星屑と本屋【短編集】
#1
[太字]「あの子」と赤点[/太字]
まただ。
俺は目の前に広がる、「ペケ」の山を見つめては眉間に皺を寄せた。今回は勉強したつもりだった。いや、勉強した。したはずなのに。
どうして赤点を取ってしまったのだろう。
俺の中では一番得意な、数学のテストだ。
それを赤点に仕立て上げてしまった。
不味い。これではまた母さんに怒られてしまう。
「ねぇねぇ」
これではダメだ…。
これでは、絶対に入りたくない塾に投げ込まれてしまうことになるだろう。そして俺の優雅な自由時間は失われる。
知ってる。俺の周りの奴らはみんな塾だ塾だと何が楽しいのか自らこの足を動かして勉強をしに行っていることを。
お前ら。
わかってんのか。
人生で一度きりの青春なんだぞ。
――そう、声を大にして言いたいものだ。
「ねぇってば、橋本くん」
…しかし、この点数では多分、確実だろう。
大変困る。これは困る。
だって!
今、俺のやってるソシャゲのイベントが俺の推しメインなんだから!
地獄という名の塾へ放り込まれてしまっては、それが十分に、満足にできなくなる。
それは嫌だ!せめてこのイベントが――
「…えぇいっ!」
「っいたっ!!…な、なんだ…って、…あぁ、井関か。どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも…やっと気づいてくれたよ」
そう、思考を巡らせていたところ。
背中に強い衝撃を受け、振り返ると後ろの席に座っている井関という女子が頰を膨らませて俺を見つめていた。「3回も呼んだのに。3回目で気づくなんて…」とかなんとか続けてぶつぶつと文句を言っている。
俺のことを呼んでいたのか。
あまりにも塾が嫌すぎるので、周りの情報をすっかり遮断してしまっていた。
「ごめん」
そう、彼女に謝ると、
「まぁいいけどね…」
と、いかにも彼女を知的に見せているメガネをくい、と指先で上げてみては俺の方は笑いかけてくれた。
「で…あの、一体どうしたんだ?」
「…あぁっとね、えっと。テストの点数が聞きたくて。…何点だった?」
「テスト?29点」
「29…?」
彼女は綺麗な紅の唇をむっと引き結んでは、自身のテストをじっと見つめる。
そして、何度かぱちぱちと瞬きを繰り返しては、次に目を丸くさせた。
なんとも忙しない瞳である。
「ま、負けた…。うぅ、負けてた…」
そう言い、しゅんとしおれながら俺へテストを見せてくれる井関。その解答用紙には満遍なく「ペケ」が敷き詰められていた。
そして左上を見ると、そこには「25」の数字が。
それつまり、「25点」だということだ。
「え、いつもだったら俺よりも上なのに。どうしたんだ?何か嫌なことでも?」
「…あのねあのね。とっても面白い夢を見て、続きがどうしても見たいから何回もお昼寝してたらいつの間にかテストの日になってたと、こういうこと」
「…なるほど」
うーん、なるほど。
なんともコメントに困る。
なんだって?
夢の続きが見たいから寝てたらテスト当日になっていたと。それはつまり、勉強をしてないということか。
こんなにも…そう、ばっちりメガネを決めているのに、この子は実はあまり賢くないのだ。
そしておまけにこれは俗に言う、「不思議ちゃん」というやつ。
上には上があるものだが、
それと同じようで下には下がいるものだ。
なんとも救われた気分になる。
他人の不幸は蜜の味、というものだな。最悪だ。
「えへへ…今日帰りたくないなぁ。ママに絶対怒られちゃうよ」
「それは俺も。仲間だな」
「そうだね。…じゃあ、」
彼女が俺の手を握ってくる。
そして、顔を少しばかり近づけては、
「今日の帰り道、少し寄り道しない?」
と楽しげに伝えてきた。
それは、なんとも。
なんとも素敵な提案だ。
俺も手を握り返し、強く一つ頷いて見せては、
「寄り道してこ」
と、彼女に言った。
井関は朗らかな笑みを浮かべては、「じゃあまた放課後ね」と俺に手を振った。残念ながらまだ授業はあるのだ。俺も手を振りかえし、そして前に向き直った。
これならば塾行きでも、いいかなと思うのだった。
まただ。
俺は目の前に広がる、「ペケ」の山を見つめては眉間に皺を寄せた。今回は勉強したつもりだった。いや、勉強した。したはずなのに。
どうして赤点を取ってしまったのだろう。
俺の中では一番得意な、数学のテストだ。
それを赤点に仕立て上げてしまった。
不味い。これではまた母さんに怒られてしまう。
「ねぇねぇ」
これではダメだ…。
これでは、絶対に入りたくない塾に投げ込まれてしまうことになるだろう。そして俺の優雅な自由時間は失われる。
知ってる。俺の周りの奴らはみんな塾だ塾だと何が楽しいのか自らこの足を動かして勉強をしに行っていることを。
お前ら。
わかってんのか。
人生で一度きりの青春なんだぞ。
――そう、声を大にして言いたいものだ。
「ねぇってば、橋本くん」
…しかし、この点数では多分、確実だろう。
大変困る。これは困る。
だって!
