二次創作
【参加型】大正聖杯異譚
そう実感すると同時、いやむしろそれよりも早く、気が付けば真っ直ぐに駆け出していた。
手に握ったのは、転がっていたジャンク品の鉄パイプ。頼りねェ武装だが、丸腰よりかは幾分かマシだろーぜ。
[漢字]コイツはヤベェ[/漢字][ふりがな]・・・・・・・[/ふりがな]と、本能が警鐘を鳴らす。逃げても無駄だ、と理解する。
大きく振りかぶって、屋根から飛び降りる勢いのまま、大上段から打ち付けた。
「動き、はやくない? ホントに一般人なのかな……」
ハズ、だった。
ガン、と重たい音が響く。
どう言うカラクリだか知らないが、オレの渾身の一撃は、[漢字]少年[/漢字][ふりがな]少女[/ふりがな]の華奢な右手で受け止められていた。
色違いの目の両方が、真っ直ぐにオレを射抜いている。
「ッ、テメェ!!!!」
「あ……一般人だ。魔術、使ってない。そっか、この程度か。残念だなぁ。」
そのまま、サラサラと鉄パイプは崩れていく。咄嗟に手を離して離れると同時に完全に砂と化したソレに、オレは妙なおかしみを感じる。
「でもさ、いつなんだろ、今回の時代。マスターに聞きそびれたよね。ボク、勉強ってキライだったからなぁ。ボクの生まれよりも古いのかな。嫌だなぁ。殺したくないなぁ。」
ぶつぶつと独り言を言うソイツは、たった今自分が超常の力を振るったコトなんざ気にも止めずにこちらに向かってくる。
ったく、マジでどうなってやがんだ今夜はよ!
「とりあえず、さ。やっぱ、目撃者は殺すしかないよね。うん。」
一瞬で距離を詰めて、手を伸ばされる。スローモーション。泡のように思考が浮かんでは消える。コレが走馬灯ってヤツか。
そっか。死ぬのか? オレ。
じわじわと迫り来る死の実感。怖い、んだと思う。どうにもオレらしくないが『ああ無理だな』と、諦めかけてすらいる。
本当に?
___『でも、それでも』と、どこかでオレを詰る声がする。
こんな所で。何も言わずに。街を守るだなんて粋がって、結局何もできずにワケ分かんねーヤツにやられて、諦めて、無様にぐちゃぐちゃンなって、そんで惨めに絶望したまま死ぬのかよ。
[漢字]お前はそれで良いのかよ[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・・・[/ふりがな]と、誰かが、いやオレ自身が、オレに向けて怒鳴っている。
うるせェよ、無理に決まってんだろうが、と言いたくて言いたくて堪らない。こちとら単なる街の不良だ、戦争も経験してねェヒヨッコだ。マジモンの命の取り合いなんか、したコトあるワケねェだろうが。
けどよ、ソレを言いワケにするってのは。
どう足掻いても、カッコ悪ぃ。
そんなん、単なる負け犬じゃねェか!!!
「コレを殺ったのはテメェかァ!!」
傍らの死体を指す。上弦の月に照らされ、血塗れで転がっている金時計だけがキラキラと嘘臭く光る。
「……ボクは、そんなつもりじゃ……」
「いいや違わねェ!! 今のパイプと同じ壊れ方だろうがァ!!
黙って聞いてりゃ、好き勝手に人の生き死に決めやがって!!! まず、テメェは、何者なんだよ!!!!」
啖呵と同時に拳を握り込み、腹に一撃。手応えはあるがダメージすら与えられていない。
だが、手は止まった。
「……どうだって、良いでしょ。キミは死ぬんだよ。ボクは仲間のためにも、キミを殺さないといけないから。だから、大人しく諦めて。」
「あァそうかよ。」
もう一度死神が動き出す前に、息を思い切り吸って。再び腹から深く声を出す。
「けどよォ!!!!!」
「!?」
「テメェは知らねェだろうがなァ!!!!!! オレァこー見えて根っから跳ねっ返りの不良児だぜ!!!!!!!」
叫ぶなんて生優しいモンじゃなく、ただひたすらに吼えた。
「諦めて従えと言われちゃ意地でも[漢字]絶対[/漢字][ふりがな]ゼッテー[/ふりがな]聞きたかねェし!!!!!
