時空の狭間の狂宴/共演
《side 火威陽》
今日は、大学の合格発表日。
私の第一志望は、姉さまが入りたかった大学だ。
もっと言うと、姉さまが事故で入れなかった大学。
一生懸命勉強したし、自己採点だと結構良かったんだけど、やっぱり心配にはなる。
なぜなら、私の家は結構な名門だから。
自慢みたいになっちゃって好きじゃないんだけど…
こればっかりは変えられない、どうしようもない事実だ。
少しだけ話をすると、私は小学校からずっと、エスカレーター式の学校に通ってきた。
そこの人達は皆んな優しくて、何不自由なく暮らしてきた。
私の親戚もほとんど全員、その学校を卒業している。
でも、昔からずっと、「私の居場所は本当にここなの?」というよく分からない不安感が、常について回っていた。
だから、今の学校とは別の、有名な大学を受けてみたい、そう両親に言った。
それが今私が発表を待っている、姉さまが受けられなかった大学だ。
自分のやりたい事を言うと、私の両親はいつも、少し驚いたような顔をする。
兄さまはそれが嫌で、逃げるように遠くの高校に進学したけど、それ以来家では一切兄さまの話を聞かなくなった。
まるで、兄さまなんて最初からいなかったみたいに。
だから、ここにちゃんと合格しないと…
変な話だけど、今の居場所がなくなっちゃうような気がしてるんだ。ちょっと大げさかなって、思わなくもないけどね。
でも実際に私は大きな屋敷に住んでいるし、お手伝いの人だって沢山いる。
たくさん受験のサポートをしてくれたその人たちのために、そして何より父さまと母さまのために、私は合格しないといけない。
だって、父さまと母さまに期待されているから。
発表の時間まであと数分、普段は大して使うことのないパソコンを押し入れの奥から引っ張り出してきて画面を眺める。
画面に反射する私の顔…明るい茶色のロングヘアを緩く括った髪、同じ色の丸い瞳…を見て、あれ、私の顔ってこんなんだっけ?と思いながら。
もうちょっと、明るい色だった気がするんだよね…何でだろう。
無意識によく分からない物を買っちゃったりするし、よく分からない事を口走ったりする事もたまにあるし…なんか変なんだよね、昔から。
そのあたりが私の中の異物感の正体なのかもなー…、とか思わなくもないけど、残念ながら私にはどうする事もできない。
って、あともう発表まで一分もない!
「うわぁ、今更不安になってきたよ…」
ツバを飲み込む音が、一人きりの部屋に響く。
発表まで、3、2、1。
そして、0。
「…やった、受かってるよー!」
柄にもなく舞い上がりながら、内線で報告する。二人とも、「お前なら大丈夫だと信じていたよ」と言ってくれた。家からは少し遠いけど、これから頑張って通っていこう。
だって、「[漢字]私の本当の居場所はどこ?[/漢字][ふりがな]真の居場所はここじゃない。[/ふりがな]」なんて、ちょっとかっこつけた事言っちゃったけど、私の居場所はこの家なんだから。
[中央寄せ][大文字][大文字]× × ×[/大文字][/大文字][/中央寄せ]
《side 六波羅単》
今日は、俺が受けた大学の合格発表日。
だが俺は三年程前…親が事故で死んでからと言うもの、学校なんていう下等な場所には一度たりとも行っていない。
理由?そんな物、決まってるだろ。
何一つとして、尊敬すべき所の無い教師の。
何一つとして、特筆すべき所の無い授業を受ける為だけに。
如何しようも無い馬鹿共の技量と程度に合わせて、心底下らない会話をするって状況に辟易し尽くしたんだよ。
まぁ詰まり、俺が態々そんな事をしてやる必要は欠片も無いって事。
当然だ、彼奴らに期待したのが端から間違いなんだから。
でも如何しようも無く低俗な奴等と連む気など、俺には最初から毛頭無いし、どの道時間の問題だったな、きっと。
とはいえ、誰一人として邪魔する者のいないこの時間は非常に快適だ。
部屋が何れ程汚かろうが、何度食事を抜いていようが、数日分洗濯物を放置しようが、廊下で何日も寝ていようが、誰にも何も言われない。
卒業を迎えた以上はあの心底下らない“学校”などと言う低俗な世界に戻る事も最早無い。
唯一、俺の居場所は此処では無い、という異物感を何時迄も抱えた儘なのが、如何にも気に掛かるが。
昔から繰り返し見ている、不可思議な世界の夢の所為なのだろうか、という仮説を立ててはみる物の、其れを検証する術なんて俺には無い。
かと言って無為に金を食い潰して生きるのも、彼の馬鹿共以下の畜生である事を俺は知っている。
