不遇水魔法使いの禁忌術式
転移二日目。俺はまたしても自慢の体内時計に起こされた、訳ではなくもう少し早い時間にサーシャのものと思しき声が聞こえたからだ。敵の襲来かと思い、身構える。神経を研ぎ澄ませ、目を可能な限り動かすも辺りには何もいない。殺風景が過ぎるくらいだ。しかし、身構えたところで俺にできることなどないのだから、その様子は他から見れば滑稽に映ったかもしれない。俺が一人でそんな茶番劇を繰り広げている間に、またサーシャが喋る。その声の方向を見ると、サーシャはまだ寝ているようだった。なんだ寝言か。とは思いつつも、耳を傾けてしまう。
「イー…シャ…」
悪夢でも見ているのだろうか。俺の知らない誰かの名前を呟く彼女は、俺の持つ彼女の記憶に於いて一番悲痛だった。まだ一日も過ごしていないのにそう言うのは傲慢かもしれない。しかし、今日も明日以降も、サーシャのこんな[漢字]表情[/漢字]かお[ふりがな][/ふりがな]は見たくないな、と切実に思った。彼女の目から流れる涙は、彼女を乗せたシートの上に落ちて染みを広げている。俺がじっと見つめていたからだろうか。唐突に起き上がると涙が出ていることに気が付いたのか、慌てて欠伸をしてみせた。今日も元気に熱気を振り撒く太陽の力か、シートに描かれていた涙の模様はいつの間にか消えていた。
「おはようございます。昨日は大変でしたが、よく眠れましたか?」
「ああ、お陰様で。世話になりっぱなしもなんだし、できる限りのことはするよ」
「イーシャって?」と聞くこともできたが、それだけは今の俺にはきっと許されないことだ。無理に気分を変えるため、俺は遠くを見据える。雲一つ見えない青空は、サーシャの髪色よりも少しだけ濃く、砂の色とのコントラストがよく映える。写真に撮りたいくらいだ。それでも空と砂の間にはしっかりとした境界線が引かれていた。
「さて、朝食はどうしましょうか。昨日のをまた焼いて食べますか?」
「そうだな。それ食ったら出発するか」
「ですね。…で、ワームは食べられるようになったんですね」
「まあ、そもそも食えないとは一言も言っていない」
談笑しながら、昨日も聞いた焚き火の音を聞きながら。二日目の太陽は昨日よりも俺を暖かく包み込んでいるような気がした。少し臭いが文句をぶつぶつ言ってやるほど不味いわけでもない。むしゃむしゃと二人で肉を食べた。
サーシャ曰く、この砂漠は術により終わりがなくなっているそうだ。つまりこの無限の砂漠から脱するためには術を解く必要がある。これを踏まえてこれからすることを考えると、ただあてどなく回るのは効率が悪そうだ。術者か依代、この場合は後者の方が確率が高いだろう。これを見つけて破壊しなければ。
「なあサーシャ。依代を見つけることってできるのか?」
「そうですね…。魔術には魔力が流れていますので不可能ではありませんが、私は魔力探知は苦手なんです」
「そうか…。あ、でもそれだって魔術を使えばいけるんじゃないか?」
「そうなんですけどー、紙もペンも持ち合わせがありません…」
早速詰んでるな…。どうしろと言うんだ、どうしろと。ここまで上手くいかないとなると、俺がいじけて砂のお城を作り始めそうだ。よし、まずは城壁だな。
「何してるんですか」
「おっとごめん。この砂、魔力で俺を魅了してくるんだ」
「はあ、最後にそのお城に埋められて作品が完成するんですね」
「………」
「冗談ですよ」
再び俺たちは歩き出す。二人分の砂を踏み締める音は、この広大な土地ではすぐに空気へ溶けていく。目的地もないのに一定方向へ歩き続ける様子は周りにはどう映るのだろう。気温はぐんぐんと上がり、砂の上が揺らめいて見える。確か、陽炎と言ったか。名前が格好いいのでつい言いたくなってしまう。そんな感じのどうでもいい思考が頭を支配して、歩くこと数分。突然俺の足は上がらなくなった。そんな俺に気付かないサーシャは先へ進む。