目撃者だから大人しく死ねと言われちゃ、尚更[漢字]余計[/漢字][ふりがな]ヨケー[/ふりがな]に死ねねェなァ!!!!!!」
その決意の咆哮に呼応するように、地面、それも呉人だったものの周囲の更に奥の境内の中心と、オレの手の甲の痣が赤く光る。
痛みと光に顔を顰めると、炎と刀を模したような紋様が痣を上書きするように浮かび上がった。視界の端では、これまたどういうワケだか呉人の金時計が赤く光る地面の上で浮いていた。
ハイカラ野郎が目を見張る。どうも驚いているらしく、動きが止まった。
その隙をついて走り抜ける。罰当たりかもしれねェが仕方ねェ。手水場まで離れて鉄柄の柄杓を手にとった。
が、体勢を整える間すらなく、足を取られて無様に転倒する。地面に入ったヒビのせいだ。そしてそれは、[漢字]少年[/漢字][ふりがな]少女[/ふりがな]の手元から放射状に広がっていた。
「さすがに目の前で“マスター”になるのは想定外……」
相も変わらず呟きながら『まあ、一般人じゃない分だけ気分としてはちょっとマシかあ』と、ハイカラ野郎はオレに向けて距離を詰める。
刹那。
「おや? おやおやおや。どうやらお困りのようだね、そこの見知らぬ君。」
コツコツコツと、[漢字]杖[/漢字][ふりがな]ステッキ[/ふりがな]と革靴の音。
ソレを知覚するかしないかの内に、ハイカラ野郎が吹き飛ぶ。
真横を見ると、手足のヒョロ長い洋装の男が足を納める所だった。
「では仕方ない、ああ仕方ない。弱きを救け強きを挫く、それもまた私の一側面なのだから。救済の対象が美しい貴婦人でないのは些か残念だが……」
金の髪に青い瞳、そして長身を包むのは気障ったらしい燕尾服に上等そうな仕立ての洋袴。極め付けのシルクハットはてらてらと静謐に輝いていて、これまた明らかな高級品。
「兎にも角にもこの私が、華麗なる逆転劇をお目にかけるとしよう。」
まさかコイツが蹴ったのか? オレよかよっぽどヒョロそうだが、なぜ効いた? なんて自身の身長を棚に上げて思考してみても、当然のように答えは出ない。
「しかし……不意に呼ばれて馳せ参じてみれば、出迎えが何とも無粋な血と闘争と死体とは。」
『ああ、全くもって美しくない。』と、ソイツは不満げに嘆息する。美しいだァ? 何言ってやがんだよ、コイツは。
そんなオレの内心を知ってか知らずか、金髪はヒュウと軽く口笛を吹く。
「やれやれ、実に惨憺たる有様、残念無念もここに極まれりと言った様相だな。」
気取ったように髪を掻き上げ、『とは言え此度の犯行に於ける我がマスターは、中々に豪気な御仁らしい。』と朗々と口上を述べるソイツは、今度はヒュンヒュンと軽く手に持った杖を振っている。
「さて、そちらのサーヴァント殿。クラスは[太字]バーサーカー[/太字]で宜しいかな?」
ハイカラ野郎を蹴飛ばした辺りに向けて杖で指して呼び掛ける。
ほぼ同時に向こうがぐらりと揺れて、土煙が晴れる。
見えた人影は完全に無傷だった。
「そう言うキミは[太字]アサシン[/太字]のサーヴァントかな。……暗殺者がボクに、何か用でもあるの?」
「おっと、まず対話の前に一点だけ。私を暗殺者なんぞという美意識のカケラもない連中と一緒にしないでくれたまえ。」
『勿論、多少の例外はいるがね。』と大袈裟に肩を竦める。芝居掛かった仕草とは対称的に、どうやらコイツはハイカラ野郎の発言に多少なりとも苛立っているらしい。
「ともかくだ。見ての通り私は貴殿の裏を掻いただけであって、さして強くはない。そこはご理解頂けるだろう? 貴殿とそのマスターにとって脅威ではないのだよ、我々は。」
