不遇水魔法使いの禁忌術式
「み、水が美味しい…」
「そんなに一気に飲んだらむせますよ」
息を呑むほど大きな月の下、俺は生を実感していた。生きるって最高だなぁ。とはいえど、未だこれが夢である線は諦めていない。しかし不思議だ。あれほど夢オチを嫌った俺が、今やこれほどまでに夢オチを望んでいるとは。
突如砂漠に転移し、更に瀕死状態で魔物に襲われた俺を助けたサーシャは今、水まで恵んでくれている。この恩は生涯忘れる事はないだろう。それにサーシャが手ずから生成した水は、深い意味はないが美味い。それにしても長い時間寝ていたようで、意識と共に取り戻した体内時計は午後9時を示している。朝から何も食べずに歩き続けたため、先ほどから腹が小うるさく鳴っている。それに気がついたサーシャはパチンと手を叩いて微笑み、俺に言う。
「そろそろご飯にしましょうか」
異世界で最初の飯…。少し不安はあるが、期待で胸が高鳴って仕方がない。そして地球には「空腹こそ最上のソースなり」という言葉もある。サーシャは何か食物を運んでいたのだろうか。美味しいといいな…。俺は気持ちが抑えられず身を乗り出し、サーシャに問う。
「な、なあサーシャ。何を食べるんだ…?」
「もちろん!あれですよ、あれ!」
興奮した様子でそう捲し立てるサーシャ。でもな、サーシャ。指示語は一度登場した名詞に使うんだぞ。などと注意しようと思ったのだが、ぴょこぴょこ跳ねているサーシャを見るとどこかに手を伸ばしているようだった。月の下と砂の上で踊る彼女の細く綺麗な指が示している方向に目を向ける。そこで俺が見たものはーーー
サンドワームだった。
その気色悪い見た目と、俺を殺そうとした事実も相まって食欲は急速に減退した。「最上のソース」はその効力を失ったのだ。正直に言えば食いたくない。俺は苦笑いをしながら、なぜか震えている手であの怪物を指差して恐る恐る尋ねる。
「こ、これ食べるって…ネタじゃないんですか?」
「何言ってるんですか。意外に美味しいんですよ。それに食べないと死んじゃうんですから。あなたが今死んでしまったら、私の行動は時間と労力を無駄にしたことになってしまいます」
どうやら[漢字]本気[/漢字][ふりがな]マジ[/ふりがな]らしい。サーシャは言いながら、手際よく焚き火を準備する。どうやら焼いて食べるようだ。砂漠にいる理由は落ち落ち聞くとして、物にはさほど不自由していないらしい。背負っていた大きなカバンには何が入っているのだろう。しかし、ワームを捌きにかかった彼女は大人しめの雰囲気とは少し違い、生き生きとしているようだ。こ、こいつ…。目が完全にキマってやがる…。俺が怯えて何もしていなかった間に準備が終わったらしく、巨大な死体の方から水を駆使して幾つかの肉塊を運んできた。少し申し訳なさを覚えつつも、俺だって飢えて死にたくはないので覚悟を決める。
「じゃあ、この焚き火で焼いて食べましょう。持ち運べる分は今後のために取っておきます。あの死体は小さな生物たちが食べてくれると思いますので放っておいて大丈夫です。後、次からは手伝ってくださいね」
「す、すまん。ありがとな…」
俺は切り離されて、見ただけでは元がワームだとはわからない塊をまじまじと見つめて火に当ててみる。生理的に受け付けないと思っていたはずなのに、空腹には抗えず焼けたら何も考えずに食うことにした。それと、焼いたり食ったりしてる最中に先に自分のことを話して、この世界のことを聞いてしまおう。
焚き火のパチパチと燃える音を効果音にして一通り事情を話すとサーシャは何事か俯きながら考えていたようだが、彼女の知識に当てはまるものは何もなかったようでどうやら諦めたらしい。では、俺の質問の番だ。量が多いので、サーシャには迷惑をかけることになる。全く、迷惑を掛けっぱなしだ。いつか必ず返すと決める。…しかしこれ、一括は無理だな。リボ払い的に返したいところだ。
まず一番気になっている魔法について。サーシャ曰く、
「この世界には《火》、《水》、《風》、《生》、《地》を基本とします。更に勇者のみが扱う《光》と、魔族のみが扱う《闇》の計七つ存在します」