今、俺のやってるソシャゲのイベントが俺の推しメインなんだから!
地獄という名の塾へ放り込まれてしまっては、それが十分に、満足にできなくなる。
それは嫌だ!せめてこのイベントが――
「…えぇいっ!」
「っいたっ!!…な、なんだ…って、…あぁ、井関か。どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも…やっと気づいてくれたよ」
そう、思考を巡らせていたところ。
背中に強い衝撃を受け、振り返ると後ろの席に座っている井関という女子が頰を膨らませて俺を見つめていた。「3回も呼んだのに。3回目で気づくなんて…」とかなんとか続けてぶつぶつと文句を言っている。
俺のことを呼んでいたのか。
あまりにも塾が嫌すぎるので、周りの情報をすっかり遮断してしまっていた。
「ごめん」
そう、彼女に謝ると、
「まぁいいけどね…」
と、いかにも彼女を知的に見せているメガネをくい、と指先で上げてみては俺の方は笑いかけてくれた。
「で…あの、一体どうしたんだ?」
「…あぁっとね、えっと。テストの点数が聞きたくて。…何点だった?」
「テスト?29点」
「29…?」
彼女は綺麗な紅の唇をむっと引き結んでは、自身のテストをじっと見つめる。
そして、何度かぱちぱちと瞬きを繰り返しては、次に目を丸くさせた。
なんとも忙しない瞳である。
「ま、負けた…。うぅ、負けてた…」
そう言い、しゅんとしおれながら俺へテストを見せてくれる井関。その解答用紙には満遍なく「ペケ」が敷き詰められていた。
そして左上を見ると、そこには「25」の数字が。
それつまり、「25点」だということだ。
「え、いつもだったら俺よりも上なのに。どうしたんだ?何か嫌なことでも?」
「…あのねあのね。とっても面白い夢を見て、続きがどうしても見たいから何回もお昼寝してたらいつの間にかテストの日になってたと、こういうこと」
「…なるほど」
うーん、なるほど。
なんともコメントに困る。
なんだって?
夢の続きが見たいから寝てたらテスト当日になっていたと。それはつまり、勉強をしてないということか。
こんなにも…そう、ばっちりメガネを決めているのに、この子は実はあまり賢くないのだ。
そしておまけにこれは俗に言う、「不思議ちゃん」というやつ。
上には上があるものだが、
それと同じようで下には下がいるものだ。
なんとも救われた気分になる。
他人の不幸は蜜の味、というものだな。最悪だ。
「えへへ…今日帰りたくないなぁ。ママに絶対怒られちゃうよ」
「それは俺も。仲間だな」
「そうだね。…じゃあ、」
彼女が俺の手を握ってくる。
そして、顔を少しばかり近づけては、
「今日の帰り道、少し寄り道しない?」
と楽しげに伝えてきた。
それは、なんとも。
なんとも素敵な提案だ。
俺も手を握り返し、強く一つ頷いて見せては、
「寄り道してこ」
と、彼女に言った。
井関は朗らかな笑みを浮かべては、「じゃあまた放課後ね」と俺に手を振った。残念ながらまだ授業はあるのだ。俺も手を振りかえし、そして前に向き直った。
これならば塾行きでも、いいかなと思うのだった。
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