其れは其れで一つの生き方か、と思わないでも無いが、一先ず大学には行く事にした。
心底面倒くさいが、一つだけ期待があったからだ。
「大学…なんだ、合格か。下らないな、本当。」
此れで駄目なら、寧ろ真面に勉強をしようと言う気も起きるかも知れないと期待した。
だからこそ、適当に有名な大学を一校だけ受けた。今の家から近いも遠いも関係なく、ただ倍率が高い所を。
生憎と、予想通りの結果だったが。
まぁ合格した以上は一先ず行ってやるか。
相も変わらず低俗な場所なら、とっとと帰って仕舞おう。
引っ越す程度の金なら、親の遺産から幾らでも捻出は出来る。
元々荷物は少ない方だし、荷造りの手間は要らない。加えて、この場所にだって思い入れは皆無。合理的な判断だ。
発表が出るや否や、瞬きの間に周辺の物件が埋まっている。彼処、予め抑えて置いて正解だったな。
「ま、如何でも良いけど…」
特段やる事も無いし、取り敢えず寝るか。
瞬きの間に微睡みに落ちると、何時もと同じ夢を見る。
夢の中の俺は、今と同じく如何しようもない癖毛で、今の焦茶とは違い漆黒の髪で。
常に太陽のような女と、鴉のような男に囲まれ、ホームズだポアロだと言われていた。
そしてその、不可思議な世界の夢は。
何時も其奴らが死ぬ所で目が醒める。
また、頬に涙の跡が一筋残っている。
[漢字]絶対に何処にも存在する筈の無い[/漢字][ふりがな]何処かに存在するかも知れない[/ふりがな]居場所への憧憬など棄てて了えば、其れで済む話なのに。
俺は未だに、日々を唯だらだらと遣り過ごしている。
[中央寄せ][大文字][大文字]× × ×[/大文字][/大文字][/中央寄せ]
《side 影廼界人》
「しっかし、どうしたモンっすかね…」
あ、どうもお久しぶりっす読者の皆さん。影廼界人っす。
つっても今の俺には見えてないんすけど。なんなら見た目の要素も三白眼以外は残ってないんすけど。
本当、我ながら見事なサラサラストレートっす。どれだけ解かしても頑固に立っていたアホ毛の面影がカケラもねぇ。
でも正直な所、三白眼はむしろ変わっててほしかったっす。だってガラ悪く見えるし。
まぁそんな感じなんで、本当に誰かが見て下さってんのかも分かんねぇっすね。ははは、馬鹿っぽい事この上ねぇ。
まぁ俺が“千里眼”の固有魔法を持っていたのはあくまでも前世の話なんで、それも当然っすけど。
でもそん時のクセで、この通りの語り口調だ。三つ子の魂百まで、とは言うが、まさか来世まで持ち越すとは思わなかったっす。
そういやアイツら、元気にしてっかなぁ。昔、ムーとかにも一応出してみたんすけどね。そうそう、ただの厨二病を装って。
俺と一緒に死んじまったのは多分間違いねぇんで、記憶取り戻した直後は結構堪えたっす。あれほどいらねぇいらねぇと思ってきた千里眼を、初めて心の底から必要だと思った。
でもそれも、もう十五年近く前になる。
前世の記憶はあるんだろうか。
見た目は変わっているんだろうか。
名前は変わっているんだろうか。
そもそもアイツらは、この世界に居るんだろうか。
それすらも分からねぇから、正直な所お手上げっす。
我ながら冷たいが、本音を言うともう半分程は諦めている。
なんなら初めから全て俺の妄想だったんじゃないか、とすら一時期思った事があるぐらいだ。
つまり今の俺は、本来なら魔法なんて知らないハズのただの人間の一般人って事っすね。両親は健在で仲も良く、取り立てて言うべき所もないごく普通の家庭っす。
とはいえ、ここは俺の世界とはまた別の…並行世界、いや、むしろ異世界?正直もはや別の事象な気もするが…
まぁとにかく、俺が知ってる人間界とは少しばかり様子が違うっす。
具体的に言うと街並みとかが。そっすね、知らねぇ建物と知ってる建物が半々ぐらいと思って貰えれば。
同じ世界ならまだ手の打ちようもあったが、どうやら今の所、俺の知っている魔法界への入り口は全て存在しないらしい。
てかそもそもこの世界に、魔法界があるのかどうかすらも疑わしいっす。
まぁ、こんな事考えててもしゃあねぇし、一先ず目の前の問題を片付ける事にするっす。
何かって?引越しのための荷造りっすよ。
いやぁ、進学先が何とか決定して、どうにか学生寮を取れたは良いものの、ソコがあんまし広くないんすよね。で、多少の取捨選択を…って感じっす。
「マンガは…家に置いてった方が…?いやでも、向こうで読むかも分かんねぇんすよね……」
あー…マジでどーしたモンかなぁ……
でもやっぱ、この本は持って行きてぇし…?