「ちょ、ちょっと待ってサーシャ!足が動かないんだけど!」
「へ?」
サーシャは俺を一瞥した後、その視線を俺の足元に向ける。俺もその視線を追うように自分の足元を見ると、干からびて黒茶色になっている手ががっしりと俺を掴んでいた。
「うわっえっ?な、何?え?手?」
「ゾンビですかね」
「ななっ、何でそんな冷静なんだよ!マジで助けて!?ホントに!……たのむわ…」
「全く仕方がないですね。足に穴が開きたくなければじっとしててください…」
サーシャはカバンの横につけていた木製の杖を素早く抜き取り、こちらへと向けた。まだ何もされていないのに足がゾワっとする。そしてついにサーシャの体の輪郭が青く光り始めた。へえ、こんな風なのか。などと感心している場合ではない。俺は注射が怖くて見れないタイプなのだ。それはこの状況でも同じようで、ほぼ反射的に目を瞑る。
「穿て」
サーシャが言ってから何秒間か待ったが、一向に足を掴まれている感覚は消えない。
「………?」
どころか寧ろ段々と握る力が強くなっている気がする。流石に不審に思った俺はゆっくりと目を開く。すると、サーシャが頭を小突いて舌を出した。あざといとか可愛いとか今は良いから迅速に助けてほしい。
「どっ、どうした…?サーシャ」
「いやー、あのぅ、そのー」
「はっ早くっ!」
「最初にあなたを助ける際に今まで少しずつ溜めていた気力を一気に使ってしまいまして…。非常に申し上げにくいのですが、攻撃魔法が撃てません」
「とっておきってそれ…か…!いやいやいやっどうにか、そこを…イッ!?いたっ痛い痛い!」
「大丈夫ですか…?」
「本当にそう見えるかっ…!あ!そうだ詠唱だ詠唱‼︎」
「あ、その手がありましたか!しかし…人間の骨を断ち切るレベルの攻撃魔法の詠唱には最低でも20秒は要するのです」
「今の5秒間くらいは詠唱に回せたよなっ!?」
俺の悲痛な叫びによってようやく事の重大性に気付いたか、急いで詠唱を始めるサーシャ。20秒くらい耐え抜いてやる。何時間も暑さに抵抗した俺がこんな事で負けてたまるか。歯を食いしばり、片方の足に砂に沈むほどの力を入れる。痛い。にしても痛いな、これ。やばい、負ける。これは負ける。あっもう無…
「刻め」
瞬間、俺の足は自由になり後ろ手にドサっと砂に物が落ちる音がした。助かった…。と思い、ながら冷静になる。すると途端無様に叫んでいた己が恥ずかしくなってくる。べ、別に痛くはなかったけどな。痛みが心地良いと感じるレベル。今更何をしても無駄なのに見栄を張る俺をサーシャが指差す。笑うのだろうか。と思いきや口をぱくぱく動かしている。
「ま、まだ手首を切り落としただけなので、ゾンビ本体は動き続けますっ!」
「えぇ…。しぶとくない?」
「まあ、ゾンビですし」
後ろから覆い被さろうとする気配を感じた俺は即座に砂を蹴る。死体の切れていない左手の指が踵を掠めるが、気にせず走りサーシャの元へ。さて、すくにでも襲いかかってきそうな死体に攻撃魔法は使えないがどうしようか。考えろ、俺。現役高校生の柔軟な思考を世に見せるんだ。…そういやこいつ、魔法陣の知識はあるんだよな?悩んでいる時間はない。すぐに提案しよう。
「サーシャ!水で砂に魔法陣を描け!できるだけ有効な!」
「…?あっ!は、はい!」
サーシャは目を閉じ、自分の前に円状の水を出現させた。それが落ちると、ボタボタと音がして、砂漠には綺麗な曼荼羅アートのようなものが描かれた。日光ですぐに乾くであろう事は明白だったので、俺はゾンビに少し近づき誘導する。やはり死体は死体。脳は複雑な命令を出さないようで、俺の方へ真っ直ぐ走ってきた。多分俺より速いその足は着実に距離を詰めてくる。背後で感じる風は、俺の背へと伸ばされるゾンビの手によるものだろう。完全に追いつかれる直前に俺はジャンプした。サーシャ手製の魔法陣を飛び越えたのだ。
「今だ、サーシャ!」
「はいっ!」