「生魔法」とは何かというと、植物などの自然を扱うらしい。そして言語問題については
「この世界は国によって言語が違っていたらしいのですが、大昔の偉大な魔術師様が翻訳の機能を持つ結界を作られて、世界を覆ったそうです」
「魔法と魔術の違い、ですか?魔法は先ほど言った七つの属性により、世界に干渉する力です。そして魔術は『魔法技術』の略称であり、外部に用意した依代、例えば魔法陣などですね。これに魔力を流すことで発動します。これには属性を持たない能力を付与することができます。そうですね、翻訳の結界も無属性の魔術の一つです」
なるほど、世界については大体分かった。ではサーシャの事情も少し知りたい。あまり踏み込んで嫌がられては俺も嫌なので、慎重に行くことにする。
「なんで砂漠に?」
「まあ…色々ありまして」
いきなり話しにくい内容だったか。しかしサーシャも流石に情報が足りないと思ったか、後から付け足す。
「その…水魔法使いは昔から迫害されていまして。私も追放されちゃいました」
声色こそ明るいが、俺は彼女の誤魔化したような笑顔から悲哀を感じた。それは言外にそれ以上の追求を拒んでいるようだ。根拠のない確信ではあるが、俺はそれに従うことにした。しかし、水魔法使いが迫害されるのは何故だろう。歴史的な話にもなるだろうし、尋ねておくべきだろう。長くなりそうなので、後は聞いた話を纏めよう。
[中央寄せ] ✕ ✕ ✕[/中央寄せ]
魔力とは魔法に関する体力であり、さらに攻撃魔法には気力も必要らしい。気力とは言わば集中力みたいなものらしい。詠唱すれば気力の役割をある程度果たすらしい。これらは体力同様、食事や睡眠で治るとのことだ。
水魔法使いについては起源が特殊で、他の魔法と違う。双子の魔族から生まれた属性だそうで、それが呪いとして振り撒かれた結果として、世界に必ず二人だけ水属性持ちが存在するようになったらしい。だが特異なそれは周りから理解されず、排斥されてきたようだ。人間は、どの世界でも理解できないものは排除する傾向にあるらしい。俺もその愚かしくも浅ましい種族の一員だと今一度気づき、何か言葉にできない気持ち悪い感じが身体中を駆け巡った。
さらに各魔法には’’禁忌術式''が存在するらしい。この禁術はその魔法使いの中でもトップを誇るようなものが一人だけ、知るらしい。何を持ってトップとするのかは解明しておらず、天啓のように禁術の内容を知るようだ。サーシャも知っているのか尋ねたら、知ってはいるようだが詳しくははぐらかされた。話したらペナルティでも与えられるのだろうか。
そして最後に大事な話。現状についてだ。この砂漠、一体いつになったら出られるのだろうか。不安に苛まれながらも、質問する。
「サーシャ。この砂漠ってどこまで続くんだ?」
「はい!終わりませんよ!」
「は?」
「術を解かない限りは終わりませんよ!」
「え?」
「だから、終わらないんですよ…!何度言ったら…。[小文字]脱水症状の後遺症でしょうか[/小文字]」
「聞こえてるぞ」
俺の異世界生活は中々、砂漠を抜けられないらしい。そして、たくさん分かったことはあるが、もう一つ。サーシャについても少し分かった。この娘、一言多い毒舌タイプなのかもしれん。
「じゃあ、寝るか」
「ええ、そうですね」
俺はサーシャの用意したシートに横たわる。砂の感覚がないだけで、こんなにも違うのか。心地良くなったらなったで、違和感があり気になる。しかしその程度では今日一日分の疲れによる睡魔を倒すことなど叶わない。月以外の光源がないこの場所では、都会では絶対見られなかった星空が広がっている。科学は人々の暮らしを豊かにした代わりに、自然に悪影響を与えもした。なら、魔法はどうなのだろう。この世界は魔法のおかげで何を得て、何を失うのだろう。
こうして波乱を迎えた転移一日目は、終わりを迎える。明日からは終わりのない砂漠を二人で歩き続けよう。その内、もっと分かるかもしれない。砂漠のことも。世界のことも。そして、彼女のことも。
