暮れると判断した彼女は自身の《防護魔法「砂」》を解除した後、倒れている人物にむけて一般術式《マナ滑り》をかける。
一般術式《マナ滑り》は本来ものを運ぶ術式ではないのだが、彼女自身の天才的なマナ操作により人間1人程度なら運べるようになるまで昇華されていたが、その操作難易度の高さにより他の術式を彼女は同時に使えなくなったのだ。本来これは風魔法の得意分野であるのだが、それを一般術式で再現している彼女はやはり天才魔術師と呼ぶのにふさわしいのだろう。そんな訳で彼女は砂まみれになりながら気を失って倒れている人物を連れて住居へと戻るのだった。
「......」
「はぁ...次の接触の時には風属性魔法でも乗せてもらおうかな」
「......ひ〜〜ま〜〜だ〜〜!!もう飽きた!!書くだけじゃつまんない〜!!」
「......」
トダー人形に語り掛けるのにも飽きたのだろう。大きなため息が漏れる。
彼女の名は[太字]サーシャ・クローチェ[/太字]。
国内随一の水属性魔術師と自他ともに認められている研究者。
他者を幸福にするための良心は持ち合わせていないが国益を生み出す事については天才的であった。しかし、つい先日発見した新たな魔術が暴発。都市の一区画を全て砂へと変化させた上、大勢の犠牲者を生み出した。失われた人命...実に[太字]451[/太字]名。
犠牲者の多くは研究者及び軍人であったために、事態を重く見たリヴァーニュ政府は犯人であるサーシャ・クローチェを国家反逆罪として即座に処刑しようとした。しかし、サーシャがこれまでに発見した様々な功績や事件発生時の状況等の要因によりガルシア砂漠への永久追放といった処分が下されることとなった。噂によると何やら裏取引があったらしいが真偽は定かでは無い。
そんなこんなで追放される事が決まったサーシャだったが、それを知った彼女はこう言ったとされている。
「追放されるとはいえ何も変わらないよ。ボクほどの天才ならどんな環境でも問題なく研究を続けられるとも。キミたちは今まで通りボクの後を着いてこればいい」
なんと自信に満ち溢れた発言だろうか。国家反逆罪として処刑されそうになった者とは思えない。実際、これを聞いた犠牲者の家族の1部は激怒したらしく中には王室にまで侵入した人もいるとかいないとか。
実際のところはサーシャが研究所にこもりがちであったために1人で過ごすことに慣れていた上、何故か追放先でも彼女の生活水準が大きく変化する事がないのを知るためである。そういった理由で、彼女自身の認識も研究場所が中央都市ディックからガルシア砂漠へと変化する程度だった。
結論から言うならば、彼女の予想は大きく外れる事になる。
食事を自ら作る必要が出てきた、彼女の研究を影ながら支える人がいなくなった等の問題もあるが、やはり1番の問題点といえば彼女自身が水魔法を使えない環境にいることだろう。
不幸にも彼女は実践型の研究者であった。
この世界における魔法は大きく2種類に分けられている。
その場にあるマナを無造作に使用して発動する一般術式魔法と一般魔法の応用術式として、対応する物質のマナを取り出すことで、発動出来る属性術式魔法。
一般術式の練度が一定水準に達した際に初めて使用出来るようになるのが属性術式なのだが、彼女はその属性魔法の一つである水魔法を専門としている。
水魔法の特徴は使用用途が狭い上にどんな些細な術式であっても発動のために一定量の水を消費するというもの。他の属性術式である風魔法や日魔法に比べて非常に取り回しが悪い上に、マナの吸収効率もそれなりといういわゆるハズレ属性。
サーシャの研究で水からのマナ吸収効率の格段な上昇等により、水魔法を取り巻く環境は大きく改善したものの、日魔法が日光から、風魔法が空気中からマナを回収する事が出来る一方で、水魔法は「水」からしか供給を受けられない上、肝心の水が国土の8割が砂漠であるリヴァーニュには非常に少ない、といった根本的な問題は解決されていなかった。