またもや、サーシャの体が青く光る。それと同時に魔力を流された術式を踏んだゾンビは足から順に浄化されていった。勢いに任せて跳んだ俺は受け身も取れずに砂地を転がりながら、戦いの最後を目撃した。
「ぶぁあ〜〜〜っ」
ずっと息が詰まっていたため、ようやく消えた敵に安堵し一気に吐き出した。俺のアイデアだとはいえ、やはり彼女の功績が九割九分だろう。二人とも戦いに疲弊し、肩で息をする。そして、今日一番の笑顔を向けて
「ナイスだ、サーシャ!」
「はいっ!水城 海さん!」
それはここに来て初めて呼ばれた名前だった。なんだか無性に嬉しくて、俺はもう一度微笑み返した。サーシャに認めてもらえたのだろうか、俺はそう感じた。
「まあ、あなたがもっと強ければ簡単に終わっていたんですけどね」
また、そんな憎まれ口を叩くサーシャだった。そして思い当たる。彼女の言う「とっておき」とはコツコツ溜めた気力だったのだ。身を守るただ一つの術を俺のために使ったのだ。でも
「気力は回復するんじゃないのか?」
「教会に追放される際一度ゼロにされ、回復所要時間もかなり伸ばされたんです」
かなり苦労していたようだ。まあ、先ほどの彼女の憎まれ口には激しく同意だ。異世界の要素に必要不可欠な要素、魔法。俺にも使えるのだろうか。心臓が跳ねる。
「なあサーシャ、俺の使える魔法を判別する方法ってあるか?」
「はい!ありますよ!胸に手を当て、『エレメント』と呟いてください」
なるほど、それでいいのが。鼓動が響く速度が上がる。そーっと胸に手を合わせる。そして一語一語はっきりと発音した。
「エレメント」
サーシャの顔色が変わった。俺の体は何色に光っているのだろうか。自分の手の甲を額の前に向ける。その手は、青く、青く光っていた。サーシャが小刻みに震え出す。そしてブツブツと何か呟いている。
「これは、水魔法か?…サーシャ?」
「あり、えない…。有り得ないよ…?イー、シャ?イーシャは?有り得ない、有り得ない、ありえないありえないありえないありえない………」
「サーシャ!どうした!」
朝にも聞いた名前を出し、サーシャはおかしくなった。その後、サーシャは何時間も声が枯れても気にせずに「いやだいやだいやだ」と言い続けていた。ここの砂漠と同じように、この時間は
無限に続くように思えた。
「イー…シャ…」
悪夢でも見ているのだろうか。俺の知らない誰かの名前を呟く彼女は、俺の持つ彼女の記憶に於いて一番悲痛だった。まだ一日も過ごしていないのにそう言うのは傲慢かもしれない。しかし、今日も明日以降も、サーシャのこんな[漢字]表情[/漢字]かお[ふりがな][/ふりがな]は見たくないな、と切実に思った。彼女の目から流れる涙は、彼女を乗せたシートの上に落ちて染みを広げている。俺がじっと見つめていたからだろうか。唐突に起き上がると涙が出ていることに気が付いたのか、慌てて欠伸をしてみせた。今日も元気に熱気を振り撒く太陽の力か、シートに描かれていた涙の模様はいつの間にか消えていた。
「おはようございます。昨日は大変でしたが、よく眠れましたか?」
「ああ、お陰様で。世話になりっぱなしもなんだし、できる限りのことはするよ」
「イーシャって?」と聞くこともできたが、それだけは今の俺にはきっと許されないことだ。無理に気分を変えるため、俺は遠くを見据える。雲一つ見えない青空は、サーシャの髪色よりも少しだけ濃く、砂の色とのコントラストがよく映える。写真に撮りたいくらいだ。それでも空と砂の間にはしっかりとした境界線が引かれていた。
「さて、朝食はどうしましょうか。昨日のをまた焼いて食べますか?」
「そうだな。それ食ったら出発するか」
「ですね。…で、ワームは食べられるようになったんですね」
「まあ、そもそも食えないとは一言も言っていない」
談笑しながら、昨日も聞いた焚き火の音を聞きながら。二日目の太陽は昨日よりも俺を暖かく包み込んでいるような気がした。少し臭いが文句をぶつぶつ言ってやるほど不味いわけでもない。むしゃむしゃと二人で肉を食べた。