そうして俺は目を閉じた。
「そんなに一気に飲んだらむせますよ」
息を呑むほど大きな月の下、俺は生を実感していた。生きるって最高だなぁ。とはいえど、未だこれが夢である線は諦めていない。しかし不思議だ。あれほど夢オチを嫌った俺が、今やこれほどまでに夢オチを望んでいるとは。
突如砂漠に転移し、更に瀕死状態で魔物に襲われた俺を助けたサーシャは今、水まで恵んでくれている。この恩は生涯忘れる事はないだろう。それにサーシャが手ずから生成した水は、深い意味はないが美味い。それにしても長い時間寝ていたようで、意識と共に取り戻した体内時計は午後9時を示している。朝から何も食べずに歩き続けたため、先ほどから腹が小うるさく鳴っている。それに気がついたサーシャはパチンと手を叩いて微笑み、俺に言う。
「そろそろご飯にしましょうか」
異世界で最初の飯…。少し不安はあるが、期待で胸が高鳴って仕方がない。そして地球には「空腹こそ最上のソースなり」という言葉もある。サーシャは何か食物を運んでいたのだろうか。美味しいといいな…。俺は気持ちが抑えられず身を乗り出し、サーシャに問う。
「な、なあサーシャ。何を食べるんだ…?」
「もちろん!あれですよ、あれ!」
興奮した様子でそう捲し立てるサーシャ。でもな、サーシャ。指示語は一度登場した名詞に使うんだぞ。などと注意しようと思ったのだが、ぴょこぴょこ跳ねているサーシャを見るとどこかに手を伸ばしているようだった。月の下と砂の上で踊る彼女の細く綺麗な指が示している方向に目を向ける。そこで俺が見たものはーーー
サンドワームだった。
その気色悪い見た目と、俺を殺そうとした事実も相まって食欲は急速に減退した。「最上のソース」はその効力を失ったのだ。正直に言えば食いたくない。俺は苦笑いをしながら、なぜか震えている手であの怪物を指差して恐る恐る尋ねる。
「こ、これ食べるって…ネタじゃないんですか?」
「何言ってるんですか。意外に美味しいんですよ。それに食べないと死んじゃうんですから。あなたが今死んでしまったら、私の行動は時間と労力を無駄にしたことになってしまいます」
どうやら[漢字]本気[/漢字][ふりがな]マジ[/ふりがな]らしい。サーシャは言いながら、手際よく焚き火を準備する。どうやら焼いて食べるようだ。砂漠にいる理由は落ち落ち聞くとして、物にはさほど不自由していないらしい。背負っていた大きなカバンには何が入っているのだろう。しかし、ワームを捌きにかかった彼女は大人しめの雰囲気とは少し違い、生き生きとしているようだ。こ、こいつ…。目が完全にキマってやがる…。俺が怯えて何もしていなかった間に準備が終わったらしく、巨大な死体の方から水を駆使して幾つかの肉塊を運んできた。少し申し訳なさを覚えつつも、俺だって飢えて死にたくはないので覚悟を決める。
「じゃあ、この焚き火で焼いて食べましょう。持ち運べる分は今後のために取っておきます。あの死体は小さな生物たちが食べてくれると思いますので放っておいて大丈夫です。後、次からは手伝ってくださいね」
「す、すまん。ありがとな…」
俺は切り離されて、見ただけでは元がワームだとはわからない塊をまじまじと見つめて火に当ててみる。生理的に受け付けないと思っていたはずなのに、空腹には抗えず焼けたら何も考えずに食うことにした。それと、焼いたり食ったりしてる最中に先に自分のことを話して、この世界のことを聞いてしまおう。
焚き火のパチパチと燃える音を効果音にして一通り事情を話すとサーシャは何事か俯きながら考えていたようだが、彼女の知識に当てはまるものは何もなかったようでどうやら諦めたらしい。では、俺の質問の番だ。量が多いので、サーシャには迷惑をかけることになる。全く、迷惑を掛けっぱなしだ。いつか必ず返すと決める。…しかしこれ、一括は無理だな。リボ払い的に返したいところだ。
まず一番気になっている魔法について。サーシャ曰く、
「この世界には《火》、《水》、《風》、《生》、《地》を基本とします。更に勇者のみが扱う《光》と、魔族のみが扱う《闇》の計七つ存在します」