オレとヤツの間に立ち塞がるようにして、金髪はペラペラとよく喋る。
「そして何より……ここに私がいる以上、彼はもはや[漢字]部外者ではない[/漢字][ふりがな]・・・・・・・[/ふりがな]。」
『故に、今日の所は見逃してはくれないか?』と、金髪は要求する。
言葉尻の疑問符とは裏腹に、提案でも、ましてや命乞いでもねェ。ソイツはただ単にそうするのが当然だと思っているようで、ともすれば傲慢ですらあった。
「どうやら[漢字]もう一騎[/漢字][ふりがな]・・・・[/ふりがな]近付いている事だし、ね。」
「……まあ、良いよ。次会ったら、もう容赦はしないけど。」
ダメ押しの一言で退く事を決めた、バーサーカーと呼ばれた[漢字]少年[/漢字][ふりがな]少女[/ふりがな]が夜陰に消えるのを見送るように軽く手を振ると、金髪は顔を顰めながらも呉人の金時計を拾い上げる。
眺めるようにくるくると回してソレから血を拭き取ると、何やら顔を顰めて血の池の外にそっと置き、十字を切った。
生憎オレにその手の知識はないが、死を悼む行動である事は理解ができる。
やがて手遊びにも満足したのか、ヤツはしゃがみ込んだオレに手を伸ばし、月下を背負って薄く笑う。まるで、絵画みてェな光景だった。
「さてさて、先ずは立つ事を推奨しよう。いつまでも地に座していては汚れてしまうぞ。」
「おう、助かる……けどよ、まずテメェは何者だっつーの。」
まず口をついたのはソレだ。コイツもまァ間違いなく、仁が言ってたヤツらの同類だろう。
さあばんと、っつってたか? 語義としちゃ[漢字]英吉利[/漢字][ふりがな]イギリス[/ふりがな]の方の若ェ使用人のハズだが、少なくともそーゆーんじゃねーよな。
妖なんざ信じちゃいねェ、信じちゃいねェが___この状況はあまりにも不可解にすぎる。
「確かに、自己紹介が遅れたな。礼を失するのは美しくない。サーヴァント、アサシンだ。誠に不本意だがね。」
ふむ、と手を顎に当てて見下ろすアサシンだか何だかは、どうも何かを考えているらしい。呉人の死体とオレを見比べて、また一考。
「所で一つ疑問なのだが……この時代のこの国の人々は皆、君のように小さ……こじんまり……いやささやか……なのかい?」
「誰がチビだァオイ!!!!! 一ミリも言ってるコト変わってねェんだよ!!!!!! テメェデケェからって調子乗りやがってコンチクショウ!!!!!!」
『おっと、これは失敬』とまたしても肩を竦めるコイツに怒るのもなんかこう、大分アホくせェな。
怒っていると示すようにワザとらしく息を吐いて、一先ず手打ちにするコトにした。
「まァ何だ、助けてもらったのは感謝してんだけどよー。カケラも分かんねー横文字飛び交った自己紹介されても困ンだわ。名前も結局聞いてねェしな。」
「安心したまえ、おいおい教授するとも。名は……うん、一先ず[太字]ポール[/太字]とでも呼んでくれれば良いさ。真名を明かすには、少々時と場が悪いからね。君は?」
風もないのに、さらり、と男にしては長く、女にしては短い金の髪が流れる。ポール、そう名乗った男は、相も変わらず薄く笑みを浮かべていた。
「オレは日威月姫、高等学校の二年。あとは何だ、不良ってぐらいしか言うコトねーけど。まァヨロシク頼まーな、ポールさんよー!!」
「あいたたた、私の背を叩かないでくれたまえよ少年! さてはささやかと言った事を根に持っているのかい!?」