サーシャ曰く、この砂漠は術により終わりがなくなっているそうだ。つまりこの無限の砂漠から脱するためには術を解く必要がある。これを踏まえてこれからすることを考えると、ただあてどなく回るのは効率が悪そうだ。術者か依代、この場合は後者の方が確率が高いだろう。これを見つけて破壊しなければ。
「なあサーシャ。依代を見つけることってできるのか?」
「そうですね…。魔術には魔力が流れていますので不可能ではありませんが、私は魔力探知は苦手なんです」
「そうか…。あ、でもそれだって魔術を使えばいけるんじゃないか?」
「そうなんですけどー、紙もペンも持ち合わせがありません…」
早速詰んでるな…。どうしろと言うんだ、どうしろと。ここまで上手くいかないとなると、俺がいじけて砂のお城を作り始めそうだ。よし、まずは城壁だな。
「何してるんですか」
「おっとごめん。この砂、魔力で俺を魅了してくるんだ」
「はあ、最後にそのお城に埋められて作品が完成するんですね」
「………」
「冗談ですよ」
再び俺たちは歩き出す。二人分の砂を踏み締める音は、この広大な土地ではすぐに空気へ溶けていく。目的地もないのに一定方向へ歩き続ける様子は周りにはどう映るのだろう。気温はぐんぐんと上がり、砂の上が揺らめいて見える。確か、陽炎と言ったか。名前が格好いいのでつい言いたくなってしまう。そんな感じのどうでもいい思考が頭を支配して、歩くこと数分。突然俺の足は上がらなくなった。そんな俺に気付かないサーシャは先へ進む。
「ちょ、ちょっと待ってサーシャ!足が動かないんだけど!」
「へ?」
サーシャは俺を一瞥した後、その視線を俺の足元に向ける。俺もその視線を追うように自分の足元を見ると、干からびて黒茶色になっている手ががっしりと俺を掴んでいた。
「うわっえっ?な、何?え?手?」
「ゾンビですかね」
「ななっ、何でそんな冷静なんだよ!マジで助けて!?ホントに!……たのむわ…」
「全く仕方がないですね。足に穴が開きたくなければじっとしててください…」
サーシャはカバンの横につけていた木製の杖を素早く抜き取り、こちらへと向けた。まだ何もされていないのに足がゾワっとする。そしてついにサーシャの体の輪郭が青く光り始めた。へえ、こんな風なのか。などと感心している場合ではない。俺は注射が怖くて見れないタイプなのだ。それはこの状況でも同じようで、ほぼ反射的に目を瞑る。
「穿て」
サーシャが言ってから何秒間か待ったが、一向に足を掴まれている感覚は消えない。
「………?」
どころか寧ろ段々と握る力が強くなっている気がする。流石に不審に思った俺はゆっくりと目を開く。すると、サーシャが頭を小突いて舌を出した。あざといとか可愛いとか今は良いから迅速に助けてほしい。
「どっ、どうした…?サーシャ」
「いやー、あのぅ、そのー」
「はっ早くっ!」
「最初にあなたを助ける際に今まで少しずつ溜めていた気力を一気に使ってしまいまして…。非常に申し上げにくいのですが、攻撃魔法が撃てません」
「とっておきってそれ…か…!いやいやいやっどうにか、そこを…イッ!?いたっ痛い痛い!」
「大丈夫ですか…?」
「本当にそう見えるかっ…!あ!そうだ詠唱だ詠唱‼︎」
「あ、その手がありましたか!しかし…人間の骨を断ち切るレベルの攻撃魔法の詠唱には最低でも20秒は要するのです」
「今の5秒間くらいは詠唱に回せたよなっ!?」
俺の悲痛な叫びによってようやく事の重大性に気付いたか、急いで詠唱を始めるサーシャ。20秒くらい耐え抜いてやる。何時間も暑さに抵抗した俺がこんな事で負けてたまるか。歯を食いしばり、片方の足に砂に沈むほどの力を入れる。痛い。にしても痛いな、これ。やばい、負ける。これは負ける。あっもう無…
「刻め」