そうそう、日記も忘れちゃいけねぇっすね…
やべぇ、服ももうちょい詰めねぇとな。
後は、アイツらの似顔絵っすか。
昔書いてからどうにも諦め切れず取っといてきたっすけど、さすがにコレは置いてった方が良いっすかね?
いやまぁ、一応持ってくか。ダンボール箱に詰めて、と。
「…よし、荷造り完了っす。」
階下に降りて、今回の人生での父親に声を掛ける。
とはいえ前世の父親とそう大して見た目も違わねぇんで、あんま差だとか違いだとかは感じた事ねぇっすけど。
むしろ二十代まで生きてた記憶がある分なのか下手な軋轢も生まず、前世より平和だったかもっす。
「親父、車頼んでいいっすか?」
大量の箱をどうにか車に詰め込み、郵便局まで運ぶ。以前なら固有魔法を転用して気軽に送ったモンっすけど…
やっぱちっとばかり不便っすね、こういう所は。
それが終われば今度は俺だ。
数分車を転がして、駅の近くの駐車場に止まって。
改札のすぐ近くまでぐだぐだと喋りながら歩いた。
「そんじゃ、頑張れよ界人!」
「変な女の子に引っ掛かっちゃダメだからね!」
いやさすがにソレはねぇっすよ!?
そう思いつつも、軽く笑って手を振って。
「んじゃ、行ってくるっす!」
くるりと振り向いて改札を潜る。
[漢字]魔法の使えない[/漢字][ふりがな]アイツらのいない[/ふりがな]この街での、俺の話は一旦終わる事になる。
まぁつまり、新生活への第一歩、っすね!
今日は、大学の合格発表日。
私の第一志望は、姉さまが入りたかった大学だ。
もっと言うと、姉さまが事故で入れなかった大学。
一生懸命勉強したし、自己採点だと結構良かったんだけど、やっぱり心配にはなる。
なぜなら、私の家は結構な名門だから。
自慢みたいになっちゃって好きじゃないんだけど…
こればっかりは変えられない、どうしようもない事実だ。
少しだけ話をすると、私は小学校からずっと、エスカレーター式の学校に通ってきた。
そこの人達は皆んな優しくて、何不自由なく暮らしてきた。
私の親戚もほとんど全員、その学校を卒業している。
でも、昔からずっと、「私の居場所は本当にここなの?」というよく分からない不安感が、常について回っていた。
だから、今の学校とは別の、有名な大学を受けてみたい、そう両親に言った。
それが今私が発表を待っている、姉さまが受けられなかった大学だ。
自分のやりたい事を言うと、私の両親はいつも、少し驚いたような顔をする。
兄さまはそれが嫌で、逃げるように遠くの高校に進学したけど、それ以来家では一切兄さまの話を聞かなくなった。
まるで、兄さまなんて最初からいなかったみたいに。
だから、ここにちゃんと合格しないと…
変な話だけど、今の居場所がなくなっちゃうような気がしてるんだ。ちょっと大げさかなって、思わなくもないけどね。
でも実際に私は大きな屋敷に住んでいるし、お手伝いの人だって沢山いる。
たくさん受験のサポートをしてくれたその人たちのために、そして何より父さまと母さまのために、私は合格しないといけない。
だって、父さまと母さまに期待されているから。
発表の時間まであと数分、普段は大して使うことのないパソコンを押し入れの奥から引っ張り出してきて画面を眺める。
画面に反射する私の顔…明るい茶色のロングヘアを緩く括った髪、同じ色の丸い瞳…を見て、あれ、私の顔ってこんなんだっけ?と思いながら。
もうちょっと、明るい色だった気がするんだよね…何でだろう。
無意識によく分からない物を買っちゃったりするし、よく分からない事を口走ったりする事もたまにあるし…なんか変なんだよね、昔から。
そのあたりが私の中の異物感の正体なのかもなー…、とか思わなくもないけど、残念ながら私にはどうする事もできない。
って、あともう発表まで一分もない!