普段なら髪を染めたヤツも外人もそうポンポン何人もいねェし、そんな気取った格好の怪力共がペラペラと日本語を喋ってやがるし、真横には死体。まァなんつーか、どっからどー考えても異常事態だな。
奥底から湧き上がる興奮とは真逆に、そう若干の呆れを覚えた。
生き残った安堵と共に、退屈で窮屈な東京での日常が一変する気配。
時間は止まっていた。いやむしろ、現実にはかなりの時間が経っているハズだ。半刻?一刻? いや、下手をすればもっと。
だがそんな事は気にならないくらいに、今はただただ、心が躍っていた。
上弦の月に照らされたコイツの姿と鮮烈にオレの上に掛かる影のコントラストは、きっともうこの先忘れられやしねェだろう。それこそ、もしも地獄に落ちたとしても、というフレーズが脳裏を過ぎる。
それほどまでに、美しかった。
だが感傷は許されない。ざんと大きく音を立てて、眼前に新たな二人組が降り立つ。
一方は黒に水色と赤の染め髪を高く二つにまとめ、何やら奇妙なセーラー服に赤の唐傘を携えた少女。
もう一方は薄く明るい水色の髪に同じような濃さの紫の染めの入った、色違いの瞳の少女。ハイカラな格好で、どうもこの国にそぐわない異国の顔立ちだ。
二人は先ほど去ったバーサーカーとやらと同様に、戦闘体制をとっていやがる。
「コホン。兎も角、だ。新たな危機の前だが、改めて問うとしよう。例え今は意味が分からなくても、美しいモノを見たければ是非とも肯定してくれたまえ。
___君が、私のマスターかい?」
ったく、とんでもねーコトに巻き込まれちまったなァ。
なんて思いながらも迷いなく、ああ、とだけ答えたオレの声は、鬱陶しいまでの星月夜に吸い込まれていく。
埃を払って立ち上がって、背の高いソイツを真っ直ぐに見据える。突然に現れてからずっと変わらず、嫌味なくらいに完璧な微笑だった。
さあ。
永い夜の、幕開けだ。
手に握ったのは、転がっていたジャンク品の鉄パイプ。頼りねェ武装だが、丸腰よりかは幾分かマシだろーぜ。
[漢字]コイツはヤベェ[/漢字][ふりがな]・・・・・・・[/ふりがな]と、本能が警鐘を鳴らす。逃げても無駄だ、と理解する。
大きく振りかぶって、屋根から飛び降りる勢いのまま、大上段から打ち付けた。
「動き、はやくない? ホントに一般人なのかな……」
ハズ、だった。
ガン、と重たい音が響く。
どう言うカラクリだか知らないが、オレの渾身の一撃は、[漢字]少年[/漢字][ふりがな]少女[/ふりがな]の華奢な右手で受け止められていた。
色違いの目の両方が、真っ直ぐにオレを射抜いている。
「ッ、テメェ!!!!」
「あ……一般人だ。魔術、使ってない。そっか、この程度か。残念だなぁ。」
そのまま、サラサラと鉄パイプは崩れていく。咄嗟に手を離して離れると同時に完全に砂と化したソレに、オレは妙なおかしみを感じる。
「でもさ、いつなんだろ、今回の時代。マスターに聞きそびれたよね。ボク、勉強ってキライだったからなぁ。ボクの生まれよりも古いのかな。嫌だなぁ。殺したくないなぁ。」
ぶつぶつと独り言を言うソイツは、たった今自分が超常の力を振るったコトなんざ気にも止めずにこちらに向かってくる。
ったく、マジでどうなってやがんだ今夜はよ!
「とりあえず、さ。やっぱ、目撃者は殺すしかないよね。うん。」
一瞬で距離を詰めて、手を伸ばされる。スローモーション。泡のように思考が浮かんでは消える。コレが走馬灯ってヤツか。
そっか。死ぬのか? オレ。
じわじわと迫り来る死の実感。怖い、んだと思う。どうにもオレらしくないが『ああ無理だな』と、諦めかけてすらいる。
本当に?