サーシャが開発した術式《幻朧》がこれらの問題を全て解決出来るかも、とされていたが先程も言及したように結果は失敗。甚大な被害を生み出した。
少し話題が滑ってしまったが、彼女の追放先はリヴァーニュ国の中でも特筆して生存が難しく、入ってしまえば二度と出られないと噂のガルシア砂漠。水魔法を使える量の水などあるはずもなく。
至極当然ではあるが、水魔法で被害をもたらした容疑者を水魔法が自由に使える場所に置くはずがない。少し考えれば誰でも分かるような事ではあるはずなのに、研究に熱中していた当時の彼女にとっては術式《幻朧》の完成以外は些細な事であり目に入っていなかった。もちろん、これらは全て実験の失敗とはいえ数百人の人命を失わせた彼女の自業自得。しかし、彼女にとっての研究とは命を賭してでも成し遂げるもの。その過程で最も重要な術式の出力手段を奪われた事に気づいた彼女はもちろん後悔した。
覆水盆に返らずである。
「というか術式が完成すれば代償こそあれど雨の回数を増やせたかもしれないのにどうして国家反逆罪なんか掛けられなくちゃいけないんだい!?雨の回数を増やしたらもっと豊かになるはずだろう!?」
「......」
「...キミも一言ぐらい喋ってくれたっていいじゃないか!!」
「......」
「ばーかばーか!!トダーのばーかっ!!」
政府との取引で、1人で生活する分には何一つ困らない程度の住居と物資が風魔法によって定期的に届けられるかわりに水魔法理論を定期的に政府に送る事を約束した彼女は既に引き返せなくなっていた。
どうしようも無くなったために、自身が組み上げた新しい術式すら試せない環境で2週間程仕方なくすごした彼女だったが精神状態は限界に近くどんな状況でも離すことをしなかった愛用品であるトダー人形にまで当たるようになっていた。
事故の犠牲者に大して考えた事すらない人でなしの天才研究者でも、辛いものは辛いのだ。なんせ、誰とも話すことが出来ない上に今まで人生の9割を注ぎ込んだと言っても過言ではない水魔法が奪われたのである。もっとも、事故に巻き込まれた被害者の家族は二度と愛する人に会えなくなっているのだが。
「みんなボクに黙ってついてこればいいんだ!ばーかばーか!!」
トダー人形が乱暴に掴まれて投げ飛ばされるが目の前の壁にあたった後、柔らかい音を立てて地面に落ちる。いわゆる八つ当たりである。
サーシャは酷く虚しくなった。
やがて落ち着きを取り戻した彼女だったが鬱々とした気持ちはやはり変わらず、いやいや論文に手を着けようと椅子に座ろうとした時、入り口の近くから普段聞こえないような音が常に聞こえてくる砂嵐の音に混じってかすかに聞こえてきた。まかり間違ってラクダの死体でも近くに飛んできたのだろうか、それなら色々と面倒だなあなんて考えながら異音の原因を探そうと一般術式の一つである《防護魔法「砂」》を発動しながら砂嵐の中を進むと人が倒れているのが目に入った。
すぐさま駆け寄り、生きている事を確認できた彼女は目の前の人物を手で引っ張るもなかなか動かない。5分ほど粘った彼女だったが、これ以上は日が暮れると判断した彼女は自身の《防護魔法「砂」》を解除した後、倒れている人物にむけて一般術式《マナ滑り》をかける。
一般術式《マナ滑り》は本来ものを運ぶ術式ではないのだが、彼女自身の天才的なマナ操作により人間1人程度なら運べるようになるまで昇華されていたが、その操作難易度の高さにより他の術式を彼女は同時に使えなくなったのだ。本来これは風魔法の得意分野であるのだが、それを一般術式で再現している彼女はやはり天才魔術師と呼ぶのにふさわしいのだろう。そんな訳で彼女は砂まみれになりながら気を失って倒れている人物を連れて住居へと戻るのだった。