「生魔法」とは何かというと、植物などの自然を扱うらしい。そして言語問題については
「この世界は国によって言語が違っていたらしいのですが、大昔の偉大な魔術師様が翻訳の機能を持つ結界を作られて、世界を覆ったそうです」
「魔法と魔術の違い、ですか?魔法は先ほど言った七つの属性により、世界に干渉する力です。そして魔術は『魔法技術』の略称であり、外部に用意した依代、例えば魔法陣などですね。これに魔力を流すことで発動します。これには属性を持たない能力を付与することができます。そうですね、翻訳の結界も無属性の魔術の一つです」
なるほど、世界については大体分かった。ではサーシャの事情も少し知りたい。あまり踏み込んで嫌がられては俺も嫌なので、慎重に行くことにする。
「なんで砂漠に?」
「まあ…色々ありまして」
いきなり話しにくい内容だったか。しかしサーシャも流石に情報が足りないと思ったか、後から付け足す。
「その…水魔法使いは昔から迫害されていまして。私も追放されちゃいました」
声色こそ明るいが、俺は彼女の誤魔化したような笑顔から悲哀を感じた。それは言外にそれ以上の追求を拒んでいるようだ。根拠のない確信ではあるが、俺はそれに従うことにした。しかし、水魔法使いが迫害されるのは何故だろう。歴史的な話にもなるだろうし、尋ねておくべきだろう。長くなりそうなので、後は聞いた話を纏めよう。
[中央寄せ] ✕ ✕ ✕[/中央寄せ]
魔力とは魔法に関する体力であり、さらに攻撃魔法には気力も必要らしい。気力とは言わば集中力みたいなものらしい。詠唱すれば気力の役割をある程度果たすらしい。これらは体力同様、食事や睡眠で治るとのことだ。
水魔法使いについては起源が特殊で、他の魔法と違う。双子の魔族から生まれた属性だそうで、それが呪いとして振り撒かれた結果として、世界に必ず二人だけ水属性持ちが存在するようになったらしい。だが特異なそれは周りから理解されず、排斥されてきたようだ。人間は、どの世界でも理解できないものは排除する傾向にあるらしい。俺もその愚かしくも浅ましい種族の一員だと今一度気づき、何か言葉にできない気持ち悪い感じが身体中を駆け巡った。
さらに各魔法には’’禁忌術式''が存在するらしい。この禁術はその魔法使いの中でもトップを誇るようなものが一人だけ、知るらしい。何を持ってトップとするのかは解明しておらず、天啓のように禁術の内容を知るようだ。サーシャも知っているのか尋ねたら、知ってはいるようだが詳しくははぐらかされた。話したらペナルティでも与えられるのだろうか。
そして最後に大事な話。現状についてだ。この砂漠、一体いつになったら出られるのだろうか。不安に苛まれながらも、質問する。
「サーシャ。この砂漠ってどこまで続くんだ?」
「はい!終わりませんよ!」
「は?」
「術を解かない限りは終わりませんよ!」
「え?」
「だから、終わらないんですよ…!何度言ったら…。[小文字]脱水症状の後遺症でしょうか[/小文字]」
「聞こえてるぞ」
俺の異世界生活は中々、砂漠を抜けられないらしい。そして、たくさん分かったことはあるが、もう一つ。サーシャについても少し分かった。この娘、一言多い毒舌タイプなのかもしれん。
「じゃあ、寝るか」
「ええ、そうですね」
俺はサーシャの用意したシートに横たわる。砂の感覚がないだけで、こんなにも違うのか。心地良くなったらなったで、違和感があり気になる。しかしその程度では今日一日分の疲れによる睡魔を倒すことなど叶わない。月以外の光源がないこの場所では、都会では絶対見られなかった星空が広がっている。科学は人々の暮らしを豊かにした代わりに、自然に悪影響を与えもした。なら、魔法はどうなのだろう。この世界は魔法のおかげで何を得て、何を失うのだろう。
こうして波乱を迎えた転移一日目は、終わりを迎える。明日からは終わりのない砂漠を二人で歩き続けよう。その内、もっと分かるかもしれない。砂漠のことも。世界のことも。そして、彼女のことも。
そうして俺は目を閉じた。