「うわぁ、今更不安になってきたよ…」
ツバを飲み込む音が、一人きりの部屋に響く。
発表まで、3、2、1。
そして、0。
「…やった、受かってるよー!」
柄にもなく舞い上がりながら、内線で報告する。二人とも、「お前なら大丈夫だと信じていたよ」と言ってくれた。家からは少し遠いけど、これから頑張って通っていこう。
だって、「[漢字]私の本当の居場所はどこ?[/漢字][ふりがな]真の居場所はここじゃない。[/ふりがな]」なんて、ちょっとかっこつけた事言っちゃったけど、私の居場所はこの家なんだから。
[中央寄せ][大文字][大文字]× × ×[/大文字][/大文字][/中央寄せ]
《side 六波羅単》
今日は、俺が受けた大学の合格発表日。
だが俺は三年程前…親が事故で死んでからと言うもの、学校なんていう下等な場所には一度たりとも行っていない。
理由?そんな物、決まってるだろ。
何一つとして、尊敬すべき所の無い教師の。
何一つとして、特筆すべき所の無い授業を受ける為だけに。
如何しようも無い馬鹿共の技量と程度に合わせて、心底下らない会話をするって状況に辟易し尽くしたんだよ。
まぁ詰まり、俺が態々そんな事をしてやる必要は欠片も無いって事。
当然だ、彼奴らに期待したのが端から間違いなんだから。
でも如何しようも無く低俗な奴等と連む気など、俺には最初から毛頭無いし、どの道時間の問題だったな、きっと。
とはいえ、誰一人として邪魔する者のいないこの時間は非常に快適だ。
部屋が何れ程汚かろうが、何度食事を抜いていようが、数日分洗濯物を放置しようが、廊下で何日も寝ていようが、誰にも何も言われない。
卒業を迎えた以上はあの心底下らない“学校”などと言う低俗な世界に戻る事も最早無い。
唯一、俺の居場所は此処では無い、という異物感を何時迄も抱えた儘なのが、如何にも気に掛かるが。
昔から繰り返し見ている、不可思議な世界の夢の所為なのだろうか、という仮説を立ててはみる物の、其れを検証する術なんて俺には無い。
かと言って無為に金を食い潰して生きるのも、彼の馬鹿共以下の畜生である事を俺は知っている。
其れは其れで一つの生き方か、と思わないでも無いが、一先ず大学には行く事にした。
心底面倒くさいが、一つだけ期待があったからだ。
「大学…なんだ、合格か。下らないな、本当。」
此れで駄目なら、寧ろ真面に勉強をしようと言う気も起きるかも知れないと期待した。
だからこそ、適当に有名な大学を一校だけ受けた。今の家から近いも遠いも関係なく、ただ倍率が高い所を。
生憎と、予想通りの結果だったが。
まぁ合格した以上は一先ず行ってやるか。
相も変わらず低俗な場所なら、とっとと帰って仕舞おう。
引っ越す程度の金なら、親の遺産から幾らでも捻出は出来る。
元々荷物は少ない方だし、荷造りの手間は要らない。加えて、この場所にだって思い入れは皆無。合理的な判断だ。
発表が出るや否や、瞬きの間に周辺の物件が埋まっている。彼処、予め抑えて置いて正解だったな。
「ま、如何でも良いけど…」
特段やる事も無いし、取り敢えず寝るか。
瞬きの間に微睡みに落ちると、何時もと同じ夢を見る。
夢の中の俺は、今と同じく如何しようもない癖毛で、今の焦茶とは違い漆黒の髪で。
常に太陽のような女と、鴉のような男に囲まれ、ホームズだポアロだと言われていた。
そしてその、不可思議な世界の夢は。
何時も其奴らが死ぬ所で目が醒める。
また、頬に涙の跡が一筋残っている。
[漢字]絶対に何処にも存在する筈の無い[/漢字][ふりがな]何処かに存在するかも知れない[/ふりがな]居場所への憧憬など棄てて了えば、其れで済む話なのに。
俺は未だに、日々を唯だらだらと遣り過ごしている。
[中央寄せ][大文字][大文字]× × ×[/大文字][/大文字][/中央寄せ]
《side 影廼界人》
「しっかし、どうしたモンっすかね…」
あ、どうもお久しぶりっす読者の皆さん。影廼界人っす。
つっても今の俺には見えてないんすけど。なんなら見た目の要素も三白眼以外は残ってないんすけど。