___『でも、それでも』と、どこかでオレを詰る声がする。
こんな所で。何も言わずに。街を守るだなんて粋がって、結局何もできずにワケ分かんねーヤツにやられて、諦めて、無様にぐちゃぐちゃンなって、そんで惨めに絶望したまま死ぬのかよ。
[漢字]お前はそれで良いのかよ[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・・・[/ふりがな]と、誰かが、いやオレ自身が、オレに向けて怒鳴っている。
うるせェよ、無理に決まってんだろうが、と言いたくて言いたくて堪らない。こちとら単なる街の不良だ、戦争も経験してねェヒヨッコだ。マジモンの命の取り合いなんか、したコトあるワケねェだろうが。
けどよ、ソレを言いワケにするってのは。
どう足掻いても、カッコ悪ぃ。
そんなん、単なる負け犬じゃねェか!!!
「コレを殺ったのはテメェかァ!!」
傍らの死体を指す。上弦の月に照らされ、血塗れで転がっている金時計だけがキラキラと嘘臭く光る。
「……ボクは、そんなつもりじゃ……」
「いいや違わねェ!! 今のパイプと同じ壊れ方だろうがァ!!
黙って聞いてりゃ、好き勝手に人の生き死に決めやがって!!! まず、テメェは、何者なんだよ!!!!」
啖呵と同時に拳を握り込み、腹に一撃。手応えはあるがダメージすら与えられていない。
だが、手は止まった。
「……どうだって、良いでしょ。キミは死ぬんだよ。ボクは仲間のためにも、キミを殺さないといけないから。だから、大人しく諦めて。」
「あァそうかよ。」
もう一度死神が動き出す前に、息を思い切り吸って。再び腹から深く声を出す。
「けどよォ!!!!!」
「!?」
「テメェは知らねェだろうがなァ!!!!!! オレァこー見えて根っから跳ねっ返りの不良児だぜ!!!!!!!」
叫ぶなんて生優しいモンじゃなく、ただひたすらに吼えた。
「諦めて従えと言われちゃ意地でも[漢字]絶対[/漢字][ふりがな]ゼッテー[/ふりがな]聞きたかねェし!!!!!
目撃者だから大人しく死ねと言われちゃ、尚更[漢字]余計[/漢字][ふりがな]ヨケー[/ふりがな]に死ねねェなァ!!!!!!」
その決意の咆哮に呼応するように、地面、それも呉人だったものの周囲の更に奥の境内の中心と、オレの手の甲の痣が赤く光る。
痛みと光に顔を顰めると、炎と刀を模したような紋様が痣を上書きするように浮かび上がった。視界の端では、これまたどういうワケだか呉人の金時計が赤く光る地面の上で浮いていた。
ハイカラ野郎が目を見張る。どうも驚いているらしく、動きが止まった。
その隙をついて走り抜ける。罰当たりかもしれねェが仕方ねェ。手水場まで離れて鉄柄の柄杓を手にとった。
が、体勢を整える間すらなく、足を取られて無様に転倒する。地面に入ったヒビのせいだ。そしてそれは、[漢字]少年[/漢字][ふりがな]少女[/ふりがな]の手元から放射状に広がっていた。
「さすがに目の前で“マスター”になるのは想定外……」
相も変わらず呟きながら『まあ、一般人じゃない分だけ気分としてはちょっとマシかあ』と、ハイカラ野郎はオレに向けて距離を詰める。
刹那。
「おや? おやおやおや。どうやらお困りのようだね、そこの見知らぬ君。」
コツコツコツと、[漢字]杖[/漢字][ふりがな]ステッキ[/ふりがな]と革靴の音。
ソレを知覚するかしないかの内に、ハイカラ野郎が吹き飛ぶ。
真横を見ると、手足のヒョロ長い洋装の男が足を納める所だった。
「では仕方ない、ああ仕方ない。弱きを救け強きを挫く、それもまた私の一側面なのだから。救済の対象が美しい貴婦人でないのは些か残念だが……」