瞬間、俺の足は自由になり後ろ手にドサっと砂に物が落ちる音がした。助かった…。と思い、ながら冷静になる。すると途端無様に叫んでいた己が恥ずかしくなってくる。べ、別に痛くはなかったけどな。痛みが心地良いと感じるレベル。今更何をしても無駄なのに見栄を張る俺をサーシャが指差す。笑うのだろうか。と思いきや口をぱくぱく動かしている。
「ま、まだ手首を切り落としただけなので、ゾンビ本体は動き続けますっ!」
「えぇ…。しぶとくない?」
「まあ、ゾンビですし」
後ろから覆い被さろうとする気配を感じた俺は即座に砂を蹴る。死体の切れていない左手の指が踵を掠めるが、気にせず走りサーシャの元へ。さて、すくにでも襲いかかってきそうな死体に攻撃魔法は使えないがどうしようか。考えろ、俺。現役高校生の柔軟な思考を世に見せるんだ。…そういやこいつ、魔法陣の知識はあるんだよな?悩んでいる時間はない。すぐに提案しよう。
「サーシャ!水で砂に魔法陣を描け!できるだけ有効な!」
「…?あっ!は、はい!」
サーシャは目を閉じ、自分の前に円状の水を出現させた。それが落ちると、ボタボタと音がして、砂漠には綺麗な曼荼羅アートのようなものが描かれた。日光ですぐに乾くであろう事は明白だったので、俺はゾンビに少し近づき誘導する。やはり死体は死体。脳は複雑な命令を出さないようで、俺の方へ真っ直ぐ走ってきた。多分俺より速いその足は着実に距離を詰めてくる。背後で感じる風は、俺の背へと伸ばされるゾンビの手によるものだろう。完全に追いつかれる直前に俺はジャンプした。サーシャ手製の魔法陣を飛び越えたのだ。
「今だ、サーシャ!」
「はいっ!」
またもや、サーシャの体が青く光る。それと同時に魔力を流された術式を踏んだゾンビは足から順に浄化されていった。勢いに任せて跳んだ俺は受け身も取れずに砂地を転がりながら、戦いの最後を目撃した。
「ぶぁあ〜〜〜っ」
ずっと息が詰まっていたため、ようやく消えた敵に安堵し一気に吐き出した。俺のアイデアだとはいえ、やはり彼女の功績が九割九分だろう。二人とも戦いに疲弊し、肩で息をする。そして、今日一番の笑顔を向けて
「ナイスだ、サーシャ!」
「はいっ!水城 海さん!」
それはここに来て初めて呼ばれた名前だった。なんだか無性に嬉しくて、俺はもう一度微笑み返した。サーシャに認めてもらえたのだろうか、俺はそう感じた。
「まあ、あなたがもっと強ければ簡単に終わっていたんですけどね」
また、そんな憎まれ口を叩くサーシャだった。そして思い当たる。彼女の言う「とっておき」とはコツコツ溜めた気力だったのだ。身を守るただ一つの術を俺のために使ったのだ。でも
「気力は回復するんじゃないのか?」
「教会に追放される際一度ゼロにされ、回復所要時間もかなり伸ばされたんです」
かなり苦労していたようだ。まあ、先ほどの彼女の憎まれ口には激しく同意だ。異世界の要素に必要不可欠な要素、魔法。俺にも使えるのだろうか。心臓が跳ねる。
「なあサーシャ、俺の使える魔法を判別する方法ってあるか?」
「はい!ありますよ!胸に手を当て、『エレメント』と呟いてください」
なるほど、それでいいのが。鼓動が響く速度が上がる。そーっと胸に手を合わせる。そして一語一語はっきりと発音した。
「エレメント」
サーシャの顔色が変わった。俺の体は何色に光っているのだろうか。自分の手の甲を額の前に向ける。その手は、青く、青く光っていた。サーシャが小刻みに震え出す。そしてブツブツと何か呟いている。
「これは、水魔法か?…サーシャ?」
「あり、えない…。有り得ないよ…?イー、シャ?イーシャは?有り得ない、有り得ない、ありえないありえないありえないありえない………」
「サーシャ!どうした!」
朝にも聞いた名前を出し、サーシャはおかしくなった。その後、サーシャは何時間も声が枯れても気にせずに「いやだいやだいやだ」と言い続けていた。ここの砂漠と同じように、この時間は
無限に続くように思えた。