本当、我ながら見事なサラサラストレートっす。どれだけ解かしても頑固に立っていたアホ毛の面影がカケラもねぇ。
でも正直な所、三白眼はむしろ変わっててほしかったっす。だってガラ悪く見えるし。
まぁそんな感じなんで、本当に誰かが見て下さってんのかも分かんねぇっすね。ははは、馬鹿っぽい事この上ねぇ。
まぁ俺が“千里眼”の固有魔法を持っていたのはあくまでも前世の話なんで、それも当然っすけど。
でもそん時のクセで、この通りの語り口調だ。三つ子の魂百まで、とは言うが、まさか来世まで持ち越すとは思わなかったっす。
そういやアイツら、元気にしてっかなぁ。昔、ムーとかにも一応出してみたんすけどね。そうそう、ただの厨二病を装って。
俺と一緒に死んじまったのは多分間違いねぇんで、記憶取り戻した直後は結構堪えたっす。あれほどいらねぇいらねぇと思ってきた千里眼を、初めて心の底から必要だと思った。
でもそれも、もう十五年近く前になる。
前世の記憶はあるんだろうか。
見た目は変わっているんだろうか。
名前は変わっているんだろうか。
そもそもアイツらは、この世界に居るんだろうか。
それすらも分からねぇから、正直な所お手上げっす。
我ながら冷たいが、本音を言うともう半分程は諦めている。
なんなら初めから全て俺の妄想だったんじゃないか、とすら一時期思った事があるぐらいだ。
つまり今の俺は、本来なら魔法なんて知らないハズのただの人間の一般人って事っすね。両親は健在で仲も良く、取り立てて言うべき所もないごく普通の家庭っす。
とはいえ、ここは俺の世界とはまた別の…並行世界、いや、むしろ異世界?正直もはや別の事象な気もするが…
まぁとにかく、俺が知ってる人間界とは少しばかり様子が違うっす。
具体的に言うと街並みとかが。そっすね、知らねぇ建物と知ってる建物が半々ぐらいと思って貰えれば。
同じ世界ならまだ手の打ちようもあったが、どうやら今の所、俺の知っている魔法界への入り口は全て存在しないらしい。
てかそもそもこの世界に、魔法界があるのかどうかすらも疑わしいっす。
まぁ、こんな事考えててもしゃあねぇし、一先ず目の前の問題を片付ける事にするっす。
何かって?引越しのための荷造りっすよ。
いやぁ、進学先が何とか決定して、どうにか学生寮を取れたは良いものの、ソコがあんまし広くないんすよね。で、多少の取捨選択を…って感じっす。
「マンガは…家に置いてった方が…?いやでも、向こうで読むかも分かんねぇんすよね……」
あー…マジでどーしたモンかなぁ……
でもやっぱ、この本は持って行きてぇし…?
そうそう、日記も忘れちゃいけねぇっすね…
やべぇ、服ももうちょい詰めねぇとな。
後は、アイツらの似顔絵っすか。
昔書いてからどうにも諦め切れず取っといてきたっすけど、さすがにコレは置いてった方が良いっすかね?
いやまぁ、一応持ってくか。ダンボール箱に詰めて、と。
「…よし、荷造り完了っす。」
階下に降りて、今回の人生での父親に声を掛ける。
とはいえ前世の父親とそう大して見た目も違わねぇんで、あんま差だとか違いだとかは感じた事ねぇっすけど。
むしろ二十代まで生きてた記憶がある分なのか下手な軋轢も生まず、前世より平和だったかもっす。
「親父、車頼んでいいっすか?」
大量の箱をどうにか車に詰め込み、郵便局まで運ぶ。以前なら固有魔法を転用して気軽に送ったモンっすけど…
やっぱちっとばかり不便っすね、こういう所は。
それが終われば今度は俺だ。
数分車を転がして、駅の近くの駐車場に止まって。
改札のすぐ近くまでぐだぐだと喋りながら歩いた。
「そんじゃ、頑張れよ界人!」
「変な女の子に引っ掛かっちゃダメだからね!」
いやさすがにソレはねぇっすよ!?
そう思いつつも、軽く笑って手を振って。
「んじゃ、行ってくるっす!」
くるりと振り向いて改札を潜る。
[漢字]魔法の使えない[/漢字][ふりがな]アイツらのいない[/ふりがな]この街での、俺の話は一旦終わる事になる。
まぁつまり、新生活への第一歩、っすね!