金の髪に青い瞳、そして長身を包むのは気障ったらしい燕尾服に上等そうな仕立ての洋袴。極め付けのシルクハットはてらてらと静謐に輝いていて、これまた明らかな高級品。
「兎にも角にもこの私が、華麗なる逆転劇をお目にかけるとしよう。」
まさかコイツが蹴ったのか? オレよかよっぽどヒョロそうだが、なぜ効いた? なんて自身の身長を棚に上げて思考してみても、当然のように答えは出ない。
「しかし……不意に呼ばれて馳せ参じてみれば、出迎えが何とも無粋な血と闘争と死体とは。」
『ああ、全くもって美しくない。』と、ソイツは不満げに嘆息する。美しいだァ? 何言ってやがんだよ、コイツは。
そんなオレの内心を知ってか知らずか、金髪はヒュウと軽く口笛を吹く。
「やれやれ、実に惨憺たる有様、残念無念もここに極まれりと言った様相だな。」
気取ったように髪を掻き上げ、『とは言え此度の犯行に於ける我がマスターは、中々に豪気な御仁らしい。』と朗々と口上を述べるソイツは、今度はヒュンヒュンと軽く手に持った杖を振っている。
「さて、そちらのサーヴァント殿。クラスは[太字]バーサーカー[/太字]で宜しいかな?」
ハイカラ野郎を蹴飛ばした辺りに向けて杖で指して呼び掛ける。
ほぼ同時に向こうがぐらりと揺れて、土煙が晴れる。
見えた人影は完全に無傷だった。
「そう言うキミは[太字]アサシン[/太字]のサーヴァントかな。……暗殺者がボクに、何か用でもあるの?」
「おっと、まず対話の前に一点だけ。私を暗殺者なんぞという美意識のカケラもない連中と一緒にしないでくれたまえ。」
『勿論、多少の例外はいるがね。』と大袈裟に肩を竦める。芝居掛かった仕草とは対称的に、どうやらコイツはハイカラ野郎の発言に多少なりとも苛立っているらしい。
「ともかくだ。見ての通り私は貴殿の裏を掻いただけであって、さして強くはない。そこはご理解頂けるだろう? 貴殿とそのマスターにとって脅威ではないのだよ、我々は。」
オレとヤツの間に立ち塞がるようにして、金髪はペラペラとよく喋る。
「そして何より……ここに私がいる以上、彼はもはや[漢字]部外者ではない[/漢字][ふりがな]・・・・・・・[/ふりがな]。」
『故に、今日の所は見逃してはくれないか?』と、金髪は要求する。
言葉尻の疑問符とは裏腹に、提案でも、ましてや命乞いでもねェ。ソイツはただ単にそうするのが当然だと思っているようで、ともすれば傲慢ですらあった。
「どうやら[漢字]もう一騎[/漢字][ふりがな]・・・・[/ふりがな]近付いている事だし、ね。」
「……まあ、良いよ。次会ったら、もう容赦はしないけど。」
ダメ押しの一言で退く事を決めた、バーサーカーと呼ばれた[漢字]少年[/漢字][ふりがな]少女[/ふりがな]が夜陰に消えるのを見送るように軽く手を振ると、金髪は顔を顰めながらも呉人の金時計を拾い上げる。
眺めるようにくるくると回してソレから血を拭き取ると、何やら顔を顰めて血の池の外にそっと置き、十字を切った。
生憎オレにその手の知識はないが、死を悼む行動である事は理解ができる。
やがて手遊びにも満足したのか、ヤツはしゃがみ込んだオレに手を伸ばし、月下を背負って薄く笑う。まるで、絵画みてェな光景だった。
「さてさて、先ずは立つ事を推奨しよう。いつまでも地に座していては汚れてしまうぞ。」
「おう、助かる……けどよ、まずテメェは何者だっつーの。」
まず口をついたのはソレだ。コイツもまァ間違いなく、仁が言ってたヤツらの同類だろう。
さあばんと、っつってたか? 語義としちゃ[漢字]英吉利[/漢字][ふりがな]イギリス[/ふりがな]の方の若ェ使用人のハズだが、少なくともそーゆーんじゃねーよな。
妖なんざ信じちゃいねェ、信じちゃいねェが___この状況はあまりにも不可解にすぎる。
「確かに、自己紹介が遅れたな。礼を失するのは美しくない。サーヴァント、アサシンだ。誠に不本意だがね。」
ふむ、と手を顎に当てて見下ろすアサシンだか何だかは、どうも何かを考えているらしい。呉人の死体とオレを見比べて、また一考。
「所で一つ疑問なのだが……この時代のこの国の人々は皆、君のように小さ……こじんまり……いやささやか……なのかい?」
「誰がチビだァオイ!!!!! 一ミリも言ってるコト変わってねェんだよ!!!!!! テメェデケェからって調子乗りやがってコンチクショウ!!!!!!」
『おっと、これは失敬』とまたしても肩を竦めるコイツに怒るのもなんかこう、大分アホくせェな。
怒っていると示すようにワザとらしく息を吐いて、一先ず手打ちにするコトにした。
「まァ何だ、助けてもらったのは感謝してんだけどよー。カケラも分かんねー横文字飛び交った自己紹介されても困ンだわ。名前も結局聞いてねェしな。」
「安心したまえ、おいおい教授するとも。名は……うん、一先ず[太字]ポール[/太字]とでも呼んでくれれば良いさ。真名を明かすには、少々時と場が悪いからね。君は?」
風もないのに、さらり、と男にしては長く、女にしては短い金の髪が流れる。ポール、そう名乗った男は、相も変わらず薄く笑みを浮かべていた。
「オレは日威月姫、高等学校の二年。あとは何だ、不良ってぐらいしか言うコトねーけど。まァヨロシク頼まーな、ポールさんよー!!」
「あいたたた、私の背を叩かないでくれたまえよ少年! さてはささやかと言った事を根に持っているのかい!?」
普段なら髪を染めたヤツも外人もそうポンポン何人もいねェし、そんな気取った格好の怪力共がペラペラと日本語を喋ってやがるし、真横には死体。まァなんつーか、どっからどー考えても異常事態だな。
奥底から湧き上がる興奮とは真逆に、そう若干の呆れを覚えた。
生き残った安堵と共に、退屈で窮屈な東京での日常が一変する気配。
時間は止まっていた。いやむしろ、現実にはかなりの時間が経っているハズだ。半刻?一刻? いや、下手をすればもっと。
だがそんな事は気にならないくらいに、今はただただ、心が躍っていた。
上弦の月に照らされたコイツの姿と鮮烈にオレの上に掛かる影のコントラストは、きっともうこの先忘れられやしねェだろう。それこそ、もしも地獄に落ちたとしても、というフレーズが脳裏を過ぎる。
それほどまでに、美しかった。
だが感傷は許されない。ざんと大きく音を立てて、眼前に新たな二人組が降り立つ。
一方は黒に水色と赤の染め髪を高く二つにまとめ、何やら奇妙なセーラー服に赤の唐傘を携えた少女。
もう一方は薄く明るい水色の髪に同じような濃さの紫の染めの入った、色違いの瞳の少女。ハイカラな格好で、どうもこの国にそぐわない異国の顔立ちだ。
二人は先ほど去ったバーサーカーとやらと同様に、戦闘体制をとっていやがる。
「コホン。兎も角、だ。新たな危機の前だが、改めて問うとしよう。例え今は意味が分からなくても、美しいモノを見たければ是非とも肯定してくれたまえ。
___君が、私のマスターかい?」
ったく、とんでもねーコトに巻き込まれちまったなァ。
なんて思いながらも迷いなく、ああ、とだけ答えたオレの声は、鬱陶しいまでの星月夜に吸い込まれていく。
埃を払って立ち上がって、背の高いソイツを真っ直ぐに見据える。突然に現れてからずっと変わらず、嫌味なくらいに完璧な微笑だった。
さあ。
永い夜の、幕